第4章 恋
久世さん宅での草むしり中、急に意識が遠くなって倒れそうになった私を抱き抱え、寝室のベッドまで運んでくれた優斗さん。
今となればあれは脱水症状だったのかもしれない。
水分補給を余りしてなかったのが原因だろう。
自分の体調管理が出来ていなかった…。
だけど、倒れて良かった点もある。
それは優斗さんの意外な一面や優しさが見れたり、彼の特性オムライスが食べれた事など、色々と彼の内情を知れた事が今の私には嬉しかった。
後、手を握られていた様な感触。
流石に昨日の今日だからと家政婦の仕事は休んでと尚人さんからも連絡を頂き、私は今ベッドの上で身体を休めていた…。
「…桜、具合どう?」
「…あっ、うん、大丈夫。心配かけてごめん、お母さん」
「それは良いんだけど…。倒れる程きついなら辞めたら、家政婦の仕事」
「…辞めないよ。折角、そこの家族とも仲良くなれてきたのに」
「そこの家族の人達はどんな人なの?」
「…うん、化粧品会社、社長さんとその息子さんとの2人暮らし。母親と離婚したらしいよ」
「…もしかして男性ばっかり?」
「えっ?うん」
母は表情を歪ませる…。
何か気になる点でもあるのか、私は母に訊ねた。
「…何か、私まずい事言った?」
「…あっ、ごめんね。まずい事は言ってないけど、何となく男性しか居ないと言われたら気にはなるわね。たった1人の娘だから」
あっ?そう言う事か。
私は母の気持ちを察した。
「……お母さんが心配するのは分かる。でも大丈夫よ。ここの人達は良い人だから」
「…そう。なら良かったわ」
母は安堵の笑みを浮かべる。
私は仕事で出ていく母を玄関まで見送り少しだけ仮眠を取る。
そして昼前頃に目覚めた私は不意に優斗さんの事が頭に浮かんだ。
優斗さん今頃何してるかな?
お昼まだ食べてないよね?
私は咄嗟に冷蔵庫を開けていた。
特に何もないな。でも海苔と鮭、鰹節、梅干しもあるからお握りなら出来そう!
私は具沢山お握りを2つ握った。
味の保証はないけど、ジャンボサイズだから男の人のお腹も満腹になるだろう。
良し!中々の仕上がりだ。
私はお握り2つをランチクロスで包み、家を飛び出した…。
と、出て来たものの……場所も何処なのか把握出来てない上に優斗さんはお弁当持参で行ってるかも?
後先考えずに行動してしまった…。
はぁーもう仕方ない。取り敢えず調べよう、優斗さんの会社。
私は携帯で会社名を入れて検索すると地図が表示がされた。
私は位置情報をオンにして目的地を設定する。
案外、遠くないかも。
私の自宅から徒歩30分程の距離だった。
大きな建物が聳え立つのが見える。
まさかあれ?
近付くにつれてその大きさと高さに圧倒される。
良く見ると、【サラージュ】の他にも別の会社の名前がある。
だからこんなに高いビルなんだ、納得。
最上階は5階。
【サラージュ】だけは1階から3階を独占してるみたい。
で、どうしよう。ここまで来て帰るのもあれだし、かと言って急に来て迷惑になるかも。
その時だった。
ビルの中から人の話し声が聞こえてきて、私は咄嗟に建物の物陰に隠れていた。
出て来たのは数人の女性と優斗さんの姿だった。
私はその瞬間、愕然と肩の力が抜けた…。
やっぱり私はただの家政婦なんだと痛感をした…。
このお握りは自分で食べなきゃ、私はお握りを鞄にしまいかけた次の瞬間、
バシッ
「これってもしかして俺の?」
「えっ?」
一瞬の隙だった、優斗さんにお握りを取られたのは。
「何で?皆さんと行ったんじゃ?」
「確かに皆はお昼休憩に行ったよ。けど2階の窓越しから見えたんだ。君が風呂敷の様な物を持って会社の前で立ち往生してるのを。だから、ひょっとして俺へのお弁当かなんかかな?って。勝手な想像だけど、当たってた?」
勝手な想像だって言う割には余裕の笑みで私を見てる優斗さん。
まるで気持ちを見透かされてる様だ…。
もう、優斗さんには敵わない…。
「……残念ながら、当たってますよ、優斗さんの想像通り」
私は少しだけ皮肉っぽく言ってみた。
「…何で残念?嬉しい」
急にそのかっこいい笑顔は反則!
私は胸が締め付けられた…。
優斗さんはお握りを受け取り、近くのベンチへと座った。
隣に座ったら?と私に視線を送る優斗さんに私は少しだけ間隔を開けて彼の隣に座る。
優斗さんはランチクロスを手解き、重量感のあるお握りを見て優斗さんは笑った。
「…これ、結構大きいよね。でも美味しそう。頂きます」
優斗さんはお握りを美味しそうに頬張る。
お腹が空いてたのかあんなに大きかったお握りはあっという間に優斗さんの胃袋へと入った。
「……ふー、本当に美味しかった。ありがとう!」
「いいえ、どういたしまして」
そして、休憩時間も残りわずかに迫ってきた時、私は気になっていた事を優斗さんにぶつけた。
「…あの、私、優斗さんに聞きたい事が」
「うん、何?後5分程で終れそうなら話して」
「…あの、私が倒れた日、誰かが私の手を握ってくれてる気がしたんですけどそれってもしかして優斗さんですか?」
自分でも何を聞いてるのかと思うけど、やっぱり気になる。
事実なのか、ただの夢を見てたのか、ずっと頭の片隅から消えないでいたから…。
けれど、彼からの返答が遅い事に私は焦りを感じて咄嗟に誤魔化した。
「……あっ、ごめんなさい!変な事を聞いて!やっぱりただの夢ですよね。それゃそうですよね。ごめんなさい、忘れて下さい!」
私はその場から直ぐに立ち去りたくて優斗さんに背を向けた時だった。
優斗さんに手首を掴まれた。
その手は次第に下へと下ろされ、しっかりと握り締められる…。
この感触はやっぱりあの時、手を握ってくれてたのは優斗さんだと確信した…。
「……ごめん、夢じゃない。俺は倒れた君の手を握っていたのは事実だよ。心配だったから」
「……心配してくれてありがとうございます。けれど何でごめんなんですか?」
「…それは君が嫌だろうと思ったから」
「…そんな、そんな事ないです!全然嫌じゃないです!」
どうしよう。つい声を上げちゃった。
「……妹尾さん?」
「…あっ、はい」
「…抱き締めて良い?」
「…えっ?!」
優斗さんの両腕が私の身体を優しく包み込む…。
はぁー、どうしよう、私…。
恋に落ちてしまったみたいだ…。