第18章 通じ合う心
ーー家政婦の仕事はもう出来ません。
私の意を決した言葉は優斗さんの表情を曇らせた…。
「…えっ?何で?」
「何でって、これ以上迷惑かけれないし。勿論、これからも」
「…もしかして、俺と別れたいの?」
別れたいの?その言葉は私の胸に強く突き刺さった。
実際、私と彼の環境が違い過ぎるのは事実。
例え離婚して他人になってもあの父親の血が私にも流れてると思うと恐ろしくもなる。
優斗さんには幸せになって欲しいのは一番の願い。
こんな私と一緒に居ても彼は幸せになれるだろうか?
私の心に迷いが生じた…。
そう……別れるか、別れない、それしか選択肢はない。
口から出た言葉はもう取り返しが付かない。
分かっていながらも、私は濁しながらこう言った…。
「……正直、その方が正解なのかも」
「……まじで言ってるの?」
「優斗さん、落ち着いて」
「落ち着いては無理な話だよ?そうじゃなくても1年は長かった。今、君に会えた以上、俺は別れたくないって思いが一層強くなったよ。桜は違うの?」
「……私は」
「…俺はもう迷わないから。取り敢えず家政婦の仕事は保留にしとく。だけど、別れるは無しだ!良いね?」
私は彼の勢いに押され無言で頷くしかなかった…。
「…あの、所で優斗さんはどうしてここに居るんですか?」
「えっ?何って………?!やばっ、忘れてた?!」
ようやく、ここに来た目的を思い出したのか優斗さんは私の手を取って、走り出した。
「…えっ?ちょっと何?」
「悪いけど少し付き合って貰うよ」
「何処に?」
「取り敢えず、タクシーに乗って!」
待たせていたタクシーの後部座席に私達は乗り込んだ。
ふと、私はタクシーのメーカーに目を向ける。
ーー?!
わっ、凄い金額?!
だけど、優斗さんはお構い無しだ。
金銭感覚ゼロなの?
それより、何処へ向かってるんだろう。
期待と不安を抱きながら、走る事……15分。
「…着いたみたいだな。ありがとうございます」
私は優斗さんの手を取り、タクシーから降りる。
目の前には昔ながらの少しレトロな珈琲店がある。
そのまま珈琲店と書かれた看板がかけてある。
「さぁ、入るぞ」
優斗さんは握っている手に力が入る。
もしかして、緊張してる?
それなら私なんかがここに居たら場違いなんじゃ?
「…ねぇ、私は入らない方が?」
「いや、大丈夫だ」
中へ入ると、優斗さんはある1人の女性の元へと歩み寄る。
「あの、失礼ですが遠藤佳苗さんですか?」
「はい、そうですが?」
「お待たせしてすいません。久世優斗です」
「あっ!貴方が?」
「はい。実は、最初から僕はお見合いなどする気はなかったんです。僕の事が心配で勝手に父がお見合いの場を設けたんです。ですが、僕には彼女がいます。なのでお見合いの話はなかった事にして頂けませんか?お願いします」
優斗さんは深くお辞儀をする。
「あの、頭を上げて下さい。私、そういうつもりで会いに来た訳じゃないですよ?お父様から聞いてないですか?」
「えっ?」
「私は久世社長にご贔屓にして頂いているお客とでも言いますか、いつも化粧品は【サラージュ】の物を愛用しています。いつの間にか社長にも顔を覚えて頂きました。それに私、実は男性不振なんです。なので最近、社長とお会いした時にその話をしたら…それじゃ息子と一度話してみないか?って勧められて。だからそんなに気にしないで下さい」
「あっ、はい。ありがとうございます」
緊張で強張ってた優斗さんの身体が一気に抜けたみたいだった。
でも内心、私も動揺してしまった。好きな人が他の女性と会う現場を見ると嫉妬してしまう…。
「…えっと、あの、そちらが彼女さん?」
遠藤さんは私の顔を窺う。
「…あの、私は」
「はい、そうです」
私の言葉が優斗さんの言葉で遮られた。
「やっぱり。でも良く一緒に連れてきましたね?」
「偶然、見かけて。だって1年間ほっとかれてたので」
「ちょ、ちょっと優斗さん!」
「もしかして、別れるか、別れないかで揉めてるんですか?」
「ーー?!」
まさにご名答です。
「…もし今回の事が切っ掛けでお二人が仲良しに戻れたなら私は嬉しい限りです」
彼女は私ににっこりと微笑みかけると、後はお二人でごゆっくりと言い残し、そのまま喫茶店から出ていった。
ーーきっと彼女は分かってるんだろな。私が揉める原因を作ってる事に。
そりゃ、私だって優斗さんが大好き。
だけど、好きだけじゃ駄目な時もある。
「…それじゃ、私はこれで」
「えっ?何を言ってるの?折角だから、珈琲一杯どう?」
「えっ?うん。じゃ、一杯だけ」
遠藤さんに座っていた席に向かい合わせで座る。
お互いブラックの珈琲を頂いた。
そう、今日はブラックの気分だったから。
はぁー、豆の香ばしい匂いが気持ちを落ち着かせる…。
「…桜。話がある」
「うん」
「さっきは悪かった。自分が強引過ぎたよ」
「うぅん、こちらこそごめんなさい」
「俺は、やっぱり別れたくないんだ。君は両親の事で交際するのを踏み止まってる。それは理解出来る。だから、決めた。君の気持ちが落ち着くまで待つよ。それなら良いだろう?……良し、そろそろ帰るか。取り敢えず、またタクシー呼ぶから」
「うん、ありがとう」
私達は珈琲店の前でタクシーが迎えに来るのをぼんやりと待っていた。
何だろうー、変な空気だな…。
特に会話もしないしこんなの嫌!
「…あの、優斗さん!」
「うん、何?」
「…えっと、珈琲美味しかったね」
「うん、美味しかった」
あっ、また会話が途切れる。
どうしよう。私達、やっぱりすれ違ったままだ。
このままじゃ、後悔する。
私は大胆にもその場で優斗さんの背中に思い切り抱き締めた。
「ー?!」
これが私の精一杯だった。
そんな私の両手を優斗さんはぎゅっと握り返す。
それはお互いの気持ちが通じ合った瞬間だった。




