第16章 1年の空白
この章は久世優斗の目線で書いています。
ーーえっ?どうして、泣くの?
桜の目から溢れ出す涙を俺は指先で拭い取る
だけど、それだけでは追い付かない程の涙に俺は焦っていた。
こんなに泣かすなんて、俺に抱かれた事を後悔してるんじゃ…?正直、あの時の俺は無我夢中だった。
彼女の心も身体も無性に欲しくなったからだ…。
俺の中で彼女の存在が日に日に大きくなっているのを感じていた。
「……何で泣くの?」
「……だって、大切な存在とか言われたの初めてだから」
「えっ?泣いてる理由はそれ?」
彼女は黙って頷く…。
俺は、そうか……と内心では胸を撫で下ろしていた。
「…そろそろ泣き止んで?」
「…うん。泣き止みたいけど……」
涙を絞り出す様な声に俺は無意識に彼女を抱き締めていた。
「…俺は君の涙は見たくない」
暫く、俺は彼女の背中を何度も擦っていた。
次第に彼女から笑顔が戻りつつあった…。
良し。これで安心かな?
その時だった。
♪~♪~
ーー?!
彼女の携帯から着信音が流れてきたのは…。
俺は抱き締めていた両腕を離すと、彼女は近くに置いてあった自分の携帯を手に取る。
そして、画面に表示された名前に彼女は少し目を歪ませた…。
「…はい、もしもし?」
『もしもし、桜?私よ』
「うん?何かあったの、お母さん?」
どうやら、電話の相手は母親らしい。
『元気してるかなと思って』
「…うん、元気。それより何か話でもあるんでしょ?」
『…あっ、うん。……実はお母さんね、最近出会った男性なんだけど、その人と真剣に交際しようと考えてるの。桜には一言伝えとこうと思って』
「…はっ?交際?本気で言ってるの?」
『えぇ。彼となら人生やり直せると思えたの。だから彼と真剣に交際したいと思ってる』
「……騙されてるんじゃないの?」
『そんな事ないわよ!凄く良い人で素敵だもの』
「…はぁー、取り敢えず、話はそれだけ?」
『…あっ、えぇ、それだけよ。ごめんね、忙しい時に。じゃあね!』
ブチン
「…全く、何を考えてるよ、お母さん」
会話の流れからして、桜の母親に好きな相手が出来た感じだけどその相手に騙されてないか気が気じゃない様子だな。
「あの、桜?」
「優斗さん、何?」
「…母親の様子、見に行ったら?今の電話、母親だろ?」
「…うん、そうだけど。でも」
「家政婦の仕事の事は良いから」
桜も様子を見に行きたいに違いない。
彼女の家庭にまで口出すつもりはないけど、ここはやっぱり彼女の背中を押してあげるのも彼氏の役目だ。
「……うん、分かった。様子見に行ってくる。ありがとう」
「うん、それが良い」
そして、俺は笑顔で桜を見送ったのだ。
だけど、この日以降……桜からの連絡が途絶える事になろうとはこの時は知る由もなかった…。
桜を母親の実家に行かせてから1週間が経つと言うのに彼女からは何の連絡もなかった。
勿論、俺からも連絡してみたりはしてるが返事が返ってくる事はなかった…。
何だろう、変な胸騒ぎがする…。
良く考えてみれば、桜ってどこに住んでるのかも知らない。
自宅を調べて自ら会いに行くべきか、だけどそこまでするのはどんなものかと…もし家族団欒だったなら逆に邪魔する事になる。
履歴書の様な物でも書いて貰うべきだったと、後から後悔しても仕方ないが…。
取り敢えず、もう暫く彼女からの連絡を待つしかないか……と、思いながら待つ事、数ヶ月が経過…。
流石の俺も、半分諦めかけていた。
普通は連絡の一つぐらいしてしてくるはずだが……。彼女には正直、違和感を覚えた…。
俺達はこれからどうなるんだろ?
永遠に会えないまま別れてしまうのだろうか?
そんな別れだけは望んでないのに…そう思うと胸が痛んで仕方なかった…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
1年後……
「おはよう、優斗」
「あっ、親父おはよう」
1年経って変わった事と言えば、最近、俺は炊事や洗濯など自分から進んでする様になった事。
結局、桜からこの1年…連絡は一切なかった…。
戻ってくると信じて待つのも辛い。
「なぁ、優斗?」
「何だよ、親父?」
「……そろそろ新しい人探すか?」
親父の最近の口癖になってしまった様で朝の挨拶の後には必ず、決まってこの言葉だ。
「もう、親父。俺の事は自分で何とか解決するから親父は会社の事を考えといてよ」
「…その気持ちは有り難いがお前の事が心配なんだ」
「…大丈夫だ、親父」
「…とにかく、この人に会ってみろ」
親父は俺に1枚の写真を手渡す。
「…って、これ誰だよ?」
「お前の見合い相手だ」
「…いや、だからこういうのは」
「つべこべ言わずとにかく会え、今日の昼の1時だ!場所もカフェだから気楽だろ?向こうとは連絡も取ってある。ドタキャンだけは許さないぞ」
「えっ?まじかよ…」
お見合いなんて人生初だし気が乗らないな。
写真にざっと目を通すと、まぁまぁの美人だが桜には勝てないな…。
ーー俺は思わず今の自分の発言に恥ずかしさを覚えた。
取り敢えず、準備するか。
俺は中に白Tシャツとその上にグレーのジャケットを羽織ると下は黒パンツで合わせる。
良し、行くか。
俺は待ち合わせ場所の喫茶まで結構距離があった為、途中でタクシーを拾い、乗り込んだ。
これで間に合うな。
俺はタクシーの窓越しから外の景色を眺めていると赤信号につかまり、止まった。
目の前の横断歩道を何人かの通行人が通る。
老夫婦に学生、それから……。
俺は思わず目を見張った…。
ーーえっ?もしかして、桜…?
間違いない、桜だ…。
少し以前より痩せてる感じがするがそれ以外は紛れもない桜、本人だ!
「運転手さん、ここで良いです!」
俺は急いでタクシーから飛び降りると、桜の後を追いかける。
彼女はすでに横断歩道を渡りきっていた。
しかも、青信号も点滅し出した!
やべっ!
これを逃したら2度と会えない!
俺は息を切らし目一杯、走っていた。
ギリギリ横断歩道を渡り切ると、俺は一旦呼吸を整える為にその場に立ち止まった…。
まだ走らなきゃ行けないのに、息切れで今直ぐには……。
「…もしかして、優斗さん?」
ーーえっ……?
一瞬、時間が止まったかの様だった…。
俺の目の前に一番会いたくて堪らなかった、そしてもう2度と会えないかもと恐れていた女性が今、立っている。
現実か?
俺はそっと右手を伸ばし彼女の頬に触れながら静かに問いかけた…。
「……桜だよな?」
彼女は満面の笑みで頷いた。
俺は彼女の身体を抱き上げた。
余りの軽さに益々心配が増していた。
「…優斗さん、ごめんなさい。本当にごめんなさい」
涙ながらに何度も謝る彼女を今の俺は優しく抱き締める事しか出来なかった…。




