02_私の選択
『おめでとう。君は勇者に選ばれた』
目の前の猫さんはどうやって話しているのかはわかりませんが、私にそう言いました。
「私が勇者……」
正直冗談のようにしか聞こえません。
「………………人違いではないですか?」
『いや間違いじゃないよ、ベルク。今代の魔王、フロスティア・アブスロードの奴隷である君が今代の勇者だ』
どうやら冗談ではないようです。
というか初対面なのにどうして私の名前とか知っているんでしょうか。それにこの猫さんは一体なんなのでしょうか。あ、やはりフロスティア様は魔王に選ばれたのですね、おめでとうございます!
『僕は女神が遣わした勇者の案内係だよ。案内係だから君のことを知ってて当然、てわけだね』
心の中を読んだかのように、聞いてもないことを喋ってくれました。
「私、勇者になるつもりはないのですが…………」
『残念だけど君に拒否権はないよ。案内係である僕にも覆すことはできない』
残念ながら避けられぬ運命のようです。この口ぶりからすると勇者を選定しているという女神様にしかどうにもできない事柄なのでしょうか。
しかし、そう言われても私が魔王様に刃を向けることなどできるはずもありません。
『別に勇者だからといって魔王を倒す義務が発生するわけじゃない。ただ勇者という役割、宿命を背負わされるだけだよ』
??????
少し頭がこんがらがってきました。
「……………………………………………………結局魔王様を倒さなければいけないのでは?」
『ごめん。説明を端折りすぎたね。
まず勇者という存在についての説明をしようか。勇者は脆弱な人の身で魔族、ひいては魔王を相手取らなければいけない。それ故に女神から幾つかの祝福が与えられる。
一つは特殊技能。その代の魔王の強みを打ち消す、あるいは弱体化させる特殊な技能や状態が付与される。
二つ目に勇者兵装。勇者の象徴たる祝福だね。個々人に適応した武器が与えられる。
最後に不死性。勇者は魔王以外の手によって死ぬことはない。
勇者はこれらの祝福をもって魔王を打倒する。
これだけであれば魔王を倒さなければ君の望みは達せられるだろう。
だがそうもいかない事情もある。宿命とも呼ぶべき呪いだ。
勇者と魔王は戦うことが求められている。そのために勇者と魔王は五年以内にどちらかが死亡しない限り、どちらも強制的に死を迎え、加えて両種族の半数が絶命する。
この時間制約があるから、君は勇者にならなければいけないけど魔王を倒す必要がない、ということだね』
なるほど。今の説明で大体の疑問点は解消することができました。
しかし、新たな疑問も生じます。
『何故僕が魔王を打倒することを推奨していないか、が疑問かな?』
まさにその通りです。女神の遣いであるのならば、主の望みを叶えるべく行動するものではないのでしょうか。
『難しい話じゃない。女神の遣いではあるけど、僕自身は勇者と魔王の戦いに興味がない……というと語弊があるね。僕は単に勇者である君が望むままに動いて欲しいんだ。君が魔王にその命を差し出すというのなら否定しないし、逆に尊重しよう』
少し怪しい気もしますが、言葉の裏を読む能もないのでひとまず額面通りに受け取っておきましょう。
『この事実を魔王に伝えに行くかい?』
「元より私の命は魔王様のものです。ですが……そのまま伝えるべきではないと思うんです」
『それはどうして?』
「仮に勇者を処刑するとなると大々的に行われるでしょう。そうなると私が勇者であるという事実は魔王様の風評を傷つけることになるかもしれません。
私は光栄にも魔王様の奴隷であることを許されていますが、そのために魔王様との距離が近すぎるといっていいでしょう。事実はどうであれ、『魔王様の飼う奴隷から勇者が出た』という事実だけであらぬ醜聞を生みかねません。
加えて先代の魔王様は勇者と相討ちとなってしまわれました。きっと魔王様の双肩には多大なる期待と重圧がのしかかっているに違いありません。
だからこそ私は――――真っ当な勇者を装ってこの命を捧げたいと思います」
後、これは個人的な願望を含んだ予測でしかありませんが、私が勇者であると伝えても、心優しい魔王様は私を処刑する以外の、他の道を模索してしまう気がするんです。
だけどそれはとても困難な道でしょう。だから、私の命一つで簡単に事が済むのであれば、そちらのほうがいいでしょう?
*
「そういえば黒猫さん……クロさんは心の中を読めるんですか?」
『僕の名前はクロじゃないんだけど、まあいいや。別に僕にはそんな能力はないけど、どうして?』
「いえ、時々口に出してもないのに答えてくれることがあったので」
『君は言いたいことが気持ちがいいほどに顔に出るからね』
「……………………………………」
以前フロスティア様にも言われたことがありますが複雑な心持ちです。