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おでん屋春子婆さんの偏屈異世界珍道中【書籍化/コミカライズ企画進行中】  作者: 紺染 幸
一章 女王エリーザベト治世下

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7皿目 採掘家集団パパ・パタータ



 今日も今日とて春子はがんもどきを置いている。


 ギッ


 睨む睨む睨みつける。


 パアン

 パアン


 閉じていた目を見開けば、洞窟の中であった。

 今日は舌を打たない。


 代わりに目の前の岩肌を、穴を開けんばかりの勢いで睨みつけている。


「うわッ! 誰!?」

「おでん屋だっつってんだろ!」


 春子の叫びが洞窟をこだました。






「うあ~……うっめぇ……」


 とろんとろんと男が4人、横並びに溶けている。

 いっちょ前に髭を伸ばしたり、伸ばした髪を編み込んだりしているが、まだ二十代のガキどもである。

 揃いのだぼだぼのへんてこな皮の服、でかい水中眼鏡のような眼鏡を額に上げて、ヘルメットは脱いで膝に置いてある。

 目の周り以外の顔は泥でところどころ汚れ、額に巻いていた布で拭いてもそれは落ちていなかった。


「次なんにする」

「じゃがいも!」

「はいよ」


 元気に答えた髭の男の皿にじゃがいもを入れてやる。


「あんたは」

「じゃがいも」

「……はいよ」


 寡黙でどえらい筋肉の短髪の男にも入れてやる。


「あんたらは」

「「じゃがいも!」」

「てめえらは芋しか食わねえなあ!」


 背の高いのと低いのにも入れてやる。

 じゃがいもはそこまでの数仕込んでいない。今日はこいつらに食い尽くされて終わるだろうと春子は思った。


 髭の男が冷酒を飲みながら照れたように笑う。


「俺たちみんな同じ村の出で。寒い、じゃがいも畑ばっかのド田舎で」

「へえ」


 じゃがいもばっかで悪いからじゃがいも以外で適当にお願いしますと髭に言われたので、春子は大根とたまご、牛筋を入れてやる。


「毎日毎日芋ばっか。もう芋なんか食いたくねえやと村を出たはずなのに」


 彼らは箸を使えた。この変な場所では初めてである。

 まあだからといって春子にはどうということではない。

 髭の男はぱかっと飴色の大根を割った。


「本当に腹が減ったときに食いたくなるのはふかしたあつあつのじゃがいもなんですよ。おっかしいでしょう」

「そんなもんだろ」

「そんなもんすか」


 にっと嬉しそうに笑ってから大根を口に入れ、ぱあっと顔を明るくした。


「うっめぇ……お前ら芋以外も食え。めちゃくちゃうめぇぞこれ」


 横の仲間たちが身を乗り出して髭男の皿をのぞき込む。

 筋肉男が皿を出す。


「俺は……じゃがいもで」

「なあ俺の話聞いてた!?」


 髭が突っ込む。


「熱い酒ください。あとじゃがいも」

「俺冷たいの。あとじゃがいも」


 大きいのと小さいのが言う。


 はあと髭がため息をついた。

 が、いつものことなのだろう。怒るでも悲しむでもなく続きに取り掛かる。


「うわ……たまごうっめ。汁と……そっか先に割ると汁濁っちまうんだな……こっちの肉を先に行ってから汁と飲むのが正解だったのか……いや待てよ」


 この髭、気楽そうな顔のわりに性格が細かそうである。


「じゃがいも……」

「もうねぇよ」


 皿を出した筋肉男に春子は言った。

 ぷしゅうと空気が抜けたように筋肉が凹んだ。


 皿を出そうとしていた大きいのと小さいのも悲し気にしぼんだ。


 いきなり屋台の中がお通夜のようになった。


 仕方ねえなあと春子は息を吐いた。


「じゃがいもじゃねえけど芋ならまだあるよ」

「わあ! 食いたい!」

「誰かすり鉢押さえな。あ、そこの筋肉はやめろ鉢が割れちまう」

「じゃあ俺が」


 髭が手を伸ばし、しっかりとすり鉢を抑えた。

 手を伸ばし、既にヒゲ根を焼いてある自然薯を取り出す。


「棒?」

「自然薯だよ」


 自然薯は皮も食える。はじからすり鉢の凹凸に擦り付け、すりおろしていく。

 この人数だったらこれぐらいでいいだろう、というところで手を止めて、すりこぎを持った。もちろん粘りのあるそれを手に付けるような馬鹿な真似はしていない。


 ごーりごーりごーりと擦りながら、出汁を少しずつ加えて合わせていく。


 八百屋の親父が趣味の山歩きで取ってきた正真正銘本物の自然薯だ。粘り気がありすぎてなかなか出汁と混ざらない。


「……魔女みてぇ……」

「うん」


 うるせえガキどもだ。

 それでも根気よく混ぜ続ければ、やがて、茶色いねっとりとしたもちのようなとろろになった。


 さじですくって小さな器に移し、手で揉んだ海苔をぱらり

 最後にちょんとワサビを乗せて、少しだけ醤油をかける。


「はいよ。運がいいなてめえらは」


 自然薯はまともに買えばとても高い。

 当然ドケチの春子は買わない。おでんの屋台には分不相応な食材だと思っている。

 それでも『途中で折れたとこだから』と無料でくれるというのを断る性分ではない。ありがたくいただいて、別に自分の夕飯にしても良かったが、こいつらが芋芋うるせえしうるせえ役人もいない場所なのでこうしてありがたくつまみを作ってやっている。

 これにありつけた彼らは豪運の持ち主だと言っていい。


「いただき、ま~す?」


 初めて見る茶色のねばねばもっちりを不思議そうに箸で持ち上げたり、混ぜたりしながら疑うような顔で口に運んだ。


「「「「!」」」」


 猫でしっぽがあったら立っていただろう、という風に彼らは背筋を伸ばした。

 口の中の味わい深いものをじっくりと転がし、はっとしたようにそれぞれの酒のコップを持つ。


「「「「……!」」」」


 それぞれがそれぞれの恰好で、じ~んと震えている。


 そりゃあそうだろうよと春子は思った。

 初見で一口に口に入れた度胸を誉めてやろう。伊達に芋に囲まれて育ってないじゃねぇかと春子は思った。


「なんか……」

「うん。力がみなぎってきた……!」


 顔を合わせ同時に頷き、ふんと男たちは鼻息を吐いて残りの酒をあけ、揃って膝を叩いて立ち上がり

 置いていたヘルメットをかぶり眼鏡を付けた。

 ビシッと揃いの衣装を身に着ければ、アホ面どももなかなか見られないこともなかった。


「「「「ごちそうさまでした!」」」」

「はいよ」


 すうっと春子の屋台が消えたのを

 揃って背を向けた彼らは気づかなかったし、気づいてもどうと言うことはなかっただろう。




 彼らは希少な鉱石を探す採掘家集団『パパ・パタータ』


 若くしてその嗅覚と腕前を国に認められ、女王直々の命を受けここ白銀鉱山に潜って早2年

 そこそこの成果は上げているものの、肝心の金属の女王様、ミスラルにはまだお目にかかっていない。

 暗いあなぐらの中、泥と土にまみれて早2年

 しかしこれまで心から光を失ったこと、諦めたことはない。

 泥臭く、土にまみれて進む

 ずっとずっとこれまでそうして生きてきたのだから。ここにいるメンバー一同、それを厭ったこと、恥じたことは一度もない。これが我々の生き方だ。土にあることを恥じる芋などいないように、我らとてそう生まれそう生きることを恥じることはない。


「出ってこいミスラルオッリハッルコーン」

「「「出ってこいミスラルオッリハッルコーン」」」


 ツルハシを高々と掲げ、いつもの歌を歌いながら


 尋常じゃない力が、熱が体にあるのをリーダーの髭男カーティスは感じている。


「おっれたっちゃゆっかいな石堀屋―!」

「「「おっれたっちゃゆっかいな石堀屋―!」」」

「パパ!」

「「「パタータ!」」」

「パパパ?」

「「「タータ!」」」

「せえーーーっの!」


 それぞれツルハシを引き、ここぞと思う場所に振り下ろす。

 さくり、とそれは

 いつもの数倍簡単に突き刺さっていく。

 ニヤアっとカーティスは目を爛々と輝かせて笑い、唇を舐める。

 採掘家としての勘が言っている。


 今日だ。

 間違いなく今日だ。


 王が命じ

 神が祝った。


 今日こそ金属の女王様が、手を広げてパパ・パタータを抱きしめる日だ。


「盛大に行け! 絶対に今日だぞパパ・パタータ!」

「「「おう!」」」


 皆目を見開き、頬を染めて石を掘っている。



 夢にまで見たまばゆい白銀の光が彼らを包むのは


 あとほんの少し


 ほんの少し先のことだった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 何周目かではじめて気づいた。採掘家集団『パパ・パタータ』。 「パパ」はスペイン語で、「パタータ」はイタリア語でどちらもジャガイモという意味じゃないか! こいつらほんとジャガイモばっかだな!
[良い点] ファンタジーものを好んでおり、ちびで体躯が丸いもので、特にドワーフという存在を身近に感じて贔屓にしている。 パパ・パタータの彼らの生き方は実にしっくりくる。 泥土にまみれツルハシをふるい、…
[気になる点] じゃがいもの効果は累積な気がする。
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