3皿目 大男ゴライアス=ガス1
「うっ……うっ……」
森
大きな木の太い枝に、太く巨大な男の腕が縄をかける。
「う……ううっ……」
男の頬からは飴玉ほどの大きな雫が落ちている。
ぎぎぎ、と凄まじい音を立てて縄が木を締め付ける。
ぐんぐんと2、3度縄を引き、巨大な男ゴライアス=ガスは泣きながらそのへんに落ちていた岩を運んだ。
手を離せばずどんと地響きを立てて地面にめり込む。
『にぶいんだよてめぇは!』
人に何度そう言って怒られたか知らない。
『役に立たねえくせに人の何倍も飯食いやがって!』
何度そう怒鳴られたかわからない。
ゴライアスにはわからない。何故みんな、あんな少しの言葉で、ちょっとした目配せや態度で相手の言いたいことがわかるのか。
急にかけられた人の言葉にあんなにすぐ反応して動けるのか。あんなちょっとの量の食事で動けるのか、フラフラしないのか。
ゴライアスにはわからない。にぶくてのろい、でくのぼうのゴライアスは、ずっとわからない。
子沢山の家だった。父も母も兄妹も皆普通なのに、ゴライアスだけこんなに大きく育った。すまないがもう家にお前を食わすだけのものがないと痩せこけた家族に謝られながら家を出た。力が強いからと冒険者になってみればいつも鈍い、トロい、空気が読めない、飯を食いすぎるとどこにいってもパーティーメンバーに嫌われて追い出され、ならばと鉱山で働いてみれば初日に脆い岩盤をぶちこわし何人かに怪我をさせて追い出された。体格を見込まれて用心棒をやってみれば頭が痒くて上げた腕が要警護者にぶち当たりふっ飛ばし、船乗りになってみれば力仕事しかできない下っ端のくせに大切な食料を食いすぎると捨てられる。
港で捨てられトボトボ歩き、ゴライアスは今ここにいる。
森にいて、木に縄をかけている。もうゴライアスはこの図体を引きずってこの世を歩くのも、ぐおお、ぐおおと際限なく腹が鳴り続けるのもすっかり嫌になってしまった。
最後の金で縄とシャルディスの花を買ったからもう金はない。花を襟から胸に入れ……たらすり抜けて落ちて花びらが曲がったので拾って撫でて直して、ズボンに挟んだらくるりと回って尻から尻尾のように生えた。これからいい匂いで天上に導いてくれるはずのものがそこで香るのはさすがのゴライアスでも嫌なので考えた。そして口でくわえる。
よし、とゴライアスは自分で張った縄の輪にいかつい顔を突っ込んだ。
もうゴライアスは誰にも迷惑をかけたくない。ここで死ねばきっと獣たちが美味しくゴライアスの肉を食べ、子供に与えて大きく育ててくれるだろう。余ったものだってきっと木や草の栄養になって、元気な葉っぱや美味しい果物になるだろう。ゴライアスはもう人に迷惑をかけるのに疲れてしまった。最後くらいせめてそういうものたちの役に立てばいいなと思った。
とんと岩を蹴った。
ぐっと首が圧迫される。シャルディスだけは離さんとゴライアスは歯を噛みしめる。
ぶちっ
太い音がし、ゴライアスは背中を強く打った。
すわ天上の国かと目を開けるとそこには、切れて揺れている縄が見えた。
ゴライアスの瞳からまた大粒の涙が溢れた。
なんにもできないでくのぼうの自分はどうやら、うまく死ぬことすらできなかったらしい。
「う……」
シャルディスを咥えたまま、ゴライアスは嗚咽する。
「うぐぅ……」
ぼん
「?」
妙な音と不思議な煙にゴライアスは意外とつぶらな目をパチクリさせた。
「……」
地面に寝転がったゴライアスの目に、赤い何かとひらひらした布が見える。書いてある文字はわからない。
「……?」
「おでん屋だよ」
ゴライアスを見下ろしながら老婆が言った。




