【0】白き湖のほとりにて
二章始めます。
『おでん屋春子の箸休め ~嗚呼青春のセントノリス~ (『おでん屋春子婆さんの偏屈異世界珍道中』番外編)』と同時並行、不定期更新でいきますのでのんびりお付き合いください。
間違っても一章のようなピタゴラはありません! ありません! のんびり春子さんのおでんを食べながら、熱燗飲んであの日のその後をのんびり見守っていただく形で、どうぞお付き合いくださいませ。
底も果てもわからぬような大きな光る湖のほとりに男が一人ゆるりと立っている。
光の当たる角度で彼は男とも女とも、若くも、途方もない老人にも見える。
『困ったものだ』
手の中の光る丸を見ながら男は歌うように言う。
『本当に困ったものだよ。心あるものとはときに、信じられないようなことをするものだ』
歌うように。どこか楽し気に。
『戻る道もあるというのに、次はあれに生まれ変わりたいだって? なんと愚かな馬鹿げたことを願うのだ。心というものは実に愚かしく、不可解だよ。どうして君たちは皆そのようなおかしなものを持って生まれるのだろう。誰も、彼もが。そのような愚かしく不可解なものを』
男は光を持っていないほうの手をゆるりと動かした。
そこだけぽっかりと穴の開いたように暗い黒い場所からひとつ、輝く光を果実を摘むように取る。
新たな光は男の手の上でぶるりと身を震わせ、やがてぴょんと跳ね動物の形をとって尻尾を揺らしながら地に下り主を見上げる。
『次は君にやってもらう。見る限り君は類を見ぬほどの力があるが、きわめて魂が幼い。決して前任のような無茶はするのではないよ。……なんだその顔は。ああまったく、誰も彼も本当に困ったものだ。まあ、好きにやりなさい』
男は手の中にあった光の丸にふうと息を吹きかけ空に放つ。
『君も好きにするがいい。私はこの終わりなきくだらない繰り返しに実に飽き飽きしている。やりたいならそれぞれ勝手にやるがいい。せいぜい私を楽しませておくれ』
男はゆるりと歩み、やがて湖のほとりを去った。
動物の形のものに、男から放たれた小さな光の玉が寄り添う。
耳の形のところに丸い光は浮き、動物の形のものはじっと内緒話を聞くように、静かに、ときどきぶるりと耳を動かしじっと座っている。
やがて動物の形はこんと一声鳴き、とぷん、と湖に飛び込み消えた。
残された丸い光はふわふわと浮きながら湖を覗き込み、じっとときを待っている。
ゆっくりでいいよ、と。
ともに生まれ変わるそのときを、じっと待っている。




