【24】女王の一日2
「クレイマン。そなたの見たものを信じる。……あれはそういう男である」
『うっ……うう』
「落ち着けクレイマン報告を続けよ。『大足』は戻った。煙のごとき羽虫とその前に出た魔物はどうなった」
『ぐっ……羽虫は黒山を出、もうこのあたりにはおらぬようです。魔物に関しましては付近にいた冒険者のパーティが駆けつけ、その討伐を引受け私どもを逃してくれております。戦況が分かり次第報告いたします。先駆けの者は私が到着したときにはすでに倒れておりました。顔が赤く息が荒く、どうやらひどい高熱の様子です』
「高熱……」
『あっアドルフ先生! そっちに行ってはなりませんどうか! ……ああ、行ってしまわれた……いえ何でもございません今魔法学校の教師が一名、門のほうへ参りました。回復魔法の使い手でございますので、彼らの役に立つやもしれません、あ、今町に出ました!皆不安そうにこちらを見ております』
がたがたがた、と雑音が交じる。
人の声がする。
『発疹の形が『熱雷』に似ていると、複数の老人が申しております。50年前に流行した、小さな虫に刺されることで発症する恐ろしき病だと。私も、あの虫に、刺されたやもしれません。ああ、何やら、体の力が……』
がたん、と大きな音がした。
ざざざざとまた雑音
「『熱雷』……」
「陛下」
「ああ。ジョーゼフ。すぐに薬学研究室に連絡せよ。職員全員、さらに国すべての薬師と連携し総出で、『天神の涙』の作製に入れ。いくら予算を使っても良い。素材をかき集め作れるだけ作れ! 初回の分が完成次第転移紋を使い黒山付近に移動。すみやかに症状の出ているもの全てに与えるように! よいな」
「はっ!」
「……『熱雷』に治療薬があるのですか? アスクレーピオスなき今の世に?」
連絡機を持って走り控えていた家臣が思わずという風に問うた。
発言後、ハッと自身の失態に気づき深々と頭を下げる。
「立場をわきまえず発言いたしまして申し訳ございません。……56年前家のものを『熱雷』に取られております。アスクレーピオスの薬が間に合わず、それはそれは苦し気な、見るもの全ての涙を誘う様子で果てたと、祖母より繰り返し聞き及んでおりましたもので思わず。申し訳ございません」
「許す。そうか。至らず苦労をかけた」
陛下が静かな横顔で答える。
「ある」
ほうっとセレンソンが息を吐いた。
「復活したのだ。つい1年ほど前に。ある男たちの、長きに渡る戦いの末に」
「陛下!」
「今度はどうした!」
また前触れもなく開いた扉から現れた男が、大汗をかいて叫ぶ。
「北の大国ロクレツァより我が国に向けて、大軍が進行しているとの報告が!」
「……宣戦布告もなしか」
「ございません!」
「位置は」
「T-32-5」
「まだ国境の先ではないか何故わかる。報告者の名は」
「国境監視人ヤコブ=ブリオート!」
「信用なる男か」
「監視人ですのでそうであるとは思いますが……今、資料を持って……」
「信用なる男にございます」
若き声が割り込んで上がった。
アントン=セレンソンが礼を取りながら一歩前に出る。
「定年まで教師を務め上げた、誠実にして実直な、真に国の未来を案ずる心正しき教育者でございます」
「何故そなたが東の国境監視人を知るセレンソン」
鋭い女王の視線に臆することなく若き補佐官候補は黒き瞳で女王を見上げる。
「私はその者に会ったことがございます。彼は我が学友ラント=ブリオートの養父。土族の民であった友の類まれなる才をヤコブは間違いなく見出し、言葉を、学問を正しく教え、友をセントノリスへと導きました。すべては友と、国のために。友の才を国に活かすために。今回の発見者はおそらくラント=ブリオートの父土族トゥルバ=テッラ。彼は国境を越え、流れ住まう民にございます。ヤコブは土族の言語を解し、彼らは尊敬し合いながら親しみ合っております。こたびはトゥルバが国境の先で見たものをヤコブに伝え、ヤコブがそれを信じ報告したものと推察いたします」
ふいと陛下が傍らのトマスを見た。
「セレンソンを信用しているかトマス」
「昨日彼の前で居眠りした程度には」
「そうか。ヤコブ=ブリオートの報告内容をそのまま軍部に連絡せよ」
「はっ」
ふう、と女王は深く溜息をついた。
「女王陛下」
トマスが陛下に歩み寄る。
「なんじゃトマス」
「どうぞお召し替えを。今日はどうやら私の日ではないようだ」
宵闇色の女王と金色の次期王はじっと見つめ合った。
「……どうやらそのようだな。セレンソン、衣装係を呼んで参れ。連絡機はそのままにせよ替えながら話す」
「は!」
「よく見ておくのだぞセレンソン」
横をすり抜けようとしたところでトマスに言われ、セレンソンは足を止めた。
氷のような目がセレンソンを見据えている。
「これから起こることをつぶさに、何ものも見逃さずその黒き目で見据え、その若く柔らかい頭に記録するのだ。そしてそれを必ず私の治世に活かせ。今の君が何も出来ぬことを恥と思うな。我々は次代。受け継ぐものたちだ。我々が陛下の治世から継ぐべきものは何か、今日起こることをよく見よく聞きよく考えるのが今日の私達の仕事だセレンソン。何一つの取りこぼしも許さぬぞ。よいな」
セレンソンは頷いた。
「は。必ず」
「よろしい」
セレンソンは走り出した。
「今日は女王の日だ」
歌うように言い、そっと目を閉じトマスは微笑んだ。




