【19】降り積もる時
しんしんと時は降り積もる。
セントノリス上級学校から、王宮の文官を選抜する共通試験を終えた3年生たちが伸びをしながら出てくる。
晴れやかな顔、暗い顔。笑っている者、泣いている者、表情は様々だ。
「終わった!」
「どうだった?」
「まあまあだ」
「ああ。まあまあだった」
「裏の問題が一番難しかったな」
「えっ?」
「やめろサロ。フェリクスが倒れる」
「大丈夫だよフェリクス、裏なんかなかった。大丈夫大丈夫。どうどうどう」
「なあ打ち上げやろうぜ」
「アデルの軍部の試験が来週だから、終わってからにしよう」
「ああそっか。軍部学校は受けないで、そのまま軍部の文官目指すんだよな」
「ああ。戦略室で戦術を立てたい」
「アデルなら大丈夫だよ。応援してる」
「ああ」
「積もりそうだなあ。雪合戦するか?」
「中級の一年坊じゃあるまいし。笑われるぞ」
「たまには初心に返るのもいいじゃないか。僕はかまくらを作ろう」
「まだ前に飛ばないのか」
「ところが飛ぶんだ。優秀な後輩が投げ方を教えてくれたから」
「根気強い後輩だな」
「そうだろう。わが校の誇るエースだからね」
わいわいと寮に向かって青年たちは歩く。
しんしんと時は降り積もる。
「おかあさん、しろ」
黒髪の小さな男の子が声を上げる。
「へえ雪、どうりで。寒いものね」
「遊ぶ」
「一人じゃ危ないから、もう少し待って。もうちょっと煮込まなくちゃ」
「なにごはん?」
「鶏のトマト煮」
「すき」
しんしんと時は降り積もる。
東の砦。訓練中の軍人たちが空を見上げている。
「お、雪だ」
「寒いもんなあ。積もるとあとで雪かきが大変だぞ」
「中央でも降ってるかな」
「家を買ったとたんに異動とはさすがの間の悪さだねクリストフ」
「言わないでくれレオナール。二人の顔を思い出すたびに泣きそうになる」
「申し遅れたけど僕も年明けに結婚することになった。式に招待するから来てくれ」
「うん。あの子とか。よかったな。これであのときの4班は全員既婚者か。俺たちも大人になったもんだ」
「ガッドのとこ2人目もうすぐだろ? マルティンはどうだっけ」
「もうすぐ3人」
「さすがはマルティン」
しんしんと時は降り積もる。
「先生、どうなさいました」
作業の手を止めて外を見ているデザイナーに弟子が声をかける。
「……デザインを変更するわ」
「今からですか?」
「全体じゃないほんの一部だけ。そうね、こうだわ。これこそが相応しい」
しんしん、しんしんと
冒険者のパーティが荷造りをしている。
「よし行くぞ黒山! 何が出るかわからない最強のブラックボックス!」
「ついに挑戦かあ……高級ポーションもいっぱい買ったし、毒消しもどっさりあるし、大丈夫だとは思うけど……」
「心配するなよクリフ。俺たちA級だぜ」
「そういうやつが死ぬんだバード」
「落ち着いてやろう。大丈夫、いつも通りにやろう」
しんしん
しんしん
「何をしてるんだホーカン?」
「少し土を変えてみようと思ってな。ひょっとしたら芋ごとに好きな土が違うかもしれん」
「また実りすぎるぞ。こないだのを家に持って帰ったら『こんな大きいのどうやってゆでるのよ!』って怒られたぞ」
「うちもだ」
「外で丸ごと焼けばいいんだ。甘いぞ」
「なるほど」
しんしん
しんしん
「どうして君が女性にふられるたびに、僕の貴重な休みがつぶれるんだ」
「……高級ホロホロ鳥とマッシュルーム、限定パンとチーズと、葡萄酒を買ってきた」
「今日は寒いね入ってくれ。なんてシチューにちょうどいい寒さだろう座っていてくれ。牛乳があってよかった。僕のシチューは絶品だ大人しくここで待っていたまえ。あ、雪は払ってから入ってくれ。いつも言ってるけど部屋のものには触るなよ」
「わかった」
しんしん
しんしん
「アドルフ先生!」
「はい?」
「すまんが来てくれ。うちの奴らが雪合戦してて1人足を折った」
「どうやったら雪合戦で足を折れるんですバーン先生」
「まったくだ。俺だって聞きたい」
しんしん
しんしん
「ロラン、襟巻」
「あ、ごめん忘れてた。外があまりにもきれいだから」
「小さな子供か。喉を冷やすな」
「ありがとう。『放浪者』は難しいね。緊張する」
「することない。とちったって笑われるだけだ」
「そうだね。……でももう一回練習しようフレデリク」
「ああ」
しんしん
しんしん
「今日はあの山道を使うなよニック! 共有されてる雪用の地図で赤い道は今日は使用禁止だぞ」
「はい! デニス先輩!」
「せっかくあの人たちが俺たちのために作ってくれた制度なんだ。現場の俺たちが、ちゃんときっちり守るんだぞ」
「はい!」
しんしん、しんしんと。
「雪か」
大国アステールの女王エリーザベドが中庭を見る。
「子供は大喜び、大人は大混乱でしょうね」
女王補佐官……間もなく彼女から国を引き継ぐ次期王、トマス公が歩み寄って言う。
「ああ。……美しいな」
「はい」
トマスは降り積もる雪を見つめた。
「……陛下」
「なんじゃ」
「私の傍らに、この新雪のような男を所望してもよろしいでしょうか」
「……すでに優秀なる補佐官も、補佐官になりたがっている男も数多くいるのに、新雪を望むかトマス」
「まだなんらの色も、跡もついていない者が欲しいのです。私の言葉に誰かの顔色をうかがうのではなく、私だけをまっすぐに見て頷く者が」
「……心細いかトマス」
「はい。心の底から実に」
「そうか」
じっと2人は降り積もる雪を見つめた。
「どこからとるつもりだ」
「セントノリス」
「……そなたの母校であったな」
女王は降りしきる雪を見ている。
「今年の学年は特に優秀と聞くぞ。各部門が手ぐすねを引いて待っておることだろう。1名までなら、許す」
「ありがとうございます」
「あまり無理を言って、その者だけに甘えるでないぞ。そなたは昔から寂しがり屋であったからな」
「小心な凡人なのですよ」
「よく言うわ」
ふっと女王は笑った。
「……頼むぞトマス」
「は」
しんしんと
しんしんと時は女王の治めるアステールに降り積もる。




