18皿目 魔法学校教師アドルフ = バートリー1
アドルフ = バートリーは魔法学校ガラティアの若手教師である。
この世界、10人に1人が魔力を持って生まれる。
魔法の基本は火、風、土、水の4属性。
ちょこっと風を起こす程度から、竜巻を作り上げるまで、その力の強さはさまざまだ。
遺伝に関係なくそれは突然に生まれる。例外的に、生まれるもの皆が魔力を持つ不思議な種族もいると聞くが、実際に見たものがいるのかも疑わしい噂話である。
10歳までに各地方の役場にある鑑定石で一定以上の魔力が認められれば、12歳から魔法学校に入学する権利が発生する。権利なので、嫌なら入らなくてもよろしい。ただし行かないと魔術師としての価値は大いに下がるので大体のものが入学を選ぶ。3年制にも関わらずなんと授業料は無料。国からの大サービス。魔法の使い方、制御の仕方、纏わる法や制度について学ぶ。
アドルフ自身は風と水が使える。2属性持ちは割と珍しい。受け持ちの生徒も風と水である。魔力の種類に性格が影響されるのか、風と水には比較的穏やかな生徒が多くて大変助かっている。
ガラティアは生徒も教師も皆平民だ。貴族には貴族で私立の貴族専門の魔法学校がある。
そちらはたいそうお金のかかった豪華な施設で、建物も練習場も相当に広くなかなかにきらびやかな世界だと噂に聞く。
一方こちらは平民の寄せ集めのうちのひとつ。窓の外を見れば遠くにおどろおどろしい黒山が見え、風向きによっては異常な臭気が流れ込む大変恵まれていない捨て地のような場所に、広い土地だけは確保して寝っ転がっているような学校だ。
生徒たちの就職先について、今日は3年生の担任たちが集まり職員会議を開いている。
「……はあ、相変わらず火属性は不遇だなあ全く」
求人票を見るバーン先生が嘆きの声をあげる。彼自身も火属性で、赤毛に筋肉ムキムキのいかにも『火』の人だ。
「水はいいよなアドルフ先生。回復魔法が使える奴らはどこでも引っ張りだこだ」
「まあ、そうですね。でも『火』の子たちはそういう穏やかな就職先があったとしてもなかなか志望しないでしょう」
「そうなんだよなあ。うちは今年も上位の奴のほとんどが冒険家志望だろうよ。まったく血の気が多くて困る。俺としてはできれば危険がない、安定した仕事に就いてもらいたいんだが、こればっかりは」
「それを生徒たちの気質のせいにばかりするのはどうかと思いますけれど」
土属性のナターシャ先生が三角の眼鏡をクイと上げる。
焦げ茶色の長い髪を乱れのないきついお団子に結い上げた、いつも冷静でクールな女性教師だ。
30代独身。生徒たちからは心無い言葉で陰口を叩かれている。
「未完成の若者を教え導くのが教師の仕事でしょう」
「……」
バーンが黙った。彼女に口では敵わないうえ、一言が5倍になって返ってくることを知っているからだ。
「……『土』の子たちはいいですねナターシャ先生。皆考え方が地に足がついていて。皆穏やかで落ち着きがありますし。農業・建築関連の求人も多いですし」
「求人に関してはそうかもしれませんが、それらを『気質』で片付けるのはいかがなものかと言っているのです。冒険家なんて危険な仕事、憧れるだけ無駄です。可愛い教え子をみすみす死地に送るような仕事に憧れたりしないよう、導くことが我々の仕事ではないかと言っているのです」
「……そうですね」
アドルフも言葉を飲み込んだ。そうは言ってもやっぱり気質というものがあると思いますよとは言えなかった。
「ところで最近、不穏な話を耳にしましたの」
「なんです?」
ナターシャが眼鏡を上げる。
「魔力の高い子供たちに、初任給相場の3倍の給金をちらつかせて、隣国に就職しないかと持ち掛ける輩がいるというのですよ」
「まじか俺らより多いじゃねえか!」
思わずといった様子でバーンが叫んだ。悲しいかな教師の給料などそんなもんである。
キッとナターシャがバーンを睨みつける。
「……そういう問題ではないのよバーン先生。何が目的かもわからない、いかにも怪しい話。わたくしにはクラスで成績トップの女子生徒が相談に来たから発覚したものの、勧誘されても黙っている生徒もいるのではないかしら。いかにも爽やかな、頼りがいのありそうな人当たりのいい20中頃の男だったそうよ。若い娘ならポーッとなり、若い男なら思わず憧れてしまうような。あの子が賢い子で本当によかった」
「……いったいどこで」
「町を歩いていたら声をかけられたそうです。何故かフルネームを知っていて、にっこりと笑いながら声をかけられたから、初めは学校関連の人間だったかなと思ったそうよ」
「3倍なぁ……」
バーンが唸っている。
「なんの仕事だというのです?」
アドルフは問うた。
ナターシャのメガネが輝く。
「言わないのですって。『我々は君の能力を高く評価している。君の才能を最大限に活かせる、素晴らしい仕事だ。君の力は素晴らしすぎて、窮屈なこの国には収まらないはずだよ。卒業後でいいから、信じて僕についてきてくれないかい』と。まったく、怪しさしかありませんわ」
「それでも、子供には……」
「ええ、孤独、寂しさや満ち足りなさを抱えている子ならばあるいは。……魔術師の持つ慢性の病ですもの」
しんみりとナターシャが目を伏せる。
10人に1人
兄弟が10人いたって自分だけになる確率だ。
わいわい追いかけっこをして遊ぶ子供の集団の中にも1人か2人だけの確率。
人と違う、という孤独。親にすら理解してもらえない悲しみ。魔力が高ければ高いほど彼らは『普通』から遠くなる。
じくじくした傷のようなものを持っている子供の魔術師は多い。もっと認められたい、人を見返してやりたいという乾いたような欲望がそれにはかさぶたのように引っ付いている。
大人になってしまえばわかる。人は誰でも皆それぞれ人と違い、違う事は恥ではないこと。
魔力を持つということは職においても生きるにおいても割と優遇される、なかなか悪いことでもないことに。
大人になってしまえば。
大人になってしまえば、である。
あとたったの数年の経験が、彼らには絶対的に足りていない。
「……注意しないと。……いますよ、私のクラスにも。そういう誘いにホイホイ応じそうな寂しがり屋が」
「……カロン = アレマンか……あいつはもう本当になあ」
カロン=アレマン。風と火という2属性を持ちながら、風の方が適性が高いのでアドルフの受け持ちになっている。
カロンは簡単に言えば図体のでかい不良のガキである。
乱暴者で一匹狼。これで酒でも飲んで女たらしなら救いようもないがそれはない。
彼は人と関わることが下手くそなのである。
反抗的で、言葉遣いが荒くて、素直じゃなくて、人嫌いなのに寂しがり屋な
図体のでかい、不良のガキなのだ。
「こないだカロンに殴られたって? アドルフ先生」
バーンが言いナターシャが目を剥いた。
慌ててアドルフは手を振る。
「事故ですよ。手が当たっただけです。すぐに治せますし」
まあ嘘だ。普通に殴られたのである。
回復魔法が使えてよかった、とアドルフは思う。生徒が教師をぶん殴ったなんて、本来であれば停学か退学ものだ。だがアドルフは教師。教え子を追い詰めるような告発はしたくない。
進路について白紙で提出したカロンを呼び出して話していただけなのに、突然『弱ェくせに上から言うんじゃねえ』と殴られた。実に理不尽である。
確かに彼は魔術の才に恵まれている。魔力量もコントロールも大したものだし度胸も据わっている。
だが何故そこで殴る。口で言え。理不尽である。
教師は生徒たちのストレスのはけ口の砂袋ではない。人間だ。
はぁ、とアドルフはため息をついた。
「なんだかなぁ。教師なんて本当に報われない。もちろん可愛いとは思いますよ。でも一生懸命育てたところでいずれは皆旅立っていき、礼の手紙も来やしない。終わりなく毎年ピヨピヨしたのが入ってきて毎年同じようなことで転んだり凹んだり悩んだり荒れたり……正直ずっとこれに付き合うのかと思うと、悲しくなりますよ」
「……それを言っちゃお仕舞いだアドルフ先生」
「……教え導く立場のものとしてはいかがな発言かと思いますけれど……」
沈黙し、やがてはあ、と二人もため息をついた。
と、そこへ
ボン
何かが現れた。
「……何……?」
「おでん屋だよ」
窓の外の黒山を見て、ふんと老婆が言い捨てた。




