【12】ミネルヴァの星祭り2
星祭り当日
ミネルヴァは緊張していた。
『これしかねえわ』
マダムカサブランカは迷いなく一つの服をミネルヴァに差し出した。
『……きれい』
白い、袖が肩で切れたワンピース。飾りも奇抜さもない、一見普通のワンピースなのにどこか気品があり、美しい。服に疎いミネルヴァにもそれがわかる。
『名前は伏せてあるけどこれじゃバレバレ。基本的にはお高い奴ら専属で、ドレスしか作らない女のデザインなんだけど、これをこの値段で市場に卸すなんて遊び心かしらね。作風を変えたうえ遊べるくらい復活するなんてホントしぶとい女。そういう女好きよあたし。初めて見たときから、あなたに似合うと思った。まるであなたのイメージで作られたみたい。これにしなさい』
『袖が……』
『暑いんだからいいじゃない。汗だくじゃ艶消しでしょう』
『……』
『髪とお化粧はどうする? 待ち合わせの前に寄っていく?』
『……自分でやります』
化粧品もいくつか買った。塗り方も教えてもらった。ミネルヴァだって少しはできるようになってきた。
『やってみて、でも不安だから、先に見せに来てもいいですか……?』
『……本当に可愛い子ね、あなたは』
うふふふふと低い声で笑われた。
『もちろんよ』
そういうわけで白い服を着て、前にもらった真珠のイヤリングをつけて、必死でお化粧して、皆にOKをもらってミネルヴァは待ち合わせ場所に歩いている。
夜になっても暑い。星がきらきらと瞬いている。
「ラント、あっちに串焼きの屋台があるよ!」
「パルパロのはあるかな」
「多分ないよ! でもおいしそうだった」
「人がすごいな。星なら寮から見られるだろ」
「だってお祭りだもの! 賑やかなほうが絶対に楽しいよ」
「暑い……僕は何か冷たいものが食べたい」
「なんで君の服は全部襟があるんだ? 氷のお菓子があったけど高かったよ! 1つ買ってわけっこしようよそしたら余ったお金で他のも買えるじゃないか」
「品のない行いだが、まあそこまで言うならやってやらないこともない」
「アデルどこいった?」
「まずい、迷子だ。さっき本屋さんあったから多分そこで止まってると思う。呼んでくるから待ってて」
「先にランプ屋にいるからな。買うんだろ?」
「もちろん! 行ってくるね」
男の子たちがわいわい楽しそうにしている。
「……おい、今のウロノスとジュディじゃなかったか!?」
「暑い……人が多い……帰りたい」
「どういうことだ!? ジュディを誘ったら『用事があるから』って断られたんだぞ!?」
「今まさにその用事中なだけだ。キョロキョロしてないで早く来てくれ。祭りに付き合ったら何か5つ買ってくれるって言ったのは君だろう。僕は薬草を買いすぎて昨日から水しか飲んでないんだ今にも倒れそうだ。すぐ5つ買ってすぐそれぞれの家に帰ろう」
「広場で星を見ないのか」
「なんで君と馬鹿みたいに口を開けて星を見なきゃいけないんだ。あ、この串焼きにしよう。すいませんこの一番いい肉3本ください。あとエールと葡萄酒、どっちも一番大きいカップで1つずつ」
「もう終わった!」
青年たちもわいわいしている。
だいぶ早く来たのに彼はやっぱりいた。
なんだかおかしくなってしまって、クスクス笑いながら歩み寄った。
「お待たせ」
「……」
クリストフの持つランプの明かりがミネルヴァを優しい橙色に照らす。
星祭りは皆、星型の窓の開いたランプを手にして楽しむ。
心配ないよ、下にも星があるよと、落ちてくる星が落ちてる間心細くないよう教えるためだ。
彼は二つ持っていた。一つをミネルヴァに渡してくれる。
「今来たところ。……すごく可愛い」
「……ありがとう」
今日は聞こえた。暗くてよかった。赤くなった顔はランプの光ということでごまかせる。
「お店でも冷やかしていこうか」
「うん。さっきすごくおいしそうな串焼き屋さんがあった」
「へえ、行ってみよう。……足元が暗いから、良ければ」
「ありがとう」
そっと彼の腕に腕を置く。
星が瞬いている。
人がたくさんいる。
皆手に星のランプを持ち、楽し気な声を上げている。
不意に泣きそうになってミネルヴァは驚いた。ちっとも悲しいことなんかないはずなのに。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもないの。あ、今一つ星が流れた」
「え、見逃した」
「ほら、今もあっち」
「……くっ」
「クリストフ目が悪いの?」
「悪くない。多分タイミングの問題だと思う」
「そう」
「……」
じっとクリストフがミネルヴァを見ている。
「なあに」
「……お祭りを楽しんでからにしようと思ってたんだけど、緊張しすぎてどうにかなりそうだから先に。タイミング悪くて結局言えなくなりそうなのも嫌だから」
「……」
「あっちで話してもいいかな」
「うん」
少し賑わいから離れた、静かなところに落ち着いた。
多くの人ががやがやと歩くお店のある道が、無数のきれいで幻想的な光を放っている。
「ミネルヴァ」
「はい」
二人は向き合って立った。
彼は胸ポケットから小さな赤い花を取り出した。
緊張した真剣な顔を、木の枝にかけたランプが照らし出している。
「君が好きです。俺はこの花を君の髪に差したい」
「……」
涙が出た。
何の涙なのか、わからない。
「……肩ひじ張って張り合って人殺しの話ばかりしてる女でも?」
「違う。君はいつも一生懸命、人を守るための話をしている。一つでも多くの命を守るために、男の中で、君はいつも必死に考えて、討論している。仕事を真剣に一心に頑張っている人の一体何が悪い」
「……」
言い切る彼を見つめた。
次から次に、涙が溢れた。
それでも笑って、ミネルヴァは答えた。
「ありがとうとても嬉しい。もちろん、喜んでお受けします」
「っ――!」
クリストフがガッツポーズをしたまま、ミネットの花を持っている右手だけ上げ膝から崩れ落ちた。
歩み寄りしゃがみ込んで彼の顔を見る。
「……大丈夫?」
「……花は大丈夫」
「そう」
「……」
「……」
彼の顔が上がり、目が合う。手が伸び、そっと髪にミネットの花が差される。
そこを押さえてミネルヴァは笑った。
「これをつけて歩くのね」
「……恥ずかしい?」
「……すごく嬉しい」
互いにふふっと笑う。
「あ」
「え?」
二人で見上げた空を星が走った。
「見えた?」
「……見えた」
星祭り
同じ流れ星を見た二人が口づけを交わせば、末永くその愛は続く。
間近で目を合わせ、笑った。
「タイミングが良かった。優しい星だ」
「そうね」
クスリと笑った。
きらきらと、星が降っている。
Merry Christmas!
どうしても今日あげたくてがんばりました!
夏のお話だけど。
皆様どうぞよいクリスマスを。




