17皿目 魔道具発明家トトハルト=ジェイソン
今日も今日とてがんもどきを置いている。
お皿はあれ以来ススキの絵柄の欠け皿に替えた。
ふふんと笑って春子は手を合わせた。
最近また春子の連戦連勝である。あの変なところにはここのところしばらく行っていない。
だから余裕の微笑みで手を叩いた。
パン
パン
「……どちらさまで」
「……おでん屋だよ」
ちいっ
ひさびさに高らかに舌を打った。
つなぎを着た口数の少ない痩せた白髪交じりの親父が、熱燗を傾け頬を丸く赤くしている。
継ぎ足そうとして無くなっていたらしく、惨めったらしく銚子を逆さにして振っている。
「おかわりいるかい」
「……熱い酒と、新しいのを適当にお願いします」
「はいよ」
つみれ、ちくわ、こんにゃくを乗せてやる。
つみれをがぶりと丸のまま口に運び、噛みしめ、目を輝かせてから汁と熱燗を流し込んだ。
「あ゛~~~……」
はいはい極楽、極楽、である。
まあ、わかってるじゃねえかと春子は頷いた。
「……わたしは、ここの工房の魔道具作者で、発明家です」
「へえ」
腹が満ちて酒が回れば、人は語る。
普段無口な人間も、何故だか語る。
人は、もとより語りたい生き物なのだろう。
聞いてほしい生き物なのだろう。だからどこにも、言葉があるのだろう。
ちくわを半分かじってつゆを流し込んで、親父は猪口を傾ける。
「妻に早く死なれて、娘が一人。で娘が今度結婚することになりました」
「おめでとよ」
「……わたしと同じ、魔道具を作ってる工房の、貧乏男ですよ。若いだけで、夢はあっても金はない。そんな男よりももっと、言い寄ってきた別の金持ちと結婚したほうが何倍も幸せになれるってわかってるのにそいつがいいそうで。わざわざ苦労するほうにばっかりいく、馬鹿な娘です」
「ふうん」
とん、と春子は銚子を置いた。
親父の手がそれを持ち上げ自分の猪口に酒を注ぐ。
あたたかい酒が湯気を出しながら白地の猪口に満ちるのを、親父はじっと見ている。
「……発明家なんてろくなもんじゃない。起きてる間も、寝てる間も、いつも新しい道具のことばっかり考えて。いつもいつも何か足りない、足りないものはなんだって、ずっと探して。そんなもんばかりきょろきょろ探してるから、女房の病気にも気づかないで」
「……」
「いつの間にかあいつはあんなに痩せてたのに。気づいたときには手遅れで、薬を買おうにもその金もなかった。ちょうど次の発明に使おうと、素材に金を使い果たしてました。つくづくろくなもんじゃない」
「そうかい」
ずっ、と親父は鼻をすすった。
「なんだって薬ってのはあんなに高いんだ。もっとたくさん作ってくれよ。安くしてくれよ。病気になるのは金持ちだけじゃないだろう。貧乏人は病気になったらいけないのか。死ぬしかないのかよ」
もぐもぐとこんにゃくを噛んでいる。
突然はっとしたように目を見開き、老眼なのだろう、手元からこんにゃくを遠ざけた。
「へえ、表面を細かく切ってるから、中に味が染みると」
「そうだよ」
「なるほど」
涙はどこへ行ったやら、ちんまりした目をピカピカとさせている。
なんだか奥さんがどこかでやれやれと笑っているようだった。
まったく、この人はいつもこうなんですよ、と。
親父はまたはっとし、見つめていたこんにゃくを口に運んで飲み込んだ。
汁を飲み酒を飲む。
「そうだった娘のことだった。女房が死んだとき娘は初級学校の卒業前だったから12歳か。母親が死んだってのに泣きもしないで。次の日から台所で朝飯を作ってました。これがまた、女房の味なんだ。ちゃんと手伝いをして、知らない間に味を盗んでた。その間わたしが何をしてたかって? 工房にこもって発明ですよ。既成品を作って売って、その合間に発明発明。家族とどこに出かけるでもなく工房にこもって発明発明。あのときは……声を残しておく機械の発明をしてた。あれがちゃんとできていたらなあ。何度やっても上書きされちまうんだ」
「おかわりいるかい」
「新しいのを適当に。酒は2杯まででしたっけ」
「はいよ。ああ。だからあんたはそこまでだ」
「残念。まあ濃いから、ちびちびいってもちっとも空しくならない。はあ、いい酒だ。こんなうまい酒初めてだ」
「そうかい」
ひょいひょいひょいと菜箸でおでんをつまむ。
焼き豆腐、糸こんにゃく、昆布
お玉で汁をたっぷり。からしはいつもよりも端っこに。この親父は酒飲みのくせに汁をよく飲む。
「……昨日娘とね、なんだ、花嫁衣裳を見に行ったわけで」
「へえ、優しい娘さんじゃないか。本当は旦那と行きたかっただろうに」
「そうでしょう」
焼き豆腐を食んでふっと親父は笑った。
「一番安いのを選んで帰ってきました。……自分が情けない」
滂沱の涙が頬を伝って落ちていく。
「……」
「まだ子供が、母親を亡くして泣かねえわけないだろう。どっかで泣いてたに決まってる。俺の見てないところでな。思えば服なんて一緒に選びにいったのなんか初めてだ。あの子は今までいつも一番安い服を買ってたんだろう。いや待て、よく考えてみればでかい服を袖をまくってきてた気がするありゃ女房の服だ。年頃なのに身を飾ることもしないで、文句も言わずに黙って家のことをやって大きくなって」
ずびっと親父は鼻をすすりあげた。
「それでまた俺みたいな貧乏男に嫁ぐのか。衣装屋で一番安い衣装で。……こんな話があるか。娘は美人なんだ。優しい、性格のいい娘だ。もっと幸せになってよかったんだ。なんでこんなとこに生まれたんだろう。なんで金持ちのとこに嫁に行かないんだろう」
猪口を手にしたまま歯を食い縛り、親父は泣きに泣いた。
泣きに泣き、だがやはり涙は自然に落ち着いた。いくら酔っぱらっていても、人間そんなに長くは泣けないものだ。
「……もう発明なんかやめて、材料も売っぱらって、安定して売れる既製品の作成だけに専念しよう。発明用に取っておいた結構いい魔石とか、高い道具も全部売れば娘はもっとましな準備ができると思って今日古道具屋に行ったんです。ところがね途中の掲示板に」
かっと目を見開く。
「『発明王決定戦近日開催! 高額賞金有』って張り紙が!」
「……で、売らずに帰ってきたのか」
「はい。で、いやいやいややっぱり売りにいったほうがいいんじゃないかってぐるぐる悩んでたらあなたが」
「どうしようもねえなあ」
「はい、どうしようもない」
「……」
沈黙。
やがてくっくっくと年寄りたちは笑った。
春子が汁を混ぜ、親父が昆布を噛みしめ酒を飲む。
「……わたしは、親失格ですよね。いつも自分の夢ばかり追って、あの子に苦労ばかり掛けさせて」
「叩きもせず腹もすかさせずに大きくしたんなら、別に悪い親でもないよ。娘が元気にまっすぐ育ってるんならそれが答えだろ。できもしないことを言うんじゃねえや」
「……それにしたって一番安いので、貧乏人ですよ」
「貧乏でも楽しかったからだろう。勝手に夢とやらを手放してみろ。そっちの方が泣かれるよ」
「……」
「貧乏知らずが貧乏に嫁ぐなら止めもしようが、貧乏から貧乏なら心強いじゃないか。慣れてるんだから」
「そうですねえ」
もう冷めているだろう糸こんにゃくを親父が摘み上げた。
じわじわと目が開き、釘付けになる。
「……おかみさん」
「はいよ」
「わたしの今開発中の道具はね、声を遠くにつなげる道具なんです。どんなに遠くにいてもまるで近くにいるように瞬時に相手の声が聞こえる道具。素晴らしく画期的でしょう」
「……そりゃ便利そうだね」
「転移紋の技術を応用すればいけるはずなんだ。通すのは声だけなんだから、まるまる人を飛ばすような難しい話じゃないはずなんだ。紋を応用して魔石を使ってつなげて、あとちょっと、あとちょっとのところなんだ。機械に入らずに逃げちまって通らない声を、集めて、小さくまとめて」
ぶるぶると親父の手が震える。
「声自身でまとめればいい。余分なものを入れるから失敗するんだ」
「そうかい」
最後にじっと見てから親父は糸こんにゃくを噛みしめた。
「細くしてあるから汁が良く絡む。真ん中はどうしたって情報量が多くみちっとになるな……うん」
汁を飲み酒をあけ、とんと置く。
ふ~~~~っと大きく息を吹いた。
「おかみさんお勘定!」
「ほかでもらうから、いらないよ」
「ごちそうさまでした!」
「はいよ」
親父が立ち上がる。
おでんにふたをしたところで、景色が変わった。
皿の上を見れば、二つあったがんもどきが一つになっている。
フンと春子は鼻息を吐いた。
「腹減っちまってついってか。どうぞ、いつまでだって休んでいいんだよ」
捨て台詞を残し、やっぱり春子は今日も荷台を引きずって仕事に向かった。
ご感想返信間に合ってなくてすいません。
気にせずどしどしお願いします。いつも好きです。
レビューありがとうございますご返事間に合ってなくてすいません。
好きです。




