第8話 生体サイボーグ
「すげぇな。マジでもうなんともねぇぞ」
トレーニングウェア姿の大地は、その場で足踏みしたり軽く飛んでみたりしながら両脚の具合を確かめる。
椿と再会してから早二〇日。
生体サイボーグ化手術は無事成功に終わり、脊髄の損傷によって不随になった両脚は勿論、骨折した両腕も強化培養したものと組み替えたことで、もうすっかり元通り以上になっていた。
「当然だ。誰が施術したと思っている」
大地の傍らにいた、相も変わらず白衣姿の椿がつっけんどんに言う。
「あんれ~? おかしいな~? オレの記憶が確かなら、手術が終わってすぐの頃のオマエときたら『痛みはないか?』とか『具合が悪くなったらすぐ言え』とか、本当に成功したんだろうなって疑問に思うくらい、オレのことを心配しまくってくれてたはずなんだが?」
ニヨニヨ笑いながら指摘してみると、椿の頬が薄らと朱に染まった。
「ひ、被術者の容態を気にかけるのは当然の話だろうがっ」
ちょっと動揺しているところを見るに、当然ではない程度には気にかけてもらえたことを確信する。
先程とは別の意味でニヨニヨしてしまう。
「と、とにかくっ。今から生体サイボーグ化した君の力を確かめさせてもらう。準備ができたら言ってくれ」
「準備なんていらねぇよ。いつでもいけるぜ」
そう言って、大地は掌に拳を打ちつけた。
現在大地と椿がいる場所は、《ディバイン・リベリオン》のアジト内にある、椿専用のテストルーム。
広さは学校の体育館二棟分ほどもあり、天井も床も壁も偏執的なまでに分厚く造られているため、ちょっとやそっとのことでは壊れることはない。どころか、隣接する区画に振動が行き渡ることもまずない。
いったい何をテストするつもりでこんな空間を設けたのかは知らないが、兎にも角にも生体サイボーグ化した力を試すには打ってつけの場所だった。
椿が白衣の下から取り出したリモコンのボタンを押すと、テストルームの床の一部が左右に開き、その下から人型のロボットを乗せた別の床がせり上がってくる。
ロボットの数は一〇体。
体は鋼鉄でできており、身長は一七〇センチ中程で統一されている、組織の戦闘員ならばお馴染みの実戦訓練用ロボットだった。
だからこそ大地は微妙の顔をしてしまう。
訓練用と名付けられていることからもわかるとおり、ロボットの性能はパワードスーツを着た戦闘員ならば難なくスクラップにできる程度。
生体サイボーグ化した力を試す相手としては、はっきり言って物足りない。
「あんなのが相手でテストになるのかよ?」
ロボットたちを指差す大地に、椿は「ふん」と鼻を鳴らした。
「心配するな。あそこにいる一〇体は特別製だ。何せ仮想アンブレイカーとして造ったものだからな。……実物が化け物すぎて、三〇パーセント程度の力しか再現できなかったが」
「いや、あの野郎の強さの三分の一でも再現できただけでも大概だろ。それが一〇体とくりゃ、確かにテストの相手としちゃ申し分ねぇな」
「わたし個人としては、申し分ないと言われるのは少々不服だがな」
「そりゃどういう意味だよ?」
「三〇パーセントという数字が、君が思っているほど大きくはないという意味だ。さらに言えば、今の君にはアンブレイカーの出来損ないなど難なく撃退できるほどの力がある。何せ生体サイボーグ化手術は、アンブレイカーを倒すために考案したものの一つだからな」
「アンブレイカーを倒すためねぇ……。つうことはアレか? やっぱ体を機械化させる通常のサイボーグ化よりも、生体サイボーグ化の方が成果が上だったってことか?」
そう訊ねる大地に、椿は目を丸くする。
「あくまでも、わたし個人の成果に限ればその通りだが……なぜそう思った?」
「《ディバイン・リベリオン》に入ってから、生体サイボーグ化手術の噂はちょいちょい耳にしたが、通常のサイボーグ化手術の噂はさっぱりだったからな。つうことは、後者の成果が芳しくなかったから話題にも上がらなかったと考えるのが妥当だろ。それに、全身機械のロボットがアンブレイカーの三分の一の力しかないのに対し、生体サイボーグならそいつらを難なく蹴散らせる力があるときている。もうその時点で自明だろ」
「……なるほど。そういうアプローチから導き出したというわけか」
感心の吐息をつく椿に、大地はニッカリと笑った。
「なんつうか久しぶりだな。こういうノリ」
「確かにな。わたしの研究室で遊んでいた頃のことを思い出す」
懐かしむように、椿も微笑む。
「少し話が脱線したな。そろそろ始めようと思うが構わないか? オーガ」
「……ここにはオレたちしかいねぇんだから、別にコードネームじゃなくてもいいだろ」
自身のコードネームが気に入らない大地が不平を言うと、椿は何かしら言い返そうとして……なぜか、小さくかぶりを振った。
「他の者たちの前で、うっかり本名を言うわけにはいかないからな。今の内にコードネーム呼びに慣れておいた方がいいと思っただけだ」
「へいへい、わかりましたよカーミリア。ちなみにだが、さっきも言ったとおりいつでもいけるから、すぐにでも始めていいぜ」
「わかった」
椿は大地の傍から離れていき、壁際に辿り着いたところで再びリモコンを取り出す。
「始めるぞ!」
と叫んだ椿が、リモコンのボタンを押すと、アンブレイカーの三割の力を宿したロボットたちが散開し、一定の間隔を空けながらも大地を取り囲んだ。
もともと訓練用ロボットの人工知能は、ロボット同士で連携できる程度の知能を持ち合わせているので組織立った動きをされることは、大地も想定していた。
だが、今相手をしているロボットたちの性能が訓練用とは桁が違うせいか、取り囲まれるまでに二秒とかからなかったことは、大地の想定を大きく上回っていた。
「上等……!」
獰猛に笑みながら、己を取り囲むロボットたちに視線を巡らせる。
こうして気を張り巡らせていると、よくわかる。生体サイボーグになったことで強化されたのは、筋肉や骨といった単純な力だけではないことを。
鋭敏化した肌が空気の流れを感知し、見るまでもなくロボットたちの位置を、動きを把握することができる。
肌だけではない。
人の耳には聞こえないほどの微かな音の反響だけで、反響定位さながらに周囲の状況を把握することができる。
恐ろしいほど正確に匂いを嗅ぎ分けられるおかげで、ロボットどもが醸し出す金属の匂いだけで、その輪郭を把握することができる。
手術後に意識を取り戻した時点で知覚が鋭くなったことには気づいていたが、それでも、こうして戦いの緊張感に身を置いている今に比べたら、実感という点においては乏しかったことを思い知る。
刹那、前後にいた二体のロボットが挟撃する形で突貫してくる。
その速度たるやパワードスーツを着た戦闘員を大きく凌駕するものだったが、今の大地にとっては脅威と呼ぶには些か物足りないレベルだった。
肌で、耳で、鼻で、二体が動き出す予兆を捉えていた大地が意識を集中させると、国会議事堂前でアンブレイカーに殺されかけた時と同じように、時間の感覚が引き延ばされていく。
命に危機に瀕してようやく発揮されるような力も、生体サイボーグとなった今ならば再現することは造作もなく、各種神経の反射速度が増強されたことと相まって、前後から迫る鋼鉄の拳を回避することも造作もないことだった。
さらに、回避の勢いを利用することで旋転し、両の裏拳を二体の顔面に叩き込んだところで、大地はちょっとだけ顔を引きつらせた。
二体の機械的な顔面が潰れるだけでは飽き足らず、首から上が吹っ飛んでいったのだ。
おまけに拳に伝わる感触が、鋼鉄を殴ったというよりもベニア板を殴ったような感じだった。
筋力も、骨の硬さも、自分の知っている自分とは大きくかけ離れていた。
自身の力に驚いている大地を見て隙が生じたと判断したのか、四体のロボットが四方から一斉に仕掛けてくる。
さすがにこれはちょっとまずいと思った大地は、四体が迫るよりも早くに床を蹴り、前方から迫る二体の首をラリアットで狩りながら、その場を脱出する。が、想定よりも勢いがつきすぎたせいで、その向こうにいた一体をもうっかり轢き飛ばしてしまう。
結果、四方からの攻撃を脱するどころか、ロボットたちの包囲そのものを脱した形になってしまっていた。
数を半分に減らされたロボットたちは、散開して攻撃を仕掛けても各個撃破されるだけだと判断したらしく、今度は五体で密集し、迎撃の構えをとる。
「まとまってくれるってんなら、ちょうどいいな」
悪童じみた笑みを浮かべたのも束の間、今度はオレの番だと言わんばかりに走り出し、思い切り床を蹴って、
「ぶっ飛べぇええぇぇえぇええぇッ!!」
先頭に立っていた一体の土手っ腹に飛び蹴りを叩き込み、その後ろにいた三体もろともまとめて蹴り砕いた。
「ちッ。一体逃したか」
着地しつつも、唯一飛び蹴りに巻き込まれなかった最後の一体を睨みつける。
人工知能ゆえに恐怖を感じないロボットが、絶望的な状況にあってなお迎撃の構えを見せたその時、
「もういい。テストは終了だ」
そう言って椿がリモコンを操作すると、唯一生き残ったロボットは電源が切れたように両腕を垂れ下げ、微動だにともしなくなった。