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――悪――  作者: 亜逸


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第27話 〝鋼〟の信念

 椿が語った、九宝院夫妻の死の真相。

 それを聞いた大地は、はらわたが煮えくりかえる思いだった。


(確かにコイツは()()()()と言っても過言じゃねぇよな……!)


 本当は言葉にして吐き捨てたかったところだが、当事者である椿が必死に感情を押し殺し、怒りも哀しみもこらえていたため、無理矢理にでも喉の奥の奥に嚥下した。


「これでもまだ、お前たちが命がけで護ろうとしている者たちのことを〝何の罪もない〟などと言えるのか?」


 今にも涙が滲みそうな目で睨まれ、フォトンホープは口ごもる。どうしようもないほどの悲痛を顔いっぱいに滲ませて。

 ピュアウィンドに至っては嗚咽を漏らしながら泣いていたため、とてもじゃないが話ができる状態ではなかった。


 だが、


「確かに君の言うとおり、我々が護る人々全てが、〝何の罪もない〟などとは口が裂けても言えない」


 やはりというべきか、アンブレイカーだけは微塵も揺らいでいなかった。


「だが罪の有無に関係なく、今という社会を生きる人々を護るのが我々ヒーローの務めだ。そして、ご両親が非業の死を遂げたからといって、今を生きる人々に危害を加える権利は君にはない」

「権利云々を言い出したら、お前たちヒーローにわたしを止める権利はないはずだが?」

「ある。君がエネミーである限りな」

「わたしの話を聞いてなお、その狂った考え方を押し通すか……!」


 椿は数瞬アンブレイカーを睨みつけるも、下らないと言わんばかりに「ふん」と鼻を鳴らし、踵を返す。


「帰るぞ、オーガ。父様と母様の前で、これ以上くだらない言い争いをしたくはないからな」


 いきなり強引に話を終わらせるとは思わなかった大地は、「お、おう」と狼狽えた返事をかえしながらも椿に続いた。


「カーミリア。約束、(たが)えるなよ」


 淡々と忠告するアンブレイカーに、椿も冷淡に返す。


「そちらこそな」


 その言葉を最後に、椿は早足で墓地から去っていった。

 大地は特に理由もなくヒーローたちを睨みつけてから、彼女の後を追う。


 墓地を出てしばらく歩き……ヒーローたちと充分に距離が離れて、なおかつ人通りが少ない場所に辿り着いたところで、前を行く椿の肩を優しく掴んだ。


「もう、この辺でいいだろ?」

「……ああ」


 先程までとは打って変わった弱々しい声音を返し、立ち止まる。


 椿の体は、震えていた。


 両親の話をしたことで湧き上がった悲しみを、両親の仇であるアンブレイカーに対する怒りを、仇を前に退くしかなかった悔しさを、そして、ヒーローと直接相対した恐怖を(こら)えるように、震えていた。


「まぁ、アレだな。ハッタリが上手くいってよかったな」

「……ああ」


 またしても弱々しい返事に、大地はバツが悪そうに頭を掻く。


「椿。オレにどうして欲しい。今ならサービスで、どんなお願いでも聞いてやるぜ」

「……………………少しだけ、背中を貸してくれ」

「あいよ」


 わざと大袈裟に足音を立て、椿に背中を向ける。

 椿は恐る恐る振り返ると、四年前に九宝院夫妻の墓参りをした後と同じように、大地の背中に縋りつき、嗚咽を殺して泣き始めた。


 四年前とは違い、涙を拭ってやることが必ずしも正解ではないということを知っていたため、背中を貸すことしかできないことに対しては、無力感を抱いたりはしなかったけれど。

 ヒーローを前にして、椿に無理をさせてしまった挙句泣かせてしまった無力感は、四年前に抱いたそれとは比較にならなかった。



 ◇ ◇ ◇



「ぅ……ひっく……」


 オーガとカーミリアが去ってなお涙が止まらない倉持陽花(ピュアウィンド)に、有川誠司(フォトンホープ)はかける言葉を見つけられないでいた。


 ……いや。


 正直に言うと、陽花に対してだけではなく、自分に対してもかける言葉が見つけられない。

 それほどまでに、カーミリアの話は誠司にとっても衝撃的なものだった。

 そのせいか、安藤という偽名で呼ぶことも忘れてアンブレイカーに訊ねてしまう。


「アンブレイカーさん……あの人は……カーミリアは本当に……エネミーだと……悪だと呼べる人なんでしょうか?」

「現代社会という枠組みを抜きにすれば、一口に悪と断ずることはできないのは確かだな」


 何の迷いもなく、誠司と陽花をさらに迷わせる答えを返す。その自覚があったのか、アンブレイカーは淀みなく言葉をついだ。


「エネミーがただの犯罪者と一線を画しているのは、我々ヒーローでなければ対処が困難だという点にある。そして、それほどの力を有していることに自覚的なエネミーほど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()傾向にある。数に関して言えば、力に溺れ、略奪や殺戮、世界征服といったわかりやすい悪に走るエネミーの方が、むしろ少ないくらいだろう」

「なら僕たちは、いったい何と戦ってるんですか?」

「エネミー。より正確に言えば、社会という秩序を壊す者たちだ」


 アンブレイカーは懐に仕舞っていたサングラスをかけ、誠司と陽花に問う。


「なぜ社会が悪とみなした者たちをエネミーと呼ぶようになったか、知っているか?」

「それは……」


 言われてみれば、エネミーという呼称について何の疑問も持ったことがなかったことに、今さらながら気づく。

 それは陽花も同じらしく、嗚咽は収まってきてはいるものの、アンブレイカーの問いに答えられないでいた。


「それは()()()()()()()()()()()()だろうと、社会にとって悪だと見なした者は断固として〝敵〟であることを、今という社会を生きる人々に知らしめるためだ。悪党(ヴィラン)の中にもヒーローはいる。ダークヒーローなどと呼ばれる存在がな。そして社会という枠組みから外れた悪のヒーローは、得てしてその枠組みを壊す傾向にある。だから先人たちは、悪に堕ちた者たちを(エネミー)と名付けた。今という社会を、そこに生きる人々を断固として護るという想いを込めて」


 確かな重みを感じさせるアンブレイカーの話を、誠司も、陽花も、先程まで抱いていた疑問や戸惑いを忘れて聞き入っていた。


「この世に万人が納得できる社会など存在しない。その枠組みに合わない者は必ず現れる。だがその数は、今ある社会に余程の欠陥がない限りはごく少数に留まっている。そして、そのごく少数が望む世界を目指すことは、今という社会に納得して生きている大多数の人たちを切って捨てることを意味している。君たちはそれを良しとできるか?」


 誠司と陽花は、揃ってかぶりを振る。


「そうだ。それでいい。たとえ相手がどれほどの正義を抱えていても、それが秩序を壊す正義だったならば全力で叩き潰す。それこそが本当の意味で〝何の罪もない〟人たちを護る最良の方法であり、我々ヒーローの務めだと、私は考えている」

「それが、アンブレイカーさんの戦う理由であり、信念なのですか?」


 陽花の問いに、アンブレイカーは揺るぎなく「そうだ」と答えるも、


「だがそれは、言ってしまえば上辺の話だ。倉持君。君が聞きたいのは、どうして私が秩序を護るという信念を持つに至ったのか、その根幹にあるものは何なのか……だろう?」


 そこまで聞くのは図々しいとでも思っていたのか、陽花が返した首肯はぎこちなかった。


「少し昔話になるが、今から三〇年ほど前に、鳥飼(とりかい)という名の科学者が〝善意〟で、超常的な力を持った人間を人為的に造り出す、超人プロジェクトと呼ばれる研究が行なっていたことを、君たちは知っているか?」


 誠司は陽花と顔を見合わせ、「いいえ」と答えた。


「だろうな。超人プロジェクトは政府無認可の、一個人が勝手に行なった非合法な研究だからな。そして、その実験体となった五七人の内、唯一生き残ったのがこの私というわけだ」

「そんな……」


 青ざめる陽花。

 一方誠司は、ただただ言葉を失っていた。


「私も含めた五七人全てが、突然変異的に超常的な力を持った者たちから採取した精子と卵子の組み合わせ――有り体に言えば人工授精によって生み出された。そのせいか、鳥飼の狂った〝善意〟にブレーキというものがなかったせいかはわからないが、超人プロジェクトの研究に倫理という言葉は存在せず、〝全ては正義のため〟に命を命とも思わない実験が日夜くり返された。生まれてすぐに鳥飼の思想を植え付けられた私たちも、初めの内は〝全ては正義のため〟に、一人また一人と仲間が減っていく非道な実験を受け入れていた」


 まるで他人事のように淡々と語るアンブレイカーとは対照的に、陽花は引きかけていた涙を再び溢れ出させていた。


「実験体の数が一〇人を切ったところで、ようやく鳥飼の思想がおかしいことに気づいた私たちは、生き残った者たち全員の力を合わせて反乱を起こした。だが鳥飼は、我々実験体から得たデータをもとに人造人間という成果を生み出していたため、そいつと戦うことになり……私以外の仲間は皆、殺されてしまった。人造人間を道連れにする形でな。そして一人生き残った私はこの手で、鳥飼を殺した」


〝鋼のヒーロー〟といえども何か思うところがあったのか、「殺した」と言った際はきつく拳を握り締めていた。


「その後、人里に下りた私は保護され、社会を知り、秩序を知った。鳥飼の研究は〝全ては正義のため〟だが、社会という枠組みの中では紛うことなき悪であり、その枠組みから外れることがなければ、五六人もの命が弄ばれた末に失われることもなかった」

「だから、ですか?」


 泣いている陽花に代わり、誠司が訊ねる。


「ああ。社会という枠組みから外れた存在に目を光らせ、淘汰する秩序がしっかりと機能していれば、超人プロジェクトのような悲劇が起きる可能性を限りなく零に近づけることができる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 アンブレイカーは今だ握り締めていた拳を持ち上げ、見つめながら言葉をつぐ。


「だから私は秩序を護るために戦う。そのためならば、この命を使い潰すことも、この手を血で汚すことも厭わない。必要に迫られた場合は、〝小〟を切り捨てることも躊躇しない」


 その〝小〟が九宝院夫妻を指した言葉であることは、誠司も陽花も気づいていた。

 気づいていたからこそ、どこまでも揺るぎないアンブレイカーに圧倒された。


「それが、私の信念の根幹にあるものだ。正直どこまで参考になるかはわからないが、君たちの迷いを晴らす一助になることを願うよ」

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