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――悪――  作者: 亜逸


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第19話 命日

「そうかそうか! ついに友達ができたか!」

「ちょっ!? 父様!? やめてください! 子供じゃないんだから!」


 椿は、小学三年生にもなって家のそとで「高い高い」されたことにほんのり顔を赤くしながらも、父――九宝院雅人(まさと)に抗議する。

 愛娘の反応にただでさえ緩んでいた頬をさらに緩めた雅人は、抗議を無視して「高い高い」を続けた。


「あなた。椿ちゃんが嫌がっているから、それくらいにしてあげなさい」


 いつも笑顔を絶やさない椿の母――九宝院(かえで)は、見た目どおり穏やかに夫を窘めるも、


「はははははっ! はははははっ!」

「だから! 恥ずかしいって言ってるじゃないですか! 父様!」


 聞こえていないのか、雅人は依然として「高い高い」を続けていた。


「あ・な・た」


 楓は笑顔をそのままに、物言いの穏やかさもそのままに、されど不思議と圧のある声音で言う。


「ア、ハイ。スミマセン」


 少々妻を怒らせてしまったことに気づいた雅人は、片言で謝りながらも椿を下ろした。


「父様。今度同じことをしたら、二度と口を聞いてあげませんからね」

「ぬおおおんッ! 椿ぃいいぃッ! それだけは勘弁してくれぇええぇッ!」


 大の大人がガチ泣きしながら縋りついてきて、さしもの椿もドン引きしてしまう。

 この重度の子煩悩が、やり手で知られる九宝院財閥の当主という事実が、実の娘でありながらもちょっと信じられない思いだった。


「ところで椿ちゃん。初めてできたお友達は、どういう子なの?」


 楓からの質問に、椿は知らず嬉しそうな顔を浮かべ、


「海形大地っていう男の子なんですけど――」


 と言ったところで、雅人の口から「あぁ!?」とドスの利いた声が漏れ、楓の口から「あらあら」と楽しげな声が漏れる。

 対照的な二人の反応に意味もなく気圧された椿は、続く言葉を詰まらせてしまう。


「その話、もっと詳しく聞かせてもらおうか」

「その話、もっと詳しく聞かせてちょうだい」


 片や笑顔の割にこめかみに青筋を浮かべながら、片やいつもよりも若々しい笑顔を浮かべながら、「その話、もっと詳しく聞かせて」まで綺麗にハモらせて問い詰めてくる。

 その頭脳ゆえに、父と母の考えていることを察してしまった椿は、


「だ、大地とはそんなんじゃありませんからっ!」


 顔を真っ赤にして否定するという、その頭脳にあるまじき墓穴を掘ってしまったのであった。



 ◇ ◇ ◇



 アジト内にある自室のベッドで寝ていた椿は、目覚ましのアラームが鳴り響く中、ゆっくりと目を覚ます。

 その拍子に一滴(ひとしずく)だけ涙がこぼれ落ちたことに気づき、力ない笑みを漏らした。


「また、か」


 アラームを止め、上体を起こしながら独りごちる。

 大地たちが煌成高校の任務を果たしてからの六日間、椿は毎日のように、父と母が生きていた頃の、幸せだった頃の夢を見るようになっていた。


 理由は、はっきりしている。

 なぜなら毎年()()だから。

 父と母の命日が近づくと、決まって今みたいな夢ばかりを見るようになるから。

 見ている時はとても幸せで、覚めた時はとてもつらくなる、そんな夢ばかりを。


 だが、それも明日までだ。

 命日となる明日を迎えると、それ以降は嘘のように、はたと父と母の夢を見なくなる。

 それこそ、夢を見ていたこと自体が夢だったのではないかと思えるほどに。


 夢から覚めた後は、父と母がもういないという現実をより強く実感させられる。

 そのため明日を過ぎれば両親の夢を見ずに済むことには、正直安堵していた。

 その一方で、現実ではもう二度と会うことができない父と母に会える夢が見られなくなることを、正直寂しいとも思っていた。


 相反する想いを断ち切るように、両手で頬を張る。

 この行為一つで気持ちを切り替えることも、最早毎年恒例になっていた。


 ……そうだ。

 ちゃんと気持ちを切り替えないと。

 今日はあの阿呆と一緒に、グランドマスターに目通りする日。

 わたしがしっかりと目を光らせておかないと、あの阿呆がどんな粗相をやらかすかわかったものではない――などと肝に銘じることで、寝ぼけがちだった頭も切り替え、寝汗を流しに浴室へ向かう。


 シャワーを浴びた後は、ショートブレッド型の栄養調整食品で軽い朝食を済ませ、白衣に袖を通してから鏡の前で身だしなみを整える。

 大地と再会して以降、鏡の前に立っている時間が今までよりも少し長くなっていることにまるで自覚のない椿は、入念に身だしなみを整えてから自室を後にした。


 いつもどおりの早足で向かう場所は、自身の研究室。

 大地にはあらかじめ研究室に来るよう言いつけ、そこで合流してからグランドマスターのもとへ案内する次第だった。


 ほどなくして研究室に辿り着く。

 中に入ると、研究室内にある作業台を見つめたまま突っ立っていた大地が、こちらを見もせずに「よう」と短い挨拶を返してくる。

 大地の視線を釘付けにしている作業台には、六日前の煌成高校の任務の後に彼が欲し、椿が開発した武器が置かれていた。

 その武器とは、()()を打ち出す機構が取りつけられた一対の篭手(こて)だった。


「これってもしかしてアレか? 杭打ち機(パイルバンカー)ってやつか?」


 椿は首肯を返し、


「不服か?」


 と試すような笑みを向けると、大地は悪童めいた笑みを返してくる。


「いや、最高だ」

「だろうな。昔から君は、こういうのが大好きだったからな。それにこれなら、君が得意としている徒手格闘の延長線で使えるだろう?」

「あぁ。にしても、ダークナイトの魔剣みてぇなのって言っちまったから、剣型の武器がくるだろうって勝手に思ってたが、コイツは嬉しい誤算だな」

「その方向性でつくることも一考したが、如何せん君が剣道の(たぐい)をやっているところを見たことがなかったのでな」

「そりゃガキの頃の話だ。今は強くなるために色々囓ってるから、心得くらいならあるぜ。まぁ、生兵法は怪我のもととも言うから、パイルバンカー(こいつ)で正解だったけどな」

「ちなみに肝心の杭についてだが、片割れは、以前君から採取した骨細胞を強化培養した物を使うつもりだ。わたしが用意できる物の中では、それが最も堅い物質だからな」

「もう片割れは?」

「あくまでも物のついでだが、()()()()()()()()()()


 その言葉だけで察した大地が瞠目する中、椿はしたり顔で言葉をついだ。


「もっと組織の力を借りればいい――そうわたしに助言してくれたのは君だぞ」


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