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――悪――  作者: 亜逸


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第18話 帰還

《ディバイン・リベリオン》のアジトにある、隠密輸送艇アオス・シの発着場は今、押し殺された騒然で満たされていた。


 煌成高校に向かったダークナイト、オーガを含めた八〇余名が無事任務を果たしたという報を受けてすぐに、必要最低限の人員としか接触しようとしなかったあのカーミリアが、発着場に姿を現したのだ。


 発着場で作業をしていたアオス・シの整備員が、任務で負傷した者を受け入れるためにやってきた医療スタッフが、まさかのカーミリアの登場に驚くも、彼女を見たことがない者たちの驚きはそれ以上だった。が、さすがに声に出して驚くわけにはいかなかったので、騒然は騒然でも押し殺された案配になっていた。


 ざわつきが落ち着いてきたところで、今度は憂いを帯びたカーミリアの美貌にため息を漏らす者が現れ始めるも、開け放たれたハッチを見つめる彼女の目があまりにも険しすぎるせいで、その多くが漏らしたばかりのため息を呑んでしまう。

 高嶺の花という言葉があるが、この花が咲いてある(みね)はあまりにも峻険(しゅんけん)すぎるというのが、発着場にいる者たちの総意だった。


 そんな中、カーミリアこと椿は、大地のことが心配で心配で(たま)らないという想いを、なんとか顔に出すことなく(こら)えていた。

 今の自分の目が、いつも以上に険しくなっていることにも気づかずに。


 今から一〇分前。

 任務を終えた大地とダークナイトが、アオス・シの通信室から任務達成の報告をしてきた際、大地がフォトンホープと一対一で戦ったという話を聞いた時は口から心臓が飛び出る思いだった。

 大地自身はたいした怪我はないだの何だの言って平然としているが、どうせ彼のことだ、こちらに心配をかけまいと、やせ我慢をしているに違いないと椿は断じていた。


 それからしばらくして、大地たちを乗せたアオス・シが戻ってくる。

 乗降口が開き、降りてきた構成員たちが見慣れない白衣の女に一瞬目を奪われながらも発着場を後にしていく。

 幾度となくそんな視線に晒されたことで、大地のことが心配になって発着場(こんなところ)まで出張ったのは、さすがに冷静さを欠いていたと後悔し始めるも、最早後の祭りだった。


 そして最後に、鬼面を外して素顔を晒している大地が、ダークナイトとともにアオス・シから降りてくる。

 椿は腕を組みながら、大地の前に立ちはだかると、


「わたしの生体サイボーグ化手術を受けておきながら、フォトンホープに随分手酷くやられたようだな。オーガ」


 周りの目を考慮して、三幹部(カーミリア)としてのイメージを損なわない物言いをしながらも、君のせいで無駄に目立ってしまったではないかという逆恨みを込めてイヤミをぶつける。


「手酷くじゃねぇよ。一旦は追い詰めるところまでいけたからな」


 その言葉に、発着場にいた者たちが「おぉ」と感嘆の声を上げるも、


「追い詰めた結果、余計な力を目覚めさせる切っ掛けを彼奴(きゃつ)に与えたことは、ただ敗北するよりもタチが悪いがな」


 ダークナイトの指摘に大地は露骨に苦い顔をし、発着場にいた者たちが「あぁ」と別の意味で感嘆の声を漏らした。

 そんな中椿は、大地のボディアーマーの右肩から左腰にかけて薄らと滲んでいる血の痕に顔をしかめそうになりながらも、彼に近づき、小声で訊ねる。


「正直に言え。怪我はどれくらいひどい?」


 その声音があまりにも真剣だったからか、大地も誤魔化すことなく小声で答えた。


「切り傷は目立っちゃいるけどかすり傷だ。細かいのをもらったから全身くまなく(いて)ぇが、右手と背中の痛みが特にひでぇ」

「……怪我の処置は、わたしが直々にする。このまま研究室に向かうぞ。いいな?」

「むしろ願ったり叶ったりだ。他の連中に看てもらうよりも、オマエに看てもらった方が、オレとしちゃ嬉しいからな」


 直球すぎる好意を、どうにかこうにか右から左に流す。

 こんな大勢の前で、三幹部である自分が赤面するわけにはいかない。


「だったら、さっさと行くぞ。君がフォトンホープとの戦いで得た気づきや経験を、今後の研究に反映させたいからな」


 ここからは小声をやめ、あえて周りに聞かせるような声量で言うと、大地が思い出したように「あぁ」と声を漏らした。


「そういや、その気づきについて話しておきてぇことがあるんだが……なんつうか、こう……生体サイボーグ向けのすっげぇ武器とか造れねぇのか? アイツの魔剣に負けねぇくらいすげぇヤツを」


 言いながら、ダークナイトの魔剣(クライドヒム)を指でさす。


「無茶を言うな。クライドヒムは、科学で再現できるような代物では――」

「興味があるのか? 愚生のクライドヒムに」


 いくら魔剣が話題に上がったからとはいえ、まさかダークナイトが会話に割って入ってくるとは思わなかった椿は、口に出していた言葉を思わず切ってしまう。


「あんなすげぇ斬撃見せつけられて、興味が湧かねぇ方がおかしいだろ」

「そうか。ならば使ってみるがいい」


 事もなげに言いながら、ダークナイトは右腰に下げていた魔剣を鞘から抜き、大地に手渡そうとする。

 それを見て椿は、「よせっ!」と逼迫した声をあげるも、時はすでに遅かった。


「おいおい、いいのか――ッ!?」


 魔剣を受け取った大地は、全身の力が抜けたようにその場にへたり込みそうになるも、なんとか、かろうじて、踏み止まる。


「オーガ! 今すぐクライドヒムを離せ! 早く!」


 椿が叫んでいる間に、ダークナイトは表情一つ変えることなく大地から魔剣を取り上げ、鞘に戻した。


「クライドヒムを手にして、膝すら突かぬか」


 淡々と独りごちるダークナイトに、椿は睨むような視線をぶつける。


「どういうつもりだ、ダークナイト! クライドヒムは自らが認めた者には力を与えるが、それ以外の者からは生気を奪う! 力なき者は、それだけで命を落とすほどにな! そうわたしに教えてくれたあなたが、どうしてオーガにクライドヒムを持たせた!?」

「それは、貴女がオーガのことを過小評価しすぎているからだ」


 またしても事もなげに、ダークナイト。

 この言葉には椿も大地も、目を丸くするばかりだった。


「フォトンホープに余計な力を目覚めさせたことは褒められた話ではないが、そうなるまで彼奴を追い詰めたことは充分評価に値する。事実、オーガはクライドヒムを手にしたにもかかわらず、膝を突きさえしなかった。多少腕が立つ程度の輩では、こうはいかぬ。だからオーガのこと、もう少しは信用してやれ」


 それだけ言うと、もう話はないと言わんばかりに発着場から立ち去っていった。


 椿自身、大地のことを気にかけすぎていることは自覚している。そのことに気づいていたダークナイトは、椿に指摘するためにあんなことをしたのだろうが、


「もう少し手段というものを選んでくれ。ダークナイト」


 呆れ混じりに言う椿に、大地は「まったくだ」と同意した。

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