第14話 一対一
退去勧告から三〇分が経ち、戦闘員たちに校舎を巡回させて人が残っていないかどうかを、ざっと確認し終えた後。
「あとは貴様に任せる」
それだけ大地に言い残し、ダークナイトは校舎の中へ消えていった。
「あんの野郎……副官への指示、それしか言ってなくねぇか?」
やはりダークナイトがデストロイヤと違って副官をつけているのは、そういうことだと大地は確信する。
いや、むしろこの場合、つけているというよりも、椿かグランドマスターあたりにつけさせられていると見た方が正しいのかもしれない。
先日のブリーフィングで、ダークナイトは椿に今回の任務に従事する人員の選定を任されていたが、今となっては「いや、コイツにはそんな芸当無理だろ」と思えて仕方なかった。
「実質アイツの代わりに、構成員の命を背負わされてるもんじゃねぇか。オレの前に副官やってた奴が、胃に穴空いてぶっ倒れたのもしょうがねぇだろ、これ」
などと愚痴りつつも、戦闘員たちには周囲の警戒を、救護員にはいざという時に備えて待機を、偵察員たちには学校の内と外の二班に分かれて、警察や自衛隊、ヒーローが来ないかを見張るようテキパキと指示する。
後はダークナイトが戻ってくるのを待つだけだが、じっとしているのは性に合わないので、ウォーミングアップがてら校舎の外壁を平地を行くように駆け上がって屋上に出る。
その様子を見ていた構成員たちが、生体サイボーグの驚異的な身体能力に驚きの声を上げる中、大地は、肉体に負け劣らず飛躍的に向上した視力をもって周囲の警戒にあたった。
(椿の予測じゃ、国会議事堂の時とは違ってヒーローが来る可能性は低いって話だが……)
あくまでも低いというだけで、可能性が零というわけではない。
ヒーローの圧倒的強さを実際にこの身で味わった手前、ほんのわずかな油断もする気にはなれなかった。
「……ん?」
ふと、校庭の一角で光の粒のようなものがちらついているのが見えて、眉をひそめる。
光の粒は瞬く間に数え切れないほどにまで増殖し、やがては渦を巻き起こし始めたところで、周囲にいた戦闘員たちも異変に気づく。
そして――
光の渦が爆ぜ、その中心から一人のヒーローが姿を現した。
真白い装束を纏った金髪碧眼のヒーロー、フォトンホープが。
「フォトンホープだ! フォトンホープが現れたぞ!」
「あいつを倒しゃ三幹部入りも夢じゃねえ!」
「早者勝ちだ! 文句は言うなよ!」
血気に逸った七人の戦闘員が、四方八方からフォトンホープに飛びかかる。
「馬鹿野郎どもが……!」
大地は悪態をつきながらも、すぐさま屋上から飛び降りた。この後に起きる惨事が幻視できている分、地面に落ちるまでの時間がひどくもどかしい。
大地にとっては長い長い一瞬の間に、フォトンホープは片掌を地に添え、
「フォトンバースト!」
自身を中心に迸った、半径五メートルはくだらないドーム状の光の波動が、飛びかかろうとしていた戦闘員たちを吹き飛ばした。
七人のうち三人が、フェンスに、サッカーゴールに、校舎の壁に激突し、残りは幸か不幸か障害物にはぶつからず、散々地面を転げてから倒れ伏す。
「オマエら無事かッ!?」
長い一瞬の末に着地した大地が叫ぶも、光の波動をくらった七人は返事をかえすどころか、身じろぎさえする者はいなかった。
こうなってしまった以上、死人が出ていないことを祈るしかない。
大地は校庭に残っている一〇人弱の戦闘員に視線を巡らせると、
「ボサッとしてんじゃねぇ、オマエらッ! 今やられた奴らを、さっさと救護員のとこに運んでやれッ!」
「わ、わかった! だがオーガ! お前はどうするつもりだ!?」
戦闘員の一人が叫び返すと、大地は鬼面の下で凄絶な笑みを浮かべた。
「決まってんだろッ! オレがフォトンホープをやるッ! だから手ぇ出すんじゃねぇって、他の奴らにも伝えろッ!」
「わ、わかった!」
戦闘員たちが指示どおりに倒れている仲間を担いでいく中、大地は悠然と歩いてフォトンホープに近づいていく。
「つうわけだ。ここから先はオレが相手をさせてもらうぜ。ヒーロー」
「構わないよ。たとえ相手がエネミーでも、傷つき倒れる人の数は少ないに越したことはないからね」
「お優しいこった――と言いてぇところだが、オレみてぇに挑んでくる奴には容赦するつもりはねぇ。違うか?」
「当然だ! フォトンウェーブ!」
射程内に入ったのか、目算にして二〇〇メートルを切ったところで、フォトンホープが掌から極太のビームを放ってくる。
転瞬、大地は這うほどに身を沈めて光の奔流をかわし、立ち上がる勢いをそのままに地を蹴って一気に距離を詰める。
生体サイボーグになった大地にとって、二〇〇メートルの距離などあってないようなものだが、
「フォトンバースト!」
拳が届く間合いに入る寸前に先程七人の戦闘員を吹っ飛ばした技を使われ、ドーム状の波動が拡がり切るよりも早くに飛び下がった。
フォトンホープは地面に添えた片掌をそのままに、さらなる技を繰り出す。
「フォトンイラプション!」
強化された知覚が、地面の下に無数の〝熱〟が発生したことを察知し、大地はさらに飛び下がって〝熱〟の隙間に着地する。
直後、地面から幾筋もの光の奔流が間欠泉さながらに噴き上がるも、その全てが〝熱〟を察知した箇所から噴き上がったため、大地にはかすりもしなかった。
「今のもかわすなんて……!」
こちらを睨むフォトンホープの目に、緊張と警戒が宿る。
その反応は、大地に確かな手応えを抱かせるのに充分なものだった。
(喜べ椿! オマエの頭脳は、ヒーロー相手にも通用するぞ!)
我が事以上に喜びつつも、大地は大地でフォトンホープに対して緊張と警戒を強めていた。
フォトンホープの印象は中~遠距離が得意の、懐に飛び込みさえすればどうとでもなる手合いだと高をくくっていたが、そんな簡単な相手ではないことを、今の攻防だけで痛感させられていた。
(フォトンバーストっつったか。当然っちゃ当然だけど、近距離用の技もちゃんと用意してやがったか。遠距離用の技も、どれだけ種類があるかわかったもんじゃねぇからマジでうぜぇ)
大地も、フォトンホープも、知らず知らずの内に呑んでいた息を吐き出す。
刹那、大地は愚直に突貫し、フォトンホープは左右に拡げた両手を交差させるように振り抜き、
「フォトングラヴェル!」
幾千もの光の飛礫を、散弾銃さながらに発射した。
人がすり抜けられる隙間などどこにもない圧倒的弾幕。
大地は舌打ちを漏らしながらも、前に向けていた運動エネルギーを一足で真横に変換し、弾幕を回避する。
その隙にフォトンホープは、胸の高さまで持ち上げていた両掌を下に向け、
「フォトンホーミング!」
具象した二つの光球を、大地に目がけて飛ばした。
「フォトンフォトンうっせぇんだよ、クソがッ!」
悪態をつきながらも、正面からくる光球を回避。したのも束の間、かわしたはずの光球は大地の背後で大きく弧を描き、再び襲いかかってくる。
技名の時点でわかりきっていたことだが、二つの光球には敵を自動追尾する性質が付与されていた。
「フォトンレイン!」
畳みかけるようにフォトンホープは片掌を空に掲げ、大地の周囲一帯に光線の雨を降らせる。
本物の雨ほどの密度はなかったので、大地はあえてその範囲内に留まってかわすことで、いまだ追尾を続ける二つの光球に光線の雨をぶつけて誘爆させようとするも、
「ちぃ……ッ」
光線の雨が、光球に一切干渉することなく地面に突き抜けていく様を見て、憎々しげに舌打ちを漏らした。
思い返してみれば、国会議事堂門前での戦いでフォトンホープの攻撃をくらった戦闘員は、肉体を灼かれただけでその身に纏っていたパワードスーツには焦げ目一つついておらず、直撃を受けた自衛隊の装甲車も傷一つついていなかった。
今もそうだ。
光の間欠泉が噴き上がり、光線の雨に打たれているにもかかわらず、地面には穴ぼこ一つ空いていない。
(つうことは、誘爆を狙うことも、追尾性能を逆手にとって野郎にぶつけることもできねぇってわけか……!)
光線の雨が止むと同時に放たれた光の奔流と、左右から迫ってきた二つの光球をかわしながら、大地は歯噛みする。
標的にのみダメージを与える追尾弾など、タチが悪いにもほどがある。
議事堂前で見た光の奔流が、パワードスーツは突き抜けて、装甲車は突き抜けなかったことを鑑みるに、物質を透過するにも限度があるようなので、どこかにぶつければ二つ光球を潰せるかもしれないが、校庭のど真ん中という遮蔽物一つない状況では試したくても試せない。
(だったら、やることは一つだよな……!)
大地は真っ直ぐに、フォトンホープに突貫する。
「フォトングラヴェル!」
当然相手がそれを許すはずもなく、光の飛礫で応戦する。
今までならば横に飛んでかわしていたところだが、
「うぉおぉおおおおぉおぉおぉおッ!!」
すでに覚悟を決めていた大地は、両腕を交差させて頭を守り、極端な前傾姿勢をとることで攻撃が当たる面積を減らしながら、あえて光の飛礫の中を突っ切っていく。
熱した針を体中に突き立てられるような痛みに襲われるも、微塵も怯むことなくフォトンホープに肉薄した。
「く……ッ。フォトンバ――」
「遅ぇッ!」
光の波動を使われる前に、大地の右拳がフォトンホープの脇腹を捉える。
勢いをそのままに腕を振り抜くと、フォトンホープの体が玩具のように吹っ飛んでいった。
直後、こちらを追ってきた二つの光球が背中に直撃するも、それによって巻き起こった爆発を利用することで、吹っ飛ばしたフォトンホープに追撃を仕掛ける。
光球の直撃を受けた背中と、灼かれた右手の痛みを意識の外に置き去りにして。
然う。フォトンホープは脇腹を殴られる寸前、片掌に宿した光の波動のエネルギーを大地の右拳にぶつけることで、拳打の威力を削ぐと同時にこちらの右手にダメージを負わせたのだ。
やはりヒーロー。
どこまでも手強い。
だが、
(流れはコッチが掴んだッ!!)
フォトンホープが空中で身を翻しながら着地するも、威力を削いでなお大地の拳打が効いたらしく体が一瞬ふらつく。
再び間合いを詰めるのに充分な猶予を得た大地は、いつの間にやら戦いを見守りにきた戦闘員からの歓声を背に受け、フォトンホープに肉薄する。
◇ ◇ ◇
(強い……!)
迫り来る鬼面――敵戦闘員の一人がオーガと呼んでいたか――を見据えながら、有川誠司は心の中で呻いた。
近接戦は明らかに不利なので、脇腹の痛みに顔をしかめながらも飛び下がって距離をとる。が、即応したオーガが開いたばかりの距離を、刹那にも満たぬ間に潰してくる。
(技を繰り出す隙がつくれない……!)
アンブレイカーには及ばないが、それでも、オーガのパワーとスピードは驚異的だと言わざるを得ない。
フォトンエナジーで戦闘員と渡り合える程度には身体能力を強化した誠司が、近接戦では全く相手にならないほどに。
眼前まで迫ってきたオーガが負傷した右拳で拳打を繰り出す中、誠司は思う。
この拳、まともにくらえば命はないかもしれない――と。
(僕は、死ぬのか?)
通っている学校も、恐怖を抱えたまま逃げるしかなかったクラスメイトの心も護れずに。
(駄目だ! そんなのは!)
ヒーローが悪に屈するなど、あってはならない。
ヒーローの敗北は、今を生きる人たちに絶望をもたらすことを意味している。
だから死ぬわけにはいかない。
だから負けるわけにはいかない。
(それに……)
脳裏に、一人の少女の顔が浮かぶ。
常に誠司の心の中心にいる、誠司と同じヒーローの顔が。
(僕が死んだら、陽花ちゃんを悲しませてしまう! それだけは……それだけは絶対に駄目だッ!!)
次の瞬間。
フォトンホープとしての矜持が、有川誠司としての想いが、彼の手に〝奇跡〟を掴ませた。




