第13話 煌成高校の少年
煌成高校の一年生――有川誠司が、四時限目の国語の授業を受けていた時のことだった。
『煌成高校にいる全ての者たちに告ぐ』
教室に存在する全てのスマホから――国語教師のガラケーからも――突然、合成音声が大音量で響き、生徒も教師も半ば恐慌になりながら各々の携帯電話を手に取った。
合成音声が『全ての者たち』と言っている以上、誠司がいる一年三組だけではなく、他の教室も、おそらくは職員室も、同じような状況になっているのは想像に難くなかった。
恐慌が起きることを予見していたのか、それとも単純に携帯電話を乗っ取ったことでこちらの様子を把握しているのか。
きっかり一〇〇秒後、喧噪が小さくなり始めたタイミングで合成音声は言葉をつぐ。
『今からこの学校は、我々《ディバイン・リベリオン》が占拠する』
まさかの宣言に、校舎のそこかしこから悲鳴じみた声が上がる。
『三〇分以内に学校の敷地外に逃げた者には一切危害を加えないことを、大いなる盟主の名のもとに約束しよう。逆に、三〇分経っても学校の敷地内に留まっていた者に対しては……命の保証はしないとだけ伝えておこう』
窓際の席だった誠司は、校庭のど真ん中に、《ディバイン・リベリオン》と思しき集団が唐突に姿を現したことに気づき、瞠目する。
『我々を恐れず、刃向かうというのであればそれもけっこう。すでに校庭を占拠している同志たちが、君たちに現実というものを教えてくれるだろう。己の命という、高い授業料と引き替えにな』
遅れて、他の生徒たちも校庭を占拠している存在に気づき……いよいよ本格的に恐慌を起こしながらも、校舎内にいる誰も彼もが我先にと逃げ出し始めた。
まだしも冷静さを保った一部の教師たちが、まだ充分に時間があるから慌てずに逃げるよう皆に呼びかけるも、誰の耳にも届かない。
度胸試しのつもりなのか、気性の荒い生徒たちが《ディバイン・リベリオン》に喧嘩を売りに校庭へ向かおうとするも、黒色の鬼面を被った構成員が威嚇するように地面を踏み抜き、校庭に蜘蛛の巣状の亀裂を走らせる様を見た瞬間、蜘蛛の子を散らすように敷地外へ逃げ去っていった。
誠司は、一年三組の教室にいたクラスメイト全員が逃げ出したのを見届けたところで席を立ち、窓から離れる。
外に連絡はできないかと、合成音声が流れて以降ウンともスンとも言わなくなったスマホをいじくり回してみるも案の定徒労に終わり、懐に仕舞いながらも教室の外に出て、廊下を歩きながら思案する。
《ディバイン・リベリオン》は紛うことなく悪の組織だが、通すべき筋はきっちり通すため、この手の勧告を反故にしたことは実のところ一度もない。
だから今は校舎に留まって身を隠し、三〇分やり過ごしてから行動を起こすのがベストだ。
敷地内に人が残っていない方が、こちらとしてもやりやすい。
敵の数は、現在校庭を占拠している者たちに限ればだいたい五〇強。
その九割以上を占める戦闘員はともかく、黒いコートを纏った白髪の男――《ディバイン・リベリオン》三幹部の一人であるダークナイトが混じっているのが厄介だ。
あともう一人気になるのが、他の戦闘員と同じボディアーマーを身につけていながら、他の戦闘員が被っているフルフェイスマスクとは異なる鬼面をつけた男――背格好からして女ではないだろう――の存在。
先程校庭に亀裂を走らせた脚力は、他の戦闘員とは文字どおりの意味で次元が違っていた。
(そういえばアンブレイカーさんに、過去に二度、他とは明らかに強さの次元が違う戦闘員が混じっていたケースがあったから、気をつけるようにと言われたことがあったけど……)
もしかしたら、あの鬼面も同じケースかもしれない。
ダークナイトだけでも厄介なのにそんな相手までいるとなると、正直自分一人の力だけでは勝ち目は薄いと言わざるを得ない。
無策で突っ込むのは危険だ。
(国会議事堂の時もそうだったけど、《ディバイン・リベリオン》が施設を占拠する事件を起こした際は、決まって三幹部は建物の中に籠もったきり、しばらく姿を見せなくなる)
狙うならそのタイミングだ。
そのタイミングで外にいる鬼面と戦闘員たちを倒し、建物――今の場合は校舎から出てきたダークナイトに一騎打ちを挑む。それしか手はない。
幸い相手は、下手な動きさえ見せなければ一般人に危害を加えない程度に道理を弁えている。
だから是非もない状況に陥る心配は少ないので、じっくりと待ちに徹することができる。
大人ならば機を待つためではなく、陰からダークナイトを監視するために校舎に残り、いまいち狙いがわからない《ディバイン・リベリオン》の目的を確かめようとか考えるのかもしれないけれど、誠司としては自分の学び舎が戦場になるリスクは極力避けたかったので、選択肢からは除外した。
さらに言えば、校庭を戦場にすることもできれば避けたいところだったが、煌成高校の立地が住宅街のど真ん中であることを考えると、校庭以外に戦場にできる場所がないので、それこそ是非もない話だった。
(外に逃げた皆がすぐに通報したとしても、陽花ちゃんとアンブレイカーさんが間に合うかどうかはわからない。ここは僕一人でなんとかしないと!)
意気込みながらも、図書室の前で足を止める。本棚という死角が多いこの部屋で身を隠し、機を待つことが誠司の算段だった。
(《ディバイン・リベリオン》! この僕――フォトンホープが、お前たちの好きにはさせないぞ!)




