第21話『夏の始まり』
6月1日、火曜日。
今日から季節は夏。高校2年生の夏がスタートする。
今年は氷織という大好きな恋人がいる中で夏を迎えられた。きっと、今年の夏はこれまでで最高の夏になる気がする。氷織達と一緒に、夏の思い出をたくさん作っていきたい。
6月になったので、校則により夏服に衣替え。夏服は今日から9月末まで着ることになっている。
冬服からの大きな変化は、半袖のワイシャツとブラウスが解禁となること。ネクタイの色が赤から青に変わること。女子のリボンも同様だ。あと、見た目での変化はないけど、スラックスやスカートが通気性のいい生地で作られているものに変わる。季節や気温に合わせ、涼しく感じられる制服になるのだ。
朝から晴れているので、俺は半袖のワイシャツにベストを着る。
勉強机に置かれている卓上ミラーで、ネクタイがちゃんと締められていることや髪が変にはねていないことを確認する。
「よし、これでいいな」
身だしなみもちゃんと整えたので、俺は家を出発する。
今日は雨が降る心配はないので自転車通学。いつも通り、氷織との待ち合わせ場所である高架下までは自転車で向かう。
「夏服になると気持ちいいなぁ」
ワイシャツが半袖だったり、スラックスの生地が通気性に長けていたりするからだろうか。昨日までとは違い、自転車を漕いでいると風が涼しく感じられる。快適だ。
「氷織はどんな夏服姿になるだろう」
半袖が解禁になったから、半袖のブラウスを着るのだろうか。それとも、昨日までと同じく長袖のブラウスなのか。考えるだけでも楽しいな。ペダルを漕ぐスピードが自然と速くなっていた。
いつもよりも早く、待ち合わせ場所の高架下が見えた。腕時計を見ると……午前8時2分か。待ち合わせ時間まで10分近くあるけど、早めに来ることが多い氷織はもう待っているかもしれないな。
高架下へ向かうと、そこには半袖のブラウスに紺色のベスト、青いリボンという夏服の制服姿に身を包んだ氷織がこちらを向いて立っていた。ブラウスが半袖だし、リボンの色が青いから爽やかな印象を受ける。
俺に気づいたのか、氷織は明るい笑顔になって、
「明斗さーん!」
と、大きな声で俺の名前を言い、こちらに手を振ってきた。季節が夏になっても氷織は可愛いな。そんな氷織を見て、今年の夏は最高の夏になると確信した。
高架下に到着し、俺は自転車から降りる。
「おはよう、氷織」
「おはようございます、明斗さん。……夏服姿の明斗さん、とても素敵でかっこいいです。よく似合っていますね」
「ありがとう。氷織も夏服姿がよく似合っているよ。爽やかな雰囲気で素敵だし、可愛いよ」
「ありがとうございます」
満面の笑みでお礼を言うと、氷織は俺に顔を近づけ、そのまま唇を重ねてきた。
おはようのキスにも段々と慣れてきた。ただ、キスすると自転車を漕いだ疲れが取れて、今日の学校も頑張ろうって思える。
数秒ほど経ち、氷織から唇を離す。すると、そこには氷織の可愛い笑顔があった。
「夏になってからこれが最初のキスですね。とても良かったです」
「俺も良かったよ」
今のキスがこの夏最初のキスだと分かると、唇に残る氷織の温もりが、唇からじんわりと広がっていく感じがした。果たして、この夏の間に、氷織と俺は何回キスをすることになるのか。
俺達は高架下を出発し、学校に向かって歩き始める。
「半袖になると、晴れていても気持ち良く感じられますね」
「そうだね。自転車を漕いでいるときにも思ったなぁ」
「そうでしたか。ただ、今日から教室の冷房が解禁されますし、寒くなっているかもしれないので、カーディガンはバッグに入っています」
「前にそんなことを言っていたね」
夏服期間の間は、教室にある冷房を生徒によってつけることができる。設定温度や風量も生徒が自由に設定可能だ。だから、クラスによってはかなり寒いらしい。あと、座っている席次第では、冷房の風を直接当たるなどして寒く感じることもある。1年のときは、いつも長袖のワイシャツやブラウスを着ていたり、カーディガンを着ていたりしているクラスメイトがいた。
さて、2年2組の冷房事情はどうなることやら。
「今日から6月が始まりましたね」
「そうだね。夏の始まりでもあるね」
「ですね。まさか、恋人ができた状態で2年生の夏を迎えられるなんて。去年の夏が終わったときには想像もしていませんでした」
「俺もだよ。氷織に一目惚れしたのも、1年の秋……冬服に戻ってからだったから」
「そうだったんですね」
ふふっ、と上品に笑う氷織。
去年の夏休み明けの自分に「来年は氷織と恋人同士になって夏を迎える」って話しても……信じてもらえなさそうだ。当時の俺は、氷織とは図書室で何度か助けた程度の関わりだし。それに、氷織は1年の1学期の時点で、告白を全て断る『絶対零嬢』として有名だったから。
「今年の夏は氷織のおかげで最高の夏になりそうだ」
「私もそんな気がします。あと、今まで6月は梅雨があってあまり好きではありませんでした。ただ、この前話したように、明斗さんと相合い傘をする機会が増えそうなので、去年までよりも好きになれそうです。明斗さんって6月は好きな方ですか?」
「割と好きな方かな。6月は梅雨の時期けど……誕生日のある月だし」
「6月生まれなんですね!」
氷織の笑みがぱあっ、と明るいものに変わる。
「ちなみに、6月の何日生まれですか? 何日かによってはすぐにプレゼントを用意しないと!」
「19日が誕生日だよ。6月19日」
「6月19日ですね! 忘れないようにカレンダーにメモしておきます」
そう言うと、氷織はその場で立ち止まって、バッグからスマホを取り出す。俺の誕生日にここまでの反応を見せてくれると嬉しい気持ちになる。
「メモしました。あと、今年の6月19日は土曜日なんですね」
「今日が火曜日だから……そうだね、土曜日だね」
「土曜日ですから、その日は……明斗さんと一緒に過ごしたいです。どうですか?」
「もちろんいいよ。その時期のバイトのシフト希望はまだ提出してないけど、19日は必ず空けるようにするよ」
「はいっ!」
氷織は楽しそうな笑顔で、とても元気良く返事した。
今年の誕生日は氷織と一緒に過ごせるのか。当日はどう過ごすのかな。誕生日プレゼントはどんなものなのかな。今から誕生日が楽しみだ。きっと、最高の誕生日になるに違いない。
「氷織の誕生日っていつなの?」
「1月11日生まれです」
「おおっ、冬生まれか。1だけなんて縁起がいいな」
「ふふっ、確かに」
「俺もメモしておこう」
俺はワイシャツのポケットからスマホを取り出す。
氷織が冬生まれなのはイメージ通りだ。名前に『氷』が入っているし、銀髪だから。そう思いながら、カレンダーアプリで1月11日に『氷織の誕生日』と書き込んだ。
再び学校に向かって歩き始める。
少し歩くと、笠ヶ谷高校の生徒がたくさん歩く通学路に。今日から夏服がスタートしたのもあって、昨日までとは少し違った景色に見えるな。あと、夏服姿になったからか、氷織のことを見ている生徒が普段より多い。
あと、中にはネクタイやリボンが冬服デザインのものであったり、ジャケットを着たりしている生徒もいるが。その生徒達は、今日のうちに何度か教師達に注意を受けそうだ。
学校に到着し、俺は一人で駐輪場に自転車を置くことに。
自転車を駐車して氷織のところに戻ると……そこには氷織と話す葉月さんの姿が。葉月さんは半袖のブラウスにベージュのベストを着ている。
「お待たせ、氷織。あと、おはよう、葉月さん」
「おはようッス、紙透君! 紙透君はさっそく半袖のワイシャツを着ているッスね」
「晴れているし、夏服期間になって半袖が解禁されたからね。葉月さんも半袖だ。あと、ベスト姿は初めてじゃない?」
「そういえばそうッスね。夏服期間の暑い日はこの姿が多いッス。ただ、教室が寒いかもしれないッスから、カーディガンはバッグに入っているッス」
「氷織と同じだ」
「そうッスね。とりあえず、今日もまずは2年2組の教室に行くッス」
俺達は3人で2年2組の教室へ。
学校近くの道を歩いていたときと同じように、学校の中でも普段よりも氷織を見る生徒が多い。一目でも氷織の夏服姿を見ようという魂胆なのだろう。
2年2組の教室に入ると、エアコンがかかっているため涼しくなっている。
また、和男と清水さん、火村さんが俺と氷織の席のところで話している。3人の席は廊下側にあるけど、席替え前から朝礼前は窓側の後方で集まって話すのが習慣になっていた。なので、これが今も続いている。
ちなみに、3人の服装は和男は半袖のワイシャツ姿、清水さんは半袖のブラウス姿。火村さんは半袖のブラウスに、これまでも着ている紺色のベストを着ている。
俺達が3人に向かって「おはよう」と声を掛けると、和男達も「おはよう」と返事してくれる。そして、
「夏服姿の氷織も可愛いわ! 凄く似合ってるっ!」
火村さんは興奮した様子でそう言うと、氷織のことをぎゅっと抱きしめた。今日から夏服スタートだし、火村さんがこういう反応を示すのは予想できていた。
氷織も俺と同じなのだろうか。氷織は驚いた様子は全く見せず、優しい笑みを浮かべ、
「ありがとうございます。恭子さんの夏服姿もよく似合っていて可愛いですよ」
そう言って、火村さんの頭を撫でている。微笑ましく思うと同時に火村さんがとても羨ましい。俺も氷織に頭を撫でられたい。
せっかく夏服になったからという理由で、火村さんや葉月さんのスマホで6人の夏服姿の写真を撮影し、グループトークで共有する。いい写真だ。さっそく自分のスマホに保存した。
「は~い、自分の席に着いてくださいね~」
それから10分ほどして、担任の高橋先生がやってくる。先生も半袖のブラウスを着ていて爽やかな雰囲気だ。
今年も夏の高校生活が始まった。