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第16話『プリンを食べさせてもらった。』

 俺は氷織と一緒に自分の部屋へ戻る。中では火村さんと葉月さんが談笑していた。


「2人とも、ただいま」

「お待たせしました」

「おかえりッス」

「おかえり。氷織が戻ってこないから、紙透が探しに行ったのよ。何かあったの? 紙透が探しに行ってからもちょっと時間が経っているけど」


 火村さんが俺達にそう問いかけてくる。

 氷織が俺の汗の匂いを気に入ったから、洗面所で俺のインナーシャツをこっそりと嗅いでいたとは言えない。もし言ったら、その姿を見つけたときのように、氷織は顔を真っ赤にして恥ずかしがる可能性大だ。さて、どう説明しようか。

 チラッと氷織を見ると、氷織は微笑みながら俺を見ている。俺と目が合うと、氷織は小さく頷いた。


「心配をかけてしまったのならごめんなさい。実は1階に降りたときに、急にお手洗いに行きたくなりまして。用を済ませて洗面所へ行ったんです。そうしたら、明斗さんが探しに来てくれて。今日は明斗さんが欠席していましたし、2人きりになりましたから、明斗さんとキスを楽しんでいたんです。ね、明斗さん」

「そ、そうだな」


 いつものような落ち着いた雰囲気で言えて凄いな、氷織は。俺が探しに来て、洗面所でキスしたのは本当のことだからだろうか。


「そうだったのね。学校で会えなかったんだから、イチャイチャしたくなるわよね」

「紙透君もキスを楽しめるほどに元気になって良かったッスよ」


 氷織が平然とした様子で言ったからか、火村さんも葉月さんも信じたようだ。

 再び氷織をチラッと見ると、氷織と目が合い、氷織の口角が上がった。何とかなりましたね、ということかな。


「そうだ。スポーツドリンクをくれるかな。朝からずっと寝ていたから喉渇いてて」

「分かったわ。……はい、紙透」


 火村さんはコンビニのレジ袋からペットボトルのスポーツドリンクを取り出し、俺に渡してくれる。ちなみに、スポーツドリンクはテーブルに置かれているものと同じ。ここに来る途中で買ったものだから冷えていて。

 蓋を開けて、俺はスポーツドリンクをゴクゴクと飲む。


「あぁ……美味しい」

「ふふっ。そんなに美味しく飲んでもらえると、買って良かったと思えますね」

「そうッスね」

「ゴクゴク飲んで、こういうリアクションができるほどに元気になって安心したわ。この様子なら、プリンもちゃんと食べられそうね」

「そうだね。じゃあ、約束通り3人にプリンを食べさせてもらおうかな」

「分かりました」


 それから、氷織の指示で俺はベッドの上で、脚を伸ばした状態で座ることに。その際、背中にクッションを挟んだので、とても楽で心地良い姿勢だ。

 俺にプリンを食べやすくするためだろうか。氷織は勉強机の椅子を俺の近くまで持ってきて腰を下ろした。


「はい、ひおりん」

「ありがとうございます」


 葉月さんは蓋を外したプリンと、コンビニでもらったと思われるプラスチックのスプーンを氷織に渡す。どんなプリンを買ってきたのか気になり、プリンのパッケージを見ると、


「おっ、プッツンプリンだ」

「明斗さんの好きなプリンですよね。お見舞いに行くと明実さんに伝えたら、明斗さんはプリンの中では、このプッツンプリンが大好きだと教えてくれまして」

「そうだったんだ。甘いのはもちろんだけど、ゼリーみたいにツルッとしているのが好きで。小さい頃からこれが一番好きなプリンなんだ」

「そうなんですね。では、一番好きなプリンを私達で食べさせてあげますね」

「ありがとう。じゃあ、お願いします」


 氷織はスプーンでプッツンプリンを一口分掬う。

 火村さんと葉月さんがベッドの側まで来る。氷織に食べさせてもらう姿を見ようってことかな。まあ、さっき上半身裸の状態で、氷織に汗を拭いてもらう姿を見られたから何てことないな。

 氷織はプリンを乗せたスプーンを口元まで持っていく。


「は~い、明斗さん。プリンですよ~。あーん」


 俺が病人だからか、氷織はいつも以上に優しい口調でそう言い、俺にプリンを食べさせてくれる。

 あぁ……この優しい甘味とツルッと柔らかい食感。変わらないなぁ。でも、氷織達が買ってきてくれて、氷織が食べさせてくれるから、今までで一番美味しく感じる。あと、プリンも冷たくて。喉を通ったときの感覚がとてもいい。


「凄く美味しいよ」

「良かったです」

「スポーツドリンクを飲んだとき以上のいい反応ね」

「そうッスね。それはきっと、プッツンプリンが大好物で、ひおりんに食べさせてもらったからッスよ」

「なるほど納得だわ」


 火村さんと葉月さんはそう話すと、互いに頷き合っている。

 氷織は俺にプリンをもう一口食べさせてくれる。


「美味しいなぁ」

「ふふっ。プリンを食べるときの明斗さん可愛いです。こうしてスプーンで食べさせていると、一昨日のデートで行った高野の猫カフェを思い出しますね。明斗さんと一緒に、スプーンで猫ちゃんにおやつをあげましたから」


 楽しげにそう言う氷織。そういえば、猫におやつをあげていたときの氷織はとても楽しそうだったな。もしかしたら、あのときと同じような感覚になっているのかもしれない。


「あの猫カフェでは、スプーンでおやつをあげられるッスからね」

「ええ。スプーンはこれとあまり変わらない大きさですから、猫ちゃんにおやつをあげた感じになって」

「あははっ、そうッスか。ちょっと分かる気がするッス」


 やっぱり、猫におやつをあげていたような感覚になっていたか。


「今の2人の話を聞いて、ますます高野にある猫カフェに行きたくなったわ。今度、学校帰りに行こうかしら」

「オススメですよ、恭子さん」

「おやつもあげられて楽しかったよな」

「いい猫カフェッスよ。もしよければ、そのときはあたしと一緒に行かないッスか?」

「もちろんよ! じゃあ、近いうちに行きましょう。明日、バイト代も入る予定だし」

「了解ッス!」


 葉月さんが楽しそうにサムズアップすると、火村さんも笑顔でサムズアップした。この2人、出会った頃に比べて結構仲良くなったなぁ。

 明日は25日か。俺も4月分のバイト代が振り込まれるな。上旬は春休みだったり、学校も午前中の日程だったりして長い時間シフトを入れた日が何日もあったから、結構なバイト代が入っていると思う。楽しみだ。


「氷織。紙透にプリンを食べさせたいわ」

「いいですよ。3人でプリンを食べさせるんですもんね」


 火村さんは氷織からプリンとスプーンを受け取り、それまで氷織が座っていた勉強机の椅子に腰を下ろす。その瞬間に火村さんは「あっ」と可愛らしい声を上げる。


「お尻から氷織の温もりを感じるわ。気持ちいい……」

「ヒム子らしい反応ッスね」

「俺も思った」

「氷織の温もり以上に気持ちいい温もりはそうそうないわ」


 その言葉も火村さんらしいな。

 火村さんはスプーンでプリンを一口分掬い、俺の口元まで持ってくる。


「はい、紙透。あーん」

「あーん」


 火村さんにプリンを食べさせてもらう。こうしてもらうと、ゴールデンウィークにみんなでドームタウンへ遊びに行ったときに、お昼ご飯のビーフステーキを食べさせてもらったことを思い出す。


「……美味しい」

「それは良かったわ。……氷織の言う通り、食べさせると紙透も可愛く見えるわね」

「でしょう?」

「きっと、猫もおやつをあげるとさらに可愛く思えるんでしょうね」

「おやつをあげたときは特別可愛かったですね。明斗さんはどうでしたか?」

「俺もそうだったな。おやつを食べてくれた感動もあったからかな」

「2人の言うこと分かるッスよ」


 うんうん、と葉月さんは深く頷いている。


「そうなのね。猫に上手におやつをあげられるように、紙透で練習しておきましょう」

「……俺、人間なんだけど」

「まあ、細かいことは気にしないで」

「……限りなく大きな違いだと思うけど。まあ、プリンを食べさせてくれるならいいか」

「ありがとう、紙透。そういう優しいところが素敵よ」


 笑顔でそう言うと、火村さんはスプーンで再びプリンを一口分掬い、俺の口元まで持ってくる。


「はぁ~い、紙透。あなたのだ~いすきなプッツンプリンですよぉ~」


 ニッコリ笑い、さっきとはまるっきり違う猫なで声でそう言ってくる火村さん。ちょっと馬鹿にされているのは気のせいだろうか。


「は~い、あ~ん」

「……あ、あーん」


 火村さんにもう一口プリンを食べさせてもらう。


「美味しい? 紙透」

「……美味しい」

「ちゃんと食べて偉いわね~」


 そう言うと、火村さんは満足そうな様子で俺の頭を優しく撫でてくる。そこまで猫扱いするのか。氷織と葉月さんがクスクス笑いながら俺達のことを見ているよ。ちょっと恥ずかしい……にゃん。


「こんな感じでいいかしら、氷織、沙綾」

「いいんじゃないでしょうか」

「概ねいいッス。ただ、餌を食べているときに頭を撫でたら、猫が逃げてしまうかもしれないッス。それは覚えておいてほしいッス」

「分かったわ。じゃあ、次は沙綾」

「了解ッス」


 葉月さんは火村さんからプリンとスプーンを受け取り、勉強机の椅子に腰を下ろす。一口分のプリンをスプーンで掬う。


「はい、紙透君。あ~んッス」

「あーん」


 こういうときでも『ッス』口調は健在なんだ。そんなことを思いながら、俺は葉月さんにプリンを食べさせてもらう。

 最初に氷織に食べさせてもらったときと比べて、プリンが常温に近づいてきている。ただ、そのことで甘味がより深く感じられて美味しい。


「甘くて美味しいよ」

「良かったッス。2人が言うように、食べさせると紙透君が可愛く見えるッスね。寝間着姿だからなのもありそうッス」

「そうですね」

「食べさせているのが、小さい頃から好きなプリンっていうのもありそうだわ」

「確かにそうですね。今の話で明斗さんがもっと可愛く見えてきました」


 俺としては恋人の氷織からはかっこいいって思われたいんだけどな。ただ、氷織が楽しそうにしているし、可愛いと言われるのも悪い気はしない。

 氷織達3人が食べさせてくれたおかげで、プリンを完食することができた。


「ごちそうさまでした。食べさせてくれてありがとう。あと、プリンとスポーツドリンクを買ってきてくれてありがとう」

「いえいえ。明斗さんが美味しそうに食べてくれて良かったです」

「安心したわ」

「食べさせるのも楽しかったッス」

「そうですね。では、私達はそろそろ帰りましょうか」

「そうね。紙透、ゆっくりと休みなさいね」

「お大事にッス」

「ありがとう、みんな。今日はこのままゆっくりと休むよ。氷織、明日の朝は出席でも欠席でもメッセージを送るね」

「分かりました。明斗さん、お大事に」


 優しい声でそう言い、氷織は俺にキスしてきた。

 2、3秒ほどすると氷織から唇を離し、氷織は優しい笑顔を見せてくれる。今のキスで体がちょっと熱くなったけど、それは心地良いもので。

 それから程なくして、氷織達は帰っていった。氷織達がお見舞いに来てくれたおかげで、さっき起きたときよりもさらに体調が良くなった。

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