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第49話『青と赤』

 赤羽夏希。

 俺にとっては最近、バイト先で2回助けただけの女の子。

 しかし、氷織にとっては……4年前、中学1年生の頃に酷い言葉を言い、長い間笑顔を奪った女の子。

 そういえば、昼休みにバイト先で助けた女の子の特徴を話したとき、氷織は俯いて顔から笑みがなくなっていた。あのとき、氷織は「知り合いにいるか考えていた」と言っていたけど、もしかしたら赤羽さんかもと思ったのかもしれない。


「何かあったのかな?」

「絶対零嬢もいるよ」


 人気のある氷織や火村さんがいるのもあってか、周りがざわめき始めている。周囲を見渡すと……学校側からこちらを見てくる生徒が何人もいる。


「……もしかして」


 葉月さんはそう呟くと、真剣な表情で俺と氷織を見てくる。


「去年、ひおりんのアルバムを見たとき……中学時代から急に笑顔の写真がなくなって、クールなひおりんが写る写真が増えた理由を訊いたッス。そのとき、ひおりんは『色々あった』と言っていたッスけど……もしかして、この女の子が原因ッスか?」


 葉月さんは氷織にそう問いかける。今の赤羽さんの態度を見ていれば、中学時代から笑顔の氷織の写真が消えた原因に、赤羽さんが絡んでいると想像がつくか。

 氷織は葉月さんを見てゆっくりと頷く。


「そうッスか。紙透君は知っているッスか?」

「ああ。連休中のお家デートで、アルバムを見せてもらったときに氷織から聞いたよ。ざっくり言えば……当時親友だった赤羽さんが意中の人に告白した。でも、赤羽さんはフラれ、しかもその人は氷織の笑顔に一目惚れしていることを話された。だから、赤羽さんは氷織を恨み、氷織の笑顔は嫌いだと言い、自分と同じ思いの生徒と一緒に氷織に嫌な想いをさせた。もちろん、その中で親友関係は断ち切っている。それが原因で、長い間……氷織は笑顔を見せられなかったんだよ。他の感情も出さなくなって、いつもクールな氷織になったんだ」

「……そういうことだったッスか。あなた、ひおりんに酷いことをしてくれたッスね」


 葉月さんは目を鋭くして赤羽さんのことを見る。


「沙綾の言う通りね。氷織に嫌な想いをさせた全員の頬を叩きたいくらいだわ!」


 火村さんは怒りを露わにして、葉月さん以上に鋭い目つきで赤羽さんをにらんでいる。そんな火村さんの右手はぎゅっと握りしめられており、震えている。まさか、ここで赤羽さんを叩く気なのか?

 ただ、清水さんも火村さんの右手の様子に気づいたようで、清水さんは火村さんの右手を掴んだ。


「その様子を見たこともない人達に、とやかく言われる筋合いはないよ。黙っててくれる?」


 赤羽さんは氷織に向けていた鋭い視線を火村さんや葉月さんの方へ動かし、そう言い放った。そんな赤羽さんに、火村さんは舌打ちする。


「あのときは本当に悔しかった。大好きで告白したのに。その先輩から、氷織の笑顔に一目惚れしていると聞いた瞬間、氷織の笑顔が大嫌いになって、憎くなった。あれから4年近く経っても、それは変わらないみたいだね」


 氷織はゆっくりと顔を上げ、赤羽さんのことを見る。


「どういうことですか? 夏希さん」

「……そこの茶髪の子が言ってた。紙透君は氷織とお試しで付き合っているって」

「ええ。……ま、まさか!」


 氷織ははっとした様子に。


「そうだよ! あたしは紙透君のことが好きになったの! あたしのことを2度も助けてくれて、優しい笑顔を向けてくれて」


 赤面しながら俺への想いを口にすると、赤羽さんは両目から涙を流す。

 自分の好きな人が、実は氷織のお試しの恋人だった。もしかしたら、4年前のとき以上に、氷織へ憎悪の感情を抱いているのかもしれない。

 氷織は複雑そうな様子で赤羽さんのことを見ている。


「紙透君に会いたいから、校門の前で待ってたの! それなのに……それなのに! 正式ならまだしも、お試しで付き合っているなんて」


 赤羽さんは俺達の目の前までやってくる。


「どうせ紙透君の優しさに甘えているだけなんでしょう! 今まで振った人達のように、紙透君を傷つけるに決まってる! そもそも、お試しで交際なんて不誠実――」

「黙りなさい!」


 赤羽さんよりも大きな声で、彼女の言葉を断ち切ったのは……火村さんだった。火村さんは物凄い剣幕で赤羽さんを見つめている。


「さっきの言葉、あなたに返すわ。高校にいるときの氷織と紙透を見たことがないくせに、好き勝手なことを言わないで!」

「くっ……!」


 強い不快感を顔に浮かべ、下唇を噛む赤羽さん。


「あたしだって、最初はお試しの交際だなんて不誠実だと思った。でも、近くで2人を見ていたら……悔しいほどにお似合いのカップルだって思えるの! 2人を見ていると、こっちまで気持ちが温かくなるの。一緒に笑っている2人の笑顔が大好き! そんな2人を引き裂こうとするなら、友達のあたしが絶対に許さない!」


 気迫のこもった声に乗せられた火村さんのその言葉は、俺の心までも震わせるものだった。ただ、優しさが詰まっているから、震えた後には温もりが心にじんわり広がっていった。火村さんが、氷織と俺のことをそう思ってくれていたなんて。嬉しい気持ちがどんどん湧いてくる。


「ヒム子と同じ考えッス。紙透君のおかげで、氷織は笑顔をたくさん見せるようになったッス。2人とも一緒にいると凄く楽しそうッス。正直、今もお試しなのが信じられないくらいのいいカップルッスよ。2人の仲を壊すつもりなら、あたしも許さないッス」

「2人から幸せが溢れてきているよな! 俺が2人の盾になるぜ!」

「お試しで付き合い始めてから、紙透君はより楽しそうに過ごしているし、氷織ちゃんは笑顔をたくさん見せるようになった。あたしも2人を守るよ」


 葉月さんと和男、清水さんも俺達を支えてくれる言葉を言ってくれる。それもあってか、氷織の表情はさっきまでも明るさが感じられた。

 氷織のお試しの恋人として、俺も赤羽さんにちゃんと言わないと。


「赤羽さん。俺もあなたの大嫌いな氷織の笑顔に一目惚れして、告白した人の一人です」

「……やっぱり」

「ただ、お試しの恋人として付き合おうと提案したのは俺です。相手のことを知って、お互いに幸せな未来を歩むために。それを、氷織は受け入れてくれたんです。お試しで付き合う日々を通じて、告白した頃よりも氷織のことがさらに好きになりました。大好きな氷織も、氷織の笑顔も守っていきます。氷織はそんな存在なんです。ですから、あなたの告白は断ります。もし、氷織との関係が消えたとしても、あなたとは付き合いません」


 俺は氷織の右手をしっかりと握り、氷織の目を見る。

 俺のことで安心感が増したのだろうか。氷織は俺に向かって微笑みを見せてくれた。そして、俺の左手を握り返してくれる。

 再び赤羽さんの方を見る。赤羽さんは視線を少し下に向けて、悔しそうにしている。おそらく、赤羽さんは繋いでいる氷織と俺の手を見ているのだろう。


「夏希さん」

「……なに」


 低い声で返事をすると、赤羽さんは鋭い視線を氷織に向ける。

 氷織をチラッと見ると、氷織は怯えることなく、真剣な様子で赤羽さんのことを見ている。これならきっと、氷織は赤羽さんと話せるだろう。


「4年前。あなたが放った『私の笑顔は不幸をもたらす。大嫌い。』という言葉は、私の心を抉りました。笑うことはおろか、あらゆる感情を顔に出すのが怖くなってしまうほどに。でも、この笠ヶ谷高校には私を受け入れてくれて、好きだと言ってくれる人がいます。だから、微笑みや笑顔を見せられるようになりました。笑い合うことがとても楽しいと思えるようになりました。この5人はここで出会った特に大切な人達です。その中でも、明斗さんはずっと一緒にいたい。側にいてほしいと思える人です」

「氷織……」

「だから、夏希さんが明斗さんに好きだって告白したとき、胸がチクッと痛みました。モヤッとしました。もしかしたら、4年前とさっき、告白を断られたときの夏希さんの気持ちはこれに似たものだったのかもしれません」


 思い返すと、赤羽さんが俺を好きだと告白したとき、氷織は複雑そうな表情を見ていた。それは胸に痛みが走って、ざわめいたからだったんだ。

 俺の左手を握る氷織の力が強くなる。


「今はまだお試しの恋人です。でも、私は……明斗さんのことを誰にも渡したくありません! 渡しません!」


 とても真摯な表情で、氷織は赤羽さんに向けてそう言った。すぐ隣から見る氷織の姿はとても美しく思えた。

 俺のことを誰にも渡したくない……か。氷織がそこまで俺のことを思ってくれているなんて。こういう状況でも、氷織の今の言葉を聞いてとても嬉しくなる自分がいた。

 ガクッ、と赤羽さんは顔を下に向ける。自分の足元を見つめながら、どんなことを考えているのだろう。

 少しの間、無言の時間が続く。


「そっか……」


 やがて、赤羽さんの力のない声が虚しく響いた。

 ゆっくりと上がる赤羽さんの顔は無表情。無表情といっても、以前のクールな氷織とは違った感じだ。まるで、赤羽さんの心から感情が抜け落ちてしまったような。


「……お試しの恋人の関係でも、2人の間にあたしが入る隙はないみたいだね。2人のお互いを想う強さがよく分かったから。それに、万が一別れても、紙透君はあたしと付き合わないって言ったしね。紙透君のことは……諦める」

「……分かりました」

「……うん」


 赤羽さんは小さな声で返事をすると、踵を返して俺達の元から去ろうとする。


「待ってください、赤羽さん」


 俺が呼び止めると、赤羽さんはその場で立ち止まって、こちらに振り返る。


「氷織に言うべきことがあるんじゃないでしょうか」

「明斗さん……」


 氷織からの話を聞く限りでは、赤羽さんは氷織に対して何の謝罪をしていないと思われる。

 さっきの赤羽さんの言う通り、俺は当時の氷織や赤羽さんの様子を見たわけじゃないから、何か言う資格はないのかもしれない。でも、このまま赤羽さんを立ち去らせるのは許せなかった。

 赤羽さんはゆっくりと視線を氷織の方に向け、


「……あのときはごめんなさい」


 謝罪の言葉を口にして、深く頭を下げた。

 この謝罪を受けて、氷織がどう判断を下すか。俺達にできるのは氷織の判断を尊重することだけだろう。

 氷織は依然として真剣な表情で、頭を下げる赤羽さんを見ている。


「謝意は受け取りました」


 静かな口調でそう言う氷織。

 赤羽さんはゆっくりと顔を上げる。


「私はあなたを許しません」


 さっきと同じく氷織は静かに話す。でも、さっきより氷織の語気が強く感じられた。


「私は夏希さんのいないこの笠ヶ谷高校で、大切な人達と出会いました。ここは楽しくて幸せになれる私の居場所です。ですから、夏希さんも私のいないところで、そういった居場所と人が見つかるといいですね」


 今後、赤羽さんを一切拒絶すると受け取れるその言葉を……赤羽さんの大嫌いな笑顔で氷織は言った。皮肉にも、氷織の今の笑顔はとても美しい。

 今の氷織の言葉に対して、赤羽さんは僅かに頷いたように見えた。そして、何も言葉を発することないまま、俺達の元から立ち去っていく。赤羽さんの姿が見えなくなるまで、俺達は言葉を交わさずに赤羽さんの後ろ姿を見守り続けた。

 さっきは一面の曇り空だったけど、今は所々にある雲間から日差しが降り注いでいる。その日差しの温もりがとても優しく感じられた。この温もりは氷織達にはもちろんのこと、あの子にもきっと届いているだろう。

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