『呼ばれてみたい』
夏休み中のとある日。
今日はお昼過ぎから氷織とお家デートをしている。
前日の深夜に、氷織も俺も観ているラブコメアニメの最新話が放送された。なので、それを録画したものを一緒に観ている。アイスコーヒーを飲み、キャラクターのことを中心に語らいながら。お家デートでの定番の過ごし方であり、好きな過ごし方だ。
アニメそのものはもちろん、氷織と喋りながら観るのが楽しくて、あっという間にエンディングテーマになった。
「最新話も面白かったですね!」
「ああ、面白かったな」
「あと、この話から出てきた子がとても可愛かったですね。主人公のことをお兄ちゃんって呼んでいて」
「可愛かったな」
今週のエピソードは、主人公よりも1歳年下の幼馴染の女の子が主人公のいる高校に転入してきて、10年ぶりに再会するというエピソードだった。幼馴染の子は小さい頃のように主人公のことを「お兄ちゃん」と呼び、とても近い距離感で接するのが可愛かった。
「あの、明斗さん」
「うん?」
「明斗さんのことを『お兄ちゃん』って呼ぶ人はいるんですか? アニメでも、幼馴染の子が主人公をお兄ちゃんと呼んでいたのでちょっと気になりまして」
「なるほどな。俺のことを『お兄ちゃん』呼ぶ人はそんなにいないなぁ。俺よりも年下の親戚の子達のうちの2、3人くらいだな」
「そうなんですね。明斗さんは落ち着いた雰囲気でしっかりとしていますので、『お兄ちゃん』って呼ぶ人がたくさんいそうだと思っていました」
「そっか」
何だか嬉しい気持ちになるな。俺は4学年上の明実という大学生の姉がいる末っ子なので、お兄ちゃんって呼ぶ人がたくさんいそうだ思ってくれたことが。それと、落ち着いた雰囲気でしっかりしているって言ってくれたことも。
あと……今の会話と、氷織が「お兄ちゃん」っていう言葉を言ったのもあって、氷織に「お兄ちゃん」って呼ばれてみたくなってきた。あと、氷織は同じ学年だけど、誕生日は俺の方が先で、6月に誕生日を迎えたので年齢は俺が1つ上なのもある。……よし、氷織にお願いしてみるか。
「あのさ、氷織。一つ……氷織にお願いしたいことがあるんだ」
「はい、どんなことでしょう?」
俺は氷織のことを見つめて、
「一度、俺のことを『お兄ちゃん』って呼んでほしいなって。今の話をして、その中で氷織が『お兄ちゃん』って言ったのもあって呼ばれてみたくなってさ。どうかな、氷織」
お兄ちゃん呼びしてほしいと氷織にお願いした。
お兄ちゃん呼びされたことはあるかという話があったとはいえ、同級生の恋人からお兄ちゃん呼びをお願いされて、氷織はどう思っているだろうか。もし嫌だと思ったら、ちゃんと謝ってお兄ちゃんって呼んでもらうことは諦めよう。
「お兄ちゃん呼びですか。今の話でお兄ちゃんって呼ばれたくなるなんて。可愛いですねっ」
ふふっ、と氷織は楽しそうに笑う。
どうやら、お兄ちゃん呼びをお願いされたことについて嫌だと思っていないようだ。そのことにほっとする。可愛いと思われたことはちょっと照れくさいけど。
「いいですよ、明斗さん」
氷織は持ち前の優しい笑顔で快諾してくれた。そのことに嬉しくなる。
「ありがとう、氷織。じゃあ、さっそく呼んでもらってもいいかな」
「分かりました」
氷織からお兄ちゃん呼びをされたらどんな感じなのか楽しみだ。
氷織は俺と目を合わせて、
「明斗お兄ちゃん」
ニコッとした笑顔で俺をお兄ちゃん呼びしてくれた。
「おおっ……」
笑顔で言ってくれるし、氷織にお兄ちゃんって呼ばれるのは初めてだから、凄くグッとくるものがある。そして、とても可愛くてキュンとなる。思わず声が漏れてしまった。
あと、氷織は七海ちゃんという3学年下の中学生の妹がいる長女。だから、そんな氷織が「お兄ちゃん」って呼ぶことのギャップがまた良くて。お姉さんらしい大人っぽい雰囲気を持つ氷織だけど、お兄ちゃんと呼ばれることで幼さが感じられて。
「どうですか? 明斗お兄ちゃん」
「……凄くいいよ、氷織。可愛い。お兄ちゃん呼びされてキュンときた。兄とか姉がいない氷織から言われるギャップいい」
素直に感想を言い、俺は氷織にサムズアップした。それが良かったようで、
「明斗お兄ちゃんが喜んでくれて嬉しいです!」
氷織はとっても嬉しそうな笑顔でそう言ってくれた。話の中でお兄ちゃんと言われるのもまたいいな。
「あの、明斗お兄ちゃん」
「うん?」
「お兄ちゃん呼びする中で何か言ってほしい言葉はありますか?」
「そうだな……大好きだって言ってほしいな。お兄ちゃん呼びされて、大好きだって言われたらどんな感じなのかなって」
「分かりました。……明斗お兄ちゃん、大好きです」
氷織は柔らかい笑顔で俺のことを見つめながら大好きだと言ってくれた。
お兄ちゃん呼びと「大好き」という言葉のコラボレーション……凄くいいぞ。普段から氷織に好きだって言われると幸せな気持ちになれるけど、そこに普段とは違うお兄ちゃん呼びが合わさることで物凄くキュンとなって。
「とても良かったよ、氷織。お兄ちゃん呼びされたから、凄くキュンとなったよ。ありがとう」
「いえいえ。キュンとさせられて良かったです。私もこういう風に言うのは初めてなので、新鮮な感じがして良かったです」
「そっか。……お兄ちゃん呼びをお願いして良かったよ。ありがとう、氷織」
「いえいえ。私も楽しかったです」
「そうか。お礼のキスをしていいか?」
「いいですよ、明斗お兄ちゃん」
俺は氷織と向かい合う体勢になり、氷織のことをそっと抱きしめる。
抱きしめた直後、氷織はそっと目を瞑る。俺を何度もお兄ちゃん呼びしてくれたのもあり、キス待ちをする氷織の顔がいつもよりもちょっと幼く見えて。それがとても可愛いなと思いつつ、氷織にお礼のキスをする。
アニメを観ているときにアイスコーヒーを飲んでいたので、いつもよりも氷織の唇がちょっと冷たくて。コーヒーの香りも感じられて。お兄ちゃん呼びをされたのもあって、普段とは違った感じのキスだ。
数秒ほどして、俺の方から唇を離す。すると、目の前にはニコニコとした笑顔で俺を見つめる氷織がいて。
「唇からお礼を受け取りました。ありがとうございます」
「いえいえ」
「あの……明斗さん。明斗さんにお兄ちゃん呼びをしたので、今度は明斗さんからお姉ちゃん呼びされてみたいです。いいですか?」
「もちろんいいぞ」
「ありがとうございます!」
氷織はとても嬉しそうにお礼を言った。俺にお姉ちゃん呼びされたい気持ちが強いことが窺える。
俺がお兄ちゃん呼びをお願いしたので、氷織もお姉ちゃん呼びしてほしいと頼む展開になるんじゃないかと思っていたよ。
俺は氷織を抱きしめたまま、氷織のことを見つめて、
「氷織お姉ちゃん」
と、氷織のことをお姉ちゃんと言った。
俺には姉貴がいるけど、姉貴をお姉ちゃんって呼んでいたのは小学生までのこと。誰かをお姉ちゃんって呼ぶのは数年ぶりなので、何だか照れくささがある。
「明斗さんからのお姉ちゃん呼び、凄くいいですね……! キュンってなりました!」
ニコニコとした笑顔で氷織はそう言ってくれる。
「それは良かった」
「はいっ! 明斗さんは落ち着いていてしっかりとした方ですから、そんな明斗さんからお姉ちゃんって呼ばれると可愛く感じられてギャップがあっていいですっ。七海がいるのでお姉ちゃんって呼ばれ慣れていますけど、明斗さんに呼ばれるのは初めてですからインパクトがありますね。あと、抱きしめられながら言われたのもいいなって思いました」
「そっか。氷織が喜んでくれて嬉しいよ」
俺は氷織の頭を優しく撫でる。それが気持ちいいのか、氷織の笑顔は柔らかいものになって。
「明斗さん。さっきの私のように、お姉ちゃん呼びをして大好きと言ってほしいです」
頬をほんのりと紅潮させながらそう言う氷織。そんな氷織がとても可愛くて。
氷織を抱きしめる力を強くして、
「もちろんさ。……氷織お姉ちゃん、大好きだよ」
氷織のことを見つめながら、俺はお姉ちゃん呼びをして大好きだと言った。
氷織は「あぁっ」と可愛らしい声を漏らし、体をピクッと震わせる。
「物凄くいいですっ! さっきの明斗さんが言ったことが分かります。お姉ちゃん呼びをされたのもあって、とってもキュンとなりました! なので、思わず声が漏れたり、体がピクってなったりしちゃいました」
えへへっ、と氷織は声に出して照れくさそうに笑う。大好きだと言ってからの一連の反応がとても可愛くて、俺もキュンってなるよ。
「そうだったんだな。可愛いお姉ちゃんだな」
「ふふっ。……お礼のキスをしていいですか?」
「もちろんさ、氷織お姉ちゃん」
そう言い、俺はそっと目を瞑った。
すると、それから程なくして、俺の唇には温かくて柔らかいものが触れる。氷織とたくさんキスしているから、それが氷織の唇であることはすぐに分かった。
自分からするキスもいいけど、氷織からされるキスもいいな。
それから少しして、氷織の方から唇を離した。
目を開けると、目の前には赤くなった優しい笑顔で俺を見つめる氷織がいて。何度もお姉ちゃん呼びしたのもあり、今の氷織はいつもよりも大人っぽく感じられた。
「とてもいいキスだったよ。氷織」
「良かったです、明斗さん」
「あと、氷織をお姉ちゃん呼びするのは新鮮で良かった」
「ふふっ、そうでしたか」
初めてお互いのことを「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」って呼んだけど、新鮮でとても良かったな。氷織にお兄ちゃんって呼んでみてほしいってお願いしてみて良かった。夏休みの思い出が一つ増えた。
それからは、アニメを観るなどして、お家デートを楽しんでいくのであった。
『呼ばれてみたい』 おわり
これにて、夏休み小話編2は終わりです。最後まで読んでいただきありがとうございました。
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