『恭子の初めての同人イベント-②-』
『国際展示ホール駅です。ご乗車ありがとうございました』
小崎駅から15分ほど満員電車に乗り、あたし達の乗る電車はコアマの会場の最寄り駅である国際展示ホール駅に到着した。
コアマ目当ての乗客が多いのを証明するかのように、駅に到着すると車内にいたほとんどの人が電車を降りていく。沙綾とあたしもその流れに乗って電車を降りた。
「最寄り駅着いたわ……」
「着いたッスね」
沙綾は朗らかな笑顔でそう言った。
「沙綾とくっついていたのは良かったけど、滅茶苦茶混雑していたから物凄く解放感があるわ」
「ヒム子の言うこと分かるッス。毎度、電車が混むんでこの駅に着くと解放感があるッス。あとは達成感も感じられるッス」
「達成感分かるわ! 学校に行くときでもこんなに混まないもの! 人生で一番混んだ電車だったわ」
「ははっ、そうッスか。確かに、こんなに混雑することはなかなかないッスからね」
「ええ。……沙綾がいなかったら、ここまで混雑した電車は耐えられなかったかも」
「そう言ってくれて嬉しいッス。……ヒム子と一緒だったんで、満員電車も楽しかったッスよ」
その言葉が本心であると示すかのように、沙綾は楽しそうな笑顔で言ってくれた。その笑顔は満員だった電車の中でも見せてくれた笑顔で。だから、とても嬉しくて、胸が温かくなった。
「そう言ってくれてあたしも嬉しいわ。あたしも楽しかったわ、沙綾」
「良かったッス。……じゃあ、ホームを離れるッス」
「そうね」
人の流れに乗る形で、私達はホームの中を歩いていく。
そして、改札のある地上へ上るエスカレーターに乗る。結構長いエスカレーターだ。
エスカレーターの両側の壁にはアニメや漫画、ソシャゲなどの広告ポスターがたくさん貼られている。
「色々なポスターが貼られているわね」
「そうッスね。これもコアマ名物の一つッス。コアマの開催中は、この駅の色々なところにアニメや漫画などのポスターが貼られたり、垂れ幕が掲げられていたり、デジタルサイネ―ジが表示されていたりするッス。別の期間にこの駅に来たことがあるッスけど、そのときはそういったものは全然なかったッス」
「そうなのね。会場に着く前からコアマ気分を味わえるのね。……あっ、あのポスターのアニメ、好きなのよね。スマホで写真撮ろうかしら」
「周りに気をつけて撮るッスよ。あたしも撮るッス」
その後、周りの人達に迷惑がかからないように気をつけながら、あたしの好きなアニメや漫画のポスターをスマホで撮影した。
沙綾もいくつかの作品のポスターを撮影していた。好きな作品のポスターを撮影しているからか、沙綾はとても楽しそうで。
エスカレーターに乗っている人達を見ると、ポスター効果なのか楽しそうだったり、ワクワクしていたりする人が多い。あたし達のようにスマホでポスターを撮影している人もいる。こういう雰囲気……何だかいいわね。
エスカレーターを上がって、改札のある地上に到着した。
地上のフロアもアニメや漫画などのポスターがたくさん貼られており、天井が高いのもあって長い垂れ幕がいくつも掲げられている。デジタルサイネージがあるけど、放送中のアニメや最新刊が発売された漫画について表示されている。
「ヒム子。改札を出る前にお手洗いを済ませるッス。この後、コアマが始まる午前10時までの3時間ほど、会場の前で待機するッスから」
「了解したわ」
その後、沙綾の言う通りにあたし達はお手洗いに行き、用を足した。
お手洗いを後にして、あたし達は改札を出て、国際展示ホール駅を出た。
今は午前7時前だけど、晴れているのもあってちょっと暑い。
国際展示ホール駅という名前だけあって、駅を出るとすぐに会場である東京国際展示ホールが見える。逆三角形が特徴的な建物はネットやテレビで何度も観たことがあるから、実際に見るとテンションが上がってくるわ!
「有名なのでヒム子も知っているかもしれないッスけど、あの逆三角形が柱に支えられている感じの建物が会場の東京国際展示ホールッス」
「もちろん知っているわ! 有名な場所だし、初めて見るからテンション上がってるわ!」
「ヒム子らしいッスね。まあ、あたしも初めて国際展示ホールを見たときはかなりテンション上がったッスけど」
「上がるわよね! ……初めて来た記念に、ホームをバックに写真撮りたいわ! 沙綾と2人でも」
「いいッスよ」
その後、国際展示ホールを背景に沙綾に写真を撮ってもらったり、沙綾と2人で自撮り写真を撮ったりした。撮影した写真はLIMEでの2人のトークにアップした。沙綾が送ってくれた写真をさっそく保存した。
氷織と紙透も、国際展示ホールの前でこうして写真を撮ったりするのかしらね? もしかしたら、既に到着していて、写真を撮ったのかもしれないわね。
「沙綾、ありがとう」
「いえいえ。こちらこそありがとうッス。じゃあ、会場前の待機列に並ぶッス」
「分かったわ」
その後、沙綾とあたしは、所々に立っているコアマのスタッフの方の指示に従って、待機列の最後尾に向かって歩いていく。
周りには物凄くたくさんの人達がいて。ここにいる人達の大多数がコアマに参加する人達なのね。コアマの人気の高さが窺えるわ。
氷織と紙透が既に来ているかもしれないと思って周りを見たけど……2人の姿は見当たらないわね。
それからすぐに、あたし達はコアマの待機列の最後尾に辿り着いた。多くの人達が並んでいるのもあって、東京国際展示ホールまでまだ距離がある。
「ここで、コアマが始まる午前10時まで待機ッスね」
「了解」
今は午前7時過ぎだから、3時間近くここで待つことになるのね。待つのはあまり得意な方じゃないけど、沙綾が一緒にいるからきっと3時間もあっという間でしょうね。
それから、あたしは沙綾と一緒に、待機列でコアマの開会を待つことに。沙綾からこれまでコアマに来たときの話を聞いたり、お互いに観ているアニメを話したりして。
こうして屋外で沙綾と一緒に待っていると、ゴールデンウィークに沙綾や氷織達と一緒に遊園地へ行ったときのことを思い出すわ。アトラクションの待機列は2列で、沙綾と隣同士で並んでお喋りすることが多かったから。今みたいに楽しいし。
並ぶ始めてから30分ちょっと経って、
『たった今、明斗さんと私は、会場前の待機列に着きました』
今日の連絡用のために作った沙綾、氷織、紙透、あたしのグループトークに氷織からメッセージが届いた。文字でも氷織から言葉を掛けられるとテンションが上がるわ!
また、氷織の直後に、
『氷織と俺は着いたよ。葉月さんと火村さんはもう着いてる?』
と、紙透からもメッセージが届いた。
「氷織と紙透も待機列に着いたのね」
「そうッスね。向こうも無事に待機列まで来られて良かったッス」
「そうね。あと、あたし達が来てから30分以上経っているから、ここから2人を見つけることはきっとできないでしょうね」
「そうだと思うッス。あたし達の後にも人がたくさん来ているッスから」
そうは言いながらも。沙綾とあたしは後ろに振り返ってみる。
本当にたくさんの人がいるわね。ただ、その中から氷織と紙透を見つけることはできなかった。氷織はとても美しい銀髪の美少女だし、紙透も背が高くて茶髪だからもしかしたら見つけられるかも……思ったけどね。残念。真夏の日差しに照らされて輝いている銀髪の氷織を見たかったわ。
「やっぱり見つけられなかったわね」
「そうッスね。……返信しておくッス」
「そうね」
あたしはスマホをタップして、
『2人も着いたのね。沙綾とあたしは30分以上前に着いて、待機列に並んでいるわ』
とメッセージを送った。その直後に、
『2人も待機列に到着したッスか。ヒム子とあたしは30分以上前に到着したッス』
と、沙綾もメッセージを送っていた。
見つけられなかったけど、氷織もこの待機列のどこかにいるのね。そう思うとちょっと興奮してくるわぁ。
それからも、沙綾と一緒に開会までの時間を過ごしていく。時間が経つにつれて暑くなってきているので、熱中症にならないように気をつけながら。
沙綾とお喋りするのがメインだけど、たまにスマホで音楽を聴いたり、持ってきたラノベを読んだりと一人の時間も過ごして。それらが楽しいから、時間の進みは割と早くて、暑い中で待つこともしんどくはない。
そして、午前10時。
『ただいまより、コミックアニメマーケット2日目を開会します』
拡声器を持った女性のスタッフさんにより、コアマの開会宣言がなされた。その瞬間、沙綾を含めた多くの人が拍手する。
「みんな拍手するのね」
「待ちに待った開会ッスからね。毎回、コアマが開会するときは拍手するッス」
「そうなのね。じゃあ、あたしも」
あたしも拍手をする。
……拍手するのいいわね。気持ちが盛り上がるわ。あと、3時間近く待って無事に開会を迎えられた喜びと安心感も膨らむ。
周りを見ると……コアマの開会時間になったからか、嬉しそうだったり、楽しそうだったりする様子で拍手をしている人が多い。とてもいい雰囲気だわ。
「さあ、いよいよコアマ開会ッスよ! 一緒に楽しむッスよ、ヒム子!」
沙綾はとても弾んだ声であたしにそう言ってくる。目もキラキラとしているし。ここまで楽しそうな沙綾はなかなか見ない。コアマがとても好きなのが窺えるわ。そんな沙綾がとても可愛い。
「ええ、一緒に楽しみましょうね、沙綾! 初めてのコアマを楽しむわ!」
その後、待機列が動き始める。
スタッフの人達の案内に従って、あたし達はついに会場である東京国際展示ホールの中に入った。会場前で3時間近くも待ったので、ホールの中に入ったときは何だか感慨深い気持ちになって。
さあ、沙綾と一緒に、初めての同人イベントを楽しむわ!