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『恭子さんのバイト先で初バイトです。-④-』

「そろそろ氷織に接客してもらおうか、葉月さん」

「そうッスね」


 明斗さんと沙綾さんはそう言います。お二人にもしっかりと接客しましょう。


「分かりました。……いらっしゃいませ。店内でのご利用でしょうか?」


 明斗さんと沙綾さんのことを見ながらそう言います。

 明斗さんと沙綾さんはカウンター席やテーブル席のある方を見ています。


「席が空いているし……店内にする?」

「そうッスね。店内は涼しいッスし」

「了解。店内で」

「店内でのご利用ですね。ご注文をお伺いします」

「紙透君、先にいいッスよ。あたし、ちょっと悩んでいるんで」

「分かった。じゃあ……タピオカカフェオレのレギュラーサイズをお願いします」

「タピオカカフェオレのレギュラーサイズをお一つですね」


 注文を復唱しながらレジ打ちをします。

 レジ打ちが終わって明斗さんと沙綾さんの方を見ると……明斗さんが私のことをじっと見ていますね。どうしたんでしょう?


「どうしたの、紙透。氷織のことをじっと見て」

「何か他に頼みたいものがあるッスか?」


 恭子さんと沙綾さんも同じことを思っていたようで、私が訊く前に訊いてくれました。


「えっと……氷織のバイトがあと30分で終わる予定だし、バイトが終わったら一緒に帰りたいなって。つまり……氷織をお持ち帰りしたいです」


 明斗さんは私達3人にしか聞こえないような小さな声でそう言ってきました。


「私をお持ち帰り……ですか」


 注文を復唱するのですが……私のことをお持ち帰りしたいという内容なのでドキドキしてきます。そして嬉しいです。顔が熱くなっていくのが分かります。きっと、赤くなっているんでしょうね。

 明斗さんからの注文を受けたいです。お持ち帰りされたいです。なので、


「5時過ぎのお渡しになりますが、それでもよろしいですか?」


 明斗さんのことを見ながら、私はそう返答しました。


「もちろんだよ。バイトが終わるまでは店内で待ってる」


 明斗さんは嬉しそうな笑顔で言ってくれました。その反応が可愛くてキュンとなります。頬がどんどん緩んでいきます。


「かしこまりました。では、私を……お持ち帰りで。注文していただけて嬉しいです」


 明斗さんのことを見つめながらお礼を言いました。明斗さんのお持ち帰り注文のおかげで、今日のバイトがより忘れられない出来事になりそうです。


「紙透……」


 恭子さんは呟くようにして明斗さんの名前を言うと、明斗さんに向けてサムズアップし、ニッコリと笑いかけました。


「素晴らしい注文をしてくれたわ! 可愛い氷織を見られたし!」

「やるッスね、紙透君。あたしも可愛いひおりんを見られて満足ッス! 小説のネタになったッス! どうもッス!」


 恭子さんと沙綾さんは嬉しそうな様子で明斗さんにそう言いました。そのことに明斗さんはほっとした様子になって。私をお持ち帰りしたいと注文したことで、2人に引かれるかもしれないと思っていたのでしょうかね。


「ど、どうも。俺の注文は以上だ。葉月さん、どうぞ」

「了解ッス。タピオカイチゴミルクのレギュラーサイズをお願いするッス」

「タピオカイチゴミルクのレギュラーサイズをお一つですね。……以上でよろしいですか?」

「はい」

「かしこまりました。確認いたします。タピオカカフェオレのレギュラーサイズをお一つと、タピオカイチゴミルクのレギュラーサイズをお一つ。あとは……私をお持ち帰りで。以上でよろしいですか?」

「はい」

「合計600円になります」


 私がそう言うと、明斗さんと沙綾さんは財布からそれぞれ300円ずつ取り出して、トレーに乗せました。

 トレーに乗っている代金を確認すると……100円玉が6枚。ちょうど6枚ありますね。


「600円ちょうどお預かりします。……レシートのお渡しです」


 レジから出たレシートを……明斗さんに渡しました。一瞬、どちらに渡そうか迷いましたが、恋人の明斗さんに渡しました。

 明斗さん……何だか嬉しそうな様子でレシートを見ていますね。レシートですが、私からもらえたのが嬉しかったのでしょうか。そうだとしたら可愛いですね。明斗さんは嬉しい様子のまま、レシートを財布にしまいました。


「少々お待ちください」


 と言い、私は明斗さんと沙綾さんから注文を受けたタピオカドリンクを用意します。

 店内での利用なので、できあがったタピオカカフェオレとタピオカイチゴミルク、ストローを2本トレーに乗せて、


「お待たせしました。タピオカカフェオレとタピオカイチゴミルクになります」

「ありがとう」

「どうもッス」


 明斗さんにトレーを手渡しました。これまで、バイト中の明斗さんから、注文したメニューを受け取ることが何度もあったので、こうして明斗さんに渡すと何だか感慨深いものがありますね。


「ごゆっくり」


 と言って、私は明斗さんと沙綾さんに軽く頭を下げました。

 明斗さんと沙綾さんはテーブル席のある方へ向かい、2人用のテーブル席に。片方はこいちらが見える椅子、もう片方はこちらに背を向ける椅子なのですが、明斗さんはこちらを見える椅子に座りました。

 それからは、沙綾さんと談笑している明斗さんの姿にたまに癒やされながら、残りのバイトをしていきます。明斗さんも私が店内にいるときはこういう感じでお仕事をしているのかもしれませんね。

 そして、バイトが終了する午後5時を少し過ぎたところで、


「恭子ちゃん、氷織ちゃん、午後5時からシフトに入る子が予定通り来たから、2人は上がっていいわよ」


 甘崎さんがやってきて、恭子さんと私にだけ聞こえるような小さな声でそう言ってくれました。甘崎さんの後ろには制服姿の女性2人がいます。おそらく、彼女達がこれから仕事をする方達なのでしょう。


「分かりました。では、あたし達はこれで上がります。氷織、行きましょう」

「はい、分かりました。お疲れ様です」

「お疲れ様です」


 私達はカウンターを離れて、女性用の更衣室へ向かいます。

 着替える前に、明斗さんと沙綾さんにバイトが終わったことを伝えるため、私と恭子さん、明斗さん、沙綾さんがメンバーのグループトークに、


『バイト終わりました!』

『午後5時からシフトに入る方が予定通り来たから、あたしもバイト終わったわ』


 というメッセージを送りました。すると、すぐに明斗さんと沙綾さんからお店の入口前で待っているという旨のメッセージが来ました。

 お店の制服から私服に着替えます。私服を着るのは朝以来なので、何だか久しぶりな感じがしますね。


「恭子ちゃん、氷織ちゃん、今日はバイトお疲れ様でした」


 甘崎さんが更衣室に入ってきて、私達に労いの言葉をかけてくれます。甘崎さんに向けて、私達は「お疲れ様でした」と返事をしました。


「2人とも今日はありがとう。恭子ちゃんがいつも以上に頑張って、氷織ちゃんが助っ人で来てくれたから乗り越えることができました」


 甘崎さんは柔らかい笑顔でそう言ってくれました。


「いえいえ!」

「私もお役に立てたようで嬉しいです。バイトは初めてでしたし、貴重な経験になりました。今日はありがとうございました」

「いえいえ。そして、氷織ちゃん。今日一日のバイト代を渡すね。緊急の助っ人として働いてくれたので、ちょっと色を付けました」


 そう言い、甘崎さんは『バイト代』と書かれた白い封筒を受け取りました。

 封筒の中身を確認すると……1万円入っていますね。働いて稼いだお金なので、封筒に入っている1万円札がちょっと輝いて見えます。

 このバイト代は明斗さんとのデートや趣味などで大切に使っていきましょう。


「バイト代、確認しました」

「うんっ。氷織ちゃん、バイトが初めてだとは思えないくらいの働きぶりだったよ。本当に助かったよ」

「ありがとうございます。甘崎さんや恭子さんが分かりやすく教えてくれたり、恭子さんがいつも一緒にいてくれたりしたおかげです」

「ふふっ。今後も何かあったら、氷織ちゃんに助っ人をお願いしようかしら」

「いいですね、店長! あたしも氷織と一緒にバイトできて楽しかったですし!」


 甘崎さんと恭子さんは可愛い笑顔でそう言ってくれます。2人がそう言ってくれるほどに今日は働けていたということでしょう。嬉しいです。


「今日のように予定が空いていれば、また助っ人に来ますね」


 そのときはまたお店のために働ければと思います。


「甘崎さん、恭子さん、今日着た制服はどうすればいいでしょうか? 家で洗濯してから返した方がいいですか?」

「ううん、洗わずに返していいわよ。今日着たブラウスと一緒に洗えばいいし」

「あたしもかまわないわ」

「分かりました。制服、貸していただきありがとうございました」


 甘崎さんにはブラウス、恭子さんにはスラックスと帽子を返却しました。


「では、あたし達はこれで失礼します」

「失礼します」

「2人とも今日はありがとう。氷織ちゃん、またうちのお店に遊びに来てね」

「はいっ」


 私は恭子さんと一緒に更衣室に出て、休憩室にいる従業員の方達に挨拶をして、従業員用の出入口からお店の外に出ました。ずっと涼しい店内にいたので、夕方でもなかなか暑く感じます。

 お客様用の出入口がある方に行くと、出入口の近くで喋っている明斗さんと沙綾さんの姿が見えました。


「お待たせしました」

「お待たせ」

「氷織、火村さん、バイトお疲れ様」

「2人ともお疲れ様ッス」

「ありがとうございます、明斗さん、沙綾さん」

「ありがとう、沙綾、紙透」


 明斗さんと沙綾さんが労いの言葉を掛けてくれたので、恭子さんと私はお礼を言います。

 あと……明斗さんに言わなければいけないことがありますね。明斗さんは私にお持ち帰り注文をしてくれましたから。


「そして、ご注文の……私です。お待たせしました」


 明斗さんのことを見つめながらそう言います。「ご注文の私です」って言うと、何だかドキドキしますね。


「確かに受け取ったよ」


 いつもの優しい笑顔でそう言うと、明斗さんは私にキスをしてくれました。明斗さんに触れると、体の疲れがスーッと取れて、体が軽くなっていきますね。

 2,3秒ほどして、明斗さんの方から唇を離しました。


「明斗さんにキスされたら、バイトの疲れが取れた気がします。明斗さんからもバイト代をもらった気分です」

「そっか」

「氷織が来てくれたから助かったわ。あたしが仕事を教えたらすぐに覚えたし。さすがは氷織だと思ったわ」

「初めてのバイトとは思えないほどの働きぶりに見えたッスよ」

「そうだな。30分くらいしか見ていないけど、初めてなのが嘘みたいな感じだったよ」

「店長も2人と同じようなことを言ってた。とても助かったって喜んでいたわ。今日は助っ人を引き受けてくれてありがとう」

「いえいえ。恭子さんの教え方が分かりやすかったですし、恭子さんがずっと一緒にいてくれたからですよ。心強かったです。こちらこそ、今日はありがとうございました。恭子さんとバイトができて楽しかったです」

「いえいえ! 氷織とバイトができて楽しかったわ! 今日はありがとう!」


 恭子さんはとても嬉しそうな様子でお礼を言ってくれました。そのことにとても嬉しい気持ちになります。助っ人のバイトという形ですが、恭子さんと一緒にバイトできて良かったです。


「じゃあ、あたしはこれで帰るわ。次は……明後日の花火大会の会場で会いたいわね」


 恭子さんはニコッとした笑顔でそう言います。

 明後日、多摩川沿いで花火大会があります。私は明斗さんと2人で花火大会へデートしに行く約束をしています。恭子さんや沙綾さん、美羽さんや倉木さんも花火大会に行くそうです。会場でみなさんと会えたら嬉しいですね。ちなみに、デートの後は明斗さんのお家でお泊まりをするので、明後日がとても楽しみです。


「そうッスね。花火大会の会場でまた。ひおりん、紙透君」

「そうですね。またです、恭子さん、沙綾さん」

「次は花火大会で会おうな」


 その後、お店の前で沙綾さんと、少し歩いたところで恭子さんと別れて、私は明斗さんと一緒に、お店の最寄り駅である東都メトロという地下鉄の新高野(しんたかの)駅に向かって歩いていきます。


「バイトは初めてでしたが、恭子さんと一緒だったので楽しかったです。明斗さんと沙綾さんに接客もできましたし。それに、助っ人としてバイトをしたのもあり、たくさんバイト代をもらえましたから」

「良かったな。俺も氷織に接客されて良かったよ。お持ち帰りもできたから」

「ふふっ。お持ち帰りしたいと言われたとき、キュンときちゃいました。……今度、明斗さんがバイトしているときにお持ち帰り注文してみましょう。今まで一度もしたことがないですから」

「いつでもご注文お待ちしております」

「はいっ」


 明後日、明斗さんがバイトをしているタイミングで彼のバイト先の喫茶店に行く予定です。そのときにさっそく注文してみるのもいいかもしれませんね。その日は明斗さんの家でお泊まりするので、私がお持ち帰り注文をするのは変かもしれませんが。

 それから、東都メトロに乗り、私の家の最寄り駅である南笠ヶ谷(みなみかさがや)駅に到着するまではずっと、今日のバイトのことで話が盛り上がりました。

 恭子さんのバイト先での初めてのバイトはとても楽しくて、充実した時間でした。今年の夏休みの忘れられない思い出が一つ増えました。




『恭子さんのバイト先で初バイトです。』 おわり

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