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第15話『さっそく注文したくて。』

 8月28日、土曜日。

 いよいよ花火大会当日になった。今日は氷織と一緒にデートで花火大会に行き、その後は俺の家でお泊まりをすることになっている。

 今朝見た天気予報によると、今日の天気は一日晴れで、天気が崩れる心配はないという。花火大会に行くので予報通りになってほしいものだ。

 今日は午前10時から午後5時までゾソールというチェーンの喫茶店でバイトがある。ただ、氷織との花火大会デートとお泊まりという楽しみな予定があるので、今日は調子良くバイトができている。それに、午後4時半頃に氷織がここに来店してくれる予定だし。

 あと、昼過ぎには、


「明斗、バイトお疲れ様」


 駅周辺で買い物をしていた姉貴がアイスティーを買いに来てくれて。日中の買い物だからか、ジーンズパンツに肩開きの半袖のTシャツというラフな服装で。休日中心に、俺のバイト中にたまにドリンクを買いに来てくれることがある。姉貴のおかげで、気持ちがちょっと安らいだ。




「今日はとてもいい笑顔で接客しているね、紙透君」


 午後3時半過ぎ。

 休憩中、昼過ぎからシフトに入った大学生の筑紫大和(つくしやまと)先輩にそんなことを言われる。お試しで氷織と付き合い始めた頃から、筑紫先輩から接客中の笑顔のことを言われるのは恒例である。


「そんなにいい笑顔でしたか」

「ああ。君にときめいている女性のお客様が何人もいたよ」

「そうでしたか。今日は氷織と花火大会デートに行って、その後に俺の家でお泊まりする予定があるからですかね。4時半頃にはお店にも来てくれますし。それがとても楽しみで」

「なるほどね。それなら、あそこまでいい笑顔になるのも納得だ」


 うんうん、と納得した様子で、筑紫先輩はアイスコーヒーを一口飲む。


「この時期に花火大会というと……多摩川沿いで行なわれる花火大会かな」

「そうです」

「やはりね。家族や友達と一緒に何回か行ったことがあるなぁ」

「そうなんですね。俺もそんな感じです。高校生になってからは今日が初めてです」

「そうなんだ。青山さんとのデートとお泊まりを楽しんでおいで」

「はい」


 氷織との時間を楽しむためにも、残り1時間半ほどのバイトを頑張ろう。

 休憩を終えて、俺は筑紫先輩と一緒にカウンターに戻り、接客を中心に仕事をしていく。

 そして、午後4時半過ぎ。


「明斗さん、来ましたっ」


 約束通り、氷織が来店してくれた。ロングスカートにフレンチスリーブのブラウスがよく似合っていて可愛らしい。店内が涼しいからかまったりとした笑顔になっていて。

 お泊まりなので、氷織は以前も見たことがある青いボストンバッグを持ち、浴衣一式が入っているのかショルダーベルトが付いている大きめの黒いバッグを肩に掛けている。


「いらっしゃいませ。来てくれてありがとう」

「いえいえ。バイトをしている明斗さんの姿も見たかったですし。明斗さん、ここまでバイトお疲れ様です。筑紫さんもお疲れ様です」

「ありがとう、青山さん。紙透君から、今日は花火大会デートとお泊まりをするって聞いているよ。楽しい時間になるといいね」

「ありがとうございます」


 氷織は穏やかな笑顔で筑紫先輩にお礼を言った。そんな氷織に、筑紫先輩は微笑みかけた。


「注文してもいいですか?」

「はい。ご注文をどうぞ」

「アイスコーヒーのSサイズを1つ。シロップを1つください。ミルクはいりません」

「アイスコーヒーのSサイズをお一つに、シロップをお一つ。他には何かご注文はありますか?」

「えっと……」


 氷織は頬をほんのりと赤くしながらそう言うと、俺にそっと顔を近づけて、


「明斗さんを……お持ち帰りしたいです」


 俺を見つめながら、俺にしか聞こえないような小さな声でそう注文した。お持ち帰り注文されたことにキュンとなる。あと、横で筑紫先輩が「ははっ」という笑い声が聞こえてくるので、筑紫先輩には聞こえたようだ。


「この後、お泊まりまでする約束ですし、お泊まりの場所も明斗さんの家でおかしいかもですが……さっそくお持ち帰り注文したくなって言いました」


 氷織ははにかみながらそう言ってくる。その姿が可愛くて再びキュンとなる。


「初バイトを終えたとき、俺にお持ち帰り注文したいって言っていたもんな。この後、デートとお泊まりをするから、持ち帰りたいって言われてキュンとなったよ」

「明斗さん……」

「……5時過ぎのお渡しになりますがよろしいですか?」

「はいっ」


 ニコッと笑いながら返事をする氷織。


「では……私をお一つ、お持ち帰りで。他には何かご注文はありますか?」

「以上で」

「かしこまりました。アイスコーヒーSサイズお一つに……私でよろしいですか?」

「はい」

「220円になります」


 その後、氷織は300円をトレーに出した。なので、80円のおつりとレシートを渡して、氷織が注文したSサイズのアイスコーヒーを用意する。アイスコーヒーとストロー、ガムシロップをトレーに乗せる。

 黒いバッグを肩に掛けているとはいえ、大きめのバッグが2つあるし、アイスコーヒーなどの乗せたトレーは俺が席まで運んだ方がいいかな。今はカウンターにはお客様が全然いないからそうしても大丈夫だろう。


「お客様。大きめのお荷物が2つありますし、もし良ければ私が商品を席までお持ちしましょうか?」

「ありがとうございます。お願いします」


 氷織は笑顔で快諾してくれた。

 俺はアイスコーヒーなどを乗せたトレーを持って、氷織と一緒に席がある方へ向かう。

 氷織は窓側のカウンター席に腰を下ろした。そのタイミングで、


「アイスコーヒーのSサイズになります」


 と言って、氷織の前にトレーを置いた。


「ありがとうございます。残りのバイト、頑張ってください」

「ありがとう。終わったらメッセージ送るよ」

「はいっ」


 残り30分、バイトを頑張るぞ。

 俺はカウンターに戻る。


「いい接客だね、紙透君。今の青山さんのように、大きな荷物を持っているお客様には、商品を席までお持ちするのはいいことだよ」


 筑紫先輩は優しい笑顔で俺を褒めてくれた。バイトの先輩から仕事のことで褒められるのは嬉しいものだ。新人の頃の俺の指導係は筑紫先輩だったし。


「ありがとうございます。氷織は大きめのバッグを2つ持っていましたし、カウンターにはお客様が全然いなかったので」

「そうか。いい判断だったね。あと、青山さんからお持ち帰り注文されたのは面白かったな。うちにはそんなメニューはないんだけどね」


 落ち着いた笑顔でそう言う筑紫先輩。やっぱり、先輩には聞こえていたか。氷織がお持ち帰り注文をしたときに先輩の笑い声が聞こえたから、注文が聞こえているだろうなとは思っていたけど、実際に言われるとちょっと気恥ずかしいものがある。


「……あれは氷織に向けての特別メニューです」

「ははっ、そうか。ああいうやり取り、僕は結構好きだよ。ラブコメの漫画やラノベとかの一幕を見ているようだった」

「……そう思ってもらえて良かったです」

「ああ。……紙透君のシフトは5時までだったよね。デートやお泊まりを楽しむためにも、残りのバイトをしっかりやろう」

「はい」


 その後も、俺は筑紫先輩の隣のカウンターで接客業務をした。時々、カウンター席に座っている氷織の姿を見て癒やされながら。たまに、氷織と目が合って。そのときは氷織が笑顔で小さく手を振ってくれたし。

 氷織が店内にいてくれたおかげで、残り30分のバイトはあっという間に終わり、俺はシフト通りの午後5時頃にバイトを終えることができた。

 カウンターから男性用の更衣室に行き、私服に着替えるときに、氷織にバイトが終わったことを伝えた。すると、氷織はお店のお客様用の出入口の近くで待ってくれるという。

 私服に着替え終わり、休憩室にいるスタッフの方に「お疲れ様でした」と言って、従業員用のお店の外に出た。

 お客様用の出入口の方に行くと……出入口の近くに氷織が立っていた。こうして荷物を持って立っている姿も絵になるなぁ。


「お待たせしました。私でございます」


 お持ち帰り注文をされたので、氷織の側まで行き、俺は氷織にそんな言葉を掛けた。

 氷織は俺の方を向くと、ぱあっと明るい笑みを浮かべて、俺に「ちゅっ」とキスをしてきた。

 数秒ほどして氷織から唇を離すと、氷織はいつもの優しい笑顔で俺を見つめる。


「確かに受け取りました。あと、バイトお疲れ様でした」

「ありがとう。じゃあ、さっそく家に行くか」

「はいっ」

「荷物を持つよ。どっちかでも、2つでも」

「ありがとうございます。では……ボストンバッグをお願いできますか?」

「分かった」


 氷織からボストンバッグを受け取る。ちょっと重く感じるな。黒いバッグの方は肩に掛けていたとはいえ、2つのバッグを持って氷織の自宅からこのお店まで来るのは大変だったんじゃないだろうか。荷物を持つと言って正解だったな。

 氷織と手を繋いで、俺は帰路に就く。


「俺が持っているこのボストンバッグは、俺の誕生日に泊まりに来たときに見たことがあるけど、氷織が肩に掛けている黒いバッグは……浴衣が入っているのか?」

「そうです。このバッグは浴衣や帯など一式を入れられるんです」

「そうなんだ」


 浴衣一式を持ち運びするためのバッグなのか。そういうものがあるんだな。


「前回うちに泊まりに来たとは違って、浴衣のバッグもあるから、ゾソールまで来るのは大変だったんじゃないか? 昼間よりはマシだけど、暑い中歩いてきたし」

「この黒いバッグの方はベルトで肩に掛けたのもあって、あまり大変だとは思いませんでしたね。ただ、暑い中歩いてきたので、ちょっと疲れを感じました。涼しいゾソールでアイスコーヒーを飲んだので、その疲れも取れました」

「そっか。なら良かった」


 そういえば、氷織が来店したとき、氷織はまったりとした笑顔になっていたな。それは暑い中で2つのバッグを持ってゾソールまで来て、ちょっと疲れを感じていたからだったのだろう。ゾソールで休めたようで良かった。


「もし良ければ、明日、氷織が帰るときに今みたいに2人で荷物を持たないか? 俺が2つともバッグを持ってもいいし」


 今の氷織の話を聞いたら、明日、氷織が家に帰るときには俺も荷物を持った方がいいと思ったから。


「いいのですか?」

「うん。2つバッグを持って歩いたから、ちょっと疲れたって言っていたし。あと、氷織と少しでも長く一緒にいたいのもある。氷織の家まで送るよ」

「そうですか。そう言ってもらえて嬉しいです。私も明斗さんと長くいられるのは嬉しいですし。では、明日……帰るときにもボストンバッグをお願いします」


 氷織は嬉しそうな笑顔でそう言ってくれた。

 帰るときに荷物を持つと言ってみて良かった。そう思いながら、氷織に「分かった」と言った。


「今日はこれからずっと明斗さんと一緒に過ごせるなんて嬉しいです。明日も夕方まで一緒にいる予定ですし」

「俺も嬉しいよ。それに、氷織と一緒に過ごすのが楽しみで、今日のバイトはいつも以上に頑張れた」

「ふふっ、嬉しいお言葉です。ただ、今日は7時間バイトがありましたから、疲れとかはありませんか?」

「店前の掃き掃除以外は涼しい店内での業務だったから、ちょっと疲れたくらいだよ。デートするには問題ないさ」

「良かったです」

「ああ。これから一緒に、花火大会デートとお泊まりを楽しもう!」

「はいっ!」


 氷織はニッコリと笑いながら元気に返事をしてくれる。そのことでバイトの疲れが取れていくのが分かる。

 氷織と一緒に歩いていて。今日はずっと氷織と一緒にいられて。氷織にお持ち帰り注文をされて。だから、今日が一番幸せなバイトからの帰り道になった。

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