第12話『お昼は大学の食堂で』
『では、これにて模擬授業を終わります。日本文学に興味を持ったり、勉強したりしたいと思った方は、是非、文学部の日本文学科を受験してください。本学の学生になったみなさんと一緒に日本文学を勉強できるのを楽しみにしています』
午後12時40分。
2つ目に受けた文学部日本文学科の模擬授業が終わった。
言葉というのは日々使っているものだし、有名な文学作品やベストセラー作品を引用して話してくれたのでとても面白かった。
「凄く面白い模擬授業だったな」
「そうですね! 言葉がテーマでしたし、私も小説も書いていますからとても興味深くて楽しい内容でした。文学作品やベストセラー作品も出てきましたから。あっという間の40分間でした」
「氷織らしいわね。有名な作品を使っていたから、あたしも結構楽しめたわ。面白かった」
氷織と火村さんにとっても楽しい模擬授業だったか。あと、「氷織らしい」という火村さんの言葉に俺は「そうだな」と深く頷いた。
「じゃあ、モノレールの駅前に行くか」
「そうですね。沙綾さんと明実さんと待ち合わせをする予定ですし」
「そうね。ただ、その前にお手洗いに行かせて」
「分かりました」
俺達は3101教室を後にする。
3号館の出入口までの間にお手洗いがあった。火村さんだけでなく、氷織と俺もお手洗いに向かった。
お手洗いを済ませた後、俺達は3号館を出て、姉貴と葉月さんとの待ち合わせ場所であるモノレールの駅の入口前に向かう。
周りを見ると、人の往来がそれなりにある。この大学は学生数が多いし、普段もお昼の今の時間帯は人が結構いるのだろうか。
モノレールの駅の入口前が見えてきた。駅の方へ向かう人もいれば、俺達のように待ち合わせ目的なのか立っている人もいて。そこには――。
「あっ、沙綾さんと明実さんがいます」
氷織が笑顔でそう言って指さした。氷織が指さした方に視線を向けると、入口前で葉月さんと姉貴が楽しそうに喋っている姿を見つけた。2人とも私服だから、先輩後輩の在学生のように見える。
「いたな」
「あたしも見つけたわ! 沙綾! 明実さーん!」
火村さんは大きめの声で葉月さんと姉貴のことを呼ぶ。その声が聞こえたのか、2人はこちらに振り向いて笑顔で手を振ってくる。
俺達は葉月さんと姉貴に向けて手を振りながら、2人のところに向かった。
「どうもッス。ちゃんと会えて良かったッス」
「そうだね、沙綾ちゃん。3人は一緒に模擬授業を受けたけど、どうだった?」
「どっちも面白かったよ。高校生に向けてだからかもしれないけど、興味の持ちやすいテーマだったし。経済学も文学もいいなって思えたよ」
「どちらも面白い模擬授業でした。日本文学は元々興味があるので、文学部の方は特に面白かったです」
「2つとも楽しい模擬授業でした。経済学部や文学部が進路の候補になりそうです。あと、氷織の隣の席で模擬授業を受けたのも楽しかったです!」
「ふふっ、そっか。良かったよ。経済学部の在学生として嬉しいよ」
「良かったッスね。生物学科と化学科の模擬授業は楽しかったッス!」
葉月さんはいつもの明るい笑顔でそう言った。その声は弾んでいて。どちらの模擬授業もとても楽しかったことが窺える。
「良かったですね、沙綾さん」
「良かったな」
「楽しかったのは何よりだわ」
「はいっ」
「みんな楽しい午前中の時間だったんだね。ちなみに、午後に参加するキャンパスツアーって何時から?」
「えっと……午後2時からだな」
リーフレットに書かれているタイムテーブルを見て俺がそう答える。
「午後2時からか。それなら、ゆっくりお昼を食べられそうだね。じゃあ、食堂に行こうか」
俺達は姉貴の案内で食堂館に向かって歩き始める。お昼の時間帯もあってか、同じ方向に向かって歩く人はちらほらといる。
「いくつか模擬授業を受けた後に、友達と待ち合わせをして、こうして一緒に学食へ行くのも大学生らしい感じがするッス」
「あたしも思ったわ」
「沙綾さんの言うこと分かります。中学までは給食で、高校でも教室でお弁当を食べることがほとんどですから」
「そうだな。高校には食堂があるけど」
「私も大学に入学した直後は、友達と一緒に食堂に行くと『高校までとは違うなぁ』って思ったよ。今から行くところは立派だし」
学食に行けば、姉貴が言う『高校までとは違う』感覚を味わえるかもしれない。
受けた模擬授業について話しながら歩いていると、
「ここが食堂館だよ。学食や売店が入ってるよ」
食堂館の入口前に到着した。学食や売店が入っている建物とのことだけど、なかなか立派だ。
入口前からはテラス席が見える。庇で日陰になっていて涼しいのか、何人かの人がテラス席で食事をしている。
食堂館の中に入り、姉貴の案内で食堂へ向かう。
『わぁっ』
食堂に入った瞬間、氷織と火村さんと葉月さんはそんな声を漏らした。
「とても広くて素敵な雰囲気ですね!」
「開放感のあるいい雰囲気の食堂よね!」
「高校の学食には何回か行ったことがあるッスけど、高校よりもかなり広いッスね! 席数もとても多いッスし。大学の学食は凄いッス!」
氷織、火村さん、葉月さんはそういった感想を口にする。俺も初めてこの食堂に来たときは、広さや席の多さが凄いと思ったっけ。3人の言葉に俺は頷いた。また、3人の反応を受けてか、姉貴は「ふふっ」と楽しそうに笑った。
この食堂はかなり広く、白を基調とした内装だったり、大きな窓があって外の景色もよく見えたり、階段で2階に行けて天井の一部が吹き抜けになっていたりすることから、とても開放的でゆったりとした雰囲気だ。食欲を誘う匂いがしているのも、ここの雰囲気がいいなと思わせてくれる。
窓側に配置されたカウンター席、2人用や4人用のテーブル席、長テーブル席、食堂から外に出たところにあるテラス席といった様々な種類の席がある。長テーブル席を中心にかなりの席数がある。ざっと見た感じ数百席くらいはあるだろうか。
お昼時なので、結構な数の人がいて賑わっているけど、席はまだまだ余裕がある。なので、5人一緒に食べられるかどうか心配はしなくて大丈夫かな。
「3人がそう言ってくれて嬉しいよ。このフロアだけ見ても結構広いけど、あそこの階段から2階に上がって2階で食べることもできるの。美味しいのはもちろんだけど、席の数がかなり多いから、この食堂でお昼を食べることが一番多いよ」
「そうなんですね。あちらの方に列がいくつかありますが、あそこでお昼を買うのですか?」
そう言い、氷織は右手で指さす。そちらを見ると、氷織の言うようにいくつかの列ができている。また、奥では調理している人も見える。
「そうだよ、氷織ちゃん。そっちの方に移動しようか」
俺達は姉貴の案内で食堂の中を歩いていく。その中で、席に座ってお昼ご飯を楽しんでいる人の姿が何人も見えた。
いくつかある列の近くにメニュー表があり、その前で止まった。
「この食堂では、丼ものとカレー、定食、麺類の3つのカウンターがあるの。自分の食べたいものがある種類のカウンターの列に並んでね。自分の番になったら、カウンターに立っている食堂の方に食べたいメニューを言ってね。受け取ったら、レジに持っていって代金を支払うシステムだよ。レジを出たところに、ウォーターサーバーがあるから冷たいお水と緑茶は自由に持って行けるから」
「そういう流れで昼食を購入するのですね。分かりました」
「了解ッス。ジャンルで列が分かれているんで、何を食べたいか決めてから並んだ方がいいッスね」
「そうね、沙綾」
「メニュー表を見て、何にするか決めるか」
俺達はメニュー表を見て、お昼を何にするか決める。色々なメニューがあって結構迷うな。あと、大学の食堂なのもあって、だいたいが300円台から500円台と値段が安い。シンプルそうなメニューだと200円台のものもある。
「あたし、和風ハンバーグ定食にするわ」
「あたしはチキンカレーに決めたッス」
「私は生姜焼き定食にしようかな」
「私はミートソースパスタにしましょう」
「俺は……冷やし中華にしようかな」
麺類は大好きだし、今日は暑いから冷たいものを食べたい。
「明斗と氷織ちゃんは麺類か。麺類は注文してから麺を茹でるから、ちょっと時間がかかるかも」
「そうなんですね。分かりました」
「了解。時間がかかるかもしれないなら、席は姉貴達にお願いするか?」
「それがいいですね、明斗さん」
「分かった。私達で席を選んでおくよ」
その後、俺と氷織は麺類の列に行き、最後尾に並ぶ。1列の形で並ぶので、氷織、俺の順番で。
「1時近いのでお腹が空いてきました」
「そうだな。俺もお腹空いた。学校があるときはもうお昼を食べ終わっているもんな」
「そうですね」
「結構空いているから、麺は大盛りにしようかな」
「いいと思います。……あと、今は涼しい場所ですけど、こうして明斗さんと一緒に列に並ぶと、コアマでのことを思い出しますね」
「そうだな。暑い中、人気サークルの列とか開会前の待機列とかに並んだよな。あのときは今と違って隣同士で並んだな」
「そうでしたね」
10日ほど前に行ったコアマと呼ばれる同人誌即売会はかなりの数の人が来場していたから、人気サークルの列で1時間以上並んだっけ。あと、同人誌を買える確率を高くするために早めに会場近くまで来て、開会前の待機列に2時間以上並んだな。
「氷織と一緒だったから、あのときは並んでいるのもあっという間に感じたよ」
「私もです。明斗さんとお話ししたり、イヤホンをシェアして音楽を聴いたりするのが楽しかったですから」
「楽しかったな」
俺がそう言うと、氷織は嬉しそうな笑顔になった。
それからは氷織と今日の模擬授業のことを話し、少しずつ前に進みながら、列での時間を過ごしていく。
たまに、丼ものやカレー、定食の列を見ると……俺達が注文する前に、姉貴、火村さん、葉月さんは注文したメニューをお盆に乗せてレジに向かっている姿が見えた。
「沙綾さん達、レジに向かっていますね」
「そうだな。席については3人にお願いして良かったな」
「そうですね」
そんなことを氷織と話していると、火村さんが俺達の視線に気付いたのか、こちらを向いて小さく手を振ってきた。火村さんに俺達も手を振った。
それから2、3分ほどして、氷織の番になる。
「ミートソースパスタをお願いします」
「ミートソースパスタね! あいよー」
と、カウンターにいるエプロン姿の女性が快活な笑顔でそう言う。恰幅が良く、母さんよりも年上と思われ、いかにも食堂のおばちゃんって感じの人だな。
「次の茶髪のお兄ちゃんも注文どうぞ」
「冷やし中華の大盛りをお願いします」
「冷やし中華の大盛りね! あいよー」
俺にも快活な笑顔を向けてそう言ってくれた。飲食店でバイトをしているのもあり、こうして笑顔で接客されるととても印象が良くなる。
キッチンで、氷織が注文したミートソースパスタや冷やし中華を作ってくれる。外で食事するときに注文したものを作るところはあまり見たことがないので、思わず見入ってしまう。氷織も同じなのか、キッチンをじっと見ていた。
注文してから数分ほどが経ち、
「はーい! ミートソースパスタに冷やし中華大盛りお待ちー」
「ありがとうございますっ」
「ありがとうございます」
注文を受けてくれた女性から、俺達はそれぞれ注文したメニューを受け取った。冷やし中華も、氷織のミートソースパスタも美味しそうだ。お盆に乗せて、俺達はレジに向かった。
レジの前には箸やカトラリー類、紙ナプキンが置かれていた。俺は箸と紙ナプキン、氷織はフォークと紙ナプキンを取った。
複数台のレジが空いているので、氷織とは別々のレジへ。
レジで料金を支払う。麺を大盛りにしたけど、それでも470円。ワンコイン以下なのは安いなって思う。この値段にできるのは大学の食堂だからなのだろう。
会計を済ませると、正面にあるウォーターサーバーのコーナーに氷織と姉貴の姿が。
「明斗さんも会計終わりましたね」
「2人のことを迎えに来たよ」
「そうか。ありがとう。席に行く前にお茶を取らせてくれ」
俺はコップを手に取って、ウォーターサーバーで冷たい緑茶を注いだ。
また、ウォーターサーバーの横には調味料一式が置かれており、氷織はミートソースに粉チーズやタバスコをかけていた。
姉貴についていく形で、俺と氷織は火村さんと葉月さんの待っている席へと向かう。
「あっ、氷織と紙透が来たわ」
「来たッスね!」
窓側に近い長テーブル席の端に、火村さんと葉月さんが隣同士で座っていた。2人は笑顔でこちらに向かって手を振ってきて。そんな2人に軽く手を挙げて。こういうやり取りも何だか大学生っぽいなと思った。
お待たせ、と言って、俺と氷織は隣同士の席に座る。ちなみに、俺の正面は葉月さんで、氷織の正面には火村さんがいる。また、姉貴は葉月さんの隣の席に座った。
3人が注文した和風ハンバーグ定食、チキンカレー、生姜焼き定食も美味しそうだ。
火村さんと葉月さんが自分の注文したメニューをスマホで撮っていたので、俺と氷織も写真を撮った。
「じゃあ、全員揃ったから食べようか。いただきます!」
『いただきます!』
姉貴の号令で、俺達はお昼ご飯を食べ始める。
麺や錦糸玉子、ハム、きゅうり、カニカマといった具材を混ぜて、酢醤油味と思われるタレを全体に絡ませる。
麺と具材を一口分掴んで、「ズズッ」と音を立てながら、冷やし中華を一口食べた。
「……うん。美味しい」
さっぱりとした酢醤油味のタレが麺や具材とよく合っていて美味しい。麺の茹で具合もちょうどいいし、麺や具材やタレが冷たいのがたまらない。
「良かったですね。ミートソースパスタも美味しいですっ」
「良かったな、氷織」
「はいっ」
そう言い、氷織はフォークでミートソースパスタを巻いて食べる。美味しいのか幸せそうな笑顔になっていて。モグモグ食べている姿がとても可愛い。
「チキンカレーも美味しいッス!」
「和風ハンバーグも美味しいわ! 450円でこの定食を食べられるなんて凄いわ」
「凄いッスよね。チキンカレーは400円だったッス」
葉月さんと火村さんは、頼んだメニューの美味しさと安さに満足しているようだ。笑顔で食べていて2人も可愛いな。
「2人の言うこと分かるよ。俺の冷やし中華も麺大盛りにしたけど470円だったし」
「ミートソースは380円でした。美味しいミートソースをこのお値段で食べられるのは凄いと思います」
「普通の飲食店に比べたらかなり安いよね。しかも美味しいし。みんなが気に入ってくれて良かったよ」
大学にある食堂の中で一番のオススメとして連れてきたのもあり、姉貴はとても嬉しそうだった。
その後は午前中に受けた学校説明会や模擬授業のこと、この大学での姉貴のキャンパスライフでの話で盛り上がりながらお昼を食べた。途中、俺は氷織と姉貴と一口交換もして。そのおかげで楽しくて、とても満足感のあるお昼になった。
お昼ご飯を食べた後は、予定通り、午後2時からスタートするキャンパスツアーで多摩中央大学の中を一通り廻った。各学部の建物や食堂、図書館、セントラルホール、研究施設、スポーツ施設などこのキャンパスには様々な施設が揃っているのだと分かった。
また、キャンパスツアーには姉貴も一緒に。この後は予定がないし、俺達と一緒にキャンパスの中を歩きたいからという。姉貴はとても楽しそうにしていた。
キャンパスツアーは1時間ほどで終わった。高校生4人にとって今日のオープンキャンパスでやりたいことが全てできたので、俺達は帰ることにした。
「オープンキャンパス楽しかったッス!」
「楽しかったですね。学校説明会を受けて、模擬授業を2つ受けて、学食を食べて、キャンパスにある施設を色々と見て」
「盛りだくさんだったな。俺も楽しかった」
「楽しかったわね。氷織達と一緒だったから大学生気分にもなれたし」
帰りのモノレールのホームで、俺達は今日のオープンキャンパスの感想を言った。
「みんな、オープンキャンパスを楽しめたようで嬉しいよ。在学生としては、うちの大学が進路先の候補の一つになったらもっと嬉しいな」
姉貴はとても嬉しそうな笑顔でそう言った。今日のオープンキャンパスに行くきっかけは、姉貴がオープンキャンパスはどうかと誘ったことだし、俺達が楽しんだことが嬉しいのだろう。あと、食堂でお昼を食べてからはずっと、俺達と一緒に行動したのも嬉しそうにしている一因かもしれない。
「入学してくれたらもっともっと嬉しいな。まあ、みんなとは4学年差あるし、みんなが現役で合格しても私は卒業しちゃうから一緒に通える期間はないけど。私が留年とかしない限りは。それに、今のところは大学院に進学する気もないし」
もしかしたら、姉貴が一緒にご飯を食べたり、午後のキャンパスツアーに姉貴が一緒に参加したり、今日のオープンキャンパスに誘ったりしたのは、ちょっとでも俺達と一緒にキャンパスライフ気分を味わいたかったからかもしれない。
「姉貴。今日のオープンキャンパスに誘ってくれてありがとう。楽しかったし、進路を具体的に考えるいいきっかけになった。姉貴が通っているし、きっと多摩中央大学は受験する大学になると思う」
「今日はありがとうございます、明実さん。多摩中央大学は素敵な大学だと分かりましたし、受験する候補の大学の一つになると思います」
「理工学部もあるんで、あたしも候補になると思うッス。明実さん、オープンキャンパスに誘ってくれてありがとうございました」
「多摩中央大学に通えたら素敵なキャンパスライフを送れそうだなと思いました。難関大学ですし、あたしの成績だとレベルがかなり高いですが……多摩中央大学も考えていきたいです。明実さん、誘ってくれてありがとうございました」
俺達はオープンキャンパスを行くきっかけを作ってくれた姉貴にお礼を言った。
すると、姉貴はニコッと笑って、
「いえいえ。みんながそう言ってくれて嬉しいよ。オープンキャンパスに誘って良かった」
と、俺達のことを見ながらそう言った。
それから程なくして、モノレールが定刻通りに到着する。
大学から一番近い俺と姉貴の最寄り駅である萩窪駅までに着くまでの間、俺達5人は今日のオープンキャンパスや姉貴の大学生活のことをずっと話した。