第11話『模擬授業』
午前10時40分。
予定通りに学校説明会が終わった。
姉貴が通っているこの多摩中央大学がどんな大学なのかが分かった。あと、入試制度についても説明があったので、受験を意識したり、残り半分ほどになった高校生活ではしっかりと勉強しなきゃなと思ったりすることもできた。
「いい説明会だったな」
「そうですね。この大学や入試制度について分かりましたから、進路について具体的に考えていくいいきっかけになりそうです」
「そうね。高校生活も残り半分ちょっとだし」
「来て良かったとさっそく思えたッス。あと、理工学部の説明を聞いたら、模擬授業を受けたい気持ちがより膨らんだッス!」
氷織達にとっても有意義な説明会になったようだ。
これから、俺と氷織と火村さんは経済学部と文学部の順番で模擬授業を、葉月さんは理工学部にある生物学科と化学科の模擬授業を受けるつもりなので、セントラルホールを後にして、各学部の建物がある方へと歩いていく。リーフレットによると、経済学部の会場は4号館、理工学部は7号館か。
キャンパス内の所々に地図があったり、スタッフの学生さんが『模擬授業会場はこちら』といった案内板やプラカードを持っていたりするので、会場まで迷わずに済みそうだ。
氷織達と話しながら歩いているし、氷織達が笑顔なのもあって、男子中心にこちらを見てくる人が多い。3人とも魅力的な容姿の持ち主だから、大学生になったらキャンパスでの注目の的になりそうだなぁと思った。
4人で歩いていると、『経済学部経済学科模擬授業会場はこちら』と書かれたプラカードを持ったスタッフの女性の姿を見つける。
「経済学部経済学科の模擬授業会場はこの建物か」
「そうみたいですね」
「じゃあ、沙綾とはここで一旦お別れね」
「そうッスね。では、あたしは理工学部の会場に行ってくるッス! また後で!」
葉月さんは元気良くそう言うと、理工学部の建物がある方に向かって一人で歩いていった。さっき、模擬授業をより受けたくなったと言っていたほどなので、楽しい気持ちになっているのかも。
俺と氷織と火村さんは4号館に入る。
「この建物も立派ね」
「そうですね。あと、高校までとは違った雰囲気です」
「そうだな」
「経済学部経済学科の模擬授業会場の4101教室はこちらの方にありまーす」
と、スタッフTシャツを着た女性が案内してくれる。
俺達は壁に貼られている案内の紙や、スタッフの学生さんの案内を頼りに、経済学部経済学科の模擬授業会場の4101教室に辿り着いた。
「わぁっ、広い階段教室ですっ」
「まさに大学って感じね!」
4101教室は広い階段教室だ。それもあって、氷織と火村さんは教室に入った瞬間に弾んだ声でそう言った。ちょっとワクワクとした雰囲気になっていて可愛らしい。
「確かに、階段教室って大学のイメージがあるよな。漫画やアニメでも階段教室のシーンがあるのって大学くらいだし。大学に来たんだってより実感するよ」
「明斗さんの言うこと分かります」
「そうね。それに、模擬だけど、これから授業を受けるんだし」
「ですね」
氷織と火村さんに共感してもらえて嬉しいな。
入口近くの長机に、ホッチキス止めされた紙の資料がたくさん置かれている。長机には『経済学部経済学科の模擬授業の資料です。お一つお取りください』と書かれた紙が貼られていて。なので、俺達は資料を一つずつ取った。
見てみると、既にそれなりの数の人が座っている。真ん中から後ろの方に座っている人が多い。
人が空いていて、階段教室らしい雰囲気が味わえそうな場所に座ろうということで、俺達は前から5段目のスクリーンが正面に見える場所に並んで座った。並び方は学校説明会のときと同様に火村さん、氷織、俺だ。
「自分の好きな席に座れるのも大学生っぽいわね」
「そうですね。高校までは自分の席に座りますもんね」
「ええ。あと、氷織の隣で授業を受けられるのが楽しみだわ! 学校で氷織と隣同士になったことないし」
「俺も楽しみだな。1学期に席替えをして席は前後にはなったけど、隣同士はないから」
「私もお二人の隣で授業を受けるのが楽しみですね」
氷織はいつもの優しい笑顔でそう言った。
模擬授業が始まるまであと10分を切っていたので、資料の冊子を見ることに。模擬授業のテーマである為替について分かりやすく書かれているなぁ。
「ノートパソコンを持った女性が教壇に立ったわ」
「そうですね」
氷織と火村さんのそんな会話が聞こえたので前方を見ると……教壇のところに、ノートパソコンを持ったロングスカートに半袖のブラウス姿の女性が。学生とは違った大人な雰囲気がある。俺の母さんや氷織の母親の陽子さんよりも若そうだ。あの方が模擬授業を担当するのかな。
女性はノートパソコンを広げて、プロジェクターと思われるものと繋げる。すると、スクリーンには『多摩中央大学経済学部経済学科 模擬授業』と表示される。どうやら、この女性が模擬授業を担当するようだ。
それから程なくして、模擬授業の開始時刻の午前11時になる。
教壇にいるスーツ姿の女性はマイクを持って、
『みなさん、こんにちは。これから多摩中央大学経済学部経済学科の模擬授業を始めます。私、経済学部経済学科教授の佐々木と申します。今日はよろしくお願いします』
と、女性……佐々木教授は笑顔で語った。若い雰囲気だけど教授なのか。姉貴の在籍する学部学科だし、姉貴はあの方の講義を受けたことがあるのかもしれない。
経済学部経済学科の模擬授業が始まる。
模擬授業のテーマは為替について。為替とは何か。円安や円高になると生活や経済的にどんな影響を及ぼすかなどが話される。為替はニュースで1ドル何円かと触れたり、円高や円安が進むとテーマになったりするので結構面白い。スクリーンに表示されるスライドを印刷したものが資料になっているので、教授の話すことを適宜メモしていく。
模擬授業も面白いけど……たまに、隣に座っている氷織の姿を見てしまう。
氷織は落ち着いた様子で授業を聞き、時々資料にメモしている。そんな氷織がとても美しくて。また、たまに氷織と目が合うことがあり、その際は氷織はニコッと笑いかけてくれて。氷織が可愛くて、ドキッとする。あと、スタイルも良くて大人っぽい雰囲気があるから、この大学の在学生のようにも見える。大学生になった氷織はこんな感じなのかなと思った。
また、火村さんと目が合うこともある。火村さんも微笑みかけてきて。きっと、俺と同じで、隣に座る氷織のことが気になるのだろう。
氷織や火村さんと同じ大学に合格し、同じキャンパスに通ったらこういう感じで講義を受けるのが日常になるんだろうなぁ。そう思いながら、模擬授業を受けていった。
『以上で模擬授業を終わります。ありがとうございました。この模擬授業で、経済学に興味を持ってもらえたら嬉しいです。経済学を勉強したいと思った方は是非、経済学部を受験してください。本学の学生となったみなさんと会えることを楽しみにしています』
という締めの言葉を言い、経済学部の模擬授業が終わった。
「あっという間の40分間でしたね」
「そうだったな。為替はニュースで触れるし、結構面白かった」
「面白かったですよね」
「面白い模擬授業だったわ。経済学に興味出てきた」
氷織や火村さんにとっても面白い模擬授業だったか。
「あと、たまに授業を受ける氷織の姿も見てたわ。隣同士で授業を受けるのは初めてだったから」
「俺も見てた。何度か目が合ったよな、氷織」
「そうですね、明斗さん。恭子さんとも目が合いましたよね」
「そうだったわね。目が合って、氷織に笑いかけられたときはキュンとなって幸せな気持ちになったわぁ……」
そのときのことを思い出しているのか、火村さんは恍惚とした笑顔になる。
「確かに、目が合ったときに笑いかける氷織は可愛いからドキッとしたな」
「ふふっ、そうでしたか。お二人が両隣にいますし、目が合うこともあったので、一緒に大学の講義を受けている感じがして楽しかったです」
氷織は可愛らしい笑顔でそう言ってくれる。
俺も楽しかったな。同じ大学に合格して一緒にキャンパスライフを送りたいなって思えるよ。
「あと、授業を受けている氷織の姿に興奮したわ。横顔も素敵だし、縦ニット越しのFカップおっぱいやたまに見える腋も良かった。それに、常にいい匂いがしたし……」
その言葉が本心からのものと示すように、火村さんの頬が上気しており、「はあっ、はあっ……」と呼吸がちょっと荒くなっている。模擬授業の間にそんなことを思っていたのか。
「火村さんらしいな」
「そうですね。ちょっと照れてしまいますけど」
と、氷織ははにかんだ。
「俺も授業を受けている氷織の姿がいいなって思ったよ。私服姿だし、大人っぽく見えるから、大学生になったらこんな感じなのかなって思った」
「あたしも思ったわ!」
「ふふっ、そうですか。ありがとうございます」
氷織はニコッと笑い、俺と火村さんのことを見てお礼を言った。
「じゃあ、そろそろ文学部の模擬授業の会場に行くか」
「12時からですもんね」
「すぐに行った方がいいわね。場所は確かリーフレットに……」
そう言うと、火村さんは持っているトートバッグから、受付でもらったオープンキャンパスのリーフレットを取り出す。
「文学部日本文学科の会場は……3号館の3101教室というところね」
「3号館ですか。まずはこの建物を出ないといけませんね」
「そうだな。じゃあ、行くか」
俺達は資料や筆記用具をバッグに入れて、この4101教室を後にする。
さっき来た道を戻って、4号館を出る。
3号館は隣の建物なので、4号館を出るとすぐに見つけることができた。
俺達は3号館に入り、壁に貼られている地図やスタッフの学生のアナウンスを頼りに会場の3101教室に向かう。
「授業ごとに移動するのも大学生っぽいかも。……大学生っぽいって言ったの、これで何回目かしら」
「ふふっ。高校までとは違うことがたくさんありますもんね」
「そうだな。高校までとは違った雰囲気を体感できるのも、オープンキャンパスのいいところなのかもな」
「ですねっ」
「紙透の言う通りね」
氷織も火村さんも快活な笑顔で同意してくれた。それが何だか嬉しかった。
文学部日本文学科の模擬授業の会場である3101教室に到着する。経済学部の模擬授業の教室と同じく、ここも立派な階段教室だ。また、入口近くの長机には資料が置かれているのも同じで。
俺達は資料を一つずつ取り、さっきと同じく前から5列目の真ん中あたりの席に座った。さっきと同じく、氷織の両隣に俺と火村さんが座る形で。
席に座り、俺は資料を見ていく。いくつかの言葉について、言葉の意味の変化について書かれている。あと、さっきと同じで、正面にあるスクリーンに映すスライドを印刷したものだろうか。
「あのスーツ姿の男性が模擬授業をするのかしら」
火村さんがそう言うので前を向くと、バッグを持ったスーツ姿の男性が教室に入ってくる。見た目の雰囲気からして、俺の父親と同じくらいの世代だろうか。教壇に向かったし、バッグからノートパソコンを取り出したので、あの男性が模擬授業を担当するのだろう。
「そうだと思うぞ」
「教壇にいますしね」
「そうよね」
微笑みながらそう言い、火村さんは正面にあるスクリーンの方を向いた。
それから程なくして、スーツ姿の男性がマイクを持ち、
『正午になりましたので、これから文学部日本文学科の模擬授業を始めます。私、日本文学科で教授をしている佐伯と申します。よろしくお願いします』
火村さんの予想通り、あのスーツの男性……佐伯教授が模擬授業を担当するのか。
文学部日本文学科の模擬授業が始まる。
テーマは『言葉の意味の変化と、作品での使われ方』。時代によって違った意味で捉えられる言葉と、有名な文学作品やベストセラー作品ではどのように使われているかを紹介する内容。知っている作品が出てくるので結構面白い。
経済学部の模擬授業のときのように、スクリーンに映っているスライドが印刷されたものが資料なので、それに時々メモしていく。
氷織の方をたまにチラッと見ると、氷織は真剣に聞いており、結構メモを取っている。氷織は文芸部の部員だし、小説を書いているので、文学作品が出てくるこの模擬授業が興味深いのかもしれない。
氷織の奥にいる火村さんの姿も見えるけど、火村さんも真剣な様子で聞いている。幸せそうな笑顔で氷織を見ていることもあるけど。
模擬授業を真剣に受ける氷織も、たまに俺と目が合うと微笑みかけてくれる氷織も素敵だなと思いながら模擬授業を受けていった。