第7話『海水浴デートからの帰り。そして。』
かき氷を食べ終わってからは、俺と氷織は海の浅いところで水をかけ合ったり、ビーチボールで遊んだり、砂浜でお城を作ったり、俺が首から下を砂に埋められた状態で氷織に膝枕してもらったりするなどして遊んだ。屋外で遊んでいるので、時々、レジャーシートで休憩を挟んで。
また、休憩中には、
「にゃ~ん」
「……あっ、三毛猫ちゃん。もしかして、沙綾さん達と来たときにも会った三毛猫ちゃんに思えるのですが」
「この雰囲気……そうだな」
「そうですよね!」
みんなと一緒に来たときに会った三毛猫と再会して。そのときは氷織はとても嬉しそうにしていて。
レジャーシートで休憩するのを含めて、氷織と一緒に過ごすのが楽しくて。気付けば、日が傾いてきていた。また、海水浴場近くのスピーカーから馴染みのある童謡のメロディーが流れていて。防災無線チャイムかもしれないと思い、スマホで時刻を確認すると午後5時だと分かった。
「もう午後5時なんですね。あっという間ですね」
「あっという間だよな。帰りのことを考えると、遊ぶのはこのあたりで終わるのが良さそうかな」
「そうですね。後片付けや着替えもありますし」
「そうだな。じゃあ、後片付けを始めるか」
「はいっ」
その後、ビーチパラソルやレジャーシート、膨らませた遊具などを片付けて、俺と氷織は荷物を持って午前中も使った更衣室に向かって歩き始める。
「今日の海水浴デート、とても楽しかったです!」
氷織は楽しそうな笑顔でそう言ってくれる。そのことに嬉しくなり、胸が温かくなっていく。
「俺も凄く楽しかった」
「良かったです。今日のデートでも楽しい思い出ができましたから、ここから離れる寂しさはあります。ですが、明斗さんと一緒にここにまた来られた嬉しさもあって、前回よりは寂しい気持ちは小さいですね」
「そっか。俺も寂しさはあるけど、氷織とここの海水浴場にまた来られたから、前回ほどではないかな」
「そうですか」
「今年の夏はあと2週間くらいだからまた行くかは分からないけど、来年以降も夏になったら氷織に一緒に海へ遊びに行きたいな」
「そう言ってくれて嬉しいです。私も明斗さんと一緒に海へ遊びに行きたいです!」
氷織は明るい笑顔でそう言った。
先月にみんなで行った海水浴も、今日の氷織との海水浴デートも楽しかった。だから、氷織と一緒に海へ遊びに行くことが夏の恒例行事になるだろう。
「海でまたビキニ姿の氷織を見られて、一緒に楽しい時間を過ごせて幸せだったよ」
「私もです。海で明斗さんの素敵な水着姿を見られて、楽しい時間をたっぷり過ごせて幸せです。海水浴デートがしたいと誘ってくれてありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそありがとう。誘って良かったよ」
お礼を言って、俺は氷織にキスをした。歩きながらなので一瞬のキスで。それでも、氷織の唇の柔らかさや温もりははっきりと感じられた。
歩きながらキスしたからか、氷織は目を見開いていたけど、すぐに俺に嬉しそうな笑顔を向けてくれた。今日もこの海水浴場でたくさんキスして、氷織の笑顔をたくさん見られたな。それがとても嬉しい。
更衣室の前まで到着した。
午前中に水着に着替えたときと同じく、着替え終わったら更衣室の前で待ち合わせることを氷織と約束して、俺は男性用の更衣室に入った。
夕方なのもあって、水着から普通の服装に着替えている人は多い。俺達と同じように、スピーカーから童謡が聞こえて午後5時だと分かったのがきっかけで、帰ろうと考える人は多いのかもしれない。
更衣室の中にシャワーが設置されている。なので、シャワー使って体に着いた汚れを落としていった。温水なので、温かくて気持ちいい。
シャワーで体を綺麗にした後、俺は水着から私服に着替えていった。午前中からずっと水着姿だったので、この服を着るのは随分と久しぶりに感じられた。
着替え終わって更衣室を出ると……まだ氷織はいない。シャワーで汚れを洗い汚すだけでなく、肌や髪のケア、化粧とかもしているのだろう。気長に待とう。
スマホを取り出し、アルバムアプリを開く。こうしてアルバムを見ると……今日の海水浴デートのことを思い出す。水着姿の氷織の写真を見ると頬が緩んで温かい気持ちになる。
「お待たせしました、明斗さん」
写真を見るのに夢中になっていたので、氷織が更衣室から出てくるまであっという間だった。
氷織は水着から水色のノースリーブのワンピースに着替えていた。数時間ぶりに見たから、氷織のワンピース姿が新鮮に感じられた。
「どうしましたか? スマホを見ながら笑って」
「今日のデートの写真を見ていたんだ。デート楽しかったなとか、水着姿の氷織が可愛いなとかって思ってさ」
「ふふっ、そうでしたか。……では、帰りましょうか」
「ああ」
俺達は手を繋いで帰路に就く。
海水浴場から数分ほど歩いて最寄り駅へ。
この駅は終着駅なので、ホームに着いたときにはこの駅が始発の急行電車が既に停車していた。一番端の車両に乗ると、2席連続で空いている場所がいくつかあって。俺達は隣同士に座った。
「無事に座れましたね」
「そうだな。良かった。ずっと外にいたから、涼しい電車の中で座れて快適だ……」
「そうですね。まったりできますね」
氷織は柔らかい笑顔でそう言う。ふぅ、と小さく息を吐いて。そんな氷織が可愛くて。
それから程なくして、俺達の乗る電車は定刻通りに発車する。これから電車を乗り継いで、氷織の家の最寄り駅の笠ヶ谷駅、俺の家の最寄り駅の萩窪駅へと向かう。
「定番のお家デートも楽しいけど、こうやって出かけるデートも楽しいな」
「そうですね」
氷織はニコッと笑いながらそう言う。
きっと、氷織と一緒なら、どこへ遊びに出かけても、今日のようにたっぷりと楽しめると思う。
「あの……明斗さん」
「うん?」
「ちょっと先になるのですが……私と一緒にお出かけするデートをしませんか? 来週の土曜日に花火大会がありまして。事前に教えてもらったシフトですと、その日はバイトがありますが午後5時までですし、花火大会は夜なので大丈夫かなと思いまして。以前、七夕祭りに行った日も、明斗さんは夕方までバイトがありましたし」
「そうだったな」
七夕祭りに行った日は夕方までバイトがあって。その後に氷織達と一緒に七夕祭りに行ったな。その日は氷織の家でお泊まりしたっけ。バイトをした後だったけど、特に疲れで体調が悪くなることはなかった。
俺はスラックスのポケットからスマホを取り出し、カレンダーアプリで来週土曜日のシフトを確認する。
「来週土曜日……28日か」
「はい、その日です」
「その日は氷織の言う通り午後5時までバイトだ。夕方までだし、この日は花火大会デートに行こうか」
「はいっ」
氷織は嬉しそうな様子で返事をする。
「あと……翌日はバイトがないから、七夕祭りに行った日みたいに、花火大会の後はお泊まりしないか? 夏休み中は氷織の家に一度泊まったから、今度は俺の家に」
「それは素敵な提案ですね! いいですよ!」
氷織はもっと嬉しそうな様子になってそう言ってくれる。
七夕祭りに行った日にお泊まりをしたから、花火大会に行く日にもお泊まりをしたかったのだ。それに、28日だと夏休みも終わりに近いので、一つでも多く氷織と思い出作りをしたいと思って。氷織が嬉しそうだし、提案してみて良かった。
「ちなみに、一緒に行きたい花火大会は、多摩川沿いで行なわれる花火大会です。毎年8月最後の土曜日の夜に行なわれていて」
「ああ、その花火大会か。確か、月野駅が会場の最寄り駅だよな」
「そうですそうです」
「その花火大会なら家族や友達と何度か行ったことあるよ」
多摩川沿いから打ち上げられる花火が綺麗だったり、屋台がお祭りのように充実していたりしたことを覚えている。
「私も家族や友達と何度も行ったことがあります。去年は沙綾さんを含めた文芸部のお友達と一緒に行きました」
「そうだったんだ。俺は去年は一日中バイトがあったから行かなかったな。一昨年は受験生で予備校があったし。だから、最後に行ったのは中2か」
「そうなんですね。ということは3年ぶりなんですね」
「そうなるな。……あと、去年は和男と清水さんがデートで花火大会に行ったって聞いたな。楽しかったって言っていたのを覚えてる」
2人の撮った写真を見せられながらたくさん話していたっけ。
「私、昨日の夜に美羽さんからその話を聞きました。美羽さんも楽しかったと。あと、美羽さんや沙綾さん、恭子さんが、明斗さんに花火大会デートに誘ってみてはどうかと言ってくれて」
「そうだったんだな」
「ちなみに、美羽さんは倉木さんとデートで行く約束をしていて、沙綾さんと恭子さんは友達などと一緒に行くつもりでいるそうです」
「そっか。じゃあ、当日は会場で会えるかもな。……誘ってくれてありがとう。当日は花火大会とお泊まりを楽しもうな」
「はいっ! 夏休み中の楽しみができて嬉しいです」
「俺もだ」
俺はカレンダーアプリにさっそく、28日に『氷織と花火大会デート』、28日から29日にかけて『俺の家で氷織とお泊まり』と予定を入れた。こうして目で見て、氷織との予定ができたと分かると本当に嬉しい気持ちになる。
氷織の最寄り駅に到着するまでの間、今日の海水浴デートのことを中心に氷織と楽しく話しながら、電車の中での時間を過ごすのであった。