第9話『浜辺にもそういう人達はいる』
お昼ご飯を食べ終わり、容器や箸などを片付けた後は少し食休みをすることに。
俺は氷織と葉月さんと談笑。火村さんはお手洗いに行き、和男と清水さんは寄り添いながらシートの上で寝転がっている。
また、三毛猫はここでの時間に満足したのか、みんながお昼ご飯を食べ終わった直後にレジャーシートから出ていった。
「いやぁ、海水浴場で猫とも触れ合えるとは思わなかったッスね!」
「ですねっ」
「去年、和男達と来たときには猫の姿さえ見なかったからなぁ。俺も予想外だった」
「そうだったんですね。みんなで猫カフェに来ている感じがして楽しかったです」
「そうだな」
「とても可愛い猫だったッスからね。いい思い出になったッス!」
葉月さんはちょっと興奮気味に話す。氷織と火村さんとコンビニから戻ってきたとき、あの三毛猫は葉月さんの膝の上にいたからな。6人の中で、あの三毛猫と一番触れ合ったのは葉月さんだろう。
これからしばらくの間、三毛猫を見たら今日の海水浴のことを思い出しそうだ。
「それにしても、恭子さん……遅いですね。お手洗いが混んでいるのでしょうか?」
「それはありそうだな。……もしかして、コンビニに行っているとか? コンビニにもお手洗いがあるし、そのついでに何か買うつもりかもしれない」
「でも、お昼を買いに行ったときとは違って、パーカーは着ていなかったッスよ」
「じゃあ、コンビニに行った可能性は低そうか」
俺は氷織と葉月さんと一緒に、海水浴場の端の方にお手洗いのある方へ視線を向ける。
お昼過ぎになって、海水浴客がより多くなってきたな。そう思いながら火村さんを探していると、
「あれ……ヒム子じゃないッスか?」
葉月さんはそう言い、右手の人差し指で指さしている。
葉月さんの指さす方向を見てみると……複雑そうな表情を浮かべている火村さんの姿が。その手前には水着姿の金髪の男と黒髪の男が立っている。
「俺も見つけた」
「私もです。ただ、恭子さんの近くに男の人が2人いることからして……ナンパでしょうか。プールデートのときに経験したのでそんな気がします」
「俺もあの男達にナンパされているように見える」
「あたしもッス。ヒム子、美人でスタイルがいいッスから。午前中、一緒に海に浮かんでいるとき、男性中心にあたし達を見ている人が何人もいたッス」
葉月さんは真剣な様子でそう言う。葉月さんの言うことには納得だけど、視線が集まる理由は葉月さんにもあると思う。葉月さんも可愛らしい顔立ちで、スタイルも悪くないから。葉月さんのような人が好みの人は絶対にいるだろう。
俺達の話し声が聞こえたのか、和男と清水さんはゆっくりと起き上がり、火村さんの方を見る。
「ありゃナンパだろうな。そういえば、俺も午前中に美羽とビーチボールで遊んでたとき、火村や葉月が可愛いって言う男の声を何度も聞いたぜ」
「あたしも。あと、氷織ちゃんと遊んでいる紙透君が羨ましいっていうのも聞いた」
「そうだったのか」
まあ、物凄い美人で笑顔が可愛くてスタイルが抜群で黒いビキニ姿が凄く似合う氷織だからなぁ。一緒にいる俺を羨ましく思う人はいるか。
「……よし。男の俺が助けに行こう。氷織や葉月さん、清水さんが行ったらあの男達がよりしつこくナンパするかもしれないし」
「それがいいですね。早く終わらせるためにも、恭子さんの彼氏のフリをしていいですよ」
「分かった」
ナンパを諦めさせるなら、目当ての人は恋人が同行していると分からせるのが一番だからな。実際、プールデートで氷織がナンパされたときも、俺が氷織のところに行って彼氏であることを伝えたらあっさり引いてくれたし。
「じゃあ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい、明斗さん」
「ヒム子を連れて帰ってくるッスよ」
「頑張ってね、紙透君!」
「まあ、何かあったらすぐに俺が駆けつけるぜ!」
「ああ」
いざというときに和男のバックアップがあるのは凄く心強いな。あの男2人くらいなら軽く対処できそうだ。
俺はレジャーシートを出て、火村さんのところへ向かう。
「……あたしには連れがいるんで、他の人をあたってくれますか」
近くまで来たのもあり、火村さんのそんな低い声が聞こえてきた。火村さん……かなりうんざりしている様子だ。
「今日のビーチでは君が一番いいんだって」
「本当にちょっと! ちょっとだけでいいから!」
ナンパ男達も粘っているなぁ。これなら火村さんもうんざりするのも納得だ。氷織とのデートで行ったプールにもいたけど、海にも女の子にナンパする男達はいるんだな。これだけ人が多ければ、ナンパ目的で来る人もいるか。
氷織の許可ももらっているし、ここは火村さんの彼氏のフリをして連れ戻すか。
「恭子!」
大きめの声で火村さんの名前を呼ぶ。
俺の声が聞こえたのか、火村さんは俺の方に視線を向ける。俺と目が合った瞬間、それまでのうんざりしていた表情から、ぱあっと明るい表情に変わった。
「恭子がお手洗いから全然戻ってこないから、心配して探しに来たんだよ」
そう言いながら、俺は火村さんのすぐ側に立つ。
ナンパしている男達の方を見ると……黒髪の男はがっかりした様子になり、金髪の方は不機嫌な様子になっている。
「お手洗いを出たら、この人達にナンパされちゃって。男の連れもいるって言ったのに、『男と遊びに来たなら、俺達とも遊べるだろ』とか言ってきてしつこいの。……明斗」
普段よりもちょっと甘い声色でそう言うと、火村さんは俺の左腕をそっと抱きしめてくる。俺がいつもと違って下の名前で呼んでいるから、彼氏のフリをしてここに来てくれたのだと分かったのだろう。俺のことも普段と違って下の名前で呼んでいるし。
「だから、明斗が迎えに来てくれて凄く嬉しいっ」
火村さんはニッコリと可愛らしい笑顔でそう言う。演技なのか本音なのか分からないけど、火村さんが可愛く見える。
また、火村さんは俺の左腕の抱きしめ方を強くする。そのことで、火村さんの胸がしっかり当たって。氷織ほどではないけど、火村さんもなかなかの大きさの胸の持ち主だから、胸の柔らかさがダイレクトに伝わってくる。これにはさすがにドキッとした。
「……この子、俺の彼女なんで。ナンパしないでもらえますか」
ナンパしている男達の方を見て、俺はそう言った。
火村さんは彼氏と来ている、と分かったからか、黒髪の男は「はああっ……」と深く溜息をつき、金髪の男は俺を睨みながら「ちっ」と露骨に舌打ちした。
「彼氏来ちゃったからダメだな……」
「……午前中、こいつみたいな茶髪の男が銀髪のロングヘアの女と遊んでいるところを見たけどな。本当に付き合っているのかどうかは分かんねえけど、この女の様子からして一緒に遊びに来ているのは確かみたいだ。悪かったな。……行くぞ」
金髪の男がそう言うと、ナンパしてきた男達は踵を返した。
あの金髪男が、銀髪ロングヘアの女と一緒に遊んでいたのを見たと言ったときはちょっとドキッとしたけど、火村さんのことを諦めてくれて良かった。
火村さんの方を見ると、火村さんはほっとした様子で胸を撫で下ろしていた。
「……良かった。ありがとう、紙透」
「いえいえ。レジャーシートから、ナンパされている火村さんの様子が見えたからさ。氷織が『彼氏のフリをしていい』って言っていたから、遠慮なくそうさせてもらった」
「ナンパを撃退するなら、彼氏と来ているって分かってもらうのが一番だものね。あの男達、特に金髪はしつこかったから本当に助かったわ。ありがとう」
そうお礼を言うと、火村さんはいつもの明るい笑顔を見せてくれる。そんな火村さんを見ると、ちゃんと助けられて良かったよ。
「ナンパしてきた男達が見ていたり、仲間がいたりするかもしれないから、レジャーシートまでは腕を組んだままの方が良さそうかな」
「カップルらしい感じがするものね。戻るまでは腕を組んでおきましょう。……明斗」
名前を言うときだけ、急に甘い声になる火村さん。今までで一番と言っていいほどに火村さんが可愛く思える。
俺と火村さんは腕を組んだ状態でレジャーシートに向かって歩き出す。
「実はあの男達よりも前に、お手洗いを出たところで女性3人にもナンパされたわ。そのときにも連れがいるって断ったわ」
「そうだったのか」
火村さん……女性としては背がやや高めで、凜々しい雰囲気も持っているからな。女性からもナンパされるのも納得かな。1学期のとき、学校で女子から告白されたところを見たことがあるし。
「女性達の方はあっさり引いてくれたから、あの男達にも同じ断り文句で……って思っていたらしつこくて。本当に助かったわ」
「いえいえ。ナンパを撃退できて良かったよ」
「……プールデート中にナンパから助けもらったことを氷織が凄く嬉しそうに話していた理由が分かったわ。氷織が言っていたように、本当に頼りになってかっこよかった」
そう言うと、火村さんは俺のことを上目遣いで見てくる。俺と目が合うと、火村さんはニッコリと笑いかけてきて。いつも氷織に見せているような笑顔を俺に向けてくれている。俺が助けに来たことが、火村さんにとって相当嬉しかったのだと窺える。
火村さんとはそのまま腕を組んだ状態で、氷織達が待っているレジャーシートに戻った。
「ただいま」
「ただいま! 紙透のおかげで無事に帰ってこられたわ!」
『おかえり~』
カップルのフリは終わり、火村さんは俺の腕を離して、レジャーシートの中に入った。火村さんに続いて俺も入り、氷織の隣に腰を下ろした。
「明斗さん、お疲れ様でした」
「ここから見ていたけど、アキが行ったらすぐにナンパを撃退できたな!」
「みんなで『おおっ』ってなったよね」
「なりましたね」
そんなに盛り上がっていたのか。
「腕を組んでいたってことは、2人はカップルのフリをしたってことッスか?」
「ああ。氷織に許可をもらったからな」
「恭子って呼んでくれたから、すぐに彼氏のフリをして助けに来てくれたんだって分かったわ。だから、あたしもすぐに明斗って呼んで彼女のフリをして。そうしたら、あの男達もすぐに立ち去ってくれたわ。……氷織の彼氏はとてもかっこいいわね」
火村さんはいつもの明るい笑顔で氷織にそう言う。
「ええ! 明斗さんはとてもかっこよくて素敵ですよ!」
火村さんに負けないくらいの明るい笑顔で、氷織は元気良くそう言ってくれた。それがとても嬉しくて、俺は氷織の頭を優しく撫でる。
氷織は「ふふっ」と笑い、俺の右腕をぎゅっと抱きしめてくる。ただ、その力は結構強くて。……もしかしたら、火村さんの彼氏のフリをしていいとは言ったけど、火村さんに腕を抱きしめられた俺を見て嫉妬しているのかもしれない。
火村さんに腕を抱きしめられるのも良かったけど、やっぱり氷織が一番いいな。