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第12話『氷織と帰宅』

 午後3時。

 シフト通りに今日のバイトが終わった。更衣室で私服に着替える前に、氷織にバイトが終わった旨のメッセージを送る。すると、すぐに『入口を出たところで待っている』と返信をもらった。

 私服に着替え、従業員用の出入口からお店の外に出る。

 正面の方へ行くと、ゾソールの入口の側で氷織が立っている。その姿も凄く綺麗で、近くを歩く人が氷織をチラッと見ている。遠くからじっと見ている人もいるなぁ。


「明斗さん」


 俺に気づいた氷織が、俺のすぐ目の前までやってくる。


「バイトお疲れ様でした」

「ありがとう。氷織が来てくれたから、今日のバイトはあっという間だったよ」

「そうでしたか。カウンター席から、お仕事をしている明斗さんを見ていましたが、素敵な笑顔で接客していましたね。バイト中ですし、学校にいるときよりも大人っぽく見えました。あと、アイスコーヒーを美味しくいただきました」

「嬉しい言葉だなぁ」


 今まで言われたバイト関連の褒め言葉では一番かもしれない。今日の分のバイト代は、氷織が来てくれたことと今の言葉で十分だ。


「これからもゾソールに来てくれると嬉しいな」

「もちろん来ます。沙綾さんや恭子さんとも一緒に来てみたいですね。……恭子さんといえば、昨日の夜にLIMEで放課後デートのときの話を訊かれましたね。大丈夫だったのかと」

「俺にも『氷織に変なことをしていないでしょうね』ってメッセージが来たよ。放課後デートの前に、氷織を変な店に連れて行くんじゃないぞって注意されたほどだし」

「なるほどです」


 ほんと、火村さんは氷織のことが大好きで大切なんだな。今日のお家デートについても注意を促されたし。いつか、俺達のデートをこっそりと見張るようになるかもしれない。


「じゃあ、俺の家に行こうか。ここから歩いて5分くらいのところだよ」

「はい」


 氷織は俺の左手をそっと掴む。

 登下校や昨日の放課後デートで、手を繋ぐことには少しずつ慣れてきた。でも、私服姿の氷織に手を握られるのは初めてだからドキッとした。

 氷織と一緒に、自宅に向かって歩き始める。


「そういえば、明斗さんの私服姿を見るのはこれが初めてですね。Vネックシャツがよく似合っています」

「ありがとう。こういうシャツとかワイシャツを着ることが多いよ。氷織はワンピースを着ることって多いの?」

「お出かけのときに着ることが多いですね。家にずっといる日や、外出しても笠ヶ谷の東友に行くくらいであれば、ラフな格好をしていることが多いです」

「そうなんだ」


 是非、ラフな格好をした氷織を見てみたいものだ。きっと、どんな格好でも氷織は可愛くて綺麗なのだろう。


「ところで、ゾソールまではどうやって来た? 電車? それともバス?」

「いいえ、徒歩で来ました」

「おぉ、徒歩で」


 意外だ。氷織がゾソールに来たとき、疲れていたり、暑がっていたりしていたようには見えなかったから。


「以前お話ししましたが、私の家は笠ヶ谷駅から少し萩窪寄りにありますからね。それに、どのくらい歩けば萩窪駅周辺まで来られるのか興味がありまして」

「なるほどね。どのくらいで来られた?」

「何度かスマホで位置を確認したので、20分くらいかかりました。普通に歩けば15分ほどかと」

「15分か。それなら、歩いて来られる範囲かな」

「ええ。涼しい風も吹いていて、気持ち良く歩けました。景色も新鮮でしたし。今後、萩窪の方へ遊びに行くときは徒歩で来ようと思います。いい運動になりますし。交通費もかかりませんから」

「交通費は大きいな」


 俺も氷織の言ったような理由で、登下校のとき、雨や雪が降っていても基本的には徒歩で行く。電車やバスを使うのは大雨や大雪になったときくらいだ。1年生の間に電車やバスを使って登下校したのは10日もないと思う。まあ、両親にお願いすれば、悪天候時の交通費を出してくれそうだけど。

 普段来ない場所だからだろうか。氷織は周りの景色をよく見ている。


「ゾソールに来たときにも思いましたが、萩窪駅の周辺もいい雰囲気ですね。東友など笠ヶ谷にもあるチェーンのお店がいくつもあるので、馴染みやすい気がします」

「そっか。確かに、地元にもあるお店があると馴染みやすさとか、安心感があるよね」

「ええ。あと、東都メトロの駅の入り口もあって、都会な感じがしました」

「萩窪は円ノ内(えんのうち)線の始発駅だからね」


 東都メトロは地下鉄の運営会社のこと。東京23区を中心に地下を走るから、メトロの駅の入口を見て、都会のように感じたのかな。

 ちなみに、笠ヶ谷地区にも『南笠ヶ谷』という東都メトロの駅がある。うちの高校に通う生徒の中には、この駅を利用する生徒もいる。ただ、笠ヶ谷駅から南側に10分以上歩いた場所にある。だから、北側に住む氷織は普段メトロの駅を見ないのかも。

 ゾソールから少し歩いて、閑静な住宅街に入る。


「萩窪の北側も、少し歩くと住宅街に入るのですね」

「そうだね。駅の周りは賑やかだけど、ちょっと歩いて住宅街に入ると落ち着いた雰囲気になるよ。氷織の自宅の周辺もこういう感じ?」

「そうですね。雰囲気が似ています。ただ、近所に公園がありますので、平日の夕方や今日のような休日に窓を開けると、子供達の元気な声が聞こえるときがありますね」

「そうなんだ。今の話を聞くと、氷織の家の近所を歩きたくなるな」

「では、週末の5連休中に家に来ますか?」

「い、いいのか?」

「もちろんですよ。今日は明斗さんの家に行きますから、私の家にも明斗さんが来てほしいと思っていまして。家族が明斗さんに会いたがっていましたし」


 お試しで付き合うことを報告した際、俺の写真を見せて氷織のお母様はワクワクして、妹さんは興奮していたって言っていたもんな。


「じゃあ、5連休中に氷織の家にお邪魔するよ。氷織のご家族に挨拶しておきたいし。あと、実は俺も氷織がどんな本を読んでいるか気になってる」

「そうですか。今のところ、5連休中は……4日だけが用事が入っています。親戚の法事に行くんです」

「そうなんだ。俺は……2日と4日は日中バイトだ。じゃあ、1日に行ってもいいかな」

「はい。いいですよ。では、1日は私の家でお家デートですね」


 明後日は氷織の家に行けるのか。今年のゴールデンウィークは今までで一番楽しい時間になりそうだ。氷織も楽しいと思えるような時間を過ごせたら嬉しいな。あと、お家デートっていい響き。

 氷織と色々と話していたからか、あっという間に自宅の前まで到着した。


「ここが俺の家だよ」


 俺がそう言うと、氷織は目を大きく開いて俺の家をじっと見る。


「素敵な雰囲気のお宅ですね」

「ありがとう。じゃあ、家に入ろう」

「はい。ちなみに、今はご家族は家にいらっしゃいますか? ご挨拶したくて」

「両親も姉貴も家にいるよ。バイトが終わったら氷織と一緒に帰ってくるって話したら、みんな楽しみにしているよ」

「そうですか。今の話を聞いて、緊張が少し解けました」


 ふぅ……と氷織は息を長めに吐く。氷織、俺の家族に挨拶することに緊張していたのか。そういうことには緊張しないタイプだと思っていたので意外だ。


「じゃあ、行くか」

「はい」


 今一度、氷織は俺の左手をぎゅっと握った。

 俺は氷織と一緒に自宅の中に入る。


「ただいま。氷織を連れてきたよ」

「お邪魔します」


 俺達がそう言うと、すぐに両親と姉貴がリビングから姿を現した。この早さからして、俺達が帰ってくるのを待ち構えていただろうな。氷織が来ることは話しているし、俺が3時にバイトが終わることもリビングのカレンダーに書いてあるから。

 両親と姉貴は俺達の目の前までやってくる。みんな笑顔で姉貴は「凄い美人……」と声を漏らしている。


「みんな。前にも話したし、写真も見せたから分かると思うけど、こちらの女子がお試しで付き合っている青山氷織さん。クラスメイトでもあるんだ。それで、氷織。この3人が俺の両親と姉だよ」

「はい。初めまして。青山氷織といいます。月曜日に明斗さんに告白されたのをきっかけに、お試しで付き合っています」


 氷織は深めに頭を下げる。さっき、緊張が少し解けたと言っていたけど、元々緊張なんてなかったと思えるほどにしっかりとした挨拶だ。

 氷織が顔を上げると、家族は優しい笑顔に。


「明斗の父の英輝(ひでき)といいます。明斗がお世話になっています」

「母の美佳(みか)です。素敵な子ね」

「姉の明実(あけみ)です。多摩中央大学経済学部の3年生です。ちなみに、氷織ちゃんと明斗のいる笠ヶ谷高校文系クラスの卒業生だよ。氷織ちゃん、美人で可愛いなぁ。よろしくね!」

「みなさん、よろしくお願いします」


 氷織は再び深めに頭を下げた。

 母さんは俺と氷織が繋いでいる手に視線を向け、「ふふっ」と笑う。


「明斗と氷織ちゃん、手を繋いでいていいわね。今の2人を見ていると、お父さんと付き合い始めた頃を思い出すわ」

「そうだね。もう30年以上前のことになるか。青山さん。親から見ても明斗は優しく、しっかりとしている人間です」

「明斗さんの優しさには、これまでに何度も触れています。今日、バイトしている様子も見ました。とてもしっかり働いていました。バイト中はもちろん、普段の笑顔も素敵だと思います」


 落ち着いた口調で言う氷織。氷織がそう言ってくれるのはとても嬉しいけど、言う相手が家族だから気恥ずかしい。そんな俺の気持ちを察したのか、姉貴は俺を見てニヤニヤしている。


「そうですか。今はお試しとのことですが、明斗のことをよろしくお願いします」

「よろしくね、氷織ちゃん」

「氷織ちゃんも明斗も納得できるような未来を選択できるといいね。明斗はいい弟だよ。姉として保証する。もちろん、何かあったら遠慮なく私に言ってね。私から明斗に叱ったり、おしおきしたりするから」


 氷織に向かってウインクすると、姉貴は氷織の左手をぎゅっと掴んだ。

 姉貴からのおしおきか。どんなおしおきなのか不安だ。姉貴は小学生時代、友達をいじめていた男子達をボコボコにしたことがあるから。ちょっと寒気がする。


「ありがとうございます。明斗さんとお試しの恋人として一緒に過ごす中で、これからの私達の関係を考えていきたいと思います」

「……じゃあ、そろそろ俺の部屋に行こうか」

「はい。お邪魔します」


 俺の家族と氷織の挨拶は終始和やかな雰囲気で終わった。明後日、氷織のご家族に挨拶するときも、今のような感じになるといいな。

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