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第4話『海にやってきた。』

 7月25日、日曜日。

 いよいよ、みんなで海水浴に行く日がやってきた。

 今日は朝からよく晴れている。たまに雲が広がる時間帯はあるものの、雨が降る心配は全くないという。最高気温は34度まで上がる予定であり、まさに海水浴日和だ。

 今回遊びに行く海水浴場は、去年の夏に和男をはじめとした男友達6人で行った神奈川県の湘南地域にある海水浴場だ。和男は清水さんともデートで行ったそうだ。海開きや夏休みの時期にはテレビやネットでも紹介されるので、氷織、火村さん、葉月さんも行ったことはないけど知っているとのこと。

 俺達が住んでいる荻窪や笠ヶ谷、高野から、海水浴場のある最寄り駅までは電車を乗り継いで1時間半くらいのところだ。

 自転車通学の俺にとっては長い道のりだ。だけど、去年も行ったことがあるし、今年は恋人の氷織とも一緒。氷織達と喋っていたら、最寄り駅まであっという間だった。日曜で電車も混んでいないから疲れも感じなかった。


「1時間以上乗っていたので、何だか日帰り旅行に来た気分ですね」

「そうだな。ただ、今日は一日中遊ぶし、日帰り旅行って言ってもいいんじゃないか? これから行く海水浴場は有名スポットだし」

「それは言えてますねっ」


 氷織は楽しそうな笑顔で言う。この様子だと、氷織も特に疲れはなさそうだ。電車の中でも、俺中心に楽しくお喋りしていたし。

 去年も行ったことがある俺、和男、清水さんが先導して、海水浴場に向かって歩いていく。まあ、海水浴場に行く人が周りにちらほらいるので、俺達の先導は必要ないかもしれないけど。

 最寄り駅から歩いて5分ほど。


「うわあっ、海です! 青くて綺麗ですね!」

「とても綺麗よね、氷織! 向こうには富士山も見えるし絶景だわ!」

「さすがはテレビやネットで紹介されるだけのことはあるッスね! 人もいっぱいッス!」

「この風景懐かしい!」


 海水浴場の近くに到着し、目の前には青い海と白い砂浜が広がっている。また、西側を見ると富士山も見えて。そんな絶景を目の前にして、女性陣は歓喜の声を上げた。特に初めて来た氷織、火村さん、葉月さんは目を輝かせていて。みんな可愛いな。

 あと、今日の氷織はノースリーブの白いワンピースを着ている。ここにいる誰よりも美しくて可愛い。

 今日は日曜日だからか、午前10時過ぎだけど海水浴場には多くの人がいる。その賑わいは、側の歩道に立っていても十分に伝わってくる。


「ここに来るのも1年ぶりか。綺麗な海と砂浜もそうだけど、人がいっぱいいるのも懐かしいな、和男」

「そうだな! 去年、アキ達と遊びに行ったのも日曜日だったもんな」

「そうだったな」

「そういえば、去年はここに来て海が見えたときには『海だ!』って叫んだな」

「やったなぁ」


 近くにいた海水浴客中心に、多くの人がこちらを向いてきたことを覚えている。男数人で叫んで、その声が結構響いたからかな。


「今年も海だって叫ぶか?」

「いいね、和男君!」

「創作では、海に遊びに来たときの定番のセリフの一つッスね」

「夏のエピソードの定番シーンですね」

「確かに。小さいときにはしゃいで叫んだけど、大きくなってからみんなで一緒に叫んだ経験はないわね」

「俺も去年が初体験だったな」


 氷織達の言う通り、創作では夏エピソードの定番シーンの一つだけど、現実で「海だー!」って叫ぶ人達は全然見たことがない。さっきの氷織達のように「綺麗な海!」とか「絶景!」って言っている人がいたくらいで。


「せっかく海に来たんだし、みんなで叫ぼうぜ!」


 いつもの明るい笑顔でそう言う和男。そんな和男に清水さんをはじめとした女性陣はみな賛同の返事をする。

 1年ぶりの海だし、1時間半近くかけてここまで来た。個人的には恋人の氷織との初めての海だ。周りの人がどんな反応をするか不安な気持ちもあるけど、叫びたい気持ちの方が勝る。そうだな、と俺も和男に首肯した。

 全員が賛同したからか、和男はニッコリ。


「よし! じゃあ海に向かって叫ぼう! せーの!」

『海だー!』


 和男の号令で、俺達6人は海に向かって大声で叫んだ。その声は海水浴場に響き渡る。

 去年と同じく、俺達の近くにいた人達を中心に、多くの海水浴客がこちらを向いてくる。その中には「ふふっ」「あははっ」と明るく笑ってくる人達もいて。まあ、学生6人が周りを気にせずに大声で叫んでいるんだもんな。ああいう反応をする人もいるだろう。


「いやぁ、叫ぶと気持ちいいな!」

「そうだね、和男君!」

「漫画の1ページを再現したって感じッス!」

「そうですね、沙綾さん。明斗さん達と叫べて満足です」

「それは良かったよ、氷織」


 氷織は漫画やアニメなどのシーンを再現したがることがあるからな。もしかしたら、海に行くと決まってから、『海だ!』って叫びたかったのかもしれない。


「みんなで一緒に叫ぶのっていいわね。周りの人達に笑われてちょっと恥ずかしいけど。それも含めて青春って感じだわ」


 火村さんははにかみながらそう言った。氷織や葉月さん中心に「そうだね」と言う。

 数秒のことだけど、みんな一緒に何かするのは確かに青春な気がする。ちょっとした若気の至りな行動も……また。きっと、いつかはこの出来事も高校時代の笑える思い出になるのだろう。

 その後、俺達は海水浴場に設けられている更衣室に行き、水着に着替えることに。氷織達とは更衣室の前で待ち合わせると約束した。

 俺は和男と一緒に男性用の更衣室の中に入り、水着へと着替えていく。


「よーし、今年も海で思いっきり遊ぶぜ! 今日を楽しみに、昨日までの部活を頑張ったからな!」

「ははっ、そっか。俺も今日の海水浴を励みにバイトとか課題とかを頑張ったよ」

「そうか! 楽しみなことがあると頑張れるよな!」

「そうだな」


 夏休みに入ってから、バイトのシフトも長めに入れているけど、今日の海水浴があったから疲れを余り感じずに頑張れた。課題の方は氷織と一緒にやるから、そのこと自体も楽しくて結構片付けることができたし。楽しみなイベントがあることのパワーは凄い。

 水着に着替え終わって、俺達は更衣室から出る。

 さすがに……氷織達はまだいないか。さっき約束した通り、更衣室の前で待ち合わせをすることに。

 海パン一丁になったけど、普通に服を着ていたときよりも暑く感じる。日差しが直接肌に当たっているからだろうか。たまに、海の方から柔らかな潮風が吹いているのが幸いだ。


「美羽の水着姿楽しみだぜ! 今日のために水着を新調したって言ってたからよ!」

「そうなのか。氷織はプールデートのときと同じ水着だけど、その水着姿が凄く好きだから、また生で見られるのが楽しみだよ」

「そうか! 恋人の水着姿は楽しみだよな!」

「ああ」


 氷織の水着姿はもちろんだけど、清水さんも火村さんも葉月さんも一緒に海に来るのは初めてだから水着姿が楽しみかな。

 ちなみに、俺もプールデートのときにも穿いた青い海パン。和男も……俺の記憶が正しければ、去年も穿いていた緑色の海パンである。


「海パンを穿くとより海水浴に来たって感じがするな」

「そうだな! それに、この海パンは去年も穿いているから、去年、アキ達と一緒に遊びに来たり、美羽とデートしたりしたことを思い出すぜ!」

「そうか。あと、やっぱりその海パンは去年も穿いていたやつか」

「おう! 色もデザインも気に入っているからな。ちゃんと穿けたし」

「穿けて良かったな」

「おう!」


 元気よく言うと、和男はニッコリ笑ってサムズアップ。

 去年の海水浴は男友達だけだったけど、結構楽しかった。今年はどんな海水浴になるだろうか。氷織もいるし、去年以上に楽しい時間になるのは間違いないだろう。

 和男と去年の海水浴のことで談笑しながら、氷織達を待つ。そうしていると、


「うわあっ、イケメン!」

「こっちの黒髪の彼は筋肉凄いよ!」


 気付けば、俺達の目の前には水着姿の女性が3人立っていた。パッと見た感じ、大学生か20代の社会人だろうか。彼女達は興味津々な様子で俺達のことを見ている。また、彼女達以外にもこちらを見る女性が何人もいて。

 これはもしや……逆ナンというやつだろうか。ゴールデンウィークに氷織との萩窪デートでの待ち合わせのときに、俺に逆ナンしてきたセクシーお姉さんの視線や表情に似ている。


「君達、雰囲気からして高校生かな?」

「そうっす! 東京から電車で来たっす!」


 和男が元気よく正直に答える。正直に言って良かったのだろうか。

 俺達が高校生男子だと分かったからか、3人の女性達は「そうなんだぁ!」と盛り上がっている。


「君達高校生なんだぁ。あたし達は大学生なの」

「あたし達、横浜から来たの」

「大学にいい男がいなくてね。……ねえ、色々と買ってあげるから、お姉さん達と一緒に海で遊ばない?」


 やっぱり逆ナンなのであった。もちろんお断りだ。

 3人の女性達は上目遣いで俺達のことを見てくる。心なしか少しずつ俺達に近づいてきているような。

 和男の方をチラッと見ると、和男とすぐに目が合った。和男は口角を上げると俺に小さく頷いてくる。


「ごめんなさい。誘ってくれるのは嬉しいんですけど」

『俺達、彼女と一緒に来ているんで』


 和男と声を合わせて、女性達にお断りの言葉を言った。嘘ではなく本当の言葉なので、結構気持ちいい。


「今は彼女や女友達の着替えを待っているんです。なので……ごめんなさい」


 1年以上続けている接客のバイトで身に付けた笑顔で、俺は言葉を付け加えた。


「そうだったんだ。どっちも彼女いるかぁ」

「茶髪のイケメン君に、大柄マッチョだもんね」

「いない方が珍しいか。……じゃあ、恋人やお友達の女の子達と楽しんでね」


 少々がっかりした様子でそう言うと、3人の女性達は俺達の元から立ち去っていった。さすがに、恋人と一緒に来ていると言ったら、すぐに諦めてくれたか。しつこく誘われなくて良かった。


「さすがはイケメンのアキだな!」

「和男の筋肉の凄さがナンパしてきた理由だと思うけどな」

「まあ、確かにお褒めの言葉はあったな。それにしても、彼女と来ているって言葉を言うのは気持ち良かったな!」

「俺も感じた。水着姿の氷織は目の前にいないけど……恋人と海に来るのっていいなって思った」

「そうだな!」


 あははっ! と高らかに笑いながら、和男は俺の背中をバシバシと叩いてくる。ダイレクトに和男の手が当たってくるのでなかなかの痛みだ。

 それにしても……ナンパか。氷織達もナンパされそうな気がする。みんな美人だったり可愛かったりするし。氷織はプールデートのときにナンパされた経験があるから。そんな場面に出くわしたら助けないと。


「明斗さん、倉木さん、お待たせしました」


 氷織達のことを考えていたからだろうか。背後から氷織の声が聞こえてきた。

 ゆっくりと更衣室の方に振り返ると、目の前には水着姿になった氷織達が立っていた。

 氷織はプールデートのときと同じ黒いビキニ姿。今日で二度目だけど、本当によく似合っている。プールデートのときと変わらずスタイルが良くて。ただ、あのときに比べて色気が増しているように見える。

 火村さんはホルターネックの白いビキニ。氷織よりも少し背が高く、スタイルの良さは分かっていたけど、水着姿になってそれを再確認できた感じだ。よく似合っている。俺と目が合うと、火村さんはほんのり頬を赤くして視線を逸らす。

 葉月さんはパレオ付きの水色のビキニだ。爽やかでありつつ、パレオ付きなのもあって普段よりも大人な雰囲気が醸し出されている。あと、氷織や火村さんほどではないけど、葉月さんもなかなか胸がある。

 清水さんはワンピース型の桃色のビキニか。和男っていう恋人がいるから、あまりじっと見てはいけない気もするけど……可愛さが詰まっている。


「みんなよく似合ってるな! そして、美羽は最高だぞ! 可愛いぜ!」

「ありがとう、和男君! 和男君の水着姿も最高だよ!」

「おう!」


 和男に水着姿を褒められ、頭を撫でられて幸せそうな笑みを浮かべる清水さん。さっそく2人の世界が出来上がった気がする。


「本当にみんな似合ってるな。氷織のその黒いビキニ姿をまた見られて幸せだよ」

「ありがとうございます。私も明斗さんのその青い水着姿をまた見られて幸せです」

「ありがとう」


 和男に倣って俺も氷織の頭を撫でる。その瞬間、氷織は柔らかな笑みを浮かべて「えへへっ」と可愛らしい笑い声を漏らした。


「清水さんは和男の言う通り可愛いね。火村さんと葉月さんもよく似合ってる。水着姿を見るのが初めてだから、普段よりも大人っぽくて素敵だよ」

「ありがとう、紙透君!」

「親友の彼氏から褒められて嬉しいッスね。写真以上にいい感じッスよ、紙透君」

「あ、ありがとう、紙透。あなたにも素敵だって言われて嬉しいわ。沙綾の言う通り、紙透も写真で見るよりいい感じね」


 清水さんは嬉しそうに、葉月さんはいつも通りに、火村さんは照れくさそうにそう言ってくれた。三者三様の反応でどれも可愛らしい。


「うわっ、すっげ……」

「レベル高いな、あのグループの女子達……」


 レベルの高い女子4人が更衣室から姿を現したからか、男性中心にこちらに視線を向ける人が増えていく。中には氷織達の水着姿の感想を口にする人もいて。

 持参したビーチパラソルを広げたり、レジャーシートを敷いたりするのに良さそうな場所を探すため、和男と清水さんを先頭に海水浴場を歩き出す。その際、俺は氷織と手を繋いで。


「……あのさ、氷織。みんなの前だから、さっきは言わなかったんだけど……プールデートのときよりも色気が増した気がするよ」


 氷織にしか聞こえないような声の大きさで、俺は氷織に水着姿の感想の続きを言った。

 ふふっ、と氷織は上品に笑うと、俺にゆっくりと顔を近づけて、


「ありがとうございます。きっと、そうなったのは……明斗さんが私のことをたくさん求めてくれて、たくさん気持ち良くしてくれたからですよ。プールデートのときよりも胸がちょっと大きくなりましたし。明斗さんも、あのときよりも色気が増した感じがします。素敵ですよ」


 優しくも甘さを感じられるような声で、俺に耳打ちしてきた。氷織の声がいいし、生温かい吐息が耳に掛かるし、言っている内容が内容なだけに凄くドキドキする。

 確かに、プールデートから一週間後の俺の誕生日の夜に、氷織と初めて肌を重ねた。それからも氷織とは何度も肌を重ねて。そのことで、胸を中心に氷織の体に変化をもたらしたのかもしれない。

 頬にキスして、俺から顔を離した氷織の顔は、ほんのりと赤みを帯びつつも優しい笑みが浮かんでいて。そんな氷織を見るとさらにドキッとして。早くビーチパラソルを立てて日陰に入らないと、熱中症で倒れてしまいそうだ。そう思うほどに全身が熱くなった。

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