第2話『恋人と一緒にやる夏休みの課題』
リビングにいる母親の陽子さんに挨拶して、2階にある氷織の部屋へ行く。
部屋に入ると涼しい空気に身を包まれる。エアコンがかかっているからだろう。氷織の甘い匂いがほのかに香ってきて、物凄く癒やされる。これがマイナスイオン効果ってやつだろうか。いや、違うかな。
「アイスコーヒーを淹れてくるので、明斗さんは適当にくつろいでいてください」
「分かった」
氷織は部屋を後にした。
お家デートのときは、ベッドの近くにあるクッションに座ってゆっくりすることが多い。だから、今回もそうすることに。
ベッドの側にあるクッションに腰を下ろして、ベッドに寄り掛かる体勢に。クッションもベッドも柔らかくて気持ちいいな。ベッドからは氷織の甘い残り香がして心地いいし。あまりにも気持ちいいから眠気が襲ってきた。
ウトウトしていると、
「お待たせしました」
マグカップ2つを乗せたトレーを持った氷織が戻ってきた。氷織はローテーブルにマグカップを置くと、勉強机にトレーを置いた。
「ふふっ。明斗さん……眠たそうにしていましたね」
「涼しいし、クッションとベッドの感触が気持ち良すぎてさ」
「そうでしたか。ウトウトする明斗さん可愛いです。そんな明斗さんにはアイスコーヒーがもってこいですね」
「そうだな。いただきます」
俺は自分の前に置かれたアイスコーヒーを一口飲む。
アイスコーヒーは結構冷たくて、俺好みのしっかりとした苦味で。そのおかげで眠気が一気に吹き飛んだ。
「今日のアイスコーヒーも美味しいな。シャキッとしたよ」
「良かったです。……さてと。まずは何をしましょうか? 夏休みの課題をしますか? それとも、アニメを観ますか? 昨日の深夜に放送されたラブコメアニメを録画しましたから」
氷織の言うラブコメアニメというのは、この7月から始まったアニメで、毎週火曜日の深夜に放送されている作品だ。俺も氷織も大好きだ。
「そうだな……まずは数学の課題をある程度やるか。それで、休憩がてらに録画してくれたアニメを観よう。そうした方がより楽しめそうな気がする」
「ご褒美的な感覚でいいかもしれませんね。数Ⅱと数Bどちらの課題からしましょうか?」
「……数Bの方をやろうか。そっちの方が量が少なくて早く終わりそうだから」
「分かりました。では、数Bの課題からやりましょう」
「よし、やろう。頑張ろう」
「頑張りましょう!」
俺は持参したトートバッグから、筆記用具と数学Bの課題、ノートを取り出した。
氷織は課題と筆記用具、ノート、教科書を持ってローテーブルまでやってきて、俺の隣にあるクッションに腰を下ろした。横から見る氷織の姿も凄く綺麗で。ノースリーブのブラウスを着ているから、氷織の綺麗な腋が時折チラリと見えることにグッときて。
俺は氷織と一緒に数学Bの課題を始める。
数学Bの課題は終業式の日に配布されたプリントだ。
プリントは1学期に習った内容の総復習だ。なので、大抵の問題は簡単でスイスイと解ける。
だけど、たまに難しい問題もある。中には考えても分からない問題もあって。その際は氷織に質問する。
「氷織。この問題が分からないんだけど、教えてもらってもいいかな?」
「いいですよ!」
俺が質問すると、氷織は凄く嬉しそうにしてくれて。氷織の教え方は分かりやすくて、すんなりと理解できる。早くも、氷織と一緒に夏休みの課題をやって正解だと実感した。
また、半分ほど終わったところで、休憩がてらに昨晩放送されたラブコメアニメの最新話を観る。最新話もかなり面白くて、休憩には十分だった。
「……よし、これで最後の問題も終わり。俺も数B終わった!」
「お疲れ様でした!」
氷織が何度か教えてくれたおかげもあって、数学Bの夏休みの課題が無事に終わった。終わった瞬間に、氷織は笑顔で労いの言葉と拍手を送ってくれた。
「ありがとう。氷織のおかげで、初日に数Bの課題を終わらせられたよ」
「いえいえ。明斗さんの頑張りがあってのことですよ」
「……氷織に言われるとそんな感じがするよ。ただ、教えてくれてありがとう。あと、氷織も課題お疲れ様」
氷織に労いの言葉を掛けて、俺は氷織にキスして、氷織の頭を優しく撫でる。
氷織は俺がプリントの最後の1ページを取り組み始めたときに課題を終えた。最後のページは結構難しめの問題ばかりだったのに。俺が終わらせるまでの間に、数学Ⅱの課題をそれなりに進めていた。さすがは氷織である。
俺に撫でられるのが気持ちいいのか、氷織は柔らかい笑みを浮かべている。
「数Bの課題も終わらせられましたし、明斗さんにキスしてもらえて、頭を撫でてもらえて幸せです。これからも、明斗さんと一緒に夏休みの課題をしたいです」
「喜んで。氷織と一緒だと楽しくて、心強いし」
「今日みたいに分からないところは教えますね!」
「ああ。そのときは頼むよ」
電話やメッセージでもいいけど、こうして対面で教えてもらうのが一番理解しやすいし。これからも氷織と一緒に夏休みの課題をしていこう。
アイスコーヒーを飲もうとマグカップに手を伸ばしたら、既にコーヒーがなくなっていた。氷織のマグカップの方もなくなっていたので、今度はアイスティーを作ってくれることに。
部屋の時計を見ると……今は午後4時半過ぎか。何度か氷織に教わっていたし、途中、アニメを観て30分ほど休憩も挟んだ。それを考えれば妥当な時刻かな。
初日にさっそく1科目の課題が終わったから、結構な達成感がある。課題を自分一人ではなく、氷織と一緒に終わらせられたのが嬉しい。
それからすぐに、氷織は部屋に戻ってきた。俺の前と自分の座っているクッションの前にアイスティーの入ったマグカップを置く。……美味しそうだ。
「いただきます」
氷織がクッションに座ってすぐに、俺はアイスティーを一口飲む。
「……おっ、ほんのり甘い」
「課題をした後ですからね。甘味があった方がいいかなと思いまして」
「そうか。ほんのり甘くて美味しいよ。ありがとう」
「いえいえ」
いつも通りの優しい笑みでそう言う氷織。氷織もアイスティーを一口飲むと「美味しい」と呟き、口角をさらに上げる。そんな氷織がとても可愛らしかった。
俺ももう一口アイスティーを飲むと……さっきよりも甘味が強く感じられる。
「明斗さんって夏休みの課題は早い時期から取り組むタイプですか? 課題をしましょうかって訊いたとき、すぐに『うん』って答えましたから」
「早い時期から取り組むタイプだな。うちは7月の終わり頃から8月の初め頃に家族旅行に行くことが多くてさ。その旅行までにある程度終わらせてた」
早く終わらせたら、残りの夏休みは自由にできるからな。
「そうだったんですね。楽しみなイベントがあると、そこに向けて頑張れますよね」
「モチベーションになってたな。絵日記とか花の観察日記みたいに毎日やらないといけないもの以外は、お盆の時期までには終わらせていたよ。終盤に焦るってことはなかったな。焦る友達に課題を教えることはあったけど」
去年の夏休みは部活動が多かった和男と清水さんに、終盤になって課題を教えることがあったな。今年もそういう展開になるのかな。2人は高校で出会った友人だし、もし『助けて!』と言われたら力を貸そう。
「ふふっ、そうだったんですか。明斗さんらしいですね」
「氷織って課題はどうしていたんだ?」
「絵日記や観察日記のような毎日やる課題以外は、8月の上旬頃までには全て終わらせていましたね」
「そうなんだ。さすがは氷織」
「毎年やっていることですが、そう言われると嬉しいですね。私も夏休み終盤に友達や妹の七海の課題を手伝うことがありました」
「そうなんだな」
氷織は夏休みの課題を早く終わらせるタイプだし、勉強の教え方も凄く上手だ。そんな氷織が姉だったり、友達だったりすると、氷織に頼りたくなるのだろう。
あと、七海ちゃんは課題を終盤まで残すタイプなのかな。氷織っていう勉強の凄くできる姉がいるから「ギリギリになっても、お姉ちゃんに頼めば大丈夫!」と思っているのかもしれない。もしかしたら、今年は七海ちゃんの課題を手伝うことがあったりして。
「数日後だけど、海へ遊びに行くまでに少しでも課題を終わらせておきたいな」
「そうですね。明斗さんがバイトのない日は、またこうして一緒に課題をしましょう」
「ああ、そうしよう」
「約束ですよ」
と言って、氷織は「ちゅっ」と軽くキスしてきた。
課題をすることでも、氷織と一緒に過ごす予定ができるのは嬉しい。今日、ここまで3時間近く氷織と一緒にお家デートする中で、夏休み中も氷織と一緒にたくさん過ごしたいと改めて思ったから。