プロローグ『試験後に楽しみを』
特別編2
6月27日、日曜日。
依然として、東京は雨の季節が続いている。
ここ1週間以上は雨がシトシトと降り続いている。代わり映えのしない空模様だけど、日に日に蒸し暑くなってきていて。梅雨が明けたらどれだけ暑くなるのかと不安になってしまう。
外は蒸し暑いけど、俺・紙透明斗は、涼しい自室で火曜日から始まる期末試験に向けた勉強をしている。恋人の青山氷織、親友の倉木和男、友人の火村恭子さん、葉月沙綾さん、清水美羽さんと一緒に。中間試験のときと同じく、試験直前にはこの6人で勉強会を開くのが恒例となっている。
「アキ。数Bで分からないところがあるんだ。教えてくれるか?」
「いいぞ、和男」
「倉木君の後でいいので、古典を教えてもらってもいいッスか、紙透君」
「了解だ、葉月さん」
勉強会では理系科目中心に苦手な和男や、古典と日本史に苦手意識のある葉月さん中心に勉強を教えることが多い。試験が近くなってきたのもあってか、今日の勉強会ではいつもよりも積極的に質問してくる。個人的には誰かに教えるのもいい勉強になっている。
俺も数学や英語を中心に、氷織や葉月さんに分からないところを教えてもらうことが何回もある。ちなみに、氷織に質問すると、氷織は嬉しそうに教えてくれる。それがとても可愛くて。
氷織達のおかげで、期末試験に向けた勉強会も充実している。この調子なら、中間試験に続いて2年生の文系クラスの上位10名に入れそうかな。
「だから、この一文はこういう現代語訳になるんだ」
「なるほど、そういうことッスか。理解できたッス!」
「良かった」
「さすがは文系クラスッスね。これで、古典の試験範囲はひとまず終わりッス」
「お疲れ様」
労いの言葉を掛けると、葉月さんはニコッと笑って「どうもッス」と言った。
部屋の壁に掛かっている時計を見ると……勉強会を始めてから2時間近く経っている。お手洗いで部屋を出るときくらいしか休憩を挟んでいない。なので、ここら辺で一度休憩を挟んだ方がいいだろう。
「みんな、一度休憩しないか? 勉強を始めてから2時間くらい経つし。まだ一度も休憩らしい休憩を取っていないから、ちょっと長めに」
俺がそう言うと、氷織達はみんな賛成の返事をしてくれた。なので、少し長めの休憩を取ることに。
俺はアイスコーヒーを一口飲んで、ベッドに寄り掛かる。その直後に氷織が俺に寄り添ってきた。ベッドの柔らかさと氷織の温もりのおかげでかなり気持ちいい。勉強の疲れが取れていく。
氷織の方を見ると、至近距離で氷織と目が合う。その瞬間に氷織は優しい笑顔を見せてくれる。
「こうしていると気持ちいいですね。勉強の疲れが取れます」
「俺も同じこと思ってた。ベッドが柔らかいし、氷織は温かいし」
「私も同じ理由です。嬉しいです」
えへへっ、と氷織は声に出して笑う。物凄く可愛いな、俺の彼女。氷織の笑顔のおかげでさらに早く疲れが取れていく気がする。
「おっ、くっつくの良さそうだな! 俺達もやるか、美羽!」
「そうだね。でも、こっちにベッドはないから……仰向けになる?」
「そうだな!」
和男と清水さんはそう話すと、体を寄り添わせ、その場で仰向けの状態になる。
「おおっ、仰向けになると気持ちいいなぁ!」
「そうだね!」
あははっ、と和男と清水さんの楽しげな笑い声が聞こえてくる。2人が仰向けになっているので顔がはっきり見えないけど、きっと明るい笑顔を浮かべているんじゃないだろうか。
「ほんと、どっちのカップルも仲がいいわよねぇ」
「そうッスね、ヒム子。見ているとほっこりとした気分になるッス」
「なるなる」
火村さんと葉月さんはローテーブル越しに向かい合いながら笑う。そんな2人も結構仲がいいと思う。カップルじゃないけど。
「今度の期末が終わったら、みんなでどこか遊びに行きたいわね」
「いいッスね!」
「いいですね。では、来週末に笠ヶ谷で開催される七夕祭りに行くのはどうでしょう? 沙綾さんとは去年一緒に行きましたよね」
「行ったッスね! 文芸部の1年女子みんなで浴衣着て。楽しかったッスね」
「氷織の浴衣姿ですって? 見てみたいわ!」
興奮し、キラキラと輝かせた目で氷織を見る火村さん。火村さんは氷織のことが大好きだからなぁ。俺も氷織の浴衣姿は見てみたい。
それにしても……笠ヶ谷の七夕祭りか。行ったことはないけど、お祭りがあること自体は以前から知っている。あと、確か、
「七夕祭りって去年、和男と清水さんが行ったよな」
「ああ、行ったぜ」
「部活があったからその帰りにね。楽しかったよ」
そう言うと和男と清水さんは体を起こす。やっぱり、俺の記憶通りだったか。試験明けの学校で、2人から七夕祭りが楽しかったと話されたから。
「美羽さんと倉木さんも行ったことがあるんですね。明斗さんと恭子さんは行ったことってありますか?」
「俺は一度もないな」
「あたしも一度もないわ。どんなお祭りなの?」
「夏祭りのような感じです。笠ヶ谷高校近くにある公園の近くに、アーケード付きの商店街がありまして。商店街にたくさんの屋台が並ぶんです。アーケードには七夕らしい装飾がされて。あとは、短冊に願いごとを書いて笹に飾るコーナーもあるんですよ」
「そうなの! とても楽しそうね! 今の話を聞いたらより行ってみたくなったわ!」
「俺も行きたくなったな。氷織の浴衣姿も見たいし」
それに、夏祭りは好きな方だし。短冊に願いごとを書いて笹に飾れるコーナーがあるのも魅力的だ。七夕らしくていいと思う。
「そう言ってもらえて嬉しいです。沙綾さん達はどうですか?」
「あたしも行きたいッス!」
「俺も行きてえな!」
「あたしも!」
「では、決定ですね。お祭りは来週の土日にありますが……夜ですし、翌日が休みの土曜日の方がより楽しめそうですね」
「そうだな。バイトのシフトがどうだったか確認するよ」
「あたしも確認しよう。はっきり覚えてないし」
「あたしも確認するッス」
俺はローテーブルに置いてあるスマホを手に取る。
スマホのカレンダーアプリで来週の土曜日の予定を見ると――。
「土曜はバイトあるけど、5時までだから俺は行けるよ」
「あたしは土曜はフリーッス。日曜日は日中ずっとバイトッス」
「あたしは土曜日にバイトがあるけど、3時までだから大丈夫よ」
「良かったです。美羽さんと倉木さんはどうですか?」
「休日の練習は夕方までだから大丈夫だぜ。学校から近いしな。それに、屋台に行けば色々食べられるし」
「去年、和男君はたくさん食べていたもんね」
「ふふっ。では、来週の土曜日にこの6人で七夕祭りに行きましょう」
氷織がそう言うと、俺を含めたみんなが元気良く返事した。
来週の土曜日はみんなで七夕祭りか。氷織と一緒だからお祭りデートでもあるか。試験明けの楽しみがあると、期末試験もより頑張れそうだ。
「あのっ、明斗さんっ」
弾んだ声で俺のことを呼ぶ氷織。何だかさっきよりも楽しげな様子だけど……どうしたんだろう。
「何かな、氷織」
「七夕祭りの後、私の家でお泊まりしませんか? 土曜日ですし、試験明けですから」
上目遣いで俺を見つめながら氷織はそう言った。
お泊まりか。俺の家では一度あるけど、氷織の家では一度もお泊まりしたことはない。
俺の家でお泊まりした日は俺の誕生日だった。あの日は……凄く楽しかったな。氷織が俺の好きなハンバーグを作ってくれて、プレゼントを渡してくれて。夜には……この部屋で氷織と初めて体を重ねて。翌朝には一緒にお風呂に入ったっけ。あのときのことを思い出したから、気付けば頬が熱くなっていた。ちょっとドキドキもしてきて。氷織も同じなのか、頬がほんのりと赤くなっている。
「どう……ですか?」
「もちろんいいよ。じゃあ、七夕祭りの日は氷織の家でお世話になります」
「はいっ! 約束ですよ」
嬉しそうにそう言うと、氷織は俺にキスしてきた。氷織の唇は柔らかく、温もりが優しくて。試験勉強の疲れが取れていく。あと、お祭りとお泊まり当日には何度キスすることになるだろうか。
「いいなぁ、紙透。あたしも氷織の家でお泊まりしたい」
「あたしも氷織ちゃんの家に泊まってみたいな!」
「久しぶりにお泊まりしたいッスね」
「……久しぶりにってことは、沙綾はお泊まりしたことあるの?」
「去年の夏休みに泊まったッス。ひおりんの部屋で、ひおりんとななみんと一緒にアニメ観て楽しかったッスよ。3人でお風呂にも入ったッス」
「何それ超楽しそう!」
大きな声でそう言うと、火村さんは羨望の眼差しで葉月さんのことを見つめている。ちなみに、葉月さんが言った「ななみん」というのは、氷織の3歳下の妹の七海ちゃんのことだ。火村さんは七海ちゃんのことも気に入っている。だから、火村さんが羨ましがるのも当然か。
「では、夏休みまでに私の家でお泊まり女子会をしましょう」
「いいわね、氷織!」
「楽しそうッスね!」
「あたしも楽しみだよ!」
お泊まり女子会か。開催されたら、氷織達にとって高2の夏のいい思い出になるんじゃないだろうか。
それから少しの間、飲み物やお菓子をつまみながら談笑した後、俺達は試験勉強を再開する。
来週末の七夕祭り。俺は氷織の家でのお泊まり。女子は夏休みまでに開催されるお泊まり会。そんな楽しい予定ができたからだろうか。みんな、休憩する前よりも集中して試験勉強に取り組んでいた。