8話 決闘
「総員魔法を撃ちまくれ! 奴の魔道具にも限界はある!」
はい、四方八方から魔法を浴びてるジローです。総勢百名を越えるおっさん達から魔法をぶつけられてます。いや、うん、痛い。でもそれ以上に羨ましい。僕はどんなに頑張っても炎すら出せなかったのに。こいつら氷にカミナリまで。
「団長! 土ぼこりで対象が見えません!」
そりゃ、ドッカンドッカンやればそうなるよ。仮面をしてて良かった。
「風で吹き飛ばせ! 流石に魔道具も……なにぃ!?」
……まさかこの仮面で魔法を防いでるとか思ってる? そんな高性能な魔道具なんて作れないって。てかそんなの有るの?
「くそっ、撃て撃て!」
ああ、また魔法の雨なのね。そろそろ一分は越えたかな。あんなのに賭けた人なんているとは思えないけど。さて、どうしよう。何でもありならやっぱりあれかな。魔力も結構貯まってきたし。でもなー。コロシアムごと消すとあのチアガールさんも死んじゃうし。あの人達はお仕事だもんなぁ。
「はぁ、はぁ、やったか! 風を起こせ!」
「ぜぇぜぇ、だ、団長、無理です。みんな魔力切れです」
「くそっ、まあいい。どうせ死体が転がってるだろうからな。いや、欠片すら残って無いかもな。はーはっはっは!」
えーと、今の自分は名もなき悪魔、か。せめて名前は欲しいよね。そしてどうせ付くなら相棒の名前が良いよね。
「サモン! ベヒーモス!」
「なっ! まだ生きてるのか!? それにベヒーモスだと!? 馬鹿な、召喚魔法なんておとぎ話でしか……」
魔力が僕を中心に渦を巻き地面に幾何学的な模様を描いていく。魔力の流れは風を起こして土煙を飛ばしていく。そして土煙が晴れるとそこにはいつもの相棒の姿が。
そう、ちっこいカバみたいなベヒーモスが現れた。
「ぷしっ?」
この時、コロシアムの時間は確かに停止した。観客の誰もが動きを止めていた。魔力切れで座り込んでいた騎士たちも、一仕事終えたチアガールのおねーさんたちも。そして目の前のちんけな英雄さえも。僕の相棒を見て固まっていた。
「ごめんね、こんなとこに呼んで。早速だけど良いかな?」
「ぷひん!」
嬉しそうに鼻を鳴らす相棒に僕は乗る。ああ、やっぱりこの感じ。いつもの蹂躙劇の感じがするね。
「はっ、ははっ、はーはっはっは! それがベヒーモスだと? ただの子カバではないか! 召喚魔法には驚いたがそんなものしか喚べないものなど役に立たんわ!」
ん? この人、英雄なのにベヒーモスを見たことないのか。観客もなんか大爆笑してるし。まあいい。
「さて、ベヒさん、今回は……」
「ぶししし!」
「はい、お任せします。観客も半分くらいなら消し飛ばしても良いよ」
ベヒさんを怒らせたか。まぁ怒るよね。コロシアムが震えるほどの大爆笑とか……マジでムカつくわ。
「今度はこっちから行く。情けは掛けないから……死んで?」
「ははは! 何を言って……」
ベヒーモスってさ本来はすごく大きな生き物なんだよね。体を小さくしててもその質量は実は同じ。多分圧縮されてるんだろう。その質量をも浮かせる力、つまり反重力かな。これを応用すれば世界をひっくり返すこともできるんじゃね? 的な発想から相棒と編み出した素敵な必殺技。
その名も『ベヒーモスワールド』
相棒が力場の中心となり周囲の物体を圧壊するえげつねぇ技。相棒もそのあまりにもえげつない威力に自主封印をしたある意味、中二病的な回避不能、防御不能のまさに必殺技。でもモンギさんなら多分平気かな。あの人もう神でいいと思う。
この『ベヒーモスワールド』は周囲の全てを飲み込んで、ぐちゃぐちゃにしちゃうんだ。ううっ、目の前に赤い塊がー! それがたとえ固いものでもボロボロに……ぎゃー! グロい! グロいよー!
はぁはぁ。既にコロシアムの闘技場部分は全部粉砕したみたい。ここが丸いコロシアムで良かったね。半径百メートルくらいかな。
核となるベヒさんを中心にして巨大な円形の力場がコロシアムの地面を抉ってるからね。足元には窪んだ砂地が出来ていて……赤い池が出来そうだ。
範囲内を静かに崩壊させていくこの技は何せグロい。端から見たら空に浮かぶ僕らと赤い物体、そして土くれだったものがフワフワと浮かんでいるように見えるだろう。固いものは基本的に粉々になるから地面も砂になってるね。
「ぶしっ!」
「あっ、まだやるの? まぁ少しなら」
なんだか客席で混乱が起きてるみたいだけどまあいい。目の前に色々浮いているけど気にしない。重力の技だから全部丸見えなのが困りもんだよ。ベヒさんもゆっくり領域を広げてるみたいだからそんなに赤いものは増えないかな。
「ベヒさんそろそろ止めとく? 今なら頭の上に赤いの無いから」
一見すると無重力空間の中心にいるので上にも物が浮かぶのです。一度浴びて絶叫したこともあったなぁ。
「ぷひー」
「ん、お疲れさま。何とか時間に間に合ったね」
「ぷしし」
「うん、ありがとう」
鼻を鳴らしたベヒさんが勝利の舞を踊る。それに合わせるようにベヒさんの体が光を放ち、まるで幻のように消えていく。
「毎回思うけど……この帰り方、心臓に悪いよね」
召喚魔法は帰るまでが召喚魔法。
そしてベヒさんに乗っていた僕は地に落ちる。忘れてたよ。今の僕は飛ぶ力はない。つまり。
ジャボン!
「ぎゃー! 赤い海に落ちたー! ぎゃー! なんか浮いてるー!」
砂が吸う前に落ちたから……そうなるよね。うん。うぎゃー!
その後。うん、その後なんだけど、何故か決闘が無かった事にされた。結構な人数が赤い物体になって紅い海となったのに。観客も結構呑まれてたみたいでなかなか大変だったらしい。らしいと言うのも片付けは学園警備隊なる人たちが強制的にさせられていたからだ。うん、僕のおばあちゃんである人に命じられて。
この学園警備隊はあの英雄に追従してやりたい放題やってた連中で決闘をプロデュースしてたのもこいつらだった。お母さん、いや、おばあちゃんがそんな奴らを許すとは思えないけどね。多分……いや、なんでもないや。
あの決闘は無かった事にされたけど、みんな知ってる。仮面の悪魔に英雄が手も足も出ずに殺されたと。派手に宣伝してたし生き残った観客が広めたのもある。なので今の僕は仮面無しの……お姫様になっていた。
何故だ。
「ジローちゃん? 今回は少しやり過ぎたわね~。なのでお姫様の刑ですよ~」
おばあちゃん、いや、お母さんは十年前と変わらない。まるで少女のような人だ。いや、中身ではなく外見だけね。外見は僕のお姉ちゃんと言っても誰も疑わないだろう。マミーと並ぶと完璧に姉妹だし。夜明け色の紫髪を頭の後ろで結い上げて軍服みたいな物を着ている美少女だ。
見た目は本当に美少女……見た目だけは。
「おかーさん。僕もう十五才です」
「でも似合ってますよ~」
「……せめて下着は男物にしてもらえませんか?」
「ダメよ~。それだと罰にならないもの~」
ちなみに今の僕はお母さんの膝の上に座って抱かれています。お母さんの執務室で休憩中というかラブラブ中というか。質素というか無駄な物がない合理的な執務室なんだけど……いいの? 僕が居て。ここ国の中枢だよね?
連行されて、着替えさせられて膝にちょこんですよ? 拉致監禁女装ですよ?
「おかーさん、僕そろそろ思春期なのでー」
「……そうなの~」
ギュギュー!
何故抱き締める力を増した! 思春期なんだってば!
「あの英雄、実はとある国の王子なの」
「へー。王子なんだー。王子……え!?」
爆弾発言じゃん! 耳元に爆弾とか止めて! 横抱きにされてるから耳に当たるのよ。
「だから手を出すに出せなくて。でも決闘なら仕方無いわよね」
うわぁ。おかーさん、いい笑顔ですね。
「それも悪魔相手ですもの。責任なんて誰も取れないわよね、ジローちゃん」
「イエスマム!」
はぁ、やっぱり最初からこの人の手のひらの上だったのか。でなきゃ学園入学の依頼なんて来ないよね。
「ねぇ、おかーさん。これで依頼完了なの?」
割と楽しみだったんだけどなぁ、学園生活って。でも依頼が終わってるなら……
「あら? それは学園からの依頼でしょう? 上手い具合に膿を出せて良かったわ」
ダメだ! この人に勝てる気がしねぇ! じじい、よくこの人と結婚したな! すげぇよアンタ!
「えーと、じゃあ学園に通ってもいいの?」
「勿論よ。でも有名になりすぎたから少し気を付けてね」
「顔はバレて無いよ?」
仮面無しで服を変えれば気付かれないと思う。
「一部の人間はジローちゃんがあの悪魔だって知ってるのよ?」
「うっ、街道警備隊の人達と玉ねぎ姉さんですか」
「玉ねぎ?……ええ、でもみんな身元もしっかりしてるから問題はないけれどこれ以上増えるのはいただけないわね」
「イエスマム! 勿論秘密にするであります」
「はい、約束よ?」
ぐあああ! 悪魔との約束だー! やってもうた……もしバレたら潰される! 死ぬ気で守らないと死ぬ!