4話 保護されまちた
学問国家ゼニタウルス
世界中から研究者や魔技師、学者等が集まる知の宝庫。実はマミーとパパンの故郷であり、くそじじいとお母さんのいる国でもある。
「英雄や権力者、有力者の子供を集めた学校か。一般的にはエリートって奴なんだろうな」
そんな所から入学の依頼が届いたのは一年前。そう、依頼だったりする。大戦で人口がごっそり減ったけどここ最近どかどかと増えている。そのせいか名門と呼ばれた学校も質が著しく低下して大変なことになってしまった。
だから英雄の子供はなるべく来て欲しい。
そんな感じでパパンとマミーに手紙が来たのである。一応二人とも英雄だし。学校って言っても義務教育と高校、大学を全部合わせたような物で年齢的に三歳から老人までと実に幅広い。
一応初等科とかあって年齢別に学校っぽくなってるみたいだけど……。
「僕やっと十五才だけど実年齢は三十路越えてるよ? ちょっとキツいかも」
風を切って、というか風になって空を駆けるベヒさんからはまだ目的地は見えてこない。ちっこいままだけどスピードはとんでもない。流石相棒。頼りになるね。上空を飛行機のようにかっ飛ぶ姿はもはやカバじゃないよね。ベヒーモスだけど。
こうして空から地表を見るとよく分かる。この世界は魔物に支配されてるって。道はあるけどそこに人の姿は無く、稀に車が通るぐらい。それも装甲車的な奴。なんだこの終焉世界。砂漠とか荒野なら間違いなくヒャッハーだったのに。
道、車道だけは残ってるんだけど、そこには獣タイプの魔物とかが寝そべってたりする。
あっ、ヘソ天だ。あいつら本当に魔物か? くっ、モフりたい! でもベヒさんがやきもち妬くからスルーだ。
人の住む地域はまるで白い紙に散らした墨のように転々としていて、それを細い道が繋いでいる。道沿いには森に飲まれた廃墟が沢山。まるで人類が滅びた未来のような光景だ。空から見ると道はいっぱいあるけど……それがかえって今の荒廃を引き立てていた。
「はぁ。離婚しちゃった」
そう、これでも落ち込んでるんだよね。どうでもいい事を考えるくらいに。だって……あれ? ひょっとして僕……自由の身?
「自由…………ぅうううおおおおおーー! 俺は自由だぁぁぁぁぁー!」
いやっほーう! 自由じゃねぇか! もう女装を強制されることもヘンテコな格好でモデルをさせられることもねぇ!
「ぅぅおおおれはー! じぃぃゆぅぅぅだぁぁぁー!」
「ぷひー」
「あっ、はい。すいません。あまりにも嬉しくて」
ベヒさんに怒られちった。
「ぶふー」
「いや、そんな。たしかに結婚して二年で離婚を考えたけどさ。あれ、夫婦じゃなくて親子関係だし。少しは子離れしてくれるといいんだけどね」
「ぷー?」
ベヒさんが僅かに首をかしげる。可愛い。流石相棒。会話が成立しているようで実はさっぱり分かっていない。ニュアンスは分かるけど意思の疎通は未だに念話頼りだ。
「あ? 復縁だ? んなのするわけないよ。元々男として見られてないし……完全に『男』を否定されたしさ。まさか成長を止めてまで小さいままにしようなんて、ね」
天使の力ってすごいよ。でも、もっといい活用法を見つけろよ。はぁ。
「それにしても……占いの通り、か。なんか癪だけど、あっ、前方に魔物発見。鳥……でかい鳥?」
おっ、向こうも気付いた! あっ、すごい慌てて……
「ぶしー!」
「くけーーー!」
……あー。うん。事故だね。断末魔の雄叫びが地上へと消えてくよ。羽根が舞ってるよ。
「……鳥を空で轢き殺すってすごいよね。スピード変わってねぇし」
「ぷしん!」
「うん、ありがとう。近場の集落に見られてないといいけど」
新種の魔物ってことで討伐隊が組まれても困るし。まぁその時はその時か。
こうして僕とベヒさんの空中弾丸移動はその後も空を飛ぶ魔物を蹴散らしながら目的地に着くまで割りと平和に進んでいた。そしていくつもの森や荒野、廃墟を過ぎてようやく目的地が目に入るところまで辿り着いた。
学問国家ゼニタウルス。なんつーか、でっかい国だ。それになんだか懐かしい。空から離れて見ててもその発展ぶりは感動するくらいすさまじい。高層ビルが建ち並び、巨大な建築物が密集している、あれ、ファンタジーどこ? 的な現代的な街並みだ。
でも……なんというか、お盆の上にデコレーションした創作料理にも見える。どこまでも広がる街並みではなくて……こう、圧縮してまとめました! みたいに建物が集まってる感じだ。
まぁ、それでも広大な街並なんだけど。
まだかなりの距離が離れてるのにこの広さ。とんでもないな。これが「国」なのか。
元々はあの都市郡からめっさ離れてるこの辺りにも建物があったらしい。その名残がゴロゴロ残ってる。はるか足元に自然に呑み込まれた廃墟が沢山残ってるのだ。神魔大戦で全部魔物に破壊されたんだろう。終戦から十五年、それでも魔物は減らないからここまで復興は届いていない。
これ、全盛期は見渡す限りの大都市だったんだろうな。本当に中心部だけが残って、それ以外は全て破壊されてしまったんだな。
……相手が魔物とはいえ戦争って怖いな。英雄達が活躍しなければ世界は確かに終わっていたんだね。
まぁ、センチな気分もここまでだ。さて、これからどうしよう。
「話には聞いてたけど、そこらじゅうに建ってる塔みたいなのが防御装置か」
ゼニタウルスからあちこちに延びる道沿いに武骨な四角い建物が幾つも建てられている。それなりの高さで全て同じ仏塔のような形のへんてこな建物だ。これは魔物を感知して自動で殲滅する魔法兵器らしい。じじいの発明だったりするのがムカつくけど。
……全部壊そうかな。あっ、ダメだ。魔力封印されてる。ちっ。次の機会だな。
「ベヒさん。そろそろ降りないと攻撃されちゃう」
「ぷひ?」
「うん、すげー遠いけど仕方無いね。歩いて行くしかないよ。この辺だと道に人もいるからなんとかなりそうだし」
いやー、街道沿いにも建物がそれなりに建ってるんだけど、軽く一時間は歩くよね。復興頑張りすぎだよ。まぁ仕方無いか。
平野というか荒野というか。ここまで来ると田舎とは違って、でっかい森がないから小さい森に降りてこっそり街道に出ようと思ったんだけど。
「怪しい奴め! 動くな!」
あっさりバレた。うん。すぐそばに大きな国があるもんね。人通りも田舎とは段違いだったのさ。魔動車もガンガン走ってたし。ベヒさんも一緒に囲まれちゃった。剣とか槍とか持ったおっさん達に。
「こいつ空から降って来やがったぞ!」
「何の魔物だこいつ。見たことねぇぞ」
「カバ? え、カバ?」
なんでだろう。すごい警戒されてる。それにこのおっさん達……なんでツナギを着てるんだろう。ツナギに剣とかミスマッチだよ。森の……いや、林のなかで何してるんだ? この人たち。
「こいつ只者じゃねえ! なんだあの目は! 闇そのものじゃねぇか!」
あっ。仮面着けたまんまだ。
「あー、落ち着いて下さい。僕は人間です」
「魔物が喋ったぞ!」
「知性体か!」
「こんなの見たことねぇぞ!」
このおっさん達は話を聞かないなぁ。人間だってーのに。
「これは仮面です」
でぃす いず あ マスクメン、だよ?
「そんなの見りゃ分かる!」
おぅ、イエーイ。ハラショー。
「おい、どうする? こいつを捕まえて売り払えば高値になるんじゃねぇか?」
「おい、バレたらヤバイぞ!」
「バレなきゃいいんだよ。こんな弱そうな奴らなら簡単だろ?」
おいおい、こいつらまともじゃねぇのかよ。山賊野盗の類いか。よく見たらみんな髭面で悪人のような悪い顔して……いや、モンギさんに比べたら子犬みたいなもんか。
でも……。
「人間なんだけど」
「てめぇの乗ってるカバは金になる。てめぇも物好きが買ってくれるだろうよ」
うわぁ。これはアウトだね。
「ベヒさん、やっちゃって」
「ぶしっ!」
街道。ぶっちゃけ道路なんだけど一応歩道も付いてたりする。そこを一人でトコトコと街の方へと歩いてるんだけど、なんか視線が痛い。既にベヒさんとお別れしたのに。まだゼニタウルスは遠いけど通行人はそこそこいる。車が基本だけど歩いてる人も居るには居る。
すごい見られてる。仮面は頭の方にずらしているから人間に見えるはずなのに。なぜ?
「そこの少年、少年なのか? えーとシャツと仮面を被ったそこのキミ」
「ぬ? 僕ですか?」
「なんでそんな格好を……いや、一人なのかね。ご両親は?」
んん? 制服っぽいのを着たおじさんが話しかけてきた。まさかこの人……
「誘拐ですか? 僕お金持ってないですよ?」
「違う! 私は街道警備隊の者だ。キミは……一人なのか?」
「はい。一人です。両親は遠い遠い所に」
国二つは離れてるからなぁ。距離的に五百キロくらいか? 分からんけど。
「くうっ、そうか、苦労したんだな。もう大丈夫だぞ? ゼニタウルスはしっかりとした国だ。キミもちゃんと生きていける。よくここまで頑張ったな」
んんん? おじさん泣いてる? ……あ、まさか親が死んで、なんとかここまで辿り着いた不幸な少年と勘違いしてる?
「おじさん、おじさん。多分それ違う。僕、そんな不幸じゃないよ」
「くぅぅぅ。なんて強い子なんだ。大丈夫、すぐに街へ連れていってあげるからな」
「おじさん泣かないでー」
すごい涙もろいなこの人。
結局、街道警備隊の車であっさりとゼニタウルスの中まで連れてって貰いました。女性の隊員さんもいて、なんか泣いてた。なぜ?
「ここはなんなのですか?」
「ここは私達の職場、街道警備隊の事務所よ。お菓子食べる? 寒くない? 直ぐに服を用意するからね」
事務所に連れ込まれた。これって保護されてね。僕もう十五才だよ? なんか普通に事務所でびっくりだけど。ファンタジー要素が欠片もねぇ、普通の事務所だった。
事務所の中の椅子というかソファに座らされてなんか居心地が微妙。
「おねーさん。僕もう大人だよ?」
「うううっー、もう大丈夫だから! お姉ちゃんに全部任せていいの!」
この人も涙もろいのか。大丈夫か? 街道警備隊。
「おうおう、保護された子供ってのはどいつ……っ!」
「あっ、部長は近付かないで下さい。この子が怖がります」
部長さんの扱いひどー。まぁヤクザにしか見えないけどね。
「平気ですよ? あの、それよりも入国したので、なにかしら必要な事とか無いのですか?」
なんか記入とかないのかな?
「大丈夫よ。お姉ちゃんに任せて」
おねーさん、鼻息荒いよ?
「紫の髪だと? ……なぁ……坊主なのか嬢ちゃんなのか分かんねぇが名前はなんて言うんだ?」
ヤクザな部長さんが目の前のソファに腰を掛ける。体が大きいからソファが軋みを上げたぞ? 壊れないといいけど。ちなみにおねーさんは僕の隣です。なんかふとももを見られてる気がするのは気のせいだろう。
「男だよ。名前はジロー。歳は十五才。紫の髪って珍しいの?」
「くっ、そんな……無理して背伸びしなくていいのよ」
くそっ、たしかに見た目は十才くらいで止まってるけどさ。
「……両親の名前も聞いていいか?」
「部長? それは流石に……」
両親か。間違いなく有名人だよね、ここパパン達の故郷だし。どうしたもんか。
……よし、正直に言うか。
「母親はマミーで父親はパパンだよ」
「はうっ!」
ん? お姉さんが鼻を押さえて悶えてる?
「……そうか。済まなかったな。この国では紫の髪は人気がある。坊主の髪も綺麗だぞ」
「ありがとうございます」
……髪を褒められたのは初めてかも。なんか照れる。
「ぶ、部長? この子私が引き取っても……」
「あほか。せめて結婚してから言え」
「ううー、あっ、この子と結婚すれば」
「よし、そんなに暇なら見回り行ってこい」
「ええー!?」
「うっさい、はよ行け」
「くっ、なんて理不尽な上司なの。ジローちゃん、もし襲われたら大きな声を出して助けを呼ぶのよ? いい?」
なんかおねーさんの方が危ないよ?
「馬鹿な事言ってないでさっさと行ってこい!」
「はーい」
おねーさんはふて腐れながらも長い髪を揺らして事務所を出ていった。
「まったく。坊主、気を付けろよ? 女は基本危険な生き物だ。特にお前みたいな男の子は……男だよな?」
「男だよ? パオーヌも付いてるし」
「パオーヌ……いや、まぁ、そうか。それで……辛いとは思うが何故ここに来たか話せるか?」
「ここ?」
この事務所かな? 頭をかしげてたら部長さんが補足してくれた。
「この国だ。両親になにかあったんだろう?」
「学校に通うために来たんだ。ここにある…………なんちゃら学園に。両親は……」
ピンピンしてるけど依頼されたとか言った方が良いのかな。内密にとか書いてあったっけ?
「くぅぅぅ、その年でしっかりしすぎだろう。涙が止まらねえ!」
え~? この人もなの? 街道警備隊は涙の部隊なの?
「坊主、魔法は使えるか? なんなら神殿で今すぐ幾つか教えてもらうか?」
あー、魔法っすか。
「魔法は……使えなかったの。いっぱい教えてもらったけど」
そうなのよ、僕、魔法っぽい魔法が使えないんだよね。
「大丈夫、まだまだ時間はあるんだ。使えるようになるさ」
ははは、もう十年は修行してんだぜ? 未だにファイヤーな玉すら出せないの。筋肉魔法は出来たんだけどね。神殿に関しては出禁だよ? 出禁。
「……うん。頑張るよ」
今は回復魔法も微妙だし。
「そうか、坊主の親父さんは何をしてた人なんだ?」
部長さんは身を乗り出すように話し掛けてくる。いいなぁ、でっかい体。ソファがギチギチ文句言ってるけど、ナイスマッスルだよ。
「パパン? …………どえむ?」
「ぶふっ! いや、そうじゃなくてな」
あっ、お仕事的な奴? 頭に浮かんだのがまずドエムだったからなぁ。
「村の警備員的な? あとは……生け贄?」
最近は僕の代わりに毎日モデルにされてたしなー。パパン元気かな。
「……そうか。いいか坊主。強く生きるんだ。坊主は幸せにならねぇとな」
「あっはい」
街道警備隊っていい人ばかりだね。