2話 ようこそ! ベヒーモス村へ!
変態マッチョのジローと草原をさくさく進んで見えてきたのは小さな村だった。小さな村といってもそこらじゅうに畑が広がっているからかなり広い。
だけど人口は多分百人も居ない。ベヒーモスの方が多いんじゃないの? これ。
一応村は柵で囲われてるけど魔物に対しては役に立たないよね。よくこれで滅びなかったもんだ。今も魔物に呑まれてる街が有るってのに。ベヒーモス効果かしら。
「ぶしー」
「ぶひー?」
「ぶしっ!」
「……和むわー」
ちっこいベヒーモスがここまで可愛いなんて。プチベヒーモス達がトコトコとあたしたちの周りを……いえ、変態に付き従うように進んでいく。
なんか納得いかない。なんでこんな変態にここまでなついているのか。くっ、しっぽが! しっぽがフリフリ! ピルピルって感じなのよ!
「……意外と普通ですな」
えっ? 何が? ベヒーモスのしっぽが普通なの? あっ、村か。
「そりゃ普通の村ですから。ベヒーモスがいるだけの普通の農村……ええ、普通の農村ですとも」
「嘘つくなぁ! お前みたいな変態がいてベヒーモスがわんさといる村は普通じゃない!」
何言ってんのこの変態は。あたし達を先導してるから背中を向けてるけど……なんかムキムキの背中が落ち込んで見える?
「ははっ、ぼ……俺はこの村でも下から数える程の変態さ。変なのは見た目だけだし。その分だと本当にベヒーモスだけが目的みたいだね。とりあえず俺の……住んでる家でひと休みしましょうか」
「ふむ、よろしいのですか?」
「なっ、あ、あたしを家に連れ込んで何しようってのよ!」
遂に本性を見せたわね、この変態! 可憐なあたしにあんなことやこんなことするつもりね! このロリコンー!
「……これでも妻帯者なんで、その、ごめんなさい」
「謝られた!? しかも頭を下げる程の謝罪!?」
わざわざ振り向いてまで腰を九十度!? むきー! 何よ少しは欲情しなさいよ! この変態!
「ごめんな、妻を愛しているんだ。今は喧嘩中だけど」
「ほっほっほ。仲が良いことですな。ふむ、お子さんは居られるのですかな?」
「こ、子供!? あっ、いや、その……いづれは欲しいかなーって」
「けっ!」
なんだその反応。お前は乙女か! けっ! あたしだって結婚してぇよ! こんちくしょう! なんでこんな変態が結婚しててあたしは独身なのよ。マジむかつくわー。
「なんかやさぐれてるなー、ダイゴロウちゃんは」
ぐぬっ!
「ち、ちゃん付けすんなー! これでも立派なレディなんだぞ!」
何しれっとあたしの名前を呼んでんだー! ううっ、ちょっと嬉しいけど相手が変態だから嬉しくないー!
「はいはい、じゃ村に入るよー。あっ、一応言っとくけどベヒーモスに手出しするとフルボッコにされたあげく街道にポイだからね。可愛いからって持って帰ろうとしないこと。あとは嫌がるようなこともしないこと。その他は常識で駄目なことは駄目、ってところだね」
「うがー! あたしの扱いが軽いー!」
「言ったろ? これでも妻がいるんだ。他の女に色目は使わないよ」
……え? 女? え? 女扱いされてるの? あたし。え? マジで?
…………ええーーっ!
「ほっほっほ。ジロー殿はお嬢様を女として見ておられるか」
「怒ってます?」
「いえいえ、むしろありがたいですな。お嬢様が女として見られることは滅多に無いですからな」
「うん、真っ赤だ。大丈夫?」
うあああー! よ、寄るな変態! あたしを見るな! その闇の穴であたしを見るなー!
「くあっ! よ、寄らば切る! ふー! ふー!」
「猫か。まぁいいや。ほら村に……うん、ここはあれだな」
ふー! ふー! な、なによ、なんなのよ。
「ようこそ、旅の方。ベヒーモス村へようこそ」
……裸のマッチョのお辞儀って初めて見たよ。筋肉がギチギチなのね。
その後あたし達はへんた……ジローの家にお邪魔することになった。随分と建築様式が違うけどこれはいい。靴を脱ぐのもいい。いつもは履いてないからすごく楽。それに畳!
これはいい! すごくいい! 草っぽい匂いだけど寝っ転がれるのが最高! ゴロゴロしても問題ないっていいわー。
あー、あたし、ここに住みたいなー。壁が可動式で今は全開らしく外が見えてて風が気持ちいい。すごいなー。この機能美。
「お嬢様……随分と気に入ったようですな」
「セバヌは気に入らないの?」
「……お嬢様、まさかここに住むなど言いませんな?」
どきぃ!
「な、なななにを言ってるのかしら?」
な、何故バレたし!
「お待たせー。麦茶だけど大丈夫?」
よし! いいタイミングよ、ジロー……え? 服着てる……。
「ダイゴロウは畳に魅力されたか。まぁ気持ちいいからね」
「まっ、待って。え、なんで服着てるの?」
思わず飛び上がるわよ! だって素朴なシャツに短パンだけどすごく……筋肉が。
「……普通着てるよ?」
「裸でポージングしてたじゃない! 草原で!」
ブーメランよ! ブーメラン!
「あれはその、特殊な感じなんだよ。別に露出狂でもないし筋肉を見せびらかすナルシストでもないよ?」
「ほっほっほ。このお茶はなんとも香ばしいかおりのお茶ですな」
「セバヌー! あんたも何か言いなさいよ!」
「ほっほっほ」
「そんな事言われてもまさか覗かれてるとは思わなかったし」
「て言うかその仮面は取らないのかしら? ふふん、どうせ隠さなきゃならないほどの醜いお顔なのでしょう? まぁ筋肉は見事だけど」
覗きじゃないもん。覗いてたけど覗きじゃないもん。
「……頭はちょっとね。別にケガとかしてる訳でもないんだけど」
「ふん、顔を隠す人間なんてろくな奴じゃないわ」
「お嬢様。さすがに言い過ぎですぞ」
「あー、セバヌさん、その通りなので構いませんよ。なんというかバランスが悪くて気持ち悪く見えてしまうので被ってるだけですけど……取ります?」
え、いいの?
「師匠ー! 家に居られるかー!」
おや? 誰か呼んでる。
「あっ、ちょっとすいません。身内が帰って来たみたいなので……いるよー! お客さんもいるから……」
マッチョの腰が少し上がった時にそれは来た。
「師匠! 遂に拙者は認められましたぞ!」
「うひゃあ! な、な、な!? スケルトン!?」
庭の方からベヒーモスに騎乗した骨が急に現れた。なんでこんなところにスケルトンが? えっ、身内とか言ってた?
「あっ、遅かった」
「こらぁー! この骨野郎! 抜け駆けすんなー! わたくしだって認められたんですからね!」
もう一人来た! でもこっちは人間……鎧兜の女騎士? は?
「うん、お帰りー。今お客さんがいるからスケさんは……今更か。麦茶飲む?」
「まてこらー! なんでそんなに普通なのよーー!」
何ここ。ベヒーモスだけじゃないの? スケルトンとも暮らしてるの? ガチの魔物よ、スケルトン。
あっ、違う。あいつ魔物じゃなくて悪魔の方だ! おいおい、上位の骸骨騎士じゃん。ここ魔境なの? 何してんのあいつ。
なんかみんなでお茶を飲むことになった。ちゃぶ台と呼ばれる低いテーブルにみんなで座って麦茶を飲む。いや、座るのは畳だけど。短足なテーブルだけど畳にマッチしてるわ。
「いやぁ、面目ない。はしゃぎすぎてしもうた」
「全く、師匠に迷惑をかけるとは何事か。騎士失格だぞ?」
え~、女騎士の方が先輩っぽい。何この関係。まるで円卓会議だけど異物感すげぇ。骨、女騎士、仮面のマッチョ、執事、可憐なあたし。
ナニこのカオス。ここ人間界よね。実家みたい。
「んー、今更だからいいって。今回のお客さんはベヒーモスが目当てだからどのみち会うと思ってたし。それよりもやっと認められたんだね。おめでとう、二人とも」
「くうっ、拙者、涙は出ずとも感激であります」
骨が震えてる。というか骨しかない。お前鎧とかどうした。
「師匠のお陰です。わたくし達を真っ当にしてくださった恩は決して忘れません!」
なんかなー。分かってるけど置いてきぼり?
「あっ、見ての通りで片方はスケルトンだけど悪いスケルトンじゃないから怖がらなくて大丈夫だよ。こっちのスケルトン、スケさんはベヒーモスを騎馬にしようとしてやって来た騎士さんでこっちの女性は普通の人間だけどスケさんと同じでベヒーモスを騎馬にするためにここに来た人なんだ」
むぅ。なによ、見た目は変態のくせして、意外とちゃんとしてるなんて。あたしは認めませんからね!
「うむ、客人方には驚かせて申し……ぬあっ!? せ、セバヌ殿!?」
あー、そりゃ気付くよね。あたしには気付かないと思うけど。
「久しぶりですなスケルトン殿。お変わりないようですな」
うん、そりゃ誤魔化すしか無いよね。任せたセバヌ! 上手いことやって。
「スケさん、セバヌさんと知り合いだったの?」
「は、は、は、はい」
おおぅ、ここまで怯えなくてもいいのに。
「古い知り合いですがまさかここで出会うとは」
「あー、ここでの殺し合いはご法度だから恨み辛みは止めてね」
魔物と知り合いとか普通はそんな関係だよね。実際は上司と部下の関係だけど。
「ほっほっほ。安心なさいませ。そのような関係ではありませんので」
「スケさん、めっちゃ怯えてるけど大丈夫?」
「だだだ大丈夫でござる。拙者はスケルトンでござる」
めっちゃ骨がカタカタいってる。
「んー、スケさんの知人かぁ。あんまり突っ込まない方が良さそうだね。知ったとこでスケさんはスケさんだし」
「師匠……拙者は……拙者ぁぁぁぁ」
カタカタが更にパワーアップだと!? お前チョロすぎだよ。
「はいはい、それで師匠はいつまでその格好をしているのですか?」
兜から顔が見えてる女騎士はジローの弟子なの? それに格好とな?
「この格好のときにお客さんと会ってしまってね。どうしたもんか困ってるのだよ。このお嬢さんは極度のショタみたいだし」
「ちょっと! 自己紹介とかぶっ飛ばして人の性癖をバラすなんてなに考えてんのよアンタ!」
まるであたしが変態みたいじゃないのさ。ぷんぷん。
「……師匠も苦労しますね。まだ連中に知られてないと良いのですが」
「多分バレてるね。この家、既に囲まれてるし。総力戦ときたかー。スケさんとクッコロさんはお客さんの警護を頼みます」
は? 囲まれてるの? え、なに、なんで? 変態だから? 確かに魔物よりも魔物っぽいけど。なんで村の中でまで?
「承知した」
「師匠は……止めても無駄ですね」
「当たり前だよ。人の夢を否定する奴等には鉄槌を。まとめてぶっ飛ばしてくるよ。とりあえず四肢粉砕かな」
「ち、ちょっと! なに物騒なことになってんのよ! とりあえずで四肢粉砕とかおかしいでしょ!」
なんでこいつは狙われてんのよ。そしてなんで返り討ちが前提なのよ!
「外の人にも言われてますよ? 師匠。優しすぎるって。お腹に風穴開けても良いと思います」
ちげぇよ! なんでより物騒になってんのよ!
「師匠。拙者も同感でござる。粉砕よりも切断でござる。あやつらは少し血を抜いた方が良いでござる」
「いや、お客さんもいるしあんまりスプラッタなのはちょっと。掃除も大変だし」
え、なにこいつら。おかしい。
「ふむ、どうやら本当に囲まれておりますな。しかもこれは……巫女ですな。数はおよそ十人」
「はぁ!? ちょっと! 本気で不味いじゃない! なんで巫女がこんな田舎にいるのよ!」
あたしはともかくセバヌがヤバイ! まさか罠なの? あたしとセバヌを捕らえる為の……。
「……色々あったんだよ」
「そうです」
「そうでござる」
「ふむ、どうやらこの村はなにか特殊な村のようですな」
え、そんな感じなの? セバヌもなんか余裕……まぁ本性を出したら楽勝だけどそれだと色々不味いでしょうに。
「あーてすてす。マイクおっけー。あーおっほん。家にいるのは分かっている! ジローよ、今すぐに出てきて大人しくお縄につきなさい! 約束を破った罪は重いぞ!」
外から呼び掛け!? 本当に囲まれてるの!?
「約束をした覚えは無いんだけどね。一方的に押し付けてきて何を言ってるんだか」
「あっ、師匠怒ってる」
「当然でござるな。さてセバヌ殿とそこな娘よ。決して外に出てはならぬ。ほんとに止めてね。拙者、この村では弱者でござる。巻き添えで死ぬでござる」
はぁ!? アンタ英雄でもサシならなんとかなるぐらいの悪魔でしょ!? アンタが弱者とかどういう事よ。この村なんなの?
「ん、じゃ行ってきます。あっお茶請け出し忘れてた。クッコロさんよろしくー」
「はい、えーとお煎餅とお饅頭どちらが好みですか?」
「待って!」
なにそのちょっとそこまで的な感じは!
「なるほど、両方ですね。分かりますよー。甘いのとしょっぱいのを交互に食べると止まりませんよねー」
「ちがーう! あー! もう外に出ちゃったー!」
裸足で庭に出ちゃった。
「師匠の心配ですか? 大丈夫ですよ。巫女程度なら百人単位でも楽勝です。ただクリス殿が来たら負けますけど」
「多分おらぬでしょうな。今回は巫女達の暴走でござる。いつものプレッシャーがないので安心でござる」
「お嬢様。ここは大人しく見守るのが最善の策ですぞ」
「ううー。なにが起きてるのかさっぱりなんだけど!」
それもこれも全部あの変態のせいだ! あーもう、いざとなったら本気で助けないと。べ、別にあいつの事が心配とそういうんじゃないんだから。というか本当に何が起きてるのよ、もー!