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 -7 『体育の授業』

 今日は体育の授業でした。


 週に数回ほどしか通わない貴族の生徒達にとって、自宅の家庭教師から解放されて思いきり体を動かすことのできる一番人気の授業です。


 体育のある日は貴族も平民も関係なく、混ざり合って賑わう様子がいつも窺えます。


 今日は授業内容は球技です。

 運動場の半分を男子が。もう半分を女子が使用して、それぞれが別に試合をしています。


 相手がボールを投げ、飛んできたボールを打つ。ヤキュウと呼ばれるスポーツです。


 制服から体操服に着替えた男子生徒たちは飛び跳ねるような上機嫌で運動場を駆け回っていました。とても元気です。その中でもとりわけ背の高いグレンさんは、運動神経もそれなりに良く、球技にて大いに活躍している様子でした。


「もっと頑張れよ!」

「しっかりしろ!」


 そんな白熱した声援も飛び交っています。


 本気で絶対に勝つという血の気を見せる男子側に比べ、女子側は和気藹々と穏やかです。


「がんばれー」と声をかけるのは少数で、球技に参加していない生徒のほとんどは、座り込んで談笑に花を咲かせているばかりでした。


「いやー。男子たちがんばってるねー」

「そうですね」


 打者の順番を持っているレジーさんと僕は、白熱する男子たちの試合を横目に見ながらぼうっと座り込んでいました。


 僕もレジーさんも運動が得意ではありません。

 まるで小枝のような体躯からの見た目通りです。レジーさんは自分で「通学鞄より重たいものを持ったら筋肉痛になる」というほどでした。


 さすがに僕はそれほどではないですが、運動のセンスは壊滅的です。


「あ。次、エリーちゃんの打席の番みたいだよー」

「は、はい!」


 言われ、僕は打席へと向かいます。


 そこへ行ってバットを構えると、相手チームの女の子がボールを投げてきました。それが思ったよりも早いのです。まるで僕の体に向かってぶつかってきているような錯覚を覚えるほどに。


「ひぇっ」

「はい、あうと」


 情けない声をあげながらバットを振りましたが、目をつむってがむしゃらに振ったそれは何度やっても当たらず、あえなく退場になってしまいました。


「えへへ。ダメでした」

「どんまいだよー」


 自嘲しながら戻ってきた僕を、レジーさんは拍手で迎えてくれました。


「次はあたしだねー」

「頑張ってください!」

「ほーい」


 交代でレジーさんが打席に立ちます。

 くいっと眼鏡を持ち上げてから気合を入れて構えたレジーさんですが、


「とりゃあっ!」

「あうとー」


 あっけなく空振りを連続して退場となったのでした。


「あはー。無理だー」

「ど、どんまいです」


 僕も胸の前でこぶしを握って迎え入れ、笑いあいました。


 レジーさんと僕は、毎度のこと体育でへっぽこ振りをみせる運動音痴仲間として意気投合していました。レジーさんと仲良くなった理由の一つでもあります。


「お。次はきみのとこのお嬢様の番みたいだねー」


 どうやら次はお嬢様のようです。


 長くて綺麗な白髪をポニーテールにしてまとめたお嬢様は、バットを両手に持ながら打席に入ると、ふんっと強く意気込んだように鼻息を漏らして構えました。


 バットは木製の軽いものです。

 それを大きく振りかざし、まるで遥か彼方へと打ちぬいてやろうと言わんばかりです。


 その迫力に、お嬢様と同じチームである生徒たちの期待が膨らみます。


「お嬢様、頑張ってください!」

「クーナちゃんいけー」


 僕とレジーさんの応援にも熱が入ります。


「まかせなさい!」と背中で語るような意気込みのお嬢様。


 いざ一球目。


「おりゃあ!」


 空振りです。


 まだまだ。二球目。


「とりゃあ!」


 空振りです。


 まだもう一回。三球目。


「えりゃあっ!」


 当たる気配もなく空振りでした。


「ちょっと! 全然あたらないじゃない!」


 やる気だけは十分なのですが、空回りだったようで、お嬢様はあっさりと退場してしまいました。


「やっぱり今日のクーナちゃんも無理だったかー」

「毎度やる気はいいんですけどね、お嬢様も」


 外面は立派そうなお嬢様も、僕たちに漏れず運動音痴なのでした。


 それでもお嬢様だけはそれを認めたくないのか、不満そうな顔を浮かべながら僕たちのほうへとやってきました。


「私の頭の中ではあたってるのよ」

「いつも言ってるねー、クーナちゃん」

「振った瞬間にバットが曲がって避けてるんじゃないかしら」

「お嬢様。紙でできてるわけじゃないんですから……」


 往生際の悪さは一級品です。

 ですが、僕はそれが悪いこととは思いません。


 僕やレジーさんはひどい運動音痴をもうすっかり諦めてしまっています。ですがお嬢様は違いました。


「次は絶対に打ってやるわ!」


 惨敗してもお嬢様はそう強く意気込みます。それは僕にはない向上心でした。


 失敗しても決してへこたれず、次の意欲につなげさせる。

 お嬢様のそんな前向きさが僕は好きなのでした。


「はあ、疲れたわ」

「だねー、クーナちゃんはあたしたちの中で一番体力ないもんねー。クーナちゃんも、運動できるようになるにはもうちょっとたくましくならないと。体力づくりに筋トレとかしてみたら?」

「っ!? あなた、育成所の回し者じゃないでしょうね!?」

「へ? なにそれ?」

「……いや、なんでもないわ」


 怯えたような反応を見せたお嬢様に、レジーさんは不思議そうに小首をかしげていました。


 そんなお嬢様とレジーさんの談笑を僕が眺めていたときです。


 突如、背後のほうから笑い声が聞こえたのでした。

 僕だけが微かに届いてきたそれに気づいたようです。


 振り返ると、遠巻きに男子生徒が数人ほど、僕たちを見ていました。

 どうやら試合の合間に休憩しているのでしょう。しかし僕たち女子チームの試合を見て応援している――といった雰囲気ではないようでした。


 振り返った僕の視線を気にもせず、その男子生徒たちはへらへらと笑っています。それは穏やかな笑みではなく、冷たく突き刺すような明確な嘲笑でした。


 微かに声が届いてきます。


「へたくそすぎだろ」


 それは明らかに罵声でした。

 彼らに一番近かった僕だけはどうにか聞こえたようで、お嬢様たちは気づいていないようです。


 その矛先は明らかに女子のほうへと向いていました。


 あまり学校に来ないとはいえ、彼らのことは僕も同級生なので知っています。平民出身の、特に貧困の強い地域出身の子たちです。彼らはもとより素行が悪いことで有名でした。特に、家柄が貴族出身の生徒に対しては。


「貴族だからってなんでもできる訳じゃねえのに。格好つけてるんじゃねえって」


 罵声はやはりお嬢様に向けられたものでした。


「いいよな、貴族様は。なんの努力もせずに偉い顔できて」

「俺たちみたいな雑草の努力なんかまったく理解できないだろ」

「頑張ってるってアピールしてるだけで箔がつくんだ。結果だせなかったらここにすら通えない俺たちとは感覚が違うんだろう。このっ、優遇になれた温室育ちが」


 お嬢様に聞こえていないだろうからといって言いたい放題です。


 確かに、彼らの言うとおり貴族の優遇は存在します。


 この学校は成績優秀者でなければ通えません。しかし貴族はその家柄とお金によって、どんな不出来な子どもでも裏口入学できると噂する人がいます。


 そういった優遇措置の噂を信じ、不平に思う生徒だっています。彼らはその筆頭で、貴族のことを毛嫌いしてはいつも不満を漏らしているのでした。


 普段なら人目につかないところで漏らしている愚痴が、今日ばかりはこちらに届いてくるほどの大きな敵意となって向けられていたのです。


「たまにと言わず、ずっと学校に来るなよ。箱入りのお人形さんがよ」

「…………っ!」


 その中の一人の言葉に、聞き耳を立てていた僕は思わず立ち上がってしまったのでした。


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