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 -6 『久しぶりの登校日』

「ごきげんよう、皆さん」

「ごきげんよう、マダムルーナ」

「ええごきげんよう。よい朝ですね」

「マダムルーナ、ごきげんよう」

「あらごきげんよう。今日も調子はいいかしら」


 マレスティの町の中心部にある学校の校門は毎朝賑やかな活気にあふれています。


 ここは町の中でも富裕層から中間層までの高校生が通う、有数の名門校です。建物ばかりが並び立つ中心部の中にぽつんと木々が生い茂っているそこは、町のオアシスのような場所です。その瑞々しさを裏付けるように、若い学生たちが毎朝元気よく校門を通過していきます。


 その校門には、看守として何十年も勤務しているマダムルーナという老齢の女性がいて、みんな彼女に挨拶をしていくのが日課でした。


「ごきげんよう。今日も頑張りなさいね」

「ごきげんようマダム」

「はい、ごきげんよう」

「……うっす」


 今日もマダムルーナは、登校してくるたくさんの生徒にせわしなく声をかけています。


「あら、お二人とも。ごきげんよう」

「ごきげんよう、マダムルーナ」

「ご、ごきげんよう……」


 僕とお嬢様も、マダムルーナの前を通って学校へと入っていきます。気さくに挨拶を返すお嬢様と違い、僕はやや顔を伏せて隠れ気味に通り過ぎようとしました。


 そんな僕にマダムルーナも気づいたようです。


「あら、どうしたのかしら。体調がすぐれないの、エリーさん?」

「い、いえ。大丈夫です」


 顔を覗き込んできたマダムルーナに、僕はただただ笑顔を返して通り過ぎました。顔が赤くなっているのを気づかれないようにいていたのですが、余計に気にかけてしまったようです。


 そんな僕を、お嬢様はにやにやと口元を吊り上げながら見やっていました。


 マダムルーナは返事の弱い僕を心配していましたが、しかしすぐに他の生徒達への挨拶に戻りました。


 校門を通過するすべての生徒に声をかける。

 それが何十年と勤める彼女のモットーなのだそうです。


 この学校は町の中で一番生徒数が多いです。

 とりわけ今日は、彼女にとってとても忙しい日でした。


 毎日同じように学校はありますが、ある決まった日だけ、やってくる生徒の数が増えるのです。それはこの町の学校制度によるものでした。


 普段、この校門を通ってやってくる生徒たちのほとんどは貴族でもない一般家庭の生まれです。彼らは週末以外は毎日登校し、決まった通りの授業を受けて帰ります。


 けれど、この学校に在籍するすべての生徒がそういうわけではありません。


 お嬢様のような貴族出身の生徒はまた例外なのです。

 これはどういうわけか古くからのしきたりのようなものなのですが、資産をたくさん持たれている貴族の家では、基本的に学校へは行かせずに家庭教師を雇っての自宅学習が一般的なのでした。


 国語や数学、地理や歴史など、座学で学べるようなものは軒並みそれで済まされます。ですが体育や芸術など、屋敷の中で済ませるにはちょっと手狭なものもあるので、そういった特定の教科だけは学校に足を運んで他の生徒と一緒に学ぶという形になっています。


 そのため、その授業がある日だけは貴族であるお嬢様も登校しているのでした。


 町の変わった風習ですが、貴族と庶民の交流が行われる大きな意味合いのあるものでもあります。


「おっす」

「おはー」


 お嬢様と僕が校門を通過して後者のほうへ歩いていると、後ろから声をかけられました。


 立ち止まって振り返ると、僕たちと同じ制服を着た男の子と女の子の二人組が歩いてきているところでした。


 男の子のほうは背が高くて痩せ型で、角刈りが特徴的な気さくそうに笑う子です。女の子のほうは男の子と並ぶととても小さく見えるほど小柄な、眼鏡をかけた三つ編みの少女でした。


「あら。おはようグレン、レジー」

「お、おはようございます」


 挨拶を返した僕たちに、その二人の男女――グレンくんとレジーさんは優しく微笑み返していました。


 二人は僕たちがこの学校に通い始めたこの春から知り合った同級生でした。学校に通う生徒のほとんどは平民なので、学級の振り分けもほとんどが平民の生徒が占めるクラスです。


 それぞれの学級に貴族出身の生徒が数人ずつ割り振られることになりますが、僕とお嬢様が割り振られたのがグレンくんとレジーさんのいる教室でした。


 特定の日にしか登校してこない僕たちですが、二人はそんな距離感も気にせずに親しく接してくれます。


「おはよー、『エリー』ちゃーん」

「ひゃあっ!? や、やめてください!」


 レジーさんが僕に抱きついてきました。

 咄嗟に振り払い、お嬢様の後ろに隠れます。


「ちぇ。まだ好感度が足りてないかー」

「おいおいレジー。毎度とびかかるなよ。『エリー』が困ってるだろ」

「これはあたしなりのスキンシップだから。いつか、『エリー』ちゃんの方から抱きつかせてみせる!」


 むすぅ、と鼻息を漏らして拳を握るエリーさんに、グレンくんは呆れた調子で頭を抱えていました。


「いい加減に慣れたら?」


 背中に隠れた僕にお嬢様もそう嘆息をついて言ってきます。


「な、慣れるわけないじゃないですか」

「どうしてよ」

「だ、だってレジーさんは女の子ですよ?」

「大丈夫よ。だって貴方も女の子じゃない。ねえ、『エリー』ちゃん」


 困り顔を浮かべる僕に、お嬢様は面白おかしそうに笑います。


 お嬢様たちの言う『エリー』とは、学校に通う僕の呼び名でした。


 エリンという名前の僕がなぜそのような呼ばれ方をしているのかというと、それは僕の格好に問題がありました。


 そっと穏やかな北風が吹き、お嬢様の髪を揺らすとともに、彼女の胸元についた第一学年を示す赤い色のリボンも揺れます。それと同時に、隣にいた僕の胸元のリボンも翻りました。お嬢様のスカートがぱたぱたとたなびき、そしてやはり、僕のスカートも同じように揺れます。


 そう。

 僕もお嬢様と同じく、女生徒用の制服を着ているのでした。


 どうしてそのようなことをしているかというと、それはこの学校に入学する前のことです。お嬢様のボディガードも兼ねて僕も一緒に通学をさせてもらうことになったのですが、どういうわけか用意されたのはこの女物の制服のみでした。


「男の従者を連れてるより、女の子を装っていたほうが目立たないじゃない? ボディガードを連れてるって思われたら堅い女みたいに思われそうだし、これだったら自然に女友達みたいに見せれるじゃない」とは当時のお嬢様の談です。


 ですが僕は知っています。

 仕方なく受け入れた僕が試着などをした時、


「エリンは絶対に女の子の服が似合うと思ってたわ! だって顔も可愛いんだもの! いつかお人形ごっこをしたいと思ってたからちょうどよかったわね」


 僕には気づかせぬように、そう興奮気味に呟いていたことを。


 実際、僕の女装姿は何一つの欠点もないくらい完璧に少女となりました。ちょうど試着をしていたところにやってきた執事長のカーティスさんがしばらく僕と気づかなかったくらいです。


 お嬢様と同じくらい細い手足。白い肌。肩ほどまでは長くはないですが、ちょっと耳にかかる長めのショート髪。童顔を思わせる大きくて円らな栗色の瞳。


 何もいじらなくても、僕はすっかり女の子にしか見えないほどでした。


 そういうこともあって、僕は学校に女の子として通うことになったのでした。どうせすぐばれる、無茶なことだと思っていた僕ですが、僕が思った以上に誰も気づかないのです。


 ――うーん、男として喜べないよ……。


 お嬢様はご機嫌のようでしたが、僕としては複雑な気持ちなのでした。


「いい加減に女の子でいることに慣れたらいいのに」

「慣れるとかそういう問題じゃないですよ。隠すのだって大変なんですから。あの、その……おトイレとか特に」


 この格好で男子トイレに入るところを見られるわけにはいきません。

 さすがに身も心も女の子という訳ではないですし、やはり僕は男です。


「女子トイレ行けばいいじゃない」

「行けませんよぉ!」


 僕のささやかな嘆きも、お嬢様にとっては反応を楽しんでいるようでした。


 とはいえ僕も、お給料に加えて無償で通学させてもらっている身です。わがままを言うこともできず、仕方なく女の子として学校に通わなくてはならないのでした。

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