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 -11『儚いものに』

 今日は散々な一日でした。


 レジーさんにお化粧などをされて、グレンくんに熱心に言い寄られて逃げ出して、その先ではシュランに絡まれて。そんなこともありましたが、何よりも、僕の頭にはエドウィン様との馬車での記憶ばかりが執拗にこびりついていました。


 その日、屋敷に戻ってからはどうにもお嬢様との間にぎこちない空気が流れていました。その原因は明確で、お嬢様はそんな気なんてないのでしょうが、僕がどこかお嬢様に対して引き気味に接してしまっていたからでしょう。


 いつもはお嬢様にお茶をお注ぎして、彼女がゆったりとそれをすすりながら読書をしている姿を見守っているのですが、今日は早々に部屋を後にして食器洗いなどの雑務をしていました。


 お嬢様と一緒にいるとエドウィン様とのことを思い出してしまって、それを避けるように無意識に体が動いていました。結果としてお嬢様すらも避けているみたいになっています。


 いつもは心休まるお嬢様との一緒の時間も、どこからか湧き出る恐怖心のせいでまったく楽しめませんでした。


 そんな沈んだ気持ちのまま、今日のお仕事を終えました。


「考えすぎて、余計に悪くなっちゃってる……」


 心が落ち着かない時や落ち込んだ時は決まって、仕事終わりに望遠鏡を担ぎ出します。どんなつらいことがあっても、それを覗くと不変的な星空がいつもそこにあって、僕を安心させてくれるのです。


 お屋敷の庭の片隅に小さな望遠鏡を組み立て、僕はまた、いつもの角度で望遠鏡を覗き込みました。


「…………あれ?」


 いつもと同じ向きの、同じ角度。

 それなのに違和感がありました。


 いつも見守っていた、大きな月の傍に寄り添うように輝いていたあの小さな星。それがほとんど、月の光に負けて見えなくなってしまいそうだったのです。


 そういえばもうじき満月です。

 それも、一年で最も月が大きく近づくことで有名な日がやってきます。


「……ダメ」


 上空の風も強いのか、その星の微かな光も本当に風前の灯火のように淡く揺れています。ずっと傍にいたはずのあの星がこのままだと消えてしまう。その恐怖心が僕を煽りました。


「消えちゃダメ。消えちゃダメだ」


 今にも月の光に呑まれ、その存在すらなくなってしまいそうな小さな星。それを見ているだけで僕の心は苦しくなり、それと同時に、心の中の不安が花開くように大きく広がっていきました。


「消えちゃ――」


 月は相変わらず綺麗で、より輝きを増しているくらいに美しいです。そんな明るい夜光に照らされながら、僕はただ、力なく夜空を見上げることしかできません。


 僕の不安をあざ笑うように、夜風はうすら寒く僕の頬を撫でていったのでした。


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