-4 『複雑な想い』
僕では決してお嬢様の恋のお相手など無理だという理由。それはまさに、エドウィン=マークライという完璧超人な貴族青年がいるからでした。
古くから続くお嬢様のライオット家とマークライ家。
両家ともに親交が深く、また互いに仲のいい二人は、いずれ婚約を交わしてさらに家間の親密さを深めることになるのではないかとかねてから噂がされています。
精巧な人形のように美麗な容貌を持つお嬢様との縁談はまさしく理想の婚約像でした。
マスターには「エリンがプロポーズをして花嫁にしちゃえばいいんじゃなあい?」なんて言われましたが、僕なんかが到底無理な理由がエドウィン様です。
僕がライオット家に拾われる前よりお嬢様と交友があり、仲も良いお方です。誰がどう比べても僕がかなうはずありません。
「いやー、やっぱりエドウィンくんはモテモテだねー。イケメンってああいうのを言うんだねー」
「なんだレジー。お前もあいつが好きなのか?」
「うーん。私は別にそこまで面食いじゃないけどねー。ただああいうのが彼氏だと、女子からしてみればステータスだよねー」
「男をアクセサリーの一つみたいに言うなよ」
教室に向かう道すがらにレジーさんとグレンくんがそう話しているのを、僕は複雑な面持ちで静かに聞いていました。
「ねえねえ。やっぱりエリーちゃんもイケメン好きー?」
「え……いや、別に」
言葉に詰まって顔を俯かせた僕と隣に、ふとお嬢様が割って入ってきました。
「あら。きっと男装したら私のほうがイケメンになるわよ」
なぜそこで急に張り合おうと思ったのでしょうか。
「うっひゃあ。言うねー、クーナちゃん。でも確かに、メイク次第で美人系のイケメンにはなれるかも。ちょっと背が足りないけどねー」
「う、うるさいわね。これからいろいろと成長途中なのよ」
「胸があまりないから男装しやすそうだけどねー。成長したらいいねー」
「大きなお世話!」
お嬢様に小突かれ、レジーさんは「あいたー」とおどけた顔を浮かべました。そうして逃げるように僕へと抱きついてきます。いきなりだったので僕はびくりと体を震わせて驚きました。「ひゃあっ」なんて女々しい声が漏れてしまいます。
「男らしさはクーナちゃんに任せて、エリーちゃんはちゃんと可愛い方面でいこうねー。あ、ほら。後ろ髪が少しはねてるよー」
「あ、あの。近いです」
「ほら、直してあげるからじっとして」
まじまじと僕の髪を見てくるレジーさんの顔が耳元にまで近づき、吐息がかすかに耳にかかって、全身に微かな鳥肌が駆け巡りました。気恥ずかしくなって耳が真っ赤になってしまったのに気づかれているかもしれません。
レジーさんは鞄から櫛を取り出し、僕の髪をすき始めました。
まだ教室につく前の廊下です。
行きかう多くの生徒たちの視線が通りすがりに僕へと注がれ、僕の顔は余計に赤く熟れてしまったのでした。
「あの……恥ずかしいです」
「寝癖はねてるほうが恥ずかしいよー。女の子なんだから身だしなみ!」
「僕はそんなに……」
「従者の君がそんなだからクーナちゃんもずぼらになっちゃうんだよー」
「ちょっと待って。さらっと私の悪口言ってない?」
お嬢様が不満そうに突っ込みましたが、レジーさんは聞こえないふりをして僕の毛づくろいを続けました。
「ここももつれてる。せっかくかわいい顔してるのにー」
「可愛いとか、別に」
そう言われても困ります。本当は男だから。
「あ、そうだ!」
ふと、レジーさんが何かを思いついたように顔を持ち上げました。そして僕とお嬢様を見やると、意味深に口許をにやつかせ、
「――みんな、放課後あいてる?」
いったい何だというのでしょう。
イヤな予感がして僕は今すぐ逃げたい気持ちになりましたが、服の袖をがっしりレジーさんに掴まれ、逃がそうとはしてくれませんでした。
「……さ、さあ。どうでしょう」
悪寒に声を震わせながらお嬢様の方を見て助けを求めたのですが、
「あいてるわよ!」
一刀両断する鋭い一言によって、僕の希望は打ち砕かれたのでした。




