-3 『恋敵』
今日も学校の校門先ではマダムルーナの元気な挨拶が響いていました。
多くの生徒たちが行きかう足音と話声、そしてマダムルーナの挨拶。この賑やかさを感じる度、学校に来たのだという実感がわいてきます。むしろ登校しない日はこれを耳にできなくて物寂しさすら感じるほどです。
「ごきげんよう、マダムルーナ」
「あらごきげんようクーナさん。エリーさんも」
「ご、ごきげんよう……です」
やはりマダムルーナにまじまじと見られると少し照れてしまいます。通学中の僕は女子生徒の格好をしているので、そう見つめられると、男であることがバレてしまいそうだとドキドキしてしまうのです。
「あら、エリーさん」
「な、なんですか?」
「ここ、ここ。お髭が生えているわよ」
「へっ!?」
マダムルーナが自分の顎先を指さしてそう言ってきました。
僕は大慌てで自分の口元をさすりました。
――まさか髭が生えちゃってる?
髭といえば男性の特徴とも言えるかもしれません。
僕はもともと毛が薄いので確かにこれまで一度も気にしたことはありませんでしたが、まさか知らないうちに生えていたのでしょうか。
急いで探して引っこ抜かないと、男だと疑われてしまうかも。
そう慌てて顔中を擦る僕にマダムルーナはほくそ笑み、
「あら、冗談よ。ただの髪くずだったわ」とお茶目に言いました。
ひどく安堵した僕の隣でお嬢様が不満そうに顔をしかめます。
「ちょっと何を言ってるのマダムルーナ」
僕を気遣ってマダムルーナに怒ったのかと思ったのですが、
「エリーはまだ上も下も毛なんて生えてないわ」
「あら、まあ」
「お嬢様っ!?」」
マダムルーナの、いや、彼女だけでなく通りすがる学生たちの視線が一斉に僕へと向けられ、僕は顔を真っ赤にして、全身を隠すように身を抱きかかえました。
――どうしてお嬢様がそのことを!? というか、なんで今それを言ったんですか!?
無意識に内股になって眉を顰める僕の姿は、悲しいことに、本当に女の子のようでした。更には驚きと恥ずかしさのあまり目尻にはうっすらと涙がたまっていて、「ごめんごめん」とお嬢様は気さくに笑いながら謝ってきていました。
無駄に羞恥心をあおられならがも、僕はお嬢様と一緒に校舎へと歩いていきました。
道中でクラスメイトのレジーさんとグレンくんとも合流しました。
「おはよー」
「おっす」
そう毎日は会えないお二人ですが、どちらもすこぶるお元気そうでなによりです。
賑やかな二人を交え、僕たちが学校に来なかった時にあったいろいろなこと、反対に僕たちが学校以外であった面白おかしいこと、そんな他愛のないことを談笑しながら歩きました。
「そういえば昨日、グレンが急に階段を滑り落ちちゃってねー。なんか踊り場からうめき声が聞こえるなーって思ったら、頭から滑り落ちたまま倒れてるのを見つけちゃってー」
「あ、あれは階段の途中にバナナの皮が置いてあったんだ。あれはもはや犯罪だ。殺意を感じたぞ。絶対に犯人を突き止めてやる」
「サルでもいたんじゃないかなーって私は思うんだけど」
「いるわけないだろ、学校に!」
二人の明るい会話は聞いていて楽しい気持ちにさせてくれます。お嬢様もそんな二人が大好きなようで、学校に来るたびににこやかな顔をしています。
ふと、僕たちが歩いていると急に周囲の生徒たちがざわつきはじめました。
校舎に入る正面玄関のすぐ手前。
そこに小さな人だかりがあることに気づきました。
その中央には、とても長身な金髪の青年が一人。
短い髪はまるで絹糸を染め上げたように綺麗で、細身で凛々しい顔立ちと柔和な目元が特徴的な、とても見目麗しい男性です。その端正な顔立ちと抜群のスタイルもあいまって、着ている制服すらも、他の生徒とは違うタキシードかのように思えるほどでした。
そんな彼が僕たちに気づき、眉を持ち上げます。
「やあクーナ」
凛々しい青年は片手を掲げて僕たちのほうへと寄ってきました。いえ、正確にはお嬢様の手前にです。
さわやかな笑顔を引っ提げてやってきたその青年に、お嬢様はすました顔を返していました。
「あら、エドウィン。おはよう。元気そうね」
「おかげ様でね。そっちも元気そうで何よりだよ」
「それはどうも」
エドウィンと呼ばれたその青年は、にっと口角を持ち上げて、歯並びのいい白い歯をきらりと輝かせました。そんな彼の微笑に周囲の女子生徒たちは「きゃあ」と色めき立ちます。
本当に、まぶしいくらいにすべてが整っている方です。
「エリーもいっしょなんだね」
「はい。お久しぶりです、エドウィン様」
「前に会ったのは三つ前の登校日かな。学年が同じでもクラスが違うからどうにも一緒になる機会は少ないね」
「そうですね。残念です」
受け答えする僕はとてもかしこまっていました。声にやや緊張が見え隠れしています。
エドウィン様はとても高名な貴族の出身です。
マークライ家という古くから続く由緒ある家系で、お嬢様のライオット家と同等、もしくはそれ以上の格を持っています。家柄もそうですがご本人も立派なもので、この学園の下部である小等部と中等部ではすべて成績トップで卒業。現在でも学園で主席の座を一度も手放したことがない本物のエリートでした。
運動においても、どの競技もプロほどではありませんが、その飲み込みの早さから人並み以上にこなせるほどです。
文武両道、おまけに容姿端麗。
学園中の女子生徒が彼に憧れを抱かないはずがありませんでした。
エドウィン様の温厚な性格柄、そんな彼女たちの黄色い声も優しく受け止め、面倒がらずいつも温和な笑顔を返してくれることもあって、彼の登校日には決まって女の子たちの人だかりができるのでした。
「今日もモテモテね」
「もしかして妬いてるのかい、クーナ?」
「そんな訳ないでしょ」
「そうか、残念。せっかく今日はクーナに会えるかなって思って身だしなみも整えてきたのに」
「適当言って。他の子にも言ってるくせに」
お嬢様は呆れたため息を漏らしていました。
とても気さくに話す二人。
それもそのはずで、お二人は本当に赤子の頃から面識があるのです。
ライオット家とマークライ家は非常に交友の深い家柄で、おまけに同い年ということもあって、古くから幼馴染として一緒の学校に通い、時として互いの家に招いたりするような仲でした。
「クーナさんも可愛いし、お互い貴族同士、ぴったりって感じでうらやましいわよね」
「あーあ。私も貴族だったらなあ」
「あんたはそもそも顔が無理でしょ」
「ええ、ひっどー」
そんな女子生徒たちの羨望な呟きが漏れ聞こえてきます。
僕も思わず同意したくなるほど二人の距離は密接のように見えました。
ずっと昔から知っているからとても親し気で、気心が知れている。だから他愛のない冗談も交わす。とても仲のいい、お似合いの二人。
「どうしたのーエリーちゃん。ぼうっとしちゃって」
「あ、いえレジーさん。なんでもありません」
「ああー。ははーん、お嬢様をとられてエリーちゃんのほうが嫉妬しちゃったー?」
「そ、そんなことないですよっ」
急にレジーさんにそう頬を小突いてからかわれ、僕は上擦った声を漏らして首を振りました。それにお嬢様も気づいたのか、視線がエドウィン様から僕へと向けられました。そうしてただ僕を見てふふっと微笑んだのでした。
僕は決して嫉妬などしていません。
いえ、そう考えることすらおこがましいでしょう。
だっていまお嬢様の前にいるのは、何の非の打ちどころもない眉目秀麗な秀才男子。
どう見ても、僕が隣にいるよりもずっとお似合いなのです。
この学園の人たちの間では「いつ二人は婚約するんだろう」とまで囁かれるほどでした。
「エリーちゃんもクーナちゃん大好きだもんねー。お姉さんと妹みたいで」
「王子様がいるとお姉ちゃんとられるからっていじけるなよ、クーナ」
「……いじけませんよ」
面白おかしい明るい口調で言ってきたレジーさんとグレンくんに、僕は不器用に笑い返すので精一杯でした。




