一寸先の想い。
物心ついた時から、アイツ——蓮華とはずっと一緒だった。
蓮華と、僕の両親がどうやら大学生の時からの友人らしく、家族絡みで付き合ってきた。家も隣だし、学校も一緒。登下校も、休日だってほとんど一緒にいた。
僕は蓮華のことを、友達の中で一番気心の知れた奴だと思っている。アイツだって、僕の事をそう思ってくれているはずだ……そう信じたい……。
蓮華とは友達だが、それと同時に異性としても僕は意識をしている。
……確か、初めてアイツのことを異性と意識したのは、中学一年の三学期だったと思う。
いつも通り、一緒に帰っている時のことだった。
他愛もない雑談をしながら、既に慣れてきた通学路を歩いていた時、前方から車がやって来たのだ。運転手は急いでいたのか、狭い道をかなりのスピードで走っていた。その車は電気自動車だったのか、普通の車よりも音が小さかった。その上、蓮華はその時、イヤーウォーマーを着けて、歩いていたのだ。
その時の雑談の話題が、詳しくは思い出せないが、確か雲のことを話していたように思う。だから、アイツはその時上を向いて歩いていた。故に、前方から迫る車には気づいていなかった。
僕は慌てて、蓮華の手を取って、自分の方へと引き寄せた。半ば抱き合うような格好で、僕は蓮華を助けたのだ。
無事、車とは接触せずに済んだ僕達は、暫くその恰好のまま見つめ合っていた。目を見開いていた蓮華は、やがて状況を飲み込んだのか、マフラーに埋めていた顔の下半分を出し、僕に言った。
「……あ……ありがとう」
その時からだった。僕がアイツのことを異性として意識し始めたのは。
あの時の、小さな声が――
あの時の、寒さで赤くなった頬が――
あの時の、少し動けば触れ合うような距離の、ふっくらとした唇が――
あの時の、蓮華の髪の甘い匂いが――
あの時の、「ありがとう」と言う白く凍った言葉が――
僕は忘れられなくなったのだ。それからの、蓮華のふとした瞬間の仕草が、妙に色っぽく見えるようになった。
そして、幾度となく僕は考えた。
蓮華が僕のことをどう想っているのか、を。
僕だけが、いつもドキドキとしていたのか、蓮華も僕と同じ気持ちなのか。アイツが僕以外の男と話している時は、いつもそんなことばかりを考えた。
しかし、それの答えももう直ぐ分かる。
ふと強い風が吹きつけてきた。
僕はその刺すような寒風に、身体を震わせた。
やっぱりコートぐらいは着てくればよかったと、今朝の自分を呪いつつ、グラウンドを見下ろした。
やっぱり、屋上からなら周りの景色が良く見える。
学校のグラウンドだって、その向こうに広がる住宅街だって、本当によく見える。
僕は思う。他人の心の中もこんな風に見ることが出来ればいいのに、と。
――その時だった。
ガチャ、キィーーーーッ
すっかり錆びついた扉が開く音が聞こえてきた。
僕は弾かれたように振り向く。
そこには、マフラーで顔の半分を埋めた、蓮華が姿を見せていた。おずおずと、屋上に出てくると、僕から視線をチラチラと外しながら、声を出した。
「あ、あの、なにかな……? 屋上なんかに呼び出して……」
僕は舌で唇を小さく舐め、拳を握りしめた。
そして、言う。
「急に呼び出してゴメン。こんな寒い所に」
「……ううん。大丈夫、だよ」
僕は勇気を出す。
今までの生涯で一番の勇気を。
「あ、あのさ……」
「うん……」
「……ぼ……ぼ、僕。蓮華のことが――――」