第九話 おっさん軍師、異世界食堂を堪能する。
酒場へと向かいます。
俺はリッケルトの案内で『歌う狼亭』へと向かった。
「しかし、『歌う狼』だなんて、面白い名前だね。
歌う狼。どんな狼なんだろう」
「ははは。歌う狼というのは実際に歌っているわけじゃないですよ。
狼の遠吠えの事です。まるで物悲しい歌を歌っているように聞こえるでしょう」
俺はそう言われて、以前見た映画の一シーンを思い出した。
一匹狼が岩山の上で長い長い遠吠えをあげるシーンだ。
確かに、哀愁漂う歌を歌っているような感じた。
「なるほど、確かに。
狼の遠吠えは歌を歌っている様に聞こえる」
「『歌う狼亭』は元冒険者だった夫婦がやっている店なんですよ。
それもあって、客は冒険者が多いのです」
冒険者…。
この世界にも居るのか。
傭兵団もあったが、冒険者と棲み分けが出来ているという事なんだろう。
「なるほど、冒険者の宿というわけだ」
「えぇ。連中は羽振りが良いですからね。
それに下町の店ですが、一ランク上の美味い飯が出るんですよ」
「冒険者というと荒っぽいのも居るって印象だけど、騒ぎを起こしたりしないの?」
「ははは。
あの店に限ってそれは無いです。
マスターは元上級の冒険者ですから、生半可な奴では手も足も出ません」
「なるほどね。それは確かにそうだ。
ところで、冒険者ギルドみたいな物はこの街にあるの?」
「ありますよ。
冒険者ギルドは大抵は半官組織なので国ごとに違う組織ですが、この王国にも冒険者ギルドがあり、ブラムデンにも支部があります」
「半官組織?」
「冒険者って何でも屋的な職業なんですが、個人営業の傭兵の様な一面も持っていますから、国として把握しておく必要があるのです。
国が冒険者の身分保証をし色んな便宜を図るかわりに、戦争が起きれば招集が掛かりますし、上級者になれば国から直接指名依頼が来ることもあります」
「ほう。
という事は、今後この国で活動する事を考えるなら、冒険者として登録しておいた方が良いのかな」
「ヴァイス殿の身分保証はバノック男爵家がしますから、無理に登録する必要もないとは思いますが」
しかし、時代劇の〝浪人の用心棒の先生〟みたいなのはちょっと嫌なんだがな…。
「冒険者ギルドに所属しておけば情報収集も出来るから一応入っておこうかなと。
そうだ、商売するにはやはり商業ギルド的な物にも入る必要があるの?」
「ええ、そうです。
街の中で商売するには商業ギルドに登録する必要があります。
冒険者ギルドと違って商業ギルドの登録には、昔からの住民以外は紹介状が必要ですから、登録していない人たちは城壁の外で露店販売しているのです」
なるほど、あのフリーマーケットみたいなのはそういう理由もあるのか。
「もし、商業ギルドに加入されるならバノック男爵家で紹介状を用意しますよ。
ヴァイス殿は素晴らしい鍛冶の腕をお持ちですから、店を出せば話題になるでしょう」
「はは、実際に商売をするかどうかはわからないけど、加入だけでもしておこうかな」
「わかりました。
それでは紹介状は、明日にでも宿に届けさせますよ」
「ありがとう」
『歌う狼亭』迄の道すがら、ブラムデンの街を案内してもらった。
冒険者ギルドや商業ギルドの場所は勿論の事、武器や鎧などの装備を扱っている横丁、雑貨屋や衣服屋などが軒を連ねる横丁といった専門店街の様な場所も教えて貰えた。
仕事中は真面目な隊長といった感じだったリッケルトも仕事の外で話してみれば案外洒落っ気のある男の様で、色町や酒場や賭博場などがある繁華街などにも詳しかった。
当人は色町や賭博場などには行かないと言っていたが、その割に詳しい気がした。
色々話している中でリッケルト本人の事も聞くことが出来た。
リッケルトはバノック男爵家の与力として仕える従士長の家柄で在地騎士の身分を持ち、小さな村らしいが領地もあるそうだ。
今は家族とは別に男爵家の屋敷の敷地の一角にある従士が住む宿舎に単身赴任で滞在しているそうな。
勿論というか妻子持ちで、妻子は領地にある自分の屋敷にいるとの事。
今回俺とリッケルトが出会ったのは偶然としか言いようが無いが、無事にブラムデンに来れてよかったな。
「ここが『歌う狼亭』です」
リッケルトに言われて店を見ると、如何にもファンタジー世界の酒場という感じの店で、二匹の向かい合って座った狼が天を仰いで遠吠えをしている、そんな意匠の木彫りの絵が描かれた看板が掛かっていた。
中に入ると客によってほぼ埋まった丸テーブルが八つ程並んでいて、その奥に十五脚程並んだカウンターが見えた。カウンターも客で半ば埋まっていて、それなりに繁盛している店の様だ。
リッケルトに聞くと建物は三階建てで一階は酒場兼食堂、二階と三階が宿との事。
ただ、リッケルトはこの店に宿泊した事が無いとの事で、どんな宿かは知らないそうだ。リッケルト達には男爵家の宿舎があるのだから、わざわざ下町で宿をとるような事は普通ないか…。
見渡したが、毛皮を売っていた獣人はまだ来ていないようなので、兎も角飯を食う事にした。
リッケルトが頼んだのは、ここの名物料理の一つらしい豚の腸詰の煮込みだ。後はやはりというか、例のぬるくて酸味の強い黒い発泡酒。
この店だと、果実酒も頼めるらしいが、リッケルトは発泡酒が好きらしい。
付け合わせの酢漬けと蓋付きの大きなジョッキになみなみと注がれた発泡酒がテーブルに届くと、まずは生還を祝って乾杯した。
「ヴァイス殿、今回はお疲れ様でした。
お陰で私は命を拾うことが出来ましたよ」
「いやいや。
自分も姫様を無事に送り届けることが出来て胸をなでおろしている。
まさか俺も、姫様一行が傭兵団に襲われている所に出くわすとは思いもよらなかったからな。
男爵家の詳しい事情は聞かないでおくが、執事殿が俺に新たな仕事を頼むかもしれないと言っていたが…」
「そうでしたか…。
恐らく新たに仕事をお願いする時は、姫から詳しい事情が話されるかと思います」
お家騒動に巻き込まれそうで、正直気が乗らないのだが…。
「了解した」
会話が一息吐いた所に、ぐつぐつとまだ煮えている土鍋がやって来てテーブルの真ん中に置かれた。
「さて、煮込みも来たことだし、仕事の話はここ迄にして頂きましょう」
「そうしよう」
土鍋を見ると、ほう、これは…。
まず目につくのは赤いスープ、これはトマトか?
そのスープで煮込まれるのは太くボリュームのある腸詰めに、ジャガイモに人参、玉ねぎといった野菜が大きくカットされゴロゴロと入っている。これをフォークで突き刺して食べるらしい。
しかし、二人分にしては多くないか。
そんな事を思いながら食べてみると、美味くて腹も膨れるし、しかもそれなりに塩っ気が効いているので酒のつまみにもぴったりだな。流石リッケルトは良い店を知っている。
それにあらかた食べ終わったら、残ったスープに麦飯とチーズを入れて再度煮込んでリゾット的な料理にして締めにするらしい。
ふふ、中々にイケてるじゃないか。
俺達が煮込みに舌鼓を打っていると、後ろから声がかけられた。
「同席して良いかニャ?」
振り返ると、毛皮売りの獣人の娘が包みをもってきていた。
「ああ、ここに掛けてくれ」
リッケルトが獣人に席を勧める。
「早速だけど、これニャー」
そういうと、包みから黒く艶やかな毛皮を取り出す。
改めて近くで見ても触り心地が良さそうに見え、物の良さがわかる。
リッケルトが受け取ると早速と物を確かめる。
「ほう、これは素晴らしいな。
毛皮の良さは勿論の事、処理もうまくしてある。
中々の品だ」
それを聞いて獣人の女は鼻高々という風だ。
案外、自分で狩って処理したものかも知れないな。
「これ程の品は中々ないニャ」
「うむ。
気に入った、買おう。
幾らだ」
「これは金貨で二枚ニャ」
金貨で二枚って幾ら位の価値なんだ。
俺はヘルプ画面を開くと試しに貨幣価値を調べてみた。
すると、金貨一枚が大体日本円で十万円ほどの価値だと表示された。
という事は、二十万という事か。
しかし高いんだか安いんだか、さっぱりわからんな。
ちなみに、男爵家が報酬としてくれたのは金貨が十枚だった。
つまり、百万か。
二日間の警護料だと考えれば随分と割りの良い仕事だったな。一日目は兎も角、辺境伯領に入ってからは何も無かったからな。
リッケルトは特に価格交渉をする事もなくお金を払った。
流石に従士長ともなると高給取りなのかな。
「良い品が買えた」
「ありがとうニャ!」
「そうだ、もう飯は食べたか?
まだなら一緒に食べて行かないか」
男二人飯よりは一人でも女が居た方が良いのは確かだな。
もしかして、それを見越して多めに頼んでいたのか?
やるな、リッケルト。
気配り上手は出世できるぞ。
「ご飯はまだニャ。
じゃあ、言葉に甘えるニャ。
ところで、お兄さんたちはなんて名前ニャ。
あたしはキーラニャ」
「私はリッケルト」
「ヴァイスという」
「キーラは黒の森で狩人やってるニャ」
「ほう、黒の森。
あの森であれば、この品は頷ける。
だが、あの森は魔物が居ると聞く。
危険ではないか?」
「危険はあるニャ。
だけど、キーラの部族が住む森にも魔物は普通に居るニャ」
「なるほど、森で生き抜く知恵があるのだな」
リッケルトに褒められてキーラの尻尾がフリフリと機嫌が良さそうに動いている。
俺はその尻尾を触ってみたい衝動に駆られるが、何とか我慢する。
尻尾を触る代わりに俺も会話に入る。
「狩人は長いのかい?」
「キーラの部族は六歳になればみな狩人になるニャ。
里を出て来たのは三年前かニャ?」
「へえ、六歳から。
ところでキーラは幾つなの?」
「キーラは今年で十八歳ニャ」
十五歳で里を出たのか。俺の感覚だと高校生じゃないか。
「キーラの部族では十五歳で成人?」
「そうニャ。
十五歳で成人して、狩人として独り立ちするのニャ」
「その辺りは私達と変わらないのだな。
私も十五で成人して従士見習いとなった」
俺は日本で普通に二十歳で成人、そして二十二歳で大学を卒業して就職したから、この二人の常識からしたら随分社会に出るのがおそい感じか。
「そう言えば、お兄さんは貴族様の車列で馬に乗っていたニャ」
「そうだったな」
「そっちのハンサムなお兄さんは服装が違うけど、何をしてる人ニャ?」
「国を失って放浪している元騎士さ。
最近この国に流れてきて、縁あってリッケルト達と今日この街に来たばかりさ」
「このヴァイス殿はご自分では〝放浪の騎士〟などと言われているが、一廉の人物だぞ」
酒が回って来たリッケルトがフォローを入れてくれるが、俺はまだ地に足が付いていないぞ。
「おお、やっぱりハンサムなお兄さんは強いんだニャ。
キーラは絶対そうだと思ったニャ」
キーラの言葉に周りの客の視線が俺に集まった。
勘弁してほしいよ…。
「はは、それ程では…」
「ハンサムなお兄さんはどこに宿とるのニャ?」
「ん?
自分はこの宿に宿をとる予定だが」
「それは良いニャ。
今晩、キーラと寝るニャー」
そういうとキーラは肉食系女の笑みを浮かべ舌なめずりをした。
「いや、俺は女を買う気は…」
「お兄さん失礼だニャ。
キーラは商売はしないニャ」
「ははは。
獣人の女に誘われるなんて武人として名誉なことですよ。
彼女たちには本能的に強者を見抜く能力があるとか」
「そうニャ。
あたしたち獣人の女は匂いで強い男がわかるニャ。
このハンサムなお兄さんからは強者の匂いがプンプンするニャ。
獣人の女が成人して狩人として独り立ちしたら郷を出るのは、外に強い血を求めるという意味があるニャ」
俺が困った表情を浮かべていると、リッケルトが笑いながらとどめを刺しに来る。
「ヴァイス殿、心配しなくてももし子が出来てもヴァイス殿に迷惑が掛かることは無いと思いますよ。
ご存知だとは思いますが、生まれてくる子は母親の種族を受け継ぐから、獣人の母親から生まれる子は獣人ですし」
なんと、この世界では子は母親の種族を受け継ぐのか。と言う事は、この世界にはハーフは存在しないのか。
「そういう事ニャ。
キーラの父親も人間の冒険者らしいけど、会ったことも無いニャ」
本音を言えばキーラは美人だし、身体を触ってみたいという欲求はかなりある。
だけど、前世の倫理観が邪魔して素直に喜べないのだ。…だがしかし。
「ふむ…。
そういう事なら、自分も男だしな」
「やったニャー」
俺達はその後、煮込みを三人で平らげてリゾットで締めた。
流石名物料理、また食べたくなる美味しさだな。
リッケルトはまた後日と言い残して帰っていった。
そして俺は、キーラとしっぽりとした夜を過ごしたのだった。
猫登場です。