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第七話 おっさん軍師、辺境伯領を行く

辺境伯領を領都に向けての旅路です。





宿屋の一階にある酒場に降りていくと、既に護衛達は朝食をとっていた。

俺の分も注文しておいてくれたらしく、降りて来た俺に気が付いたリッケルトがここに座るように手招きしてくれた。


朝食はというと、昨日の夜と変わり映えする事無く、腸詰に蒸かし芋、それに黒パンと酢漬けだ。

毎日同じものを食べていて飽きないのかとも思ったが、腸詰の味付けが変わっていて、昨晩の物は黒コショウが効いていた感じだが、今朝の腸詰はバジルだろうかハーブの香りが良く効いた味付けの物に代わっていた。

他にも酢漬けが、葉野菜からズッキーニだろうか西洋胡瓜の様な野菜の漬物になっていた。

食事中の護衛達を見てみれば、それらを自分で好みに合わせてナイフでスライスして黒パンに挟み、サンドイッチの様にして食べているのだ。


俺も真似をして食べてみたが、これはこれで美味しいな。昨晩の脂っこい腸詰と違い今朝の物はそれ程でもないし、何よりこの腸詰には酢漬けがよく合う。

食べなれない酸味の強い黒パンの風味がうまく隠れて、実に良い感じだった。


飲み物はというと、皆朝から例の常温で濁った黒ビールをまるで水を飲むように飲んでいるな。これから仕事だというのに飲酒をして大丈夫なのだろうか。


俺だけ別の物を飲むというのも気が咎めるので黒ビールを飲むのだが、やはり日本のよく冷えたビールこそ俺の中ではスタンダードなだけに、苦みよりむしろ酸味が強いこの黒ビールは、どうにもビールとは違う別の飲み物の様に感じてしまう。

勿論、飲めない程まずいという訳では無いのだが…。


俺達が朝食を終え、出発前の装備点検などの準備を進めていると姫とその一行がしずしずと降りてくるのが見えた。


とはいえ、このハイエンドな宿屋にあっては姫は〝掃き溜めに鶴〟という程特別な訳では無いのだが、これはこれで絵になる光景に感じた。


もっとも、この宿をよく見れば俺達がいた酒場の区画は俺達の様な護衛や使用人などが利用する場所で、この宿に泊まる本来の客というのは、この区画の奥にあるレストランや個室もある喫茶室、或いは自分の部屋で食べるのが普通のようで、朝の出発時刻が近くなると如何にも上流っぽい一行が彼処から出てくるのが見えた。


姫が俺達の前まで来ると声を掛けて来た。


「リッケルト、それにヴァイス様。

 ブラムデンまであと少しですが、最後までよろしく頼みます」


「はっ」


「はい」



俺達が返事をすると姫は微笑み返し、既に準備を終えている馬車へと乗り込んだ。


リッケルトの話だと、ここからブラムデンまでの街道には辺境伯の警備兵の巡回もあり、何か起きるという事はまず無いだろうとの事だ。



そして俺達は出発し、男爵領に比べ格段に整備された街道を車列は進んでいく。


今日は天気も良く、遠くに田園風景が見えたりとのどかな感じだ。


恐らくそのように整備されているのではないかと思うのだが、辺境伯領に入ってから街道が整備されているのと同じ様に街道が走る平野は開けており、森は遠くに見えるばかりで森の中を抜けるどころか近くを通る事も無い。


その事をリッケルトに聞くと、見通しを良くすれば巡回の警備兵が異常に気付きやすく、待ち伏せをする事も困難であったりと明らかに治安が良くなるらしい。


ただし、ここまで整備するにはそれなりの費用が掛かり、辺境伯ほどの大身の貴族でもないとここ迄は手が回らないとの事だ。


ちなみに、辺境伯というのは伯爵とついているが実質的には侯爵で、これ以上の爵位は王族がなる領地を持たない公爵が最上位。

王族ではない貴族に与えられる最上位の爵位が侯爵で、彼らは王都近くに領地を持つがそれ程大きな領地を持つわけではない事を考えれば、辺境伯は実質的に国王に次ぐ広さの領地を任されている国の守りの要とも言える。


そして、辺境伯の寄り子の男爵領は中央の侯爵領よりも領地が広くなる場合もあるが、その領地の大半は未開の土地で幾つかの村を領するだけという領地も少なくない。

勿論、人を入植させて未開の土地を開拓して人口と耕地を増やせば領地は豊かになるし、それを期待されても居るが、同じ広さでも中央の侯爵領と辺境の男爵領ではその価値に天と地ほどの差があるのだ。


リッケルトと雑談しながら、そんな前世で覚えた蘊蓄を思い出していたら、車列が街道沿いに設けられた休憩地へと入って行くのに気が付いた。


気が付けば既に日は高く、昼食時の様だ。


休憩地には警備兵用の簡単な中継所があり、パトロールをする警備兵が街道沿いに整備されているこれらの中継所を拠点に活動しているらしい。


その為、昼間は警備兵が常駐している事もあり、旅人はここで休憩をとる場合が多いのだとか。


勿論、それを維持するためにはそれなりの数の警備兵を雇っておく必要があり、矢張り辺境伯の大身ぶりが伺えると言う物だな。



一行が休む場所を確保すると、警備兵たちがテキパキと馬車を固定させたり馬の世話をしたりと仕事を始める。


姫が乗る馬車からも使用人や侍女が降りてきて、日傘を立てたりテーブルをセッティングしたりと慌ただしく準備を始めた。


俺はというとそういう風景を物珍しそうに見ている訳だが、周りが働いているとそわそわしてしまうのは長年培われたサラリーマンの習性なのかもしれないな。


このままでは気持ちが落ち着かないので手伝いを申し出たのだが、やんわり断られてしまった。


姫達は、使用人が馬車から出して来たバスケットに入れられた昼食を食べる様だ。

恐らく宿屋で用意させたのだろう。


護衛達はと言えば、備え付けの石竈に薪を入れて火を熾し、昼食の準備を始めていた。

通常、野営であれば警戒をしながらになる為、食事は干し肉を齧ったりと簡単に済ますのだそうだが、こういう警備兵が居るような休憩地では暖かい昼食を食べるらしい。


何を食べるのかと聞いてみると、腸詰を鍋の湯で温めて炙った黒パンと一緒に食べるらしい。腸詰を温めるのに使った湯も無駄にせずスープとして飲むとの事。


なんとも、ここの連中というのは本当に〝腸詰を愛している〟と思う程腸詰を食べるのだな。


今回食べる腸詰は乾燥させた物で、サラミの様な物だった。

この乾燥腸詰は腐敗しにくく日持ちがするので、外に出る時はこれを持っていくのだそうだ。


この食事での飲み物は黒ビールでは無かった。俺にも出してくれたので飲んでみたが、甘酸っぱい果実酒の様で、これはひょっとして林檎の酒なのだろうか?

そんな香りがした。



食事を終えた後、俺は食後のコーヒーを飲みたくなったので、無限工房でコーヒーをクラフトして取り出す。


カップに入った状態で湯気の立つ褐色の液体を取り出すと、香りを楽しむ。


うむ。流石にマスタークラスのコーヒーは美味いな…。

ゲーム中で作るコーヒーは例えマスタークラスだろうとあくまで精神力回復効果のあるアイテムでしかなかったが、この世界で淹れるコーヒーは勿論そんな物とは違い本物のコーヒーだった。


俺が香ばしい香りをする飲み物を飲んでいると、護衛達が興味を持って側に寄ってくる。


「ヴァイス殿、それは何と言う飲み物なのですか?」


「これはコーヒーという。

 豆を炒って細かく砕いた物を煮出し、その豆を濾した物だ」


「豆ですか?」


「〝コーヒー豆〟という品種の豆で、暑い地方で採れる豆だった筈だ」


「暑い地方ですか。この国では採れそうにありませんね。

 どんな味なのです?」


俺はもう一杯出すと彼に手渡す。

ちなみに、このコーヒーは苦みより酸味が強いタイプのコーヒーだ。


護衛の一人が受け取るとまずは鼻を近づける。


「香ばしい、独特の香りがしますね。良い香りです」


そして一口、口に含んでみる。


口に含んだ瞬間少し顔を歪めるが、すぐに表情を戻す。


「ふむ、苦みがありますが酸味が口に広がるにつれ美味しく感じます」


どうやら、酸味のあるコーヒーは彼らの味覚に合った様だ。

苦みに重点のあるコーヒーだと、また別な感想だったかもしれないな。



一人が飲んでおいしいと感想を述べれば、他の護衛も飲みたいと言い出して回し飲みを始め、最後にリッケルトが残っていたのを飲み干した。


「ほう、確かに。

 独特の苦みと酸味がある飲み物ですな。

 なにより香りが良い」


「ええ、この煮出した後の豆を袋に詰めて匂い消しにする人も居ますよ」


「はは。なるほど確かに。香りが高いから臭い消しにもなるでしょうね」


「それに安息効果もありますから、ゆったりした気持ちで静かに飲めば、気持ちが落ち着き精神的な疲労を癒します」


「ほう、それは良いですな。

 しかし、先ほどの話だとこの国ではなかなか手に入れるのは難しそうです」


「そうですね。暑い地方の産物を扱う商人が居れば聞いてみるのも良いかもしれません」


「おお、そうですね。今度、機会があれば聞いてみるとします」


程なく姫達も食事を終え、慌ただしく片付けると再び車列を連ねて領都へと街道を進んでいく。


道中商隊らしい車列やパトロール中の警備兵とすれ違ったりしたが、午後からも特に問題も無く順調に車列は進む。



ただ、小旗が付いた槍をもった騎兵が何度か行きかうのを見かけた。


気になったのでリッケルトに聞いてみると、あれは辺境伯の伝令だそうだ。


本来は戦争の時に使う伝令らしいのだが、辺境伯が急ぎの命令や手紙を出したりするときに伝令を出す事があるらしい。


つまり、何か伝令を出すような事が起きている可能性があると。


しかしリッケルトは、伝令を出す事はそれ程特別な事でもないので危惧する必要は無い、とは言ってくれたが、俺は妙に気になったのだ。


そして日が傾きだしたころ、俺は遠くにある巨大な城塞都市を眼中に収めたのだった。





特別な事は特に起きる事も無く領都へ到着です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 水なんて危なくて飲めない中世欧州じゃあエールや酒類が常飲されてるわけで、酸味のある黒パン。ライ麦ならクワスも飲まれてるハズ?
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