第六話 おっさん軍師、不思議な夢を見る
無事辺境伯領へと入り、宿屋街で一泊です。
俺達はその後街道を進み、無事に辺境伯領へ入ることが出来た。
リッケルトに聞くと辺境伯領の領都ブラムデンまではまだ距離があり、日も暮れて来たので一番近い宿屋街ルガスラウで一泊する事になった。
翌朝出発して何事も無ければ、その日のうちにブラムデンへと辿り着くことが出来るとの事だ。
ルガスラウは街道沿いにある人口五千人程度の宿屋街らしい。
街の外観は、警備兵が常駐する高い城壁に囲まれた典型的なファンタジー世界の街、という感じだ。
街に入ると各種グレードの宿が幾つかあり、行商人などが良く利用する街だそうな。
姫の使用人が一行の宿の手配をしたが、俺も姫の警護を請け負っている事もあり、同じ宿に部屋を取ってくれた。
流石に貴族が宿泊する宿だけに、この街で一番グレードの高い宿だった。
姫達は部屋で食事をとるとの事で、俺は護衛達と宿の食堂で飯を食べる事になった。
料理名ではどんな料理かわからないのでリッケルトに任せたのだが、出て来たのは腸詰、ポテトを蒸かした物、それに葉野菜の酢漬けだった。
妙に既視感が有ると思ったら、ドイツの郷土料理に似ている気がするな。
パンは無いのだろうかと聞いてみると黒い四角い塊がそれで、リッケルトがパン切ナイフでスライスして切り分けてくれた。
日本人にはなじみのない黒いパンで、少々食べにくかった。
この国の宿での晩飯は、基本的には常温の濁った自家製ビールを呷りながら、腸詰や芋を齧るそうだ。
パンはお好みでって言う所か。
腸詰は普通の家でも作って居るらしく、それぞれの家庭の味というのがあるのだと語ってくれた。
なんだかドイツ人と話しているみたいだな。
リッケルトと飯を食べながら、この国や周辺諸国などの話を聞かせてもらう。
この国の名はルロイシュ王国。
この国が存在する大陸では東部に位置し、ルロイシュ王国の東にも更に大小幾つかの国があったらしい。
その国々と領土争いが絶えなかったそうだが、先代ルロイシュ国王の代に東の国々を全て征服して平定したそうだ。
例の傭兵団「鉄斧団」団長が居たグーベック王国というのは、その時に征服された小国の一つらしい。
この辺境伯領は元々はそうやって征服された国の領土で、男爵領も同じ。
征服戦争で功績のあった者達に新たに征服した土地が恩賞として与えられたと。
辺境伯領の東側に男爵や子爵達に与えられた土地があり、辺境伯はそれらの貴族の寄り親という訳だな。
そして男爵領の東には広大な未開の森林地帯が広がっていて、そこには蛮族が部族社会で暮らしているらしい。
普段は交易などで細々とした付き合いがある蛮族だが、深刻な飢饉などが起こると各部族を糾合して王が立ち、糧を求めて大挙西進してくる事があるらしい。
とはいえ、前回の蛮族の西進はもう百年以上も前の事らしい。
ルロイシュ王国の西は三つの国に接しており、北西にアルスター王国、西にエルスタル王国、南西にヴァルレモ王国がある。
アルスター王国は北部が海に面しており、そこに存在する幾つもの島を領有する海運国で商業が盛ん。同じく北部に海があるルロイシュ王国の交易相手でもあるそうだ。
エルスタル王国は肥えた土地に恵まれた伝統的な農業国で、ルロイシュ王国の友好国だ。以前の蛮族の西進の時にも真っ先に援軍を派遣してくれた間柄だそうだ。
ヴァルレモ王国は国土の中央に大きな湖を領する国だが、南部は乾燥地帯で砂漠もあるらしい。
先代のルロイシュ王の妃がヴァルレモ王家の姫という事もあり、この国も友好国だ。
エルスタル王国の西には広大な領土を持つオルレード帝国という大国があり、この国は伝統的に拡張主義で、元々はずっと西に位置する小国だったのが征服を繰り返し、ついに先代の皇帝の代にエルスタル王国と国境を接するまでに国土を広げたらしい。
ヴァルレモ王国とエルスタル王国、オルレード帝国との間には竜の背と言われる峻嶮な山脈が遥か西まで続き直接の行き来は困難な為、エルスタル王国はルロイシュ王国を経由して交流があるが、オルレード帝国の南進はほぼ不可能。
北のアルスター王国は重商主義ではあるがその軍隊は精強で海軍力は屈指、そして大陸の外にも領土を持つ。
海をアルスター王国が押さえているようだ。それで、オルレード帝国は陸を東に向けて領土を広げて来たという訳か。
リッケルトの話だと、エルスタル王国の西にあった国の征服から既に数年を経ており、オルレード帝国が更に東、つまりエルスタル王国を攻める可能性は常にあるとの事だ。
その場合、恐らくルロイシュ王国は援軍を派遣する事になるだろう、とも。
なるほど、なんともきな臭い話だ。
ちなみに、先代のルロイシュ国王が薨去したのが一昨年の話らしい。
俺は色々と話を聞かせてくれたリッケルトに礼を言うと、流石に今日は色々とあり過ぎて疲れたので先に休ませてもらう事にした。
俺のこの身体は兎も角、中の人はただの日本人だからな…。
部屋に入ると装備を片付け、手早く寝巻に着替えるとベッドに潜り込んだ。
やはり疲れていたのか直ぐに意識を手放した。
筈なのだが…。
ふと、真っ白な空間に立っている自分に気が付いた。
「気が付いたか」
俺は唐突に話しかけられた声に反応して辺りを見回すが、真っ白な空間には誰も居なかった。
「だ、誰だ?」
「ふむ、やはり姿が見えないと落ち着かないか」
そう声がすると、いきなり目の前に椅子とテーブルが現れ、椅子には白い服を着た女性が座っていた。
俺は突然の出来事に思考停止してしまう。
夢の中で恐ろしく非現実的な出来事が起こっているにもかかわらず、あまりにもリアルに感じられたのだ。
「そこで呆けてないで、椅子に掛けたらどうだ」
女性はそういうと、もう一つの椅子に座るように手を差し伸べる。
俺は言われるがままに椅子に座った。
この女性は…いや、果たして女性なのか?
胸があるから女性に見えるが、その容姿は余りにも整いすぎていて、女性にも男性にも見えた。
こういうのを中性的というのだろうか…。
「私は…、そうキミが理解し易い言葉で言えば『管理者』だ」
「管理者…? 神…、神様なのですか?」
「神か…、神でも間違いではないが、『管理者』が一番正しいだろうな」
「管理者ですか…」
どういう事だ?
管理者というのは神では無いのか?
「管理者というのは…、そう、神ではない。
神とは、キミが理解できる言葉でいうならば、私が管理する『窓口』の様な物」
窓口だと…?
「眞城勇人、キミは別の世界の管理者から私の管理する世界に託された。
キミはそれを前の世界の管理者から既に聞かされている筈だ」
ロアさんの事かな? そう思っただけなのに、返事があった。
「ロアは別の世界の管理者と神の間にいる存在。そうだな、管理者の部下の様なものだ」
「なるほど…」
どうやら心を読まれている様だ。
「まあそんな事は良い。
キミをここに呼んだのは、異世界から来た住人に直接会っておきたかったからだ。
この世界に来るときに、この世界で唐突に目を覚ましただろう」
「確かに、ゲームを始めたつもりが平原で唐突に目を覚ましました」
「通例であれば私か私の部下が一度会って受け入れを行うのだが、今回は別の世界から身体を転移させ、更に別の世界から魂を転移させてその身体に入れるという、普通ではやらないやり方で受け入れたからな」
確か、ロアさんからの手紙にそんな事が書いてあった…。
「更には向こう側の管理者の要望で特別な処理を魂に書き込んだから、キミはゲームをやっているような感覚になっているだろう」
「なってます…。お陰で最初ゲームが立ち上がってるのかと思いました…」
「ふふ。こういう処理をやるのは初めてだったが、楽しませてもらったよ」
俺はそれを聞き思わず苦笑いしてしまう。
そして、ふと気になって居た事を聞いてみた。
「ところで俺…、前にやっていたゲームのキャラクターそのままなんですけど…。
大丈夫なのでしょうか?
『すべてを究めし者』とか…」
「ふふふ。そんな事か。
気にしなくていい。
何の問題もない。
この世界の神にも繋いでおいたから、スキルも使えただろう?」
そんな事までやってくれてたのか。
「確かに使えましたけど…。
この世界の人達より明らかに強すぎると思うのですが、この世界のバランスを壊しませんか?」
「そうだねえ。
確かに、この世界の普通の人よりは確実に強いだろうね。
じゃあ一つ聞くけど、前のゲームの世界でそのキャラクターは全てを限界まで極めていた訳だけど、
そのキャラクターは最強だったかい?」
適正レベルのコンテンツで遊ぶならグループを組んだりレイドを組んだりしないと、一人では何もできなかった。
でも、それはゲームだし…。
「そうだろう?
そうゲームと同じなのさ。
キミは確かに今現在『すべてを究めし者』の称号に恥ずかしくない卓越した能力を持っている。
しかし、この世界のバランスを壊すほどキミは最強だろうか?」
「で、でも、人の世界のバランスを壊してしまうほど強い様な気がするのですが…」
「あのね。
ボクにとっては、この世界の全てが等しく無価値なのさ」
なんてことを言うんだこの人は…。これが『管理者』なのか?
俺の心の声を聴いた管理者はニヤリとする。
「だけど、ボクにとってこの世界の全てに等しく価値がある。
キミは確かに人の理の中では飛びぬけた能力を持つ。
だけど、ボクにとっては単なる窓口に過ぎない神に比する能力がキミにあるかと言えば、キミの能力は遠く及ばない。
神はそもそもこの世界の理の外に居る存在だしね。
そして、実はキミは人の理の中ですら最強かどうかは分からない。
神がギフトを与えた特別な存在がこの世界にも存在する。
そういう存在は時には人の理を超えた力を発揮する。
なぜなら、そういう存在が相手にするのは人の理を超えた存在である場合が往々にしてあるからだ」
俺はこの世界では普通の人に過ぎないのか…。
「ふふ、その通り。
キミが人の理の中に居る事は間違いない。
だけど、改めて能力値を開いて見なよ」
「え?
ス、ステータスオープン」
この夢の様な不思議な世界ですら、ステータス画面が表示された。
ぱっと見は、以前見た時と同じ。
しかし、もう一度じっくり見直したときに一つ加えられている点に気が付いた。
『すべてを究めし者(全能力上限ボーナス、限界突破承認済み)』
俺は思わず管理者の方を見た。
「どうやら気に入ってくれたようだね。
普通、全ての存在は神が窓口になって管理する。
だけど、キミは特殊だからボクが直接管理するんだ。
でも、キミにはボクからは何のギフトもあげられない。
そもそも管理者はギフトをあげたりしないからね。
だから、その代わりに限界突破を認めてあげるよ」
「大丈夫なのでしょうか…」
「限界突破したからって、簡単にレベルが上がる訳じゃない。
元のゲームの世界で弱い敵を倒しても経験値が入らなかったのと同じく、この世界でもレベルに見合う事を為さない限り、レベルは上がらない。
つまり、それはキミ次第というわけさ」
「レベルに見合う事を為す…」
「そういう事さ。
おっと、ちょっと引き留め過ぎたね。
ここで私と会って話したことは、キミにとって夢と同じ記憶になる。
起きて覚えているかは夢と同じという事さ」
「そ、そんな…」
すごく大事な話を聞いたと思うのだが…。
「じゃ、機会があればまた会おう。
キミの事はいつも見ているからね」
俺は唐突に意識を失った。
翌朝、リッケルトが部屋まで起こしに来て目が覚めた。
俺が出てこないから心配して起こしに来てくれたらしい。
俺は起きてふと思った。何か、物凄く大事な夢を見た様な気がしたのだが…。
思い出そうとするが、白い女性が出て来た夢を見た事くらいしか思い出せなかった。
うーん、どんな夢だったのか。
それは兎も角、慌ただしく着替えると階下へと降りて行った。
今日は朝から領都ブラムデンに向かうのだった。
夢って、何故か部分的にしか覚えていないんですよね。