第四話 おっさん軍師は無双だった
待ち伏せている敵に奇襲攻撃を掛けます。
俺達は街道から森に入ると姫の乗った馬車を木陰に隠した。
「リッケルト、敵への奇襲には人数が居た方が良いのは事実ですが、ここの守りが少な過ぎては本末転倒になります。
ですから、私と貴殿は別行動としましょう」
「確かに…。
どう分かれますか?」
「奇襲策を提案したのは私ですから、リッケルトは姫の警護に残ってください。
ここにはリッケルトの他、護衛を二人。
この位は居なければ、何かあった時に厳しいでしょう。
残りは私と共に奇襲へ」
リッケルトは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ヴァイス殿に危険な役目を任せるのは心苦しいのですが…。
それでお願いできますか」
「引き受けた。
護衛の組み分けはリッケルトにお任せする」
「了解した」
リッケルトと部下達で少し打ち合わせする。
「では、ハンスとヨハンは姫の護衛に残します。
残りはヴァイス殿と共に行きますから、指揮をお任せします」
残るのは一番ガタイの良い大男のハンスと細い感じの優男のヨハンか。
「承知。
では、ハンスにはこれを。そしてヨハンにはこれを」
俺は無限工房で作り出したハルバードをハンスに、そしてクロスボウをヨハンに渡した。
賊の装備が分からないから、此方が多少でも優位に立てる武器があった方が良いだろう。
「これは?」
「この辺りで使われているかどうかは分かりませんが、ハンスに渡したのはハルバード、ヨハンに渡したのはクロスボウと言う武器です。
ハルバードは膂力に優れた者が使えば無双の強さを発揮出ますが、扱いが難しい武器でもありますから、もし扱えそうになければ普段の武器を使ってください。
クロスボウは訓練が無くとも撃てる弓の様な物です」
「ハルバードはこの辺りでは見かけない武器です。確かにハンスが使いこなせたならば良い得物となりそうです。
クロスボウは西の方で良く使われている武器で、この辺りにも少しは入って来ています」
クロスボウにはデメリットもあって、使わない国もあるからそれは仕方が無いだろう。
「なるほど、では一応このクロスボウの使い方を教えておきましょう」
俺はクロスボウの使い方をヨハンに教える。
今回は非力な者でも扱える、脚で本体を固定するとレバーを操作して梃子の原理で弦を引くタイプのクロスボウを出しておいた。
ヨハンは目端が利く男の様で、一通り教えたら器用に使いこなしてみせた。
「それでは、我々は行くとします。
日が落ちると厄介ですから」
「ご武運を」
「では」
俺と残りの護衛達は予め決めておいた奇襲起点まで移動した。
「さてと。
ここからは私が先頭に斬り込むので、貴殿らは私の少し後方より追従し討ち漏らした敵の相手をしてほしい。
討ち取れればそれが一番。しかし、討ち取れそうになければ無理に討ち取ろうとせず、押さえておいて貰えればいい。
まずは生き残る事を第一に考えて行動する事。
私一人が突出して貴殿らを置いていくような事はしないので、そこは安心してくれていい」
護衛達は顔を見合わせると頷いた。
「わかりました」
「うん。
あと、そのままの格好では奇襲に都合が悪い。
今から渡す物を鎧の上から羽織ってほしい」
俺は無限工房を取り出すと鎧の上から羽織るタイプのポンチョを人数分作り出す。
このポンチョの布は魔素の濃い地方で採れる特殊な素材から作られて居て、マジックアイテムでは無いがマジックアイテム相当の効果がある。
効果としては着用者の鎧等の出す音を低減させることが出来る。つまりは、板金鎧独特のカチャカチャといった音がかなり抑えられる。
また大きな機能として、一般的な兵士の放つ矢程度なら通さない。
更には水滴を完全に弾くから雨に強いし、ウインドブレーカー代わりにもなる。
そして何よりも、森の中で暗い茶色のポンチョを着れば、遠目には分かりにくいという迷彩効果もあるのだ。
護衛達はポンチョを受け取ると同僚たちと相談しながら鎧の上に纏う。
どうやら普通のマントはあるらしいがポンチョは初めて見たらしい。
「これを着ておけば、鎧の金属音をある程度抑えることが出来る」
「それは助かります。
金属鎧はどうしても音が出てしまいますから」
「うむ。では状況を説明する」
俺は枝を拾うと周辺のざっくりとした地形と敵の配置を地面に描いていき、攻撃する順番を知らせる。
先ず左翼から入り、そして敵のリーダーがいるだろう中央へ。
いきなりリーダーを急襲する事も出来るが、速攻で片を付けられなければ左右から敵が殺到する事になる。
そうなれば、俺は兎も角他の護衛は無事では済まないだろうからな。
とはいえ…、成り行きとはいえ今度はいきなり実戦か。
ゲームから持ってきたというこの身体は、剣術も達人レベルだとおもう。
だが、中の人は殆ど素人。
先にVR版でもやれて居れば少しは変わったのだろうけど、生憎と俺はコマンドバトルしかやった事が無いわけで、助太刀の時はとっさの事で勝手に体が動いたが、ある意味あれはオートバトルみたいなものなのだろうか。
覚悟を決めていくしかないか…。俺が不安げな表情を浮かべれば、一緒に居る護衛達はもっと不安に駆られるだろう。
「…皆を俺の指揮下に入れておかないとな」
ウインドウを開いて護衛達を指揮下に入れる。
これでレベルボーナスが掛かる。
ゲームだと俺が自ら戦うとボーナスにペナルティが発生する。
だが、この世界だとどうだろうか。
現実の戦場では、指揮官であっても剣を振るう事が有るのが当たり前だ。
元々、ゲームでも最初はボーナスにペナルティが入らなかった。
しかし、軍師のスキルを本来の開発の意図と外れてギルドウォーではなく、パワーレベリングで悪用する奴が出だしてペナルティが入れられたのだ。
何しろ、本来であれば同じグループに入っていてもあまりにもレベル差がある場合は経験値が入らなくなるところ、グループではなく軍師の指揮下の場合は経験値が入る仕様だったからそれを悪用されたのだ。
ギルドウォーの軍師が指揮するのは自分よりずっとレベルが低いキャラである場合が多いからな。そういう仕様にしないと経験値がまるで入らなくなるからな。
悩んでも仕方がない。なるようにしかならないだろう。
「わかっているとは思うが、ここからは大きな声は極力出さず、相手に気取られずに不意打ちで討ち取って行く」
護衛達が黙ってうなづく。
軍師スキルは演出が入ったものが多いから、最初は控えめにいこう。
『奮え勇士よ!』
なんて使うといきなり喊声を上げてしまうからな。
ウォープリーストのスペルを中心に使っていくか。
「戦女神の加護」
ゴッドブレスの神官魔法を掛けると全員が淡く輝き、身体に活力が沸いてくる。
軍師のスキルほどでは無いが、命中と回避、状態異常の判定にボーナス。
「よし行くぞ」
俺は行動開始を告げると率先して前に進む。
程なくミニマップに敵を示す赤い三角が見えてくる。
ちなみに、自分は中央に緑の三角、そして味方は青の三角で表示されている。
敵の姿が木陰の向こうにチラチラと見えるほどの距離まで近づくと剣を抜く。
他の護衛達もそれぞれが剣を抜いて戦う準備を整える。
この剣は軍師専用武器という訳では無いが、戦士職を持つキャラならば汎用的に使える片手剣で、クラスを切り替えてもそのまま使えるので愛用していた剣だ。
最上の性能では無いが、普段使いには十分の強さで、当然魔法武器だ。
それにしても今の敵を前にした感覚は、今迄やっていたMMOというより、寧ろFPSに似ている気がするな。
俺は敵にそろりと近づいていくと、ある瞬間に間合いに入ったというのが直感的にわかった。
そして、斬り伏せると考えた瞬間身体が動いた。
自ら身体を動かすというより、まるで攻撃可能範囲に入ったのでコマンドバトルの攻撃ボタンを頭の中で押した様な感覚だ。
ザン!
自分でも不思議なほどの体のキレで剣を振るい、目前の敵を斬り伏せる。そしてすぐに周囲にいる敵を把握すると、頭の中にそれらを斬り伏せるイメージが一瞬で浮かび、身体がその通りに動き、まるで流れるように剣を振るいながら、その場に居た敵兵を全て斬り伏せた。
ザン!ザン!ザン!ザン!
当然ながら剣は血で濡れ、斬られて倒れ伏した敵は血を流している。
ゲームではどれだけ斬ろうと一切血が出ることは無いというのに。
しかし、不思議と何も感じなかった。
まるでゲームの中で敵を倒したような、そんな不思議な感覚だった。
俺は剣を振って滴る血を切ると、後ろから追いついて来た護衛達に向き直った。
護衛達は賞賛する様な表情を浮かべて「お見事です」と小さく声を掛けてくる。
「まだ安心するには気が早い。
むしろこれからが本番だ」
そう言うと、敵の方に向き直ると次の敵の集団に向けて歩を進めていく。
敵は五人ずつ位の集団で森に配置されて居た。
本来であればその五人で協力し合って戦うのだろうが、俺にとっては一気に片が付いてかえって楽だった。
順番に敵の集団を切り伏せて行って、敵の左翼は片付けた。
殆ど俺一人で片付けた様なものだが、レベル差が隔絶しすぎているせいか、俺一人で片づけて行った方が明らかに楽だったのだ。
正直俺自身、俺のあまりの強さに驚いている。
ゲーム内でレベル一桁の敵を倒したところで当たり前の出来事でしかないが、現実に生きている敵を相手にすると、とてもそれが当たり前には思えなかった。
俺自身、前世での自分はそれ程腕っぷしが強かったわけでは無いし、寧ろ剣呑な人物は避けていた人間だからだ。
恐らく傭兵だろう野盗達は皆厳つく剣呑な人物に見えた。以前の自分なら凄まれただけで腰砕けになっただろう。
ところが、今の俺は剣呑な彼らを見たところで以前のような感情を抱かなかったのだ。
まるで以前の自分とは別の人格になっている様な感触だ。
左翼を壊滅させたところで、次は敵のリーダーの居る中央の本隊だ。
本隊とは言うが人数が多いという訳でもなく、むしろ人数的には道を取り囲むように左右に配置された左右両翼の部隊の方が多い。
だが、リーダーと共にいる連中はこれまで切り伏せた連中よりは強そうに見える。
敵のリーダーが遠目に見える位置まで近づくと、リーダーは街道を睥睨しながら一緒に居る部下達と言葉を交わしていた。
俺はマップを開いてリーダーを拡大して良く見えるようにすると、彼らの話している内容が聞こえて来た。
「おい!
来ないじゃないか。
お前は馬車が街道をこちらに向かって進んでいるのを見て来たんだよな?」
「へいお頭。馬車は確かにこっちに向かって進んでいた筈でやす」
「なら必ずここに来るはずだ。
街道を引き返したのでなければな。
だが、引き返すという選択肢は奴等には無いはずだ」
「そうでやすか。
では、もう一度見て来やしょうか?」
「おう、そうだな。
お前と、後何人か連れていけ」
「へい」
そういうと、リーダーと話していた奴は本隊にいた何人かを連れて、森の中から街道沿いに馬車が居た方向に走って行った。
俺は地図を閉じると待機している護衛達に声を掛ける。
「よし、敵の首領をやろう。
私が敵の首領に斬り込むから、貴殿らは周りの敵の抑えを頼む。
敵の首領を倒した後で必ず加勢するから、無理に勝とうとしなくていい」
「わかりました」
一応リーダーの能力を鑑定スキルで見ておくか。
名前はホルスガー。
レベルは22レベル、傭兵団「赤狼」の団長。矢張り傭兵団だったか。
クラスは兵士で、かつては騎士だったこともあるのか。
先に遭遇した斧を使う傭兵団とはまた別の傭兵団の様だ。
武器は両手剣、おっとこれは魔剣だぞ…。
両手剣『ガラドルボルグ』 デルベルク王家所有の盗品と。
この世界では鑑定スキルでそんな事までわかるんだな。
魔剣の能力は中々のものだ。魔力を消費する代わりに、かつてのこの魔剣の所有者だった聖騎士ガラドを自分に憑依させ戦うことが出来る、らしい。
つまりは、恐らく高レベルだったろうガラドの強さを纏えるという事か…。
下手すると剣技だけでなく、魔法も使えるかもしれないな。
前のMMOの世界にはこんな魔剣は、少なくともプレイヤーが手に入れられる範囲には存在しなかった。
幸い、ホルスガーは戦士系という事もあり、それ程魔力が高い訳じゃない。
ガラドの憑依は長く使える訳では無いだろう。剣呑ではあるが、精々数分くらいかもしれないな。
ホルスガーの取り巻きは10レベルから15レベル。
15レベルの傭兵が恐らく副団長だろう。
正直此方の護衛達では心もとないが、まあ何とかなるだろう。
「行くぞ」
そういうと俺は剣を抜き、ホルスガーの元へと小走りに接近する。
もうすぐ間合いという所でホルスガーが俺の接近に気が付き、驚いて立ち上がると大声を上げた。
「野郎ども!敵襲だ!」
その声をきき、周りに居た取り巻きもこちらを向いて剣を抜いた。
俺はまっすぐにホルスガーに接近するとそのまま斬りつけた。
ホルスガーは飛び退くと魔剣ガラドルボルグを抜き、構えをとると幽体を纏った。
すると、明らかにそれ迄とは異なる雰囲気をホルスガーに感じた。
俺は直ぐに現在のホルスガーを調べる。
ガラド(憑依状態)
レベル58聖騎士
うは、いきなりレベル三倍増とかシャレにならん。
薄っすらと見えるガラドの幽体は明らかに威厳があり、強者の風格を感じる。
更に詳しくガラドのステータスを確認しようとしたところで、ホルスガーがそれ迄の動きとは比べ物にならない素早い動きでいきなり剣を突き込んできた。今はホルスガーではなく、ガラドと言う事か。
だが、敵の動きは恐ろしい程のキレ味だったが見切れない程ではなく、俺は身体を半身にして素早くかわす。
しかし、速戦を狙っているのかガラドは更に間合いを詰めると半透明の盾を俺に叩きつけてくる。
危うく吹っ飛ばされそうになるところだが、俺はバックステップで躱した。
前世の俺では到底無理な動きだったろうが、敵の動きが良く見えているし、それに合わせて身体が自然と避けるのだ。
俺の剣は魔剣ガラドルボルグ程の性能は無いが、打ち合えない程弱い訳じゃない。
バックステップしたところでガラドと向き合い、斬り込むパターンが頭に浮かぶ。
素早くガラドに詰め寄ると右上より袈裟懸けに斬り込むが、それに対しガラドは剣で受け流す。
直ぐに俺は左下より切り上げるが、ガラドはそれを盾で受けていなす。
しかし、それで彼の体勢が少し崩れた。
それを見逃さずに、俺は神速の突きを突き込む。
今度はガラドがバックステップで派手に飛び下がると、体勢を整えて構えなおす。
ところがその時、ホルスガーが纏っていたガラドの雰囲気がすうっと霧散すると、ホルスガーは元の雰囲気に戻った。
つまり、魔力が切れてガラドの憑依を維持できなくなったのだろう。
思った以上に短かった。
俺は素早く間合いを詰めるとスマイトをホルスガーの身体に打ち込む。
スマイトは、射程距離は短いが衝撃を撃ち込むバトルプリーストの初歩魔法だが、威力はレベル依存なので俺が使うと結構な威力だ。
「ゲフッ」
ホルスガーは吹き飛ぶと、そのまま仰向けに倒れて動かなくなった。
威力は抑えたから死んではいない筈だ。
「お前たちの団長は私が打ち負かした!
降伏しろ!」
途端、連中の動きが止まり、暫し考え込むと武器を放り投げた。
連中より圧倒的に強いホルスガーが倒されて勝ち目がないと見たのだろう。
俺は魔剣ガラドボルグを回収すると、ホルスガーを抱き起して縛りあげた。
その上で、回復魔法で傷を癒すとホルスガーを起こした。
目を覚ましたホルスガーは縛り上げられている事に気が付き、俺に悪態をつく。
「生き残った他の団員は全員降伏した。
お前もこの有様だ。
さて、月並みだが誰に頼まれた?」
「あん?
雇い主を話すわけが無いだろう。
殺しても喋らないぞ」
「ふむ。まあそうだろうな。
なら、直接お前の頭の中に聞く」
と言っても、さっきはゆっくり確認出来なかったから改めて調べなおすだけだ。
鑑定スキルでホルスガーを調べると、色々と出て来た。
どうやら、男爵家の分家に姫と一行の抹殺を依頼されたらしい。
つまりはお家騒動的な話の様だ。
「大体は分かったから、もう喋らなくていいぞ」
「なんだと!?」
「で、お前たちはどうするんだ。
お前たちはしくじって仕事を果たす事が出来なかった。
このまま雇い主の元に戻っても、良い事は無いだろう。
二度とこの件に関わらずこのまま姿を消すのなら、見逃してやらん事も無い。
だが消える気が無いなら、このまま辺境伯の元へ連行して姫を暗殺しようとした下手人として引き渡す」
「くっ…。
わかった、わかったよ。
俺達はこの件から手を引く。
速やかに姿を消してもう関わらない」
「つまり?」
「もうこの辺りでは俺達が仕事するのは無理だから、別の国に行って仕事をするって言ってるんだ」
「わかった、良いだろう。
なら、早い方が良いぞ」
こうしてホルスガーの傭兵団は、俺が斬り伏せた左翼の連中の亡骸を回収して姿を消した。
連中は左翼が全員一太刀で殺されているのを見て青ざめていた。
しかし寧ろ気持ちが落ち着いてくると、俺自身が運ばれていく死体を見て青ざめそうだ…。
仕事を終えた俺たちは、姫達の待つ木陰へと向かった。
おっさん軍師は殆ど一人で無双してしまいました。