第十八話 おっさん軍師、ピクニックと洒落込む
キーラの案内で森へと向かいます。
早朝に駅を後にしたオレたちは、キーラの案内で森までピクニックと洒落込んだ。
今日は天気も良く、心地よい風が吹く中、草原の風景を楽しみながら歩いていたが、本当にピクニックをしている様な気分だ。
キーラの話だと、この辺りは街道を外れて草原を歩いていても危険な獣はあまり出没しないし、盗賊に出くわすなんて言うのは余ほど運が悪いとしか思えないそうだ。
まぁ盗賊も、人が通るかどうかもわからない草原でひたすら金目の物を持ってそうな人が来るのを待つなんて無駄なことはしないだろうしな。
とはいえ、キーラの里がある辺りまで行けば普通の獣ばかりか魔獣が出没することもあるらしい。
この世界で言う所の〝普通の獣〟と〝魔獣〟の違いは、倒したときに魔石という魔力の結晶を落とすかどうからしい。
魔石とはすなわち魔獣の魔核であり、魔核を有する獣が魔獣という事だ。
そして魔核をもつ魔獣は、種として先天的に産まれたときから魔核を身体に持つ種と、魔核が体内に形成されるほど長生きした個体が後天的に魔獣化する場合の二つのパターンがある。
魔核が体内に形成されるほど長生きした個体は、その種の限界を超えて寿命が延び、身体も大きくなっている。
つまり、ジャイアントボアなど巨大な魔獣と呼ばれる獣の多くが体内に魔核を持ち、更には特別な能力を有するに至るらしい。
そこまで行くと、見た目も元々の種からは変化していて、もはや別の生き物だ。
これ等この世界に関する情報は、ヘルプ画面で試しに調べてみたら知ることが出来た訳だが…。
何というか、元々のゲーム『エターナルファンタジー』に搭載されていたヘルプ画面は、他のゲームと比べても随分と充実していて、マニュアルが必要ないレベルだった。
それが、恐らくこの世界の管理運営者が手を入れたのだろう、ヘルプ画面の情報量は元のヘルプ画面のものより更に充実していて、さながら前世のネットで利用することが出来た世界規模の情報データベース並の情報量があるぞ…。
この世界は、最早ゲームじゃ無いからネタバレも何も無いのかもしれないが、一般人程度では知り得ぬ情報まで入っていそうな感じだ。
勿論、ヘルプ画面は読み物では無くデータベースだから検索ワードを入れないと何の情報も出てこないし、求める情報が出てくるとも限らないのだが。
それでも、これを活用できればかなりこの世界で生きていくのが楽になるだろう。
何しろ前世の世界やゲーム世界の事ならいざ知らず、俺はこの世界のことをまるで知らないのだから。
前世でのゲームだとそこまで意識したことは無いが、たいていの場合野生の動物は攻撃的では無くゲーム中の背景として溶け込んでいた様な気がするな。
精々、ゲーム開始時の経験値稼ぎや素材集めの為に狩ったりとかその程度の関わりだった。
この世界でも遠くに草食動物らしい群れも見えるが、意識しなければ風景の一部だな。
そんな訳で、キーラとたわいの無い雑談をしながらピクニック気分で森へ向かって歩いていたのだが、キーラの与り知らないところで、気になった魔獣についてをヘルプ画面で色々調べてみた。お蔭で、この世界の常識レベルかどうかはわからないが、一先ずは普通の獣と魔獣の違いについては理解することが出来た。
何故この世界の住人であるキーラに聞かなかったかというと、キーラには俺が別の世界から来たなんて、さもすれば頭のおかしい人だと思われそうな事は話していないからで、俺がこの国の地理に不案内というのは他所の国から流れて来たから、という話であれば、別にふつうにある話だからな。
俺はあくまで、他所の国からこの国に来た放浪の騎士、という事になっているからな。
「ユート、あれが目的地の〝黒の森〟ニャ」
小高い丘を登り切ったところで、キーラが眼下に広がる森を指さした。
眼の前に広がる森は、針葉樹林なのか濃く深い緑色をしていて、どうやらこれが〝黒の森〟の名の由来のようだな。
もしかすると、〝黒の森〟と俺のわかる言葉に翻訳されてるだけで、実際は例えば〝シュヴァルツヴァルト〟とか別の固有名詞で呼ばれている可能性もあるな。
マップを開いてみると、残念ながら行ったことのある所しかオープンになっていないため全貌はわからないが、この辺りから北北東に向かって拡がっている様で、割と大きな森の様だな。
「あと少しだな。
ところでキーラ、あの森はどんなところなんだ?」
「あの森は草食獣が沢山居て、狩りにはもってこいの森ニャ。
ウルフやベアなんかも居るから増えすぎない様に間引きしているニャよ」
「なる程な、それで今回の依頼という訳か」
キーラが頷く。
「狼は増えすぎると狩りがやりにくくなるし、人里を襲う様になるニャ」
「森の中に人が住んでるのか?」
「森の中には住んでないニャよ。
森の外れの方に、木こりや狩人のキャンプがいくつもあった筈ニャ。
ここで獲れた獲物や木材が領都や近隣の街に運ばれているニャー」
「なるほどな、それでこの辺りには危険な魔獣なんかが少ない訳だな」
「そういう事ニャ。
魔獣は、森の奥の方まで行かなければ居ないニャ。
それじゃあユート、森に入っていく前に、近くの狩人のキャンプに寄るニャよ。
狩りの前に腹ごしらえしておくニャ」
時計を見るとまだ昼には少し時間があるが、早朝に食べたきりで歩き通しだったから、適度に小腹も空いているし、ここらでメシは悪い選択では無いな。
「わかった、案内頼む」
「こっちニャ」
キーラは何度も来た事があるのか、迷いの無い足取りで森へと歩き出した。
俺も置いて行かれない様にキーラに付いていくと、森の外れにある人の手が入った野営地の様な場所へと辿り着いた。
野営地には誰も居なかったが、備え付けられたファイアーピットを覗くとそこに残った燃えかすはそれほど古くは無く、誰かが最近利用した様だな。
「キーラがスープ作るからユートは辺りの警戒を頼むニャー」
「わかった」
やはり前世の日本のキャンプ場の様に、危険の無い純粋なリクリエーションとして楽しむ、と言う訳にはいかないか。
俺は野営地からあまり離れない様に周囲を見回ってみた。
野営地は森の直ぐ近くではあるが、森の中にあると言う訳では無く、また野営地の周りは焼き払ってあるのか剥き出しの土になっていて、森の中から拡がって来ている下生えも、そこで綺麗に途切れていた。
これなら、草に紛れて近づく狼の類いの侵入を許す事も無いだろう。
とはいえ、柵どころか何かで囲っているという事も無いので、夜は火を絶やす訳にはいかないだろうな。
俺は念のために野営地の周囲に侵入を察知する魔法を掛けておいた。
この魔法は、プレイヤーが低レベルな段階から使えるシンプルな魔法で、レアモブ狩りの時によく使っていた。
本格的な結界魔法も使える筈なんだが、あくまでゲーム中で使った事があるだけで、この世界で実際に使った場合の効果がわからないから変な事になると面倒だ。
いずれ時間を取って、俺が『エターナルファンタジー』で使っていた魔法を一通り使って効果を確かめる必要があるな…。
しかし、この辺りから見る森はやはり針葉樹林で、どことなく前世のヨーロッパの森に風景が似ている気もするな。
「ユート、スープが出来たニャー」
森を眺めていると、野営地の方から俺を呼ぶキーラの声が上がった。
「今行く」
俺は返事を返すと、キーラの許へと戻っていった。
森に到着し、まずは腹ごしらえです。