第十七話 おっさん軍師、出発する。
一足先に主人公が目を覚まします。
翌朝、目が覚めると隣で寝ているキーラを起こさないようにテントの外に出た。
外は既に明るかったが、早朝らしく空気に清涼感が感じられる。
大きく体を逸らして伸びをしながら視界に表示されているデジタル時計を見ると、時刻はまだ五時過ぎと言ったところだった。
サラリーマン時代であれば気怠くまだ二度寝の時間だが、この身体になってからは前日前夜の疲れも無く、実に爽快な目覚めだ。
周りを見渡すと、昨晩駅で野営したのは俺達だけの様でキャンプサイトには他に人気は無く、駅駐在の当番の兵士が櫓の上に居るのが見えるが、他の兵士達や職員はまだ出て来ていないみたいだな。
「さてと、朝飯でも作るか」
朝飯というと前世では殆ど食べず、食べたとしてもバランス栄養食とか名のついた固形ブロックなんかを会社で齧ったりしていた位だな。
自炊は大学時代にした位で、働き出してからは時間が無かったこともあり、殆どしてなかった。
勿論ゲームの中では別で、〝料理〟は能力や抵抗値が数時間アップするお手軽なバフアイテムとして必需品と言えたからな。
サービス開始当初からクラフトアイテムとして料理は実装されていたが、初期の料理は材料集めがひと手間な割に食べても何の効果も無く、そのくせ食べると腹いっぱいになるが沢山食べる事も出来ず、売ったところで小銭稼ぎにしかならず、むしろ邪魔にしかならないというそんな評判のスキルだったので、料理スキルを上げている奴は〝変り者の趣味人〟と言われたものだ。
その後のアップデートで料理にバフ効果が付くようになると俄かに脚光を浴びるようになって、ほぼ必需品と相成った訳で、特にマスタークラスまでスキルを上げたクラフターが作る料理は複数の能力をアップしたり、中には抵抗値を大幅にアップする様な料理もあって、レイドの必需品とも言えたな。
しかし、全てのスキルをカンストさせている俺はそのマスタークラスの料理をクラフトできる訳だが…ゲーム中でも3Dグラフィックの描写特性の都合もあってあまり美味しそうに見えなかった、むしろ毒々しくすら感じられた〝料理〟なのだが、果たして実際に食べると美味しいのか。
恐らく、これ迄に出したコーヒーや果実酒がそれなりに美味しかった事を考えれば美味しいと思うんだが…。まあ、多分大丈夫だろう…。
俺は無限工房のクラフトメニューからクッキングのタブを選択する。
すると、レベル順に製作可能なアイテムのリストがずらずらと表示され出す。
制作できる料理には食べ物ばかりか飲み物迄含まれるので、拡張のたびに追加されたその総数はかなりの量になる。
幸い痒い所にまで手が届き、〝操作性は神〟と評価が高い『エターナルファンタジー』のインターフェイスそのままなだけに、フィルター条件やタグなど検索条件を設定してやれば、直ぐに目的の料理だけが表示される。
つまり、今回は朝食セット的な物が俺が設定した検索条件で抽出され、表示されている。そこには前世の世界での多種多様な料理は勿論、更にはファンタジー的な料理まで表示されている。
このファンタジー的な料理は、今思えば案外色々な異世界の料理なのかもしれないな。
中にはネタで入れたのかそれとも実際にそう言う物があったのかわからないが、携行食的な固形ブロック食品やらレンバスみたいなものもある。
「さてと」
俺が選択したのは、手軽にさっと食べられて屋外で食べるのにも向いていて、しかもこの世界でも簡単に作れそうな物。
それはスープカレーだ。
スープカレーを選択するとパラメータが表示され、具材や味付けの好みなどが設定出来る。
この機能が実装された当初は、実際に食べて味わえるわけでもないのに凝りすぎだろう、と散々言われたが、仕様が把握できればしっかりゲームだった。
つまり、味付けや具材によるゲーム的な効果というのは、例えばこの食材を使えば筋力にボーナスが付くとか、或いはこの味付けなら寒さに対する抵抗が付くとか。
そんな風な感じで良い具合にゲームで表現されて居たから、直ぐにプレーヤーには好評を持って受け入れられた。
だから、何気に生産スキルに手を付けないプレイスタイルのプレーヤーであっても料理スキルを持っている人は割と多かった。
何しろ本業のスペルのバフ程の効果は無いにせよ、バフを使えないクラスを使っているキャラでも気軽にバフの様な効果が得られるし、なによりスペルのバフと重複すると効果が底上げされるのだ。ちょっとした料理なら店売りの材料で簡単に作れるし、しかもそれで高い効果が得られるのだからやらない手は無い、と言う事だ。
流石に料理スキルをカンストまで極めた様な物好きは、生産職愛好家くらいしか居なかったが。
ちなみに、マスタークラスの料理を食べればドラゴンブレスのダメージを半分防ぎ、更に高レベルのバフを掛ければ無効化出来る程の効果にもなった。
それに道具による底上げがあるのだからレイドターゲットの攻撃すらダメージを低く抑える事が可能だったから、むしろそれが前提みたいなところがあったな。
まあ、今となっては過去の楽しかった思い出だ…。
さてと、今日チョイスしたのはチキンとジャガイモやニンジンなどの野菜が入ったスープカレーだ。この世界にも多分似た様な野菜があるだろう。
作ると言っても、スープカレーを無限工房でセレクトして少し待てば完成品が無限収納に追加されるから、それを取り出すだけ。ちなみに、無限工房は取り出して使用する事も無限収納の中で使用する事も出来る様だ。なら、無限収納の中で操作した方が色々楽だ。
キーラの分は後で取り出すとして、スープボウルに入った自分の分のスープカレーを取り出すと、辺りにスパイシーで美味そうな匂いが漂い、俺の鼻腔をくすぐる。
しっかり熱いし食べごろという奴だな。
味はどうかな…。
スプーンを無限収納から取り出すと、ジャガイモを掬い取って口に運ぶ。
うむ、普通だな。
普通に美味しいというか、店で出てくるレベルの出来栄えだと思う。
しかし思うに、この無限工房があればこの世界では事実上飢え死にする事って無いんじゃないのか。何しろ高位の特殊なレシピ以外は材料無しで作れるからな。
それと、ゲーム中ではまるで気にもしなかったが、このスープカレーに入ってるチキンや野菜って、一体どこから調達した物なんだろうか。
深く考えない方が良さそうだ…。
そんな事を考えながらもしゃもしゃと朝飯を食べていると、テントからキーラがもぞもぞと出て来た。
「ユート、おはようニャ…」
そして鼻をスンスンさせるとピンと尻尾が立つ。
「ニャニャ、香辛料の匂いがするニャ。
ニャー!
ユートが何か美味しそうな匂いのするものを食べてるニャ!」
「おはよう、キーラ。
勿論、キーラの分もあるぞ」
俺は早速キーラの分を取り出すと、木の匙を付けて渡してやる。
「ニャニャ、ユートは香辛料なんて高級品持ってたニャか!
騎士様って、本当に本当だったニャ」
そう言えば、前世でも流通が貧弱な時代って、香辛料は産地でも無ければ高級品だったな。
タダで出したというのもアレだしな…。
「たまたま前に手に入れたのが残っていたんだよ」
キーラは俺の話を聞きながら、ハフハフとスープカレーのチキンを口に入れる。
ちなみに、このチキンも普通に美味かったぞ。
「美味しいニャ!
ユートって、料理も上手いニャ!」
キーラが俺に尊敬の眼差しを向ける。
しかし、実際に作った訳じゃないからな。
なんともズルしてるみたいでむず痒いぞ…。
そんな話しをしている内に、夢中で美味しそうにスープカレーを食べていたキーラは、ぺろりと平らげてしまった。
器一つで食べられる料理というのは楽に食べられて良いな。
「美味しかったニャ。
キーラの部族の狩人キャンプでも香辛料は入ってないけど、こんな料理作るニャ」
「手軽だからな。
しかし、香辛料を入れないとなると味付けはどうするんだ?」
「味付けは塩とハーブニャ」
そういうと、キーラは背負い袋からハーブ類の入った小袋を見せてくれた。
確かに、小袋には数種類のハーブと岩塩の塊が入っていた。
「次はキーラがユートにスープ作るニャ」
そういうとキーラは目を輝かせる。
「ほう。それは楽しみだ」
「期待するニャ」
俺は器を回収すると無限収納に放り込んだ。
リフレッシュのコマンドを選択すると、汚れ物は綺麗になるみたいだな。
ゲーム中では別の使い方だった気がするのだが…。
まあ気にしても仕方ない。
「さて、じゃあ腹も膨れたし森迄行くか」
「わかったニャ。
森はこっちニャー」
俺達はキーラの案内で森へと歩を進めていった。
朝ごはんは主人公が用意しました。
スープカレーって実のところ味付けがカレーなだけで味付けを変えれば色んなものに化けますからね。
多分、スープカレーは兎も角、こういう肉と野菜の煮込み料理ってどこの地域にでも昔からある料理だと思います。