第十一話 おっさん軍師、朝飯を食う。
キーラと朝飯を食いながら色々と話を聞きます。
キーラと食堂のある宿屋の一階へと降りていくと、朝食の時間がもうすぐ終わるので、既に客はまばら。
ここの宿屋の朝食は基本的な朝食メニューが載ったトレーが渡され、後はヴュッフェ形式でカウンターそばの長テーブルに並べてある大皿から好きなものを追加して食べる、という方法をとっているようだ。
だが、この時間になると宿屋も片付けに入るので、大皿は殆どが空であまり料理は残っていなかった。
ちなみに、トレーに載っているのは焼き立てのパン、そして腸詰めとスクランブルエッグの様な卵料理、それに葉野菜の酢漬け。
それにプラススープで、これは日替わりらしいが、今日はじゃがいもと豆のスープだった。
大皿にあったのは、おそらく数種類あったのだろう果物や追加のパン。それにこれも数種類あったのだろう腸詰め。さらには、こちらはまだ若干残っているが、チーズと燻製肉のスライス。燻製肉のスライスは生ハムみたいなものか?
残念ながら殆どが空の皿なので、残っている欠片から何が載っていたのか想像するしかないのだが。
キーラが残念な有様の大皿を見て落胆の声を上げる。
「ニャー、ほとんど空ニャ!」
「仕方ないだろう、もう朝食の時間は終わりなんだから。
客はもう俺達だけだぞ」
キーラは料理に目を取られて周りを見ていなかったのか、俺に言われてキョロキョロと見回す。
「ホントニャ、誰もいないニャ」
「まあ、そういうことだ。
せめてこの焼きたてのパンと温かいスープを冷めないうちに食べるとしよう」
「わかったニャ…」
キーラは気持ちの上では納得できないようだが、諦めて俺の隣に座る。
さてと、昨日の晩飯も美味かったが今日の朝飯はどうかな。
俺は早速と、まずはスープから始めてみる。
トレーに載せられていた木の匙でひとすくいすると、熱さを確認した上で啜る。
といっても前世の手習いもあり、音を立てて下品に啜るわけじゃないぞ。
もっとも、この世界のマナーはよく知らんがな。
「ほう、中々だな」
じゃがいもと豆のスープは、じゃがいもをすり潰したものが具のメインとなるが、その他の具として豆、それに人参などの根菜を細かく刻んだもの、あとは出汁にもなっているんだろう燻製肉を刻んだものも入っていて、中々に美味い。
キーラはといえば、パンをちぎってスープに浸し込んで食べていた。
ああ、俺も前世ではパンとシチューやスープといえばそういう食べ方もしていたな。
俺もキーラに習ってパンをスープに浸して食べてみる。
うん、この食べ方も美味い。
いや、このパンの旨さがスープで更に引き出され、スープの旨味も相まって最適解じゃないかと思える旨さだ。
なるほど、これはこういう風に食べるものなのかもしれないな。
キーラはハフハフと言いながら美味そうに朝食を平らげていく。
やはり、良い運動をした後は腹が減る。
そういえば、キーラは宿屋の朝飯を食べる事を楽しみにしていたようだが、普段どんなものを食べているんだろうな。
ちょっと気になった。
「ところでキーラは普段どんな物を食べてるんだ?」
「ニャニャ?キーラが?」
「うん、こんな宿屋で出てくるような料理とはまた違うんだろ?」
「そうだニャ。
キーラは普段は黒の森の狩人のキャンプで、部族の狩り仲間と一緒に暮らしているニャ。
そこではその日穫れた獲物や果物や卵なんかを持ち寄って食べるニャ」
「ほう?」
昔テレビで見た狩猟民族みたいだな。
「だから、日によって食べる物は違うし、豪華な日もそうじゃない日もあるニャ。
ユートは狩人の食事に興味あるニャか?」
「そうだな、俺は森暮らしをしている人が、普段どんな物を食べているのか知らないからな。
肉とかどんなふうに食べるんだ?料理とかする?」
「肉は新鮮なら生でも食べるニャ。普通に焼いても食べるニャ。
他にも保存用に、塩漬けにしたり、乾したり、燻製なんかにもするニャ」
「こんな風な料理は作らないの?」
腸詰めを突き刺してキーラに見せてみる。
「キャンプでは街暮らしの人間の料理はあまり作らないニャー。
でも、作り方は知ってるニャよ。
あまり多くはいないけど、街暮らしの獣人は人と変わらない物を食べているニャ」
「ほう、そうなのか。
キーラは腸詰めの作り方をどこで習ったの?」
「腸詰めはキーラが未だ部族の集落に居た頃、昔街暮らしをしていた母親に習ったにゃ」
「キーラの父親は人間だって言ってたな。
それにキーラの母親は、昔街暮らしをしていたのか」
「そうニャー。
冒険者やってたらしいニャ」
おお、そうなのか。
冒険者と聞くと不思議とワクワク感があるのは前世で親しんだゲームや小説の影響か。
「冒険者かー。
キーラも冒険者ギルドに加入しているのか?」
「うん、冒険者ギルドに入ってるニャ。
ほとんど冒険者としては活動してないけどニャー。
獲物や森で穫れた物を売る場合、冒険者ギルドに入っている方がお得なのニャ」
「ああ、買取か」
「そうニャ。
物が一番高く売れるのは、昨日騎士様に売ったみたいに露天で直接売る方法ニャ。
だけど、露店で売れるのは本当に良いものだけニャ。
多少質が悪くてもたくさん売れるのは商業ギルドニャ。
でも、あまり高くは売れないから行くのは一番最後ニャ。
で、冒険者ギルドニャ。
冒険者ギルドはいつでも何でも引き取ってくれると言うわけではないニャ。
売れるのは買取リストにある品物だけニャ。
でもリストに無い物でも、何かの素材に使うような物とかは、高く買い取ってくれることがあるニャ。
そういう買取をして貰えるのが冒険者ギルドニャ。
だから、キーラは冒険者ギルドにも加入しているニャ」
「そうなのか。
ということは、キーラは商業ギルドにも加入しているの?」
キーラは頷くと、ポーチから身分証の様な板を取り出して見せてくれた。
「キーラは商業ギルドにも加入しているニャ。
でも、商業ギルドは紹介状無しで加入すると買取価格が安かったりと色々と差を付けられるニャ」
「なんだよそれ」
「商業ギルドは商人の為のギルドだから仕方ないニャ」
まあ、それはそうか…。
「そういえば、狩人のギルドって無いのか?」
「狩人のギルドは田舎の街にはあるニャ。
買取をやったり狩猟道具を扱ったりしてるところニャ。
もちろん、キーラも入ってるニャ。
でも狩人のギルドがあるような街では、本当に良い獲物を高く売ることなんて出来ないニャ。で、この街には狩人のギルドは無いニャ」
「なるほど…。
それでキーラはこの街に来ていたわけか」
「そうニャ。
おかげでユートと出会うことが出来たニャー」
そういうとキーラが抱きついてくる。
途端、キーラの身体からフワッと匂いが香ってくる。
キーラって何だかいい匂いがするんだが、香水を付けてる様子は無かったし、これはもしかして猫系の獣人特有の匂いなのかな。
「そうだな。
俺もキーラと出会えて良かったぞ」
「ニャー、ダーリン!」
キーラが喜んで更に抱きついてくる。
俺たちが朝飯を終わるのを待っていた宿屋の人達が、ヤレヤレという視線を向けていることに気がついた。
「キ、キーラ。
そろそろ行かないか」
俺もキーラも、もちろんもう朝ごはんはすべて平らげてある。
俺の胸に顔をうずめていたキーラが、顔を上げて物足りなさそうな表情を浮かべた。
キーラとイチャイチャするのも悪くないんだがな。
すると宿屋の娘が、冷めた表情を浮かべて俺達に近づいてきた。
「ヴァイス様。
今朝バノック男爵の使用人から、こちらをヴァイス様にお渡ししてほしい、と預かっておりますが?」
そう言って、蝋印付きの巻物を手渡された。
俺はキーラを宥めると、巻物の蝋印を外して中身を確認する。
書状は昨日のリッケルトの話通り、商業ギルド向けの紹介状だった。
「よし、キーラ。
商業ギルドへの紹介状が手に入った。
早速商業ギルドに行くぞ」
昨日リッケルトと商業ギルドへの紹介状を貰う話をした時、キーラは未だ居なかったので簡単に経緯を話す。
「わかったニャー。
キーラが商業ギルドに案内するニャー」
「うん。頼んだぞ」
俺達は宿屋の人たちに冷ややかな目で見送られながら、宿屋を後にした。
この宿には先払いで料金を払っているし、未だ何日か滞在するんだけど、何だか店の人の目が怖いぞ。
買取事情を聞いたところで商人ギルドへと向かいます。