第一話 おっさん軍師、異世界で目を覚ます。
ブラックIT企業で社畜をやっている俺は楽しみにしていたMMORPGのVR対応を果たした新拡張のスタート日に備えていたが…。
俺は眞城勇人、システム系の会社でシステムエンジニアをやっているアラフォーのおっさんだ。
就職氷河期といわれた時代に大学を卒業し、やっとの思いで転がり込んだシステム系の会社は二十年の間にすっかりブラック企業と化した。
職場と自宅の往復で一年の殆どが終わってしまう様な仕事中心の暮らしを送っているが、そんな俺にとってとって唯一といっていい楽しみが大学時代から続けている『エターナルファンタジー』というMMORPGだ。
俺が大学に入った年にベータテストが始まり、翌年正式スタート。その当時からバグらしいバグが無く殆どダウンしたこともない安定性。
運営開始時から遊びつくせるのかと言われたほどの広大なワールドとコンテンツの豊富さ、洗練されたUIや操作性など他の追随を許さないゲームシステム。
更にはユーザー本位で親身なサポートスタイルから『神』と評価される運営会社「神威」。
すべてが揃っているが故に運営開始から〝神ゲー〟と評価が高かった人気のMMORPGだ。
今思えば、後に影響を受けたゲームが雨後のタケノコのようにリリースされたが、エターナルファンタジーは運営当初からMMORPGの全ての要素が揃っている、まるで未来から来たようなゲームだったな。
そんなエターナルファンタジーはその人気が衰えることなく、運営開始から五度の大規模拡張とその都度のゲームエンジンの更新を経て、今も斬新さを失うことなく続いている正にレジェンダリーなゲームだと俺は思う。
そのエターナルファンタジーの、六度目の大規模拡張の開放日が今日だ。
これまでも普段の社畜ぶりからは想像も出来ないが、俺は拡張キットが発売するたびに何か月も前から仕事の調整をし、一週間の休暇を取ってどっぷり発売後の感動と興奮に浸ってきた。
勿論、今回もかなり無理をしたが明日から一週間の休暇だ。
しっかり仕事も済ませてきたから誰にも文句は言わせない。
アラフォーの身体に鞭打っての三徹はきつかったが、これからの一週間を考えれば物の数ではない。
何しろ、今回の拡張キットからVR対応になるのだ。
専用のヘッドセット付の拡張キットは少々値が張ったが、最先端のVRデバイスが手に入ることを考えればむしろ安いくらいだろう。
脳波で操作する新しいゲームシステムは慣れるのに少々時間を要する場合があるらしいが、慣れてしまえばヘッドセットを付けてベッドに寝っ転がってゲームをスタートすれば、まさにファンタジー世界で生活している気分を味わえるというのだ。
更には神対応な運営会社だけに、新システムに適応が出来なかった場合の拡張キット返品にまで応じているし、旧システムのまま旧サーバーで引き続き遊ぶこともできるのだ。
ただ、俺の歳のせいか、或いは業績が低迷している会社が無理に仕事を取ってきている手前、厳しい仕事が続いているせいか、最近の俺はゲームを立ち上げてログイン画面に到達するまでに寝てしまう日が多い。
だから、三徹の今日はハイの状態なので目だけが爛々と輝いているが、気を抜けばその瞬間に寝てしまいそうな予感がある。故に、机の上にはヤバそうなエナジー飲料が何本もスタンバイしており、既に一本千円もする栄養ドリンクをキメて準備万端だ。
今日の俺はハイだぜ!
プリロードで既にゲームはいつでも起動できる状態になっている。
早速ヘッドセットを装着しボタンを操作してカメラモードにすると外部カメラの映像がヘッドセットに表示され、部屋の光景が映し出される。
「ほぅ、これは便利だな。
よっこらせっと」
ベッドに寝そべるとカメラモードをオフにし、ゲームを起動する。
運営会社の『神威』のロゴが表示され、その後ホワイトアウト。
俺は視界一杯に広がる白い世界が眩しく思わず目を閉じてしまった。
…そして、そのまま寝てしまったらしい。
目が覚めるとそこは草原の真ん中だった。
「んぉ、また寝てしまっていたか。
もうゲーム内なんだな。てっきりログイン画面かと思ったが」
俺は辺りを見回す。
向こうの方に森と更にその向こうに山が見える。
他は地平線の彼方迄平原だな…。
「どこだここ」
俺は思わずいつものようにマップを開くショートカットキーを押しそうになる。
「そうか、キーボードはもう使わないんだったな。
マップオープン」
途端に画面にマップが表示される。
「ほぉ、こんな風に表示されるのか。
すごいなこれ…」
目の前に半透明で表示されたのは、ゴーグルマップの衛星写真レイヤーの様な映像だった。
更に、ゴーグルマップの様な地図レイヤーを重ねる事も地図レイヤーだけにする事も出来る様だ。
地図の拡大縮小も自在で、3D表示する事も出来る。
正にVRの特性をフルに生かしたマップシステムだ。これがあればわざわざセカンドPCで地図を開く必要もない。
セカンドPCが使えないVRならではの配慮ともいえるか。
とはいえ、その拡大縮小に場所移動も可能な地図に表示されているのは、俺が居るらしい場所を中心に周囲何キロか迄の様で、その先は黒くマスクされており何も表示されていなかった。
「新ワールド追加とも書いてあったけど、いきなり新ワールドの平原に放り込まれるとは思わなかったぞ」
以前までの世界ならばマップのほぼ全てを行きつくしていて世界のマップはほぼ完成していたのだから、限りなく地図を縮小すればその完成したマップの表示される部分が地図の何処かに出てきてもおかしくないはずだ。
しかし、この周りの地図が点になる程小さく縮小したところで、以前のマップは何処にも現れなかった。
「なんだこれ、全くの新しいワールドなのか?」
確かにVRは新しい専用サーバー運用するので、旧来のシステムが動く旧サーバーとは分けるというアナウンスだったけど…。
だけど、〝これ迄親しんだワールドをVRシステムで新たな発見〟とかいう宣伝文句を考えれば、旧来のエリアが何処かにある筈だ。
これ迄の拡張だって、ログインしたら前回ログアウトしたいつもの場所に出現して、それから新しいゾーンに行く事その物がクエストになっていた筈…。
「いきなり全くの未知の土地にログインとか。なんだこれ…」
俺は情報収集の為に一度ログアウトしてネットで情報収集してみる事にした。
このままだとスマホで調べるのもやりにくい。
えっと、ログアウトはどうやるんだ?
「ヘルプ画面表示」
ゲームシステムの色んな情報が表示される。
しかし、その情報の殆どは俺が既に知っている内容ばかりで、肝心のシステム操作に関する項目がステータスやマップ表示などのUIに関するものだけで、チャットシステムは勿論フレンドとのメッセージの送受信などのコミュニケーションに関する項目が存在せず、更にはログアウトの方法の項目が見つからなかった。
「なんだこれ…。
ログアウト!」
画面には何の反応も無い。
「ログアウト!」
やはり何の反応もない。
「Quit!
Exit!」
駄目だ、試しにPCのOSコマンドを叫んでみたが無意味だった。
俺が事前に読んでいた新システムのマニュアルには、プレイ中に無理やりヘッドセットを外すと頭痛を生じる可能性がある、と書かれてあったから、手荒な手段はとりたくなかったが仕方がない。
どんな障害が発生するのか怖いが…。
ところがだ、ゲーム中での身体は自由自在に動くが俺の本体の動かし方がわからない。
まるで俺がゲーム内のキャラクターに直接繋がっているみたいで、俺の本当の身体の動かし方がわからないのだ。
なら、真剣にログアウトしない限りゲーム世界から出られないんじゃないのか…。
身体からサーっと血の気が引いていくのが分かった…。
マジかよ、俺このままログアウト出来なかったら、多分発見されるのは一週間後以降。
会社に出てこない俺の様子を見に会社の連中が家まで来るはずだ…。
それまで俺生きてられるのか?
HMD被った姿でベッドで衰弱死とかシャレにならんぞ…。
俺は夢から覚める時によくやる手や、兎に角でたらめに体を動かしてみたりしたが駄目だった。手で顔を触ればHMDに触れるかと思ってやってみたが、普通に顔に触れただけだった。
「はは…、ははは…」
まさか楽しみにしていた一週間がこんな形になるとはな…。
俺は力なく草地に座り込むと、そのまま仰向けに寝転がった。
「俺、このままどうなるんだ…」
絶望感に苛まれてゲームを楽しむどころじゃなかった。
気落ちして空を眺めると実物の様に美しい空は澄み渡り、雲がゆっくりと動いている。
頬を撫ぜる風、鼻腔に香る草の匂いはまるで本物の様だ。
〝脳波対応のVRというのはまるで現実世界の様だ〟と新システムの売り文句にあったが、その売り文句はこれを見れば嘘偽りなしだと断言できるな…。
リアルすぎる…。
そんな事を考えているとふと視界の片隅に見慣れたマークが表示されている事に気が付いた。
「ん?
これって、メールか…。
運営から障害報告か何か来てるのかな?
メールオープン」
すると、画面にパッとメールが表示される。
やはり運営からのメールだった。
俺は差出人の処にある運営の表示にちょっと救われた気持ちになりメールに目を通す。
『 眞城勇人 様
これ迄私達のエターナルファンタジーをプレイしてくれてありがとう御座います。
特に眞城様はベータ時代から私達の世界である、〝ラグナム〟の地で長きに渡り、様々な活躍貢献をして頂き、感謝しきれません。
今回のVR版で更にリアルに〝ラグナム〟の地での活躍を楽しみにしていたのですが、残念ながら叶いませんでした。
ここまで書けば賢明な眞城様の事、お気づきかもしれませんが〝ラグナム〟の世界は私達が管理する異世界だったのです。
私達は世界のバランスを取り、更なる発展進化を促す為、異世界の住人を招くことを考えました。
よくある手段は、私達の世界の住人に働きかけ召喚魔法で召喚する、或いは私達が異世界で人生を終えた魂を私たちの世界に招き、新たな人生を歩んでも貰うなど、いわゆる異世界転生とか、異世界召喚という方法ですが。
私達は別な方法を考え出しました。
つまり、私達の世界にアバターを用意しそれを操作するネットゲームを用意する事で私たちの世界で活躍してもらう。
という方法です。
』
ここ迄読んで俺はふーっと溜息をついた。
なんてこった、メールを最後まで読んだらこれが障害を誤魔化すための運営ジョークだったなら良いのだが、其れとも此処は本当に実在の異世界で、今迄俺達は神の作ったネットゲームをプレイしていたのというのか?
それなら、未来から来たような先進的なネットゲームであり続けた事も、他社を圧倒するワールドの広さやコンテンツの多様性、更には神運営というのも納得できなくもない。
何しろ神だけにな…。
とはいえ、全く…。笑えないジョークだぜ…。
俺は続きを読み進める。
『それにより私達の意図した通り、何百万もの大勢の異世界の住人に私達の世界で活躍してもらう事が出来ました。
最初は既存の枠組みの中で、ある者は冒険者としてギルドに所属して魔物退治や護衛任務などを行い、ある者はクラフターの道を究め多くの良質な生産品を私たちの世界にもたらしました。
更にシステムのバージョンアップにより、家を持ったり、街を作ったり、領地をもったりと、出来る事を広げて行きました。
レイドシステムを導入して伝説級の魔物を大勢で討伐したこともありましたね。
そして、名声を高めて国や傭兵団に所属して他国との戦争に参加する人たちも出てきました。
異世界からの来訪者達は、私達の世界に大きな貢献を果たしてくれました。
そして新たに導入したVRシステムを使えば、限りなくリアルに異世界の住人として活躍してもらえるようになります。
実際に新システムオープンから、新しいサーバーでは大勢のプレイヤーたちがこれ迄の世界や新たに進出した大陸で、これまで以上の活躍を始めています。
』
ん?
やはり、他の連中は普通にこれ迄と同じ様にログアウト地点にログインし、旧大陸から新しい大陸へと冒険を進めているのか…。
なんで俺だけ…。
『しかし、眞城様は残念ながら私達の新しいVRシステムでプレイする事が叶わなくなってしまいました。
それは、眞城様がログイン中にお亡くなりになってしまったからです。
私達は、眞城様の脳波情報が急に届かなくなったことでトラブルが発生したと判断し調査させて頂いたのですが、恐らく過労により意識を失われた後にそのまま亡くなられた様です。
私達は眞城様のこれ迄の私達の世界での貢献を鑑み、何とかできないかと考えましたが、眞城様の世界での命の理を動かすことは出来ません。
また、世界の管理者達との取り決めにより、死者の魂を既にかかわりのある世界で再構築させる事も出来ません。
つまり、眞城様の世界と私達の世界では、眞城様の再構築は出来ないのです。
私達が眞城様に出来る事は、干渉を断念し眞城様の世界で他の死者と同じ様に輪廻の列に加わって頂くか、さらなる別の世界で眞城様を再構築するか、のどちらかなのです。
私達が惜しんだのは、私達の世界に生き、これ迄研鑽に研鑽を重ねた眞城様のもう一つの人格と、眞城様のこれ迄の経験が消失してしまう事です。
そこで、別の世界を管理する管理者に頼み、別の世界で眞城様の魂の再構築を行う事にしました。
眞城様の、御自身の世界と私達の世界での人格は消失してしまいますが、新たな世界でそのままに再構築されて居ます。
最後に、私達の世界で眞城様とお会いできなかったのは残念ですが、これで眞城様とはお別れとなります。
新たな世界で私達の世界の住人であった〝ユート・ヴァイス〟として良き人生を歩まれんことをお祈りしております。
エターナルファンタジー運営 二級神 ロア
追伸、眞城様のご遺体がそのままになるのは忍びないので関係各所に連絡させて頂きました。
』
俺は最後まで読み終えると、色々な気持ちがこみ上げてきて、暫く動けなかった。
最後まで、神だけに神対応だったよ…。
まさかロアさんが本当の神だったとはな…。
VR世界でリアルロアさんに会えなかったのはちょっと残念だ。
そして会社の連中には悪いが、俺はこの世界で生きていく事になったらしいよ。
暫くして気持ちが落ち着いてきたので、俺はお決まりのコマンドワードを叫んだ。
「ステータスオープン!」
そんな訳でゲームキャラで異世界転生しました。